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2019年5月31日

著作権アーカイブIT・インターネットアートバラエティ

「『アート × ブロックチェーン』 アート取引の近未来」

弁護士  岡本健太郎 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

アートの主な販売チャネルとして、画廊・ギャラリー、百貨店、アートフェア、オークションなどが挙げられます。近年では、インターネットでのアートの販売も増えているようです。
仮想通貨などに利用されたブロックチェーン。これをアートの取引に利用する試みがあります。こうした試みにより、取引の信頼性が向上するほか、小口取引、アーティストへの還元など、様々なアイデアも実現可能となりそうです。アート取引の近未来を覗いてみましょう。

ブロックチェーン技術

日本ブロックチェーン協会(JBA)は、「ブロックチェーン」を、①「ビザンチン障害を含む不特定多数のノードを用い、時間の経過とともにその時点の合意が覆る確率が0へ収束するプロトコル、またはその実装」、②「電子署名とハッシュポインタを使用し改竄検出が容易なデータ構造を持ち、且つ、当該データをネットワーク上に分散する多数のノードに保持させることで、高可用性及びデータ同一性等を実現する技術」と定義しています
かなり複雑ですが、ごく大雑把にいえば、「ブロックチェーン」とは、ネットワーク共有型の機能強化データベースと言えるでしょう。「ブロック」と呼ばれるデータの単位を生成し、これを鎖(チェーン)のように連結してデータが保管されているため、ブロックチェーンと呼ばれているようです。単独のPCやサーバーで管理するのではなく、複数のPCなどを繋ぎ、分散してデータを管理するのがブロックチェーンの特徴です。

【イメージ図】

出所:経済産業省 商務情報政策局 情報経済課
平成27年度 我が国経済社会の情報化・サービス化に関する基盤整備
(ブロックチェーン技術を利用したサービスに関する国内外動向調査)」

ブロックチェーンには、①複数の参加者が確認し、かつ、ルールに従った書式のデータのみ記録される、②改ざんしにくいデータ構造を持っている、③ データの改ざんが試みられた場合、即時に検出され、そのデータが破損していると認識される、④破損データは、正常なデータを持つ他の参加者から取り寄せて自動修復される、といった機能的特徴があります。このような機能的特徴から、ブロックチェーンは、仮想通貨、ポイント等の記録、価値や権利の移転、スマートコントラクト(契約を自動的に履行する仕組み)などに利用が広がっています。

アート × ブロックチェーン

ブロックチェーンを利用したコンテンツビジネスの検討が進められていますが、ブロックチェーンは、アートの取引にも利用可能です。アートの取引においては、その作品の真贋が重要となります。偽物であれば、その価値が著しく減少するからです。一方、作品が本物であることが担保されれば、購入希望者も安心して取引できるでしょう。ブロックチェーンは、新規及び既存の作品の取引において、作品の真正を担保する機能を提供できるようです。

まず、新規作品については、アーティストは、ブロックチェーンに自身の作品を登録する際、その一環として、作者(≒登録作品が自身の作品であること)、タイム・スタンプ、デジタル署名などを登録します。こうしたデータは、作品と紐づけられ、登録作品が本物であることの「デジタル証明書」となります。アーティストごとに個別のIDが付与され、そのIDの保有がデジタル証明書の発行条件とされるため、あるアーティストのIDを保有しない無権限者が、そのアーティストのデジタル証明書を発行することは困難です。また、ブロックチェーンの特徴を活かし、デジタル証明書のデータ改ざんが試みられた場合には、改ざんの事実はブロックチェーン上で随時記録され、自動修復される仕組みです。このため、デジタル証明書の改ざんも困難です。

次に、既存作品については、真贋の判断には、その作品の来歴が重要となります。来歴とは、アーティストが作品を制作した以降の、歴代の所蔵者名、美術館への貸出し・展示等の記録です。また、美術の研究者などが作成するカタログ・レゾネ(作品の写真、サイズ、素材、来歴等が記載される作品総目録)、各作家の鑑定機関や権威が発行する証明書、サインなども真贋の判断材料となるようです。ブロックチェーン上で既存作品を取引する際には、販売を希望するギャラリー等が上記のような属性データを登録することが考えられますが、こうした属性データより、購入希望者による真贋の確認が容易になるでしょう。

アート市場における不正取引は、年間60億ドルにのぼり、その8割が偽造によるとも言われています。デジタル証明書や属性データは、ブロックチェーン上で偽物が取引されることを防止するだけでなく、将来の作品の売却や、第三者による作品のリサーチ、借入などの様々な場面における信頼性や安心感の向上に繋がっていく期待があります。
また、その後の取引もブロックチェーンによって記録化され、アーティストに共有されれば、アーティストにも「売れ筋」作品が分かり、創作活動に活かせるといったメリットもあるでしょう。

