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コラム column

2024年1月22日

国際アートエンタメ

「日本と韓国の文化戦略
 ~我々はどの程度「世界で勝負」できており、そのためには何が必要なのか~」   

弁護士  福井健策 石井あやか (骨董通り法律事務所 for the Arts)



1 日本作品、大当り年

明けましておめでとうございます。年が明けてもコラムの時間が取れない福井と、コラムデビューの石井のコンビでお届けする、新春初コラムです。
せっかくなのでめでたい話から入りますと、昨年はこれまで以上に日本文化・コンテンツの世界人気を実感した年でした。特にけん引役は、映像でしょう。のっけから「THE FIRST SLAM DUNK」の凄まじい達成や「すずめの戸締まり」の人気で沸いた年初でしたが、つづく「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」は、なんと既に世界のアニメ歴代興行成績の第2位1。もうこの上は5年前の「アナと雪の女王2」しか残っていないという驚異的な興行記録を打ち立てます。これだけでも凄いのに、12月2週には北米週末興行収入の1位3位を日本映画が占めるという快挙も成し遂げました2。「君たちはどう生きるか」と「ゴジラ-1.0」。
特にスーパーマリオは単なる原作ものライセンスでなく任天堂が共同制作に入り、ゴジラに至っては東宝の制作・独自配給で2300館以上の北米公開を実現してしまうという、制作・ビジネス面でも少し前には考えられなかった進化を遂げています3
更にポケモンカードの世界的・熱狂的な人気は、ちょっとうれしいばかりでは済まない高騰問題まで引き起こし、ゲームではゼルダの躍進に、漫画・アニメの各国での人気も続きました。更には舞台では、「となりのトトロ」舞台版が演劇王国・英国で主要賞を独占したかと思えば、「千と千尋の神隠し」日本キャスト公演がなんと約2300席を誇るロンドンウェストエンドの大劇場で今年4カ月のロングラン公演を決めるなど、大変なニュースが続きます。
こうした現象には共通の特徴があって、それは、スラダン・ジブリ・ポケモン・マリオと、概ね90年代に生まれた30年クラスのレジェンド級のコンテンツが、IPとしての世界人気の確かさを見せつけたことでしょう。

実はこのニュース以前に、日本のコンテンツ産業は21年にはコロナ禍の落ち込みを脱して過去最大12兆9000億円の産業規模に達し、22年の推計値は13兆3000億円に上ります。恐らく昨年の躍進で23年には過去最大を更新する可能性は十分にあるでしょう。
しかも、これは遅れてコロナからの本格復活を遂げつつあるライブイベントや、キャラクター商品化、テーマパーク、そして伝統的な芸術文化の多くは含まない数字です。つまり、文化・コンテンツ産業としては更に大きいことになります。

日本のコンテンツ産業・関連産業の規模   (2021年)

コンテンツ市場
(オンライン広告、出版・新聞、ゲーム、音楽・ラジオ、映像)
12兆9454億円
キャラクター商品化市場 1兆3746億円
ライブエンターテインメント市場 4188億円
アミューズメントパーク市場 5379億円
グラフ・表ともに、株式会社ヒューマンメディア「日本と世界のメディア×コンテンツ市場データベース2023 Vol.16【速報版】」(2023年3月27日)をもとに作成。


世界の文化コンテンツ産業の勢いはこれ以上で、経団連などの予測では、25年には実に1.3兆ドルの経済規模に達するとされます4。これは、日本円に換算すれば200兆円弱の規模ですが、まさに巨大産業であり、極めて多くの人々が従事します。日本は人口動態もあって世界シェアはやや減少傾向にありますが5、大きな希望を集める未来産業には違いがありません。

2 足元にぽっかり空いた穴

しかし、その世界で愛される希望産業の足元は、あまりに危ういのが現状でしょう。映像・ゲーム・マンガ・舞台などの創作の現場は低収入、不安定と過酷な長時間労働の象徴とされるなど、収益の循環という意味では依然として多くの困難と課題に直面しています。加えて23年にはジャニーズ問題に端を発してあまりに多くの激震がエンタメビジネスを襲い、その中では従来型のビジネス慣行、契約・労働慣行の見直しがしばしば課題視されています。
指摘の全てが的を射ているかはそれ自体が大きなテーマなのですが、また稿を改めることにしましょう。ここでは、以前にもコラムを書いた、政府の文化投資についてこの間の知見も交えてアップデートしたいと思います。

