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コラム column

2022年5月26日

著作権

「問題のAV出演被害を著作権法の観点から考える」

弁護士  橋本阿友子 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

2022年4月1日より、成人年齢が18歳に引き下げられました。それに伴い、意に沿わずにアダルトビデオ(AV)に出演してしまった18歳、19歳の被害救済がはかれないのではないかとの指摘が強まり、これをきっかけにAV被害問題が改めて社会論争となっています。本稿は、この問題につき、著作権法の観点から検討するものです。

AV出演は、芸能界への登竜門であるなどと勧誘されたり、出演を断ると高額の違約金がかかるなどと脅されたりして、意に反してなされることが珍しくありません。契約に関する知識や経験が乏しい若者がターゲットとなることも多く、かねてから救済策が模索されてきました。そんな中、東京地裁は、出演者はAVに出演したくない場合、プロダクション等との契約をいつでも解除できる、とする判断を下しています(東京地裁2015年9月9日判決)。この判決によれば、出演(収録)前であれば、出演者は契約上の規定にかかわらず、「やむを得ない事由」があるときは契約を解除し、出演を断ることが可能となります(そしてこのケースでは、「やむを得ない事由」があったと認定されています)。しかし、この判決は出演後のことをカバーしているものではありません。意に反しているが断れずに出演してしまった、あるいは出演後や公開後にAVの販売・配信を停止したい、というケースも現実には多いでしょう。そうした訴えにはどう対応できるでしょうか?

民法には未成年取消権という制度があります。法定代理人の同意を得ずにした未成年者による法律行為は、取り消すことができる、というものです(5条2項)。
そのため、これまでの18歳・19歳はAV出演契約を締結しても、出演契約を取消すことで、映像の配信や販売の停止を求めることが考えられました。しかし、未成年者の年齢が引き下げられたことにより、2020年4月1日以降、18歳・19歳は、このような契約を取消すことができなくなったのです。これが、冒頭のAV被害問題に改めて脚光があたったきっかけでした。

この問題は早くから指摘され、AV出演被害者の支援団体は立法措置を求めてきましたが、成人年齢の引き下げのタイミングまでに間に合いませんでした。そのような中、与野党は、2022年4月下旬にAV出演強要対策に関する実務者協議を行い、今国会中の法制化を目指すことで合意しました。そして現時点では、年齢・性別にかかわらず一定期間は「無条件」で契約を解除できるなどとする法案の骨子案がまとめられるに至っています。また、5月25日現在、法案が27日にも衆議院を通過する見通しであることが報道されました。
骨子案のうち、取消し等に関連する内容としては、概ね下記のとおりです。

・映像制作者は、作品がAVであることや撮影の具体的内容・撮影場所などを書面で明示し、出演契約の締結義務を負う。
・映像制作者は、出演契約を結んでから20日間を経過しなければ撮影ができない。
・映像制作者は、撮影した性的動画について、撮影後3カ月を経過しなければ公表ができない。
・映像制作者は上記のようなルール等を書面で説明する義務を負い、これに違反した場合、出演者は契約を取り消せる。
・出演者は事前に承諾していた場合でも、撮影が終了した日から1年間は、無条件で直ちに契約を解除できる。

現時点(4月28日)で公表されている骨子案には、取消し・撤回・解除の要件と効果などについて更に一段の整理が必要と思える点もありますが、骨子案は出演者に解除や取消の機会を広く与えることで、出演者保護を意図するものです。これによって、冒頭の、「出演後や公開後にAVの販売・配信を停止したい、というケース」も一見カバーされたように思えます。

しかしながら、AVは、現実には、映像制作者とは別の第三者である流通業者や配信サイトなどを介して拡散するものであり、配信サイトには海外に所在するものも少なくないとされます。
そうである場合、解除による民法上の原状回復義務だけでは、当事者への債権的効果しかなく、第三者に対しての効果がない点で、十分な実効性には欠けることが危惧されます。
その対応策として、特別法で差止請求権を創出すれば第三者効を生じますが(通過した法案にはこの条項があるようです)、国内法での権利創出の場合、海外のサイトなどには効果が及ぼせないことが問題点です。

