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コラム column

2019年6月20日

著作権裁判国際アート

「祝・最高落札額! ジェフ・クーンズの華麗なる著作権侵害裁判の数々」

弁護士  鈴木里佳 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

スキャンダラスな現代アーティスト、ジェフ・クーンズ

先月、アメリカの現代アート界を代表するアーティストである、ジェフ・クーンズ(Jeff Koons)の彫刻作品「ラビット(Rabbit)」が、クリスティーズのオークションで、なんと9,110万ドル(約100億円)で落札されたことがお茶の間のちょっとした話題となった。この落札額は、存命のアーティスト作品の落札額としては、史上最高額だという。

落札価格の最高記録を更新した、ジェフ・クーンズによるスチール彫刻
「ラビット(Rabbit)」(1986年) (クリスティーズのWebsiteより)

ジェフ・クーンズといえば、アメリカの現代アート界で、その(派手な)言動にも注目が集まる著名アーティストの一人で、このコラムの読者の中には、ご存じの方も多いはず。2014年に、ニューヨークのホイットニー美術館で開催された彼の回顧展ではこのように紹介されている「―彼は、戦後世代で、もっとも重要で、影響力と人気をもつ、物議をかもすアーティストの一人として広く認められている―」。代表作の「バルーン・ドッグ」をはじめとする、キッチュなテーマの巨大作品に対する評価は、「現代のミケランジェロ」などの賞賛と、「下品」、「金満好みのバカげた作品」といった辛辣な批判に二分される。

そうではあるが、なぜ法律事務所のコラムでクーンズを紹介するのか不思議に思った方もいるのでは。実はクーンズ、アート界において物議をかもすのみならず、アメリカの著作権法あるいはアート・ローの世界でもお馴染みの登場人物なのだ。筆者がスタンフォード・ロースクールで履修した、Art Lawのコースでも、2-3回のクラスのうち1度は彼の名前を耳にしたような気がする。クーンズは、著作権侵害裁判の被告としても超有名人物なのである。今から紹介する作品のなかでも「String of Puppies」と「Niagara」については、アメリカのロースクールで開講されているArt Lawのクラスでは、必ず紹介されるほどの著名事例である。
本コラムでは、そんなクーンズのファンの方にも、クーンズをご存じない方にも、彼がこれまで巻き起こしてきた、著作権侵害裁判の数々を、作品とともに、ざざっとご紹介してみたい。

String of Puppies

最初に取り上げる作品は、「String of Puppies(並んだ子犬たち)」というタイトルの彫刻。この作品、クーンズが土産物屋で購入した「Puppies(子犬たち)」というタイトルの写真付きメッセージカードをもとに制作された。「Puppies」はプロカメラマンのアート・ロジャースにより撮影されたもので、彼の作品カタログに掲載された他、クーンズが手にしたカードなどの素材としてライセンス利用もされていた。
それぞれどんな作品だったかというと・・・。

アート・ロジャースによる「Puppies」
(1980年)(Art Rogers Photographyより)
クーンズによる「String of Puppies」
(1988年)(Jeff Koons Websiteより)

左のロジャースによる「Puppies」は、子犬のかわいさとそれを囲む家族の幸福感にあふれている。一方、クーンズの「String of Puppies」は、なんというか・・、「Puppies」をベースとしていることはありありと伝わるものの、犬は青いし、人間の表情は旧型のアンドロイドのようで、よく見ると頭や顔にお花まで咲いている・・・。クーンズは、「Banality Show(ありふれたものの見本市)」というタイトルの展示会のために、この「String of Puppies」を制作した。ニューヨークのアートギャラリーでの展示会では、制作した4体のうち3体が、合計367,000米ドル(なんと4千万円以上)で取引されたという。
さて、この作品をめぐる裁判では、主に3つの論点があった。1つ目の論点は「Puppies」の著作物性。2つ目は「String of Puppies」が、「Puppies」の無断使用(複製)に該当するかどうか。そして、3つ目の論点は、「フェアユース」が成立するかどうか。最初の2つの論点については比較的容易に原告の主張が認定された。そして、3つ目の「フェアユース」が成立するかが訴訟の勝敗を分ける大きなポイントであった。フェアユースについてごく簡単に説明すると、米国著作権法上、著作物の無断使用であっても、批判や解説、報道などを目的とする、“フェアユース(公正な利用)”は、著作権侵害にあたらないとされる。この“フェアユース”といえるかは、①その利用の目的や性質、②著作物の性質、③利用された著作物の量と実質性、④利用された作品の市場価値への影響を、裁判所が総合考量して決定する。
4つの要素のうち、1つ目の要素:①利用の目的・性質が、重視されることが多いが、パロディ目的は、フェアユースを肯定する方向に作用すると判断されていた。クーンズは、この要素に関し、クーンズの「String of Puppies」は、ロジャースの「Puppies」の「パロディ」にあたると主張した。具体的には、「Puppies」は、典型的で、世の中にありふれた、見慣れたイメージである。大衆文化の一端といえる、このようにありふれた写真を素材とすることで、商品やメディアイメージの大量生産が社会価値の低下を招いたという批判を加えることができる。取り込んだ作品自体とそれを生み出した政治的・経済的システムに対して、批判的コメントを加えることに狙いがあったという主張であった。
これに対し、裁判所は、フェアユースの成立を認めなかった(1992年判決)。理由としては、フェアユースと認められる「パロディ」は、批判・批評の対象に、利用した著作物自体が含まれる必要がある(というのも、作品自体ではなく社会風刺で足りるとしたら、その手段としていかなる作品も利用できることなり、フェアユースの範疇が不当に広がってしまう)。しかし、クーンズの「String of Puppies」は物質社会を風刺するものの、「Puppies」自体を批判していないため、「パロディ」とはいえない、という考え方だ。
また、「String of Puppies」を制作する上で、クーンズは、「Puppies」の写真中のロジャースの著作権表示部分を切り離した上で、写真とそっくりの彫刻をつくるよう、彼の工房の職人に依頼したという経緯があった。このような経緯も、クーンズの利用は、不誠実なもの(bad faith)であり、フェアユースの成立を否定する方向に作用した。