アートの民主化と追及権

アート取引は、一部のコレクターやギャラリーによる寡占状態と言われています。限られた人のみが参加するクローズドの世界で作品の値段が決定され、購入されているのです。特に、日本では、美術館などでアートを鑑賞する人は多いものの、購入する人は多くはありません。高額な作品となればなおさらです。
しかし、アート取引におけるブロックチェーンの導入により、より広い層がアート取引に参加するようになるかもしれません。1つの作品を丸ごと売買するだけでなく、作品の所有権を小口化し、それを売買する試みもあるのです。小口化の結果、高額の作品であっても、手の届く金額を支払うことにより、その一部を所有できるようになります。「ルノワール(の一部)を持ってるんだよね」、「実は、バスキアの共有者なんだ」などと自慢もできるのです。そればかりか、作品の価格が高騰した際には、小口化した一部を売却するなどして経済的利益を享受できるほか、各小口所有者が作品の価格形成にも影響を与えるようになるかもしれません。

ブロックチェーンにより、「追及権」的な仕組みも導入可能なようです。「追及権」(resale right)とは、1920年にフランスで誕生した権利であり、作品が第三者に転売される際に、著作者が取引額の一部の支払を受けられる制度です。
小説家、音楽家、劇作家等は、作品が出版、演奏、上演等されることにより、著作権の存続期間中であれば、継続的にロイヤルティ収入等を獲得できます。一方で、画家は、多くの場合、収益獲得の場面は作品の売却時に限られます。画家は、絵画を制作して売却した際に対価を受取りますが、その後、作品の評価が上がって高額で転売されても、転売価格の一部を受取るわけではないのです。転売時に絵画の価格が値上がりしていれば、「自身の他の作品の価値が高まる」といった期待はありますが、転売された作品から経済的な恩恵を直接的に受けるわけではありません。
生前、ゴッホの作品はほとんど評価されず、存命中に購入された作品は1点のみと言われています。ゴッホの作品は、死後に価格が高騰し、「ひまわり」は、1987年に53億円で落札され、より高額で落札された作品も存在します。しかし、画家やその遺族は、仮に作品の価格が高騰したとしても、基本的には、作品の転売価格の一部を得るわけではありません。 ミレーについては、当初1,000フランで売却した「晩鐘」が、30年後に売値が800倍!の80万フランになったものの、本人や遺族にはその恩恵がなく、孫娘は花売り娘をしていたとの逸話も残っています。追及権は、こうした不利益を解決する制度です。追及権の導入により、期間等の制限はあるものの、作品の転売の度に、画家やその遺族に収益がもたらされるのです。

追及権は、日本では馴染みの少ない権利ですが、フランス、イギリスなどを始め、80か国以上で導入済みとする資料もあります。一方、カリフォルニア州では、導入後、その適用範囲は限定されています。EUでは、詳細は各国によって異なりますが、基本設計は欧州指令に規定されており、その概要は以下のとおりです。


・「美術の原作品」が転売される度に、取引額に応じて、その一部(0.25~4%)が徴収される。

・「美術の原作品」には、①アーティストが制作した絵画、版画、彫刻、陶芸、ガラス作品、写真などの様々な視覚芸術・造形美術のほか、②アーティスト自身又はその承諾のもとに数量限定で作成された複製物が含まれる。

・プロのディーラー等が介在しない個人間の取引や、非営利かつ公開の美術館への転売などを除き、「美術の原作品」の全ての転売に適用される。

・徴収額は、販売者が負担し、アーティスト本人又は相続人に支払われる。

・アーティストの生存中及び死後70年に渡って存続する。

・少額取引は除外される。また、追及権に基づく徴収額の上限は、EUR 12,500(約150万円)である。

追及権は、アーティストにはメリットですが、①追及権に基づく徴収額分、アート作品の価格が値上がりする、②徴収額の支払を回避するため、追及権のない国に作品の取引が移動するといった懸念も指摘されています。日本でも、日本美術著作権協会(JASPAR)などの著作権管理団体が追及権の導入を求めていますが、オークション会社などは消極的なようです。ただ、ブロックチェーンでは、その技術を利用して作品が販売される限り、販売先を把握し得ることなどから、追及権的な仕組みも可能なようです。 立法ではなく、ビジネスや技術によって法的な仕組みが実現され得るのです。

おわりに

「アート × ブロックチェーン」の組合せにより、アーティストや購入者にとって、面白い近未来が広がっています。アート取引のデジタル化がさらに進めば、制作した作品をデジタル保存し、そのデータを売買し、購入者が3Dプリンター等で作品を再現する、といった新たな仕組みも可能となるかもしれません。アート取引の今後に注目したいと思います。

本コラムの作成に際して、Smadona(ブロックチェーンを利用したアート作品の小口取引)及びPC Wing(ブロックチェーンを利用したデジタル作品の取引)の方々にお話をお聞きしました。
いずれも、本年リリース予定の、アート取引の新時代を切り開く注目のサービスです。ご協力ありがとうございました。

以上

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