昨年12月に文化庁の24年度予算額(案)が閣議決定され、前年度に比べ1億円(0.1%)アップの1062億円となりました6。日本の文化庁予算は、03年度に初めて1000億円の水準を超えてから20年超もの間、ほぼ横ばいで推移し続けています。さらに、この文化庁予算のうち、文化財の保存修復など文化財関連の予算額が4割以上を占めています。
最大の希望産業であるはずの文化コンテンツ分野への政府投資額は、文化財を除けば長期にわたって年数百億円に過ぎず、実質的には変化がありません。日本の文化支出額は政府総予算の0.1%、政府自身の調査において対象先進国中の圧倒的な最下位であり、韓国の約3734億円と比較すると優に5分の1以下7、政府予算に占める割合では10分の1にも及びません。
昨年秋には、国立科学博物館が光熱費の高騰などを受け、資金が危機的状況にあるとして、クラウドファンディングにより9億円を超える支援が集めたことが話題になりました。代表的な国立博物館にあって、光熱費という施設運営の基本的な費用さえ予算でまかなえきれないことからも、文化コンテンツへの支援が不足していることを感じさせます。

政府による文化支出額
(2021年度)
文化予算の国家予算に占める割合
(2021年度)
文化庁・獨協大学「新型コロナウィルス感染症の影響に伴う諸外国の文化政策の構造変化に関する研究(報告書・サマリー版)

3 「文化は基幹産業」と25年前に宣言した韓国

一方の韓国は、97年の経済危機以後に文化コンテンツを国の基幹産業にすると宣言し、以後一貫した強力な政府投資により確実に世界でのプレゼンスを高めて来ました。
芸術文化・コンテンツ関連の21年の予算額は3000億円の水準を優に超え8
、その後も韓国文化体育観光部(日本の文化庁、観光庁、スポーツ庁を統合した形の行政機関)の予算は増え続けています。いまや、同政府発表によれば文化コンテンツの国際収支は実に年1兆6000億円の黒字です9。更に、先日発表された22年の韓国コンテンツの輸出額は、前年度6.3%増の132億4000万ドル(約1兆9200億円)で過去最高を記録しました10。この輸出額は、韓国の他の主要な輸出品である2次電池(約1兆4400万円(2022年輸出額))、電気自動車(約1兆4200万円(2022年輸出額))、家電(1兆1600万円(2022年輸出額))の輸出規模と比べて大きく、韓国コンテンツ産業がいかに重要な産業であるかが分かります。

また、韓国は、一貫して海外輸出に向けた取り組みに力を入れています。23年6月には、韓国文化体育観光部は、「Kコンテンツ輸出活性化戦略」を公表し、韓国コンテンツの主な輸出先を、現在の中国と日本から北米・欧米にも拡大させ、27年までに輸出額を約3兆7500億円(250億ドル)まで倍増させるとの目標を打ち出しました11。韓国は、コンテンツ支援が複数の行政機関にまたがることを避けるため、制作から輸出に至るまで総括したコンテンツ産業の支援を行う韓国コンテンツ振興院(KOCCA)を設置しています。KOCCAは、輸出政策の一環として、韓国コンテンツ企業の海外市場の開拓を支援するため、海外ビジネスセンターを運営しており、24年の予算ではこの海外ビジネスセンターを15か所から25か所に拡充することを予定しています12

こういうお話ですと、それに比べてわが日本は・・・と続くのが常套句ですが、海外の日本コンテンツのプレゼンスでは、日本は恐らく全く負けていません。それどころか、日本コンテンツの海外売上額は実に4兆5345億円(2021年)という堂々たるコンテンツ輸出国です。



2021年
出版
2792億円
映画
795億円
ゲーム
2兆8414億円
アニメ
1兆3134億円
テレビ番組
210億円
合計
4兆5345億円
株式会社ヒューマンメディア「日本と世界のメディア×コンテンツ市場データベース2023Vol.16【速報版】」(2023年3月27日)をもとに作成。

ただし、第一に、これはアニメ・ゲームだけで92%と、極端にジャンルが偏っています。
第二に、日本の場合はコンテンツ輸入額も多く、(それ自体は大変良いことですが)輸出入でいえば赤字かもしれません。「かもしれない」というあやふやな言葉がなぜ出たかといえば、筆者らが調べた限りでは、日本はコンテンツの国際収支をそもそも発表していないのです。

著作権の国際収支は日銀が年々発表しており、そちらは間違いなく1兆5000億円もの大赤字です13。しかも赤字幅は毎年拡大しています。しかし、これはウィンドウズなどのビジネスソフトのライセンス料も含んだ数字です。さすがにいわゆる狭義の文化コンテンツに絞ればそこまででは無いはずですが、なにせ内訳がない。これは、政府にそれを把握する気がそもそも無いことを示しており、ある意味で赤字よりも問題です。

第三に、文化コンテンツ産業は成長しているとはいえ、その成長率は米国・韓国などよりかなり低く、予測では20年から25年の成長率は調査対象の53ヶ国中の最低ともされます14。これも、人口動態(減少と高齢化)の影響もあって当然といえば当然ですし、そもそも経済規模が全てという古臭い議論がしたい訳でもありません。とはいえ、課題には違いない。
そして率直に言えば、一部の担当部署を除く政府の大勢は長年にわたって、文化コンテンツの分野を 「好きでやっている遊びの延長」と捉えて十分な産業支援をおこなっておらず、日本文化の浸透は基本的に、民間の作り手たちの才能と努力によるものだったとは、いえないか。それが、そもそもまともな産業統計も少なく、コンテンツの国際収支が赤字か黒字かといった基礎データすらなく、政府投資だけで半導体に2兆円を投ずるこの国において、文化・コンテンツには先進国最下位の支援しかおこなわれない現状に現れているように、思えるのです。