「Banality Show」シリーズの作品に関する訴訟は、これだけではない。クーンズは、同シリーズの他2作品を巡っても著作権侵害訴訟を米国で提起されている。

Wild Boy and Puppy

1つ目の作品は、この「Wild Boy and Puppy」という作品だ。

Jim DavisによるOdie
(1978年にガーフィールドに初登場)
(Wikipediaより)
クーンズによる「Wild Boy and Puppy」
(1988年)(Jeff Koons Websiteより)

クーンズの作品のうち、左側の耳の立っている犬の彫刻が、Jim Davisによる人気新聞漫画の「ガーフィールド」に登場する犬のキャラクターのOdieにそっくりだということで、同漫画の当時の権利者から著作権侵害を理由に訴えられた。クーンズは、Odieのイメージをコピーして彫刻を制作するよう、職人に指示したことは認めた。その上で、Odieのイメージは、現代の大衆文化が空っぽで皮肉なものであることのシンボルとして使ったものであり、その社会批判という目的からフェアユースが成立すると主張した。しかし、裁判所は、「String of Puppies」 のケースに則り、フェアユースとして正当化されるパロディは、取り込まれた著作物自体を対象とする必要があり、社会に向けられたものでは足りないと述べた。そして、「Wild Boy and Puppy」では、クーンズによる批判ないしパロディはOdieに向けられていないことから、フェアユースの成立を否定した(1993年判決)。

Pink Panther

クーンズによる「Pink Panther」(1988年)(Jeff Koons Websiteより)

2つ目の作品は、見た目も、タイトルも、そのまんまで、「Pink Panther(ピンク・パンサー)。案の定というべきか、著作権侵害を理由に訴えられたが、このケースについては、裁判外で和解により終了した(クーンズが勝機なしと判断して和解に持ち込んだのではと想像されるが、顛末はよくわからない)。

以上、「Banality Show」シリーズに関する米国での裁判を3つ紹介したが、実はまだ終わりではない。クーンズのような世界的アーティストになると、著作権侵害訴訟も世界規模になる。2014年にパリのポンピドゥーセンターで開催されたクーンズの回顧展は、舞台をアメリカからフランスに移し、新たな裁判を立て続けに招くことになった。このフランスの訴訟も2つ紹介したい。

Naked

1つ目は、「Naked(裸体)」という作品。この作品をめぐる裁判は、クーンズがこの作品のベースにした写真を撮ったフランスの写真家、Jean-François Bauretの遺族から訴えられたもの。それぞれの作品はというと・・。

Jean-François Bauretによる「Enfants」
(1975年)(Jean-François Bauret Websiteより)
クーンズによる「Naked」(1988年)
(Jeff Koons Websiteより)

左の写真が、亡Jean-François Bauretの作品「Enfants(子供たち)」で、右の彫刻がクーンズによる「Naked」である。ここでも、パロディが問題となった。フランスの著作権法は、米国のような柔軟なフェアユース法理を認めていない一方、“パロディ”ならば、著作権侵害に対する例外として免責されうる。しかし、(パロディの)元の作品と、新たな(パロディ)作品との関係が曖昧な場合、ここでいう(適法な)”パロディ“とは認められないのがフランス流の考えだ。具体的には、パロディ作品を観た者が、元の作品と新たなパロディ作品を区別し、ユーモアや解説の要素を認識することができるようなものでなくてはならない。しかし、「Naked」の場合、元の作品があまり有名ではないため、パロディの主張は通らないとフランスの裁判所は判断した。

Fait d’ Hiver

ポンピドゥーでの回顧展は、もう一件の著作権侵害訴訟を招いた。「Fait d’ Hiver」(冬の出来事)という作品に関するケースである。以下の写真を見て頂ければ、もう何が論点になるか賢明な読者の皆さんには説明不要であろう。「Fait d’ Hiver」ケースは訴訟提起から4年近くかかって、昨年(2018年)ようやく結論がでた。クーンズは、「Naked」ケースと同様、パロディの主張をしたが、Nakedケースと同様、その主張は認められず、フランス法の下で著作権侵害と判断された。

原告(Franck Davidovici)が制作した
ファッション広告(1985年)
https://news.artnet.com/art-world/jeff-koons-plagiarism-lawsuit-1354876)。
タイトルも、同じく、「FAIT D’HIVER」だった。
クーンズによるFait D’Hiver(1988年)(Jeff Koons Websiteより)

●Niagara

ここまで、敗訴が続いたクーンズ。