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コラム column

2020年3月30日

(2020年5月23日最終追記)

アートエンタメライブ

「危機のライブイベント・芸術文化への、各国と日本の緊急支援策を概観する」   

弁護士  福井健策 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

【5月23日:下記は4/16までの情報です。5/14、筆者も世話人となって「緊急事態舞台芸術ネットワーク」が舞台芸術53団体によって設立発表されました。最新のライブイベント界への支援策情報は、寺内康介・田島佑規弁護士と共に同HP「支援策」のページにてアップデートして行きます。】

コロナウィルス禍での政府や都などの自粛要請を受け、劇場・コンサートホール・スポーツ大会などが次々と中止・延期を決めてから、既に1ヶ月以上になる。
全国公立文化施設協会(公文協)の調査によれば、イベントの中止率は2月下旬~3月前半で既に90数パーセントに達しており、他業種と比べても群を抜いて高い。チケット代はほとんどのケースでは返金されているため、高額の経費はほぼ全額が主催者及び関係者の負担となる。アーティストの全国ツアーや中劇場での1ヶ月の舞台公演なら、損失は優に億レベルに達する
ぴあ総研が発表した文化・スポーツイベントへの影響では、3月23日時点で中止により収入がゼロになるか減少したイベントは81,000、観客数5800万人、その入場料総額は1750億円。5月末まで中止が伸びればこれはほぼ倍増するとされた。これはチケットが完売すると仮定した場合の金額で正確な損失額ではないが、逆に、①中止になった膨大な無料イベントの経費損失分、②グッズ収入などの損失分は含まれず、実損失がこれを上回る可能性は十分ある。

イベント中止・延期の法的対処やライブ配信の権利処理については、別コラムで書いたので参照されたいが、芸術文化セクターの利益率は一般にごく低い。またフリーランスが多く、社会保障はぜい弱でありながら「労働環境」は過酷が常である。
このままでは、人々に感動と活力を、そして社会に多様な視点を与えるイベントと芸術文化は壊滅的な被害を受けかねない。現場の深刻な声は相次ぎ、議員たちは緊急決議を政府に提出、文化庁長官は芸術文化界の自粛協力に感謝を述べ、その危機的な状況への支援の意向を示した。3月28日、自粛要請から1ヶ月を経て、首相会見もようやく「警告の対象」ではなく、「この社会にとっての重要性と、自粛協力による危機的な状況」の文脈でイベント関係者に言及した。「税金による補てんは難しい」という留保と共に。

他方、ここに来て欧米各国は続々と、危機のイベント・文化セクターを救うための支援策パッケージを発表している。こうした時期であるほど客観情報は重要なので、諸外国と日本の支援策を速報的にまとめておこう。
ただし、あくまでラフなまとめであり、今後補充・訂正して行きたい。情報ソースもできる限り信頼のおける原語の資料を選んだつもりだが、なお不明な点も多い。この方面では自分よりはるかに専門で詳しい方々がいるので、誤りのご指摘や補足情報は大歓迎である。


1) 米国

3月27日に成立した空前の2兆ドルの経済対策パッケージの恩恵は、当然ながら映画・舞台などエンタメ・アート界を広くカバーする。例えば、生活費補助として大人に最大1200ドル、子供にも同500ドルを支給(年収9万9000ドル超の個人、19万8000ドル超の夫婦は対象外)。更に失業給付も、フリーランスを含めて4ヶ月を限度に週600ドルが加算される。規模は、実に5000億ドル(54兆円)。
大きいのは中小企業(従業員500名以下)やフリーランス向けの総額3500億ドル(約37兆円)の融資保証で、従業員や自らの人件費(年額で1人10万ドルまで)の2.5ヶ月分までの融資が受けられる。限度額は、事業者あたり1000万ドル(約11億円弱)。しかも、その後維持された給与や賃料などの経常費8週分は返済が免除されるため、実質的には8週分の経常費の肩代わりになる。例えば従業員50名で、月額2000万円の人件費がある企業なら、5000万円までの支援が受けられ、雇用を維持すれば恐らくほぼ全額が返済免除となりそうだ。現在、財源の更なる増額が審議されている。(大企業などには別途5000億ドルの融資枠あり。)

更に、パッケージには非営利の芸術文化への直接支援も含まれ、全米芸術基金(NEA)・博物館・図書館サービス機構(IMLS)など5団体への交付を通じた緊急支援は2億3000万ドル(250億円)超にものぼる。
また、そもそも手厚い寄付金税制に支えられた、芸術分野だけで年間2兆円(2017年)の個人寄付があり、コロナウィルス関連でも民間財団が特別支援策を発表している。


2)英国

まず、コロナ禍で深刻な影響を受けた全ての事業者に向けた支援策として、3月1日から少なくとも3ヶ月間、フルタイム・パートタイムを問わない全従業員の給与の80%が、月額2500ポンド(33万円強)を上限に補てんされる。社会保障費分も加算される。これは当然、閉鎖を命じられた全土の映画館・劇場・ナイトクラブなどをカバーする。更に、3月26日にはフリーランスも、過去3年の平均収入の80%を同じ上限で補てんすると発表された。