4 文化国家、いまだ成らず

実は、日本は韓国に先駆けて過去に2度、先進的な文化国家化を掲げたことがあります。一度目は終戦後で、軍事国家の反省に立って「文化国家」が掲げられたのは著名な話です。これは残念ながらその後形骸化しますが、1979年、時の大平正芳首相はその施政方針演説で、経済中心の時代から文化重視の時代への転換を宣言していたのです。韓国に先行すること、20年近くも前ですね。
彼はその後、環太平洋国家や田園都市構想と並んで文化国家作りの構想を推し進め、その政策研究グループは文化予算を国家予算の0.5%まで増大させること(現在の水準で言えば、実に5倍の5000億円)、人文科学のプロパー公務員の採用など画期的な提唱をおこないます。しかし残念ながら大平は、自民党の路線対立の中で現職のまま急逝し、その後日本は経済中心の路線を走り続けバブル崩壊に至ることになります(吉見俊哉『東京復興ならず』中公新書)。大平構想から45年。文化国家いまだ成らず、が日本の現状と言うほかないでしょう。
もっとも、これは文化政策という面では、という意味です。日本文化が世界で愛されている実感は、恐らく今や多くの方が感じていることでしょう。USニュース社が毎年発表する「世界ベスト国家ランキング」という、身も蓋もないけど著名なものがあります15。日本は本人たちの自信の無さとは裏腹に(笑)上位常連なのですが、分けても「文化的な影響」「エンタメ」では世界トップクラスのポイントを与えられています。
よく政府文書には「世界で勝負できるコンテンツを」といった言葉が躍りますが、公平に見て、日本の文化・コンテンツは世界で「勝負」できています。できていないのは、それを支える政治側の意識です。

さて、文化政策の問題点については、既に昨年からいくつかの踏み込んだ提言が民間からは上がっています。経団連の「Entertainment Contents∞2023」16、芸団協の「文化芸術推進フォーラム提言2023」17、そして福井も関わった緊急事態舞台芸術ネットワークの「「創造現場とのイコールパートナーとしての文化芸術振興を」政府・文化芸術振興基本計画(第2期)中間案への意見公表」18。その全てが、大規模な文化予算の拡充を、更に2つまでが横断的な文化コンテンツの中央省庁作りを提言しています。無論、机上の提言だけならば良さそうなものはいくらでも作れるでしょう。肝心なのは、その精査と実行の体制です。
文化・コンテンツ産業は人口減少・少資源のこれからの日本において、大きな可能性であり希望です。場当たり ・縦割り的でない、長期の、そして飛躍的な規模感をもった政府支援のために、本気の議論が望まれるように、思います。

以上

1 Nash Information Services「All Time Worldwide Animated Box Office
2 Box Office Mojo「Domestic 2023 Weekend 49
3 「ゴジラ-1.0」X(旧Twitter)アカウントより(https://twitter.com/godzilla231103/status/1731582559182848424
4 JETRO「プラットフォーム時代の韓国コンテンツ産業振興策および事例調査」(2022年3月)、日本経済団体連合会「コンテンツ産業の現状と経団連の取り組み」(2023年3月31日)
5 経済産業省「コンテンツの世界市場・日本市場の概観」(2020年2月)
6 文化庁「当初予算 令和6年度予算(案)の概要
7 文化庁予算のうち文化財関連予算を差し引いた額と比較。
8 社会システム株式会社「令和4年度「文化行政調査研究」諸外国の文化行政の基礎情報に関する調査報告書」(2023年3月)
9 韓国文化体育観光部「2021年基準コンテンツ産業調査(2022年実施)」(なお、対象のコンテンツには、出版、漫画、音楽、映画、ゲーム、アニメーション、放送、広告、キャラクター、知識情報、コンテンツソリューションを含む。)
10 韓国文化体育観光部「2022年基準コンテンツ産業調査(2023年実施)」
11 JETRO「韓国、Kコンテンツの輸出活性化戦略を公表」(2023年6月12日)。
12 前掲「2022年基準コンテンツ産業調査(2023年実施)」
13 日本銀行「時系列統計データ」(2022年1月から12月の「著作権等使用料」を算定)
14 PwC「グローバルエンタテインメント&メディアアウトルック2021-2025
15 U.S. News「2023 Best Countries -Japan
16 日本経済団体連合会「Entertainment Contents∞2023」(2023年4月11日)
17 文化芸術推進フォーラム「文化芸術推進フォーラム提言2023」(2023年7月4日)
18 緊急事態舞台芸術ネットワーク「「創造現場とのイコールパートナーとしての文化芸術振興を」政府・文化芸術振興基本計画(第2期)中間案への意見公表」(2023年2月8日)



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