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コラム column

2022年5月11日

国際アートエンタメライブ

「諸外国のコロナ文化支援の比較と、日本がこれから考えるべきこと」   

弁護士  福井健策 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

コロナ禍と文化芸術の危機、現場支援や政府・各団体との協働も3年目に突入しましたが、今後の社会危機と文化芸術支援を考える上で、決定版ともいえる報告書が先ごろ公表されました。
筆者も協力した、文化庁・獨協大による「新型コロナの影響に伴う諸外国の文化政策の構造変化に関する研究」報告書です。本文は約200ページの大作ですが、読みやすいサマリー版もあり、特に6ヶ国の文化支援の比較年表は素晴らしい。(年表はご快諾を得てコラム末尾に転載します。報告書執筆は朝倉由希・秋野有紀さんなど6名)

いやあ、お疲れ様でした!皆さん、サマリー版や報告書本文をぜひ読んでください。

・・・で本来終わりなのですが、それではコラムにならないので以下、自分の備忘を兼ねて目についた点を挙げておきます。あくまで筆者(福井)はこう読んだ、というメモなので見落としなどはどうぞご海容を。

予備知識:経常的な文化予算

まず予備知識として、コロナ禍以前の経常的な政府の文化支出額では、日本は対象6カ国中の最下位です。国民1人あたりの文化予算では、913円。これも民間の寄付税制が圧倒的に手厚い米国を除いた5ヶ国の最下位で、4位のドイツと比べても3割弱。韓国の実に8分の1とされます。国家予算に占める文化予算の割合でいうと日本は0.11%で、韓国との差は更に開いて11倍ですね1
わかってはいましたが、改めて、痺れます。

政府による文化支出額(上記サマリーより)

文化予算の国家予算に占める割合(上記サマリーより)

 

1 なお、各データの出典は報告書p12にあり、日本の場合は文化庁予算額。よって、例えば経産省コンテンツ関連部門の所掌する予算はカウントされていません。ドイツなどは報告書によれば「文化メディア国務大臣(BKM)」の所掌分で経済エネルギー省所掌分は含まないと読め、日本と似た算出法かもしれませんが、各国分の算出根拠は更に見る必要があるでしょう。

調査の視点

その上で、朝倉さんが冒頭で挙げる調査の視点は3つです。
第一に、単に支援額の多寡を超えた、芸術家等の持続的な活動の基盤はどうあるべきか。そのために、日本の文化芸術を支えている担い手や、文化芸術セクターの全貌と構造、契約・就労・社会保障の仕組みを、把握する必要性が強調されています。
第二は、諸外国で行われているデジタル化の最新事例や政策動向を把握し、文化芸術分野での有効なDXのあり方を検討する視点で、日本では筆者や田島弁護士らの関わった舞台アーカイブ事業EPADなどを取り上げて頂いています。
第三は、文化芸術を支援する根拠や必要性という、古くて新しい視点です。
いずれも重要ですが、特に第一の視点は全くその通りです。コロナ禍を通じて、エンタメや文化セクターの産業特性が政府・社会にほとんど理解されていないことは、何度も痛感しました。また(芸団協・ぴあ総研などの着実な活動はあるものの)定点的な市場や収入の把握が不足しており、そのために壊滅的な危機状況や必要な施策を十分に政府内で伝えることができなかったことは、コロナ禍を通じた官・民共通の大きな反省点でしょう。

ドイツ

文化創造産業の付加価値が自動車・機械製造に次いで国内第3位という「文化大国」ドイツでは、文化セクターの倒産・外国企業による買収の回避という、「産業保護」の視点からの支援が特徴でした。
これは大きく2分でき、①全産業の中小団体・個人事業主に向けた事前審査のない9,000~15,000ユーロの「即時支援」(アトリエ家賃など固定費が対象で全産業総額は6兆円。上記は3ヶ月分で、その後も継続的に実施)と、②文化に特化して通常予算(21年度は21.4億ユーロ)とは別に用意された、年間10億ユーロのイベント売上補てん、及び25億ユーロのキャンセル支援を実施(総額約5850億円2)。

 

2 特に言及がない場合、円との為替レートは報告書のものを援用し、それでは書きにくい場合には便宜的に21年末のものを使っています。


ドイツにおける新規感染者と政府の制限、主要な支援策(21年12月現在。同報告書p104より)

このドイツの支援対応は、とりわけ(経済・文化産業規模の近い)日本には参考になるかもしれません。特に、コロナ禍初期において、ドイツ在住のアーティストには即時にひとり100万円以上の政府支援金が届いたというエピソードや、メルケル首相はじめドイツ首脳陣の文化芸術の不可欠性についての発言はネットで大きく流布し、日本の政府・政治家の当初の対応の遅れや発言とは徹底的に対比されました。
もっとも報告書本文は、「フリーランスを含む全てのアーティストに迅速に十分な支援が届いた」という、日本で流布された情報は多分に誤解に基づいていた、とも指摘します(p103ほか)。実際には、ドイツの支援は上記のように「固定費」のある企業・事業者への支給であって、多くのフリーランスは(当初は)そうした企業等を通じて間接的に支える、という建付けだったためです。
執筆者の秋野さんによればむしろドイツで特徴的だったのは、まずは証拠などを求めず迅速に支給を実施し、後日、使途を証明できなかったり払い過ぎが判明したりした事業者には返金さえ求めるという、「極めて現実的で冷徹かつ緻密な性格」(←ドイツ!)であったとされます。(p112以下。21年末の時点で、当初6兆円予算であった即時支援のうち返金要請に至った額は約390億円である由。)
この点こそ、まさに今日に至るまで申請と事後審査の双方で現場が悩まされ続ける日本の現実と好対照であり、我々が次なる危機に向けて学ぶべき知恵であるように思います。ドイツの即時支援への返金要請率は結局0.6%程度のようですから、であれば即時支援したことのメリットは、混乱のデメリットに大きく勝ったのではないでしょうか。

米国

民間の寄付・財団などの役割が大きい米国でも、コロナ禍で文化への公的支援が一気に拡大し、文化の政策立案をフォローする全米職域別の芸術統括団体(NSO)や、それらの調整組織である「文化アドボカシーグループ」(CAG)の活動が活発化しました。
20年3月にはいわゆる「CARES法」によってNEA(全米芸術基金)や博物館・図書館サービス機構(IMLS)などの連邦政府系の機関に大規模予算を投入。20年12月には独立系映画館やイベント会場に空前の160億ドル(1兆8400億円)を直接分配するSVOG(閉鎖会場運営者補助金)の助成が成立し、1年間で全予算の80%超の配分を終えたとされます。更に臨時支援も続き、22年の連邦政府予算では文化機関の経常予算も大幅に伸びる見込みとされています。
今回は巨額の公的支援が目をひきましたが、それでも米国の文化支援の特徴はやはり何といっても民間セクターの果たす役割の大きさでしょう。公的支援にしても、その制度設計にはNSOやCAGが大きな役割を果たしており、このほか個別に紹介はしませんが、報告書は民間のさまざまな支援の取り組みを丁寧に拾い上げています。

フランス

平常時でも対象国中で最大の文化予算を持つフランスは、21年10月までにコロナ対応で、総額136億ユーロ(1兆7700億円)もの文化支援予算を計上。内訳は、①全産業分野対象の横断的経済支援の文化セクター適用分(86億4000万ユーロ)、②文化に特化した支援(16億5000万ユーロ)、③有名な芸術家休業補償である「アンテルミタン」の特別延長(13億1000万ユーロ)、④「フランス復興」文化予算(20億ユーロ)など多彩です。「アンテルミタン」は、ある意味で断続的な就労が当然の舞台芸術や映像分野の専門家に、就労がない時期に与えられる手厚い休業補償ですね。
特徴は、経済支援体制の構築を、文化産業の特性に通じたる国立音楽センター(CNM)、国立映画映像センター(CNC)などの領域別の代表組織に委ねた点です。こうした、政府とは密接に協業しつつも一定の独立性(アームズレングス)を持った文化組織に大きな予算と配分を委ねた点は、程度の差こそあれ他の欧米国に通ずる文化支援のひとつのスタンダードであり、スピーディな配分にも有効だったと思います。

このほか、20年7月に単発の文化芸術支援では史上最高となる15億7000万ポンド(2400億円強)を「文化回復基金」に拠出した英国、更に韓国についても充実した調査結果が記載されていますので、報告書を参照のこと。

日本

さて、わが日本ですが、2021年度までのコロナ関連の国の文化支援予算額は、文化庁では20年度の継続支援事業509億円、統括団体を通じた収益力強化事業65億円、21年度のARTS for the future!(AFF)430億円(令和3年度補正分は除く)、統括団体を通じたアートキャラバン70億円など。これに、金額的には最大規模になった経産省のライブエンタメ支援「J-LODlive」も加えれば5000億円程度に達するとされます(支援一覧は報告書p25参照。また現在の支援策一覧はこちらなど)。実は、文化・エンタメ向けのコロナ期の支援の全体規模でいえば少なくとも英国などとは近い水準に見えます。
他方、日本では「制度の分かりにくさや申請の複雑さ、交付決定の遅さ、事業実施期間が十分に取れない事などへの不満や戸惑い」が、各所で継続して見られた点は明記されています(p27)。
(この点は筆者も、緊急事態舞台芸術ネットワークの最前線で取り組んで来たひとりとして、「受け取る側は不満を言いがち」といった一般論では到底くくれない、過酷な申請と審査の現実が続いていることは証言できます。)

各国のDX政策

このほか、各国での文化芸術分野のDX振興など、様々な取り組みについて報告書は多くのページを割いており、非常に参考になります。ここでは、どの国でもデジタル活用を主要テーマとして、極めて積極的に取り組んできたと紹介するにとどめますが、特に「長期的な視点での需要喚起の意図を持って」作品の画像・映像・音声などの無償公開を進めた国が多かったとされる点は、参考になりますね。
前述したEPAD事業でも、舞台映像の有償配信が全般にアクセス数の壁に直面する中で、国際交流基金と共同で過去の舞台映像50本に6ヵ国語などの字幕を付してYouTube無料公開した「Stage Beyond Borders(SBB)」プロジェクトは、短期間で500万回超という、政府事業かつ2時間などの長尺映像としては異例の再生数を記録しています。

日本の課題

報告書本文p194以下では、むすびとして、日本を含めた各国の文化支援の5つの共通点と、9つの相違点が挙げられています。特に、各国に比べて日本が特異だったとされた点を挙げれば(番号は報告書の番号に対応):

多くの国で支援の前払いや分割払いを積極採用したが、日本では概算払いの制度はあるものの積極展開が少なかった
多くの国で(雇用調整金的な)雇用継続策が積極活用されたが、日本では「お稽古ごととプロの活動」の境い目が融合している分野も多く、利用が限定的だった
日本では支援条件として「成果を公開できる積極的な活動」を求めた点が、活動継続の支援に重点を置き、また事前・事後手続きの簡易化を強調した各国と比較して特異だった
日本では「活動歴」が支援の条件とされたが、逆に、キャリアをスタートできない若手に不利にならないように制度構築した国が少なくなかった
文化分野の労働・市場の全容を定期的に把握する国レベルの基礎統計が既にあり、損失の「推計」と「実測」との両面で、政策立案時にこうした判断素材を活用できた国が多かったが、日本ではこの点の不備が従前から指摘されている など

いずれも、現場の実感として何度も壁と感じたことばかりで、特に⑤の「日本では、コロナ禍なのに積極的な活動(しばしば「新たな取り組み」)と成果を求めた」との指摘。これに、尽きるでしょう。
無論、政府内や各党において文化芸術支援に努力した方々には感謝しかありませんし、コロナの状況も文化政策の背景も国ごとに違います。今回の報告書の読み込みと検証ももっと必要でしょう。それでも、今回の調査と、それが突きつけた「文化支援・エンタメ産業支援のありかた」の議論は、広く社会に知られ、今後政府と民間が真剣に取り組んで行くべき問題だと感じます。今後も繰り返し訪れるであろうパンデミックや社会危機の中で、日本の強みである文化セクター・エンタメ産業を守って行くためにも。
6名の執筆者をはじめ、コロナ下で自らこうした調査に踏み切った文化庁、そして関係者の皆さんに、敬意を表したいと思います。

・・・まずは、経常的な国民1人あたりの文化予算をせめて4位のドイツに近づけて今の3倍、1人年間3000円にすることでしょうか。文化庁全体の予算が東大年間予算の半分以下という現状は、ある種象徴的ですね。

以上

(コラム執筆において資料提供などでご協力を頂いた、執筆者で現早稲田大学の秋野教授に感謝します。)


上記サマリーより


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