人口当たりの規模で米国を大きく上回ったのは芸術文化への直接支援で、政府系のアーツ・カウンシル・イングランドが3月24日、1億6000万ポンド(212億円)の緊急支援を発表した(詳細説明)。
まず、アーティスト・フリーランスには申請により最大2500ポンド(33万円強)を給付。団体には合計約185億円の助成金(一部、決定済み助成金の前倒し交付を含む)が用意され、そのうちナショナル・ポートフォリオ団体と呼ばれる、アーツカウンシルの経常的補助を受けている828の団体には総額120億円強。その他の芸術文化団体(劇場・美術館を含む)は、申請により今後6ヶ月にわたる活動費として最大35000ポンド(470万円弱)が支給される。使途には、雇用維持、IT対応やデジタル発信、新規事業などが含まれる。


3) ドイツ

3月23日、連邦政府が、文化・メディアセクターを含む中小企業やフリーランス一般に向けて、最大500億ユーロ(約6兆円)に及ぶ支援などを発表。経営危機に陥った個人や従業員5名以下の企業には月額9000ユーロ(約108万円)、従業員10名以下なら月額15000ユーロ(約180万円)を、3ヶ月の資金として補てんする。文化セクター分の内訳は不明だが、文化大臣はそれを「数十億ユーロ(billions)」と表現し、「私達は誰も失望させない」と明言した。
このほか、従業員の給与の60~67%の肩代わり、賃料未払いによる立ち退きの制限、より大規模な企業には政府系銀行による無制限の資金貸付や、6000億ユーロにのぼる政府保証・一時国有化などのメニューが並ぶ。


4) フランス

3月18日、ホール・劇場などの閉鎖による文化セクターへの第一弾の緊急措置として、2200万ユーロ(26億円強)の援助を発表。既存の「公演間の休業補償」の延長措置も。金額に対する批判も強く、追加支援策を検討中。


5) 日本

4月7日、日本政府もついに43頁に及ぶ「緊急経済対策」公表した。柱は、1)医療関係の支援、2)雇用・事業支援、3)コロナ収束後の回復支援、4)強靭な経済構造の構築、となる。

このうち、現在の経営危機に直結する2)の雇用・事業支援としては:
雇用の維持策
融資などの資金繰り支援
税制措置があり、その多くは既存の制度を拡充などするものだ。
特に、従業員の給与などを補てんする「雇用調整助成金」は従前の制度を拡充して、コロナの影響で従業員の一時休業や職業訓練等をおこなった事業主に対して、賃金等の75~90%(4/1~6/30の期間)及び同50~67%(それ以外の100日間まで)の補てんをおこなう(18頁~)。
このほか、既存の融資・補助金制度の特例措置などは経産省がパンフレットにまとめているので、参考になるだろう。ただ、支援制度は少なくとも25以上、ほとんどのものは審査が必要であり、申請期限も窓口も必要書類もバラバラだ。例えば雇用調整助成金は、NHKによれば必要書類は11種類とされる。

他方、新設で注目を集めたのは:
「持続化給付金(仮称)」:広く個人事業主や中小企業への給付金で、昨年同月と比べて収入が半減以下に減った事業者について、フリーランスなど個人は100万円、中小企業は200万円を限度に、減少分を給付するものだ(21頁~)。予算額は約2.3兆円。
生活困窮世帯への給付金:今年2~6月のいずれかの月でコロナにより収入が減少した世帯を対象に、i)住民税の非課税基準額以下の低所得の世帯、及びii)所得が非課税基準額の2倍以下で、かつコロナ以前から半減以下となった世帯に、世帯当たり30万円の一時金を給付するものだ(23頁~)。(i)の所得上限は東京23区の個人で年100万円程度と、かなり低い。(追記:4月15日、政府が上記を国民一律10万円の支給に変更することを検討中と報じられた。)
いずれも、政府は手続を出来るだけ簡素化し、またオンライン申請を導入すると述べている。
更に⑤の税制措置には、国税・地方税や社会保険料の1年猶予、固定資産税などの減免のほか、「チケット払い戻し返上を利用した寄付金控除」というものがある(24頁~)。つまり、文化・スポーツイベントが中止された際に、観客が自由意思で払い戻しを返上すると、その放棄した金額の一部(40%など)について翌年の所得税などが安くなるという仕組みだ。
もっとも、確定申告をあまりおこなわない多くの観客において、どこまで払い戻し返上のインセンティブになるかは疑問もある。そもそも、最も損害の大きかった3月の中止分は既に払い戻しが済んおり、救えない。