他方、著作権や著作隣接権は第三者効があり、しかも加盟率の高い(70国以上が加盟している)国際条約(北京条約)があるため、流通差止の効果が最も高いといえましょう。
著作権法上、多くのAV出演者は「実演家」、AV出演は「実演」と考えられます。そして、実演家には著作隣接権と呼ばれる、録音権・録画権、放送権・有線放送権、送信可能化権、譲渡権、貸与権の5つの権利が与えられています。つまり、実演家は、勝手に実演を録音・録画しないこと、録画物をインターネットにアップロードしないこと(送信可能化)等を請求できる権利を有し、それらを勝手に行った者に対して、差止めや損害賠償を請求することができるのです。

そのため、AVに出演した者は、その契約を取消したり解除できれば、自らが出演したAVが遡って勝手に録画されたものになり、AVの販売やネット上へのアップロードの差止めや損害賠償を請求できることになりそうです。
しかし、実演家の著作隣接権にも限界があります。実演家が一旦自分の実演を録音・録画することを許諾すると、一定の範囲で、その映像を勝手に複製、放送・有線放送、送信可能化しないで、と主張することできなくなるのです。実演家の立場からすれば、自らの実演を録音・録画することを許諾するチャンスは一度だけであり、その後の二次利用については権利主張ができないことから、これを「ワンチャンス主義」と呼んでいます。
このワンチャンスが働く場面では、実演家は自らが出演した映像の公開や配信を停止することができません(俳優が、劇場用映画に同意して出演した場合などが典型例です)。

問題は、AV出演契約の取消しや解除とワンチャンス主義の関係です。AV出演契約の取消し、解除により契約がなかったことになったとしても、ワンチャンス主義を定める著作権法の下では、「一旦出演者の許諾を得て録音・録画された実演」(著作権法91条2項ほか)であることは事実である以上、著作隣接権は消滅しているのではないか。であれば、出演した映像をコピーしてDVDにして販売したり、ネット配信したりする行為を(著作隣接権では)止められないのではないか、それではAV出演契約を取消したり解除する実効性が十分はかれないのではないか、ということです。
この、ワンチャンス主義は契約の取消しや解除により影響を受けるのか、つまり、遡ってそもそも「許諾に基づく録音・録画」ではなかったことになるのかについては、明確な議論がなされてきてはいないように思われます。ワンチャンスというからには、一度「許諾に基づく録音・録画」となったものについては、遡ってそうではなかったことにはならない、とする解釈に立てば、(少なくとも著作権法に基づく)自ら出演したAVの利用差止は難しいということになります。
そのため、骨子案で、年齢の区別なくAV出演契約を解除や取消しできる、差止請求ができると定めても、少なくとも海外の第三者に対しては差止めを求められないことになりかねません。

他方、AV出演者が、実演家の権利を行使できるならば、差止めや損害賠償請求が認められているばかりか、侵害には刑事罰もあるため、非常に強い権利となります。説明したようなワンチャンス主義の論点には歴史もあり、また各国法制や条約の整理も必要で一筋縄では行きませんが、大きなテーマには違いないでしょう。

かねてから議論されていた、AV出演契約に関する未成年者取消権の復活については、成人年齢に一定の例外を設けることになり一貫性に欠けることから、見送られた経緯があります。今回の取り組みは、年齢を問わずAV出演を広く取消し等できるとするものであり、結果として意に反した出演者を広く救済できるようになります。デジタル時代においては、一度撮影された映像はネット上で広まり続けます。このような一種の性暴力を抑止できるような法案の整備は、被害者救済の観点から、大いに期待されていることでしょう。
であればこそ、現在の配信サイトの主流である海外サイトも含めて、拡散防止の実効性をはかるための更なる議論を続けることが、重要であるように思います。

以上

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