このほか、3)コロナ収束後の回復支援としては、「Go Toキャンペーン(仮称)」が掲げられた(27頁~)。これは収束した後、観光・飲食・イベント事業などを対象にロケットスタート的な消費喚起策を講じようというもので、具体的にはチケットを購入する人々に政府が割引券・クーポン券を付与などするという。また、併せて中止・延期などした事業者が、収束後に国内で公演を実施する場合の費用及びその動画の海外配信費用の1/2を一定の条件で補助する制度も発表されている。
「いずれガンと行くから、とにかく今は倒産せずに持ちこたえろ」という感じだろうか。ロケットスタートには異論はないものの、筆者は、一番苦しい時に支援するのが本当の支援だと思うのだが、どうか。

最後に4)経済構造の構築には、「リモート化等によるデジタル・トランスフォーメーションの加速」があり、オンライン・コンテンツの拡充が含まれる(33頁~)。全く賛成だし(後述)、オンライン講義を可能にするための著作権法の新ルール(35条)の早期施行など、評価できる取り組みはある。

政府はこれを108兆円の経済対策と発表したが、そこには税金の単なる猶予や民間の融資枠なども含まれているので、実際の国費支出は25兆円、今年度の支出額は18.6兆円にとどまる(41頁)。果たして十分な規模と言えるかは、留保をつける報道も目立った。

日本と諸外国(特に米英)の文化支援の比較

さて、政府の経済対策案には給付金や公演補助策など、無論評価できる点も多い。とはいえ諸外国の文化支援と比較した日本の特徴をごくラフに挙げるならば、下記が言えそうだ。
芸術文化に特化した支援の(ほぼ)不在:当然ながらこれが最大の違いだろう。もはや国是か、と言いたくなる。
上限と規模:賃金等の補てん策は日本と米英は似通っているようにも見える。ただし、米国の家庭給付金が個人を基準とした無条件支給であり、所得上限も個人で年収9万9000ドル(約1080万円。夫婦ならば倍額)なのに比べると、日本の所得上限の原則は実に1/10以下だ。例えば月収20万円の世帯が11万円に減少しても給付対象外など、ごく一部の者しか救わない内容と批判されている。(追記:4月15日、政府は国民一律の支給とすることを検討中と報じられた。)
持続化給付金も、フリーランスなどには有効と思われる一方、直前のイベント中止によって日本の主催者が負った損失は数十万から数十億円の規模と見込まれている。上限200万円では、中規模以上のイベント救済はしないというのと同然だろう。米国の中小事業者支援が上限11億円で、前述の従業員50名の例では計算上5000万円前後の支援額になるのとは、格差がある。そもそも、予算額が米国は日本の16倍と全く違う(米国は更に増額審議中)。
遅れと煩雑さ:今回、ライブイベントが最初に名指しされて直前の公演を中止してから既に6週間だ。払い戻しが終わってから、払い戻し返上への税優遇の対策案が出るなど、諸外国と比べ対策が後手である感は否めない。また、前述の通り支援の制度は締切も窓口も必要書類も全てバラバラで、手続の煩雑さと所要期間の長さは以前から指摘されて来た通りだ。
恐らく、ここには事務方の「真面目さ」の弊害がある。不正も間違いも一切ないようにとこだわるあまり、手続は煩雑になり、給付は遅れ、効果を失って行く。仮に不正受給する輩が出れば、犯罪だ。後日摘発して返金させ、きっちりと処罰すれば良い。いま必要なのは、スピードと簡素化だろう。

とり急ぎの提言

以上を踏まえて、大急ぎで何点か提言したい。
3~4月期に自粛に協力した事業者への更なる支援策:まず、現在の支援策からこぼれるイベント主催者は緊急で支援しなければ、ロケットスタートなどの前にイベント界・芸術文化界は壊滅しかねない。そもそも政府や都の強い自粛要請に応じて高額の損失を覚悟でイベントを中止した者に、「自粛だから自己責任」などの突き放しはどう考えてもおかしい。特に自粛と被害に差が出た3~4月期については、正直者が馬鹿を見る結果にならないよう、手遅れになる前に上限額を拡張して実損害額を反映した補償の仕組みを構築すべきだ。
なお、「自粛では税金による補てんは難しい」との政府説明には、専門家から疑問も呈されている。4月8日、全国知事会は「イベント等の自粛について、国は中止・休止に伴う営業損失を補償すべき」との緊急提言を発表した。
スピードと簡易化:率直に言って、煩雑すぎて使えない制度は無いのと一緒だ。政府も自ら述べる通り、オンラインでの窓口一本化など劇的なスピードアップと簡易化をはかるべきだ。
コロナ後への準備:ロケットスタートは大いに賛成だ。そのためには多様なアイディアが必要だろうが、特に今後も感染症不安や気候異変など、ライブイベントへの脅威は繰り返されると覚悟すべきだろう。オンライン・無観客開催など代替措置のためのプラットフォームの充実(※注参照)、払い戻しルールの見直しや、観客が実際に払い戻しを返上して応援しやすい仕組み、不測の公演中止への公的な保険制度など、取り組むべき課題は多い。
情報プラットフォームと協議体:そうした補償のあり方、イベント復興のための知恵などを、関係者・政府などがフラットに情報共有できる場を、今以上に育てるべきだろう。

以上

(2020年5月23日最終追記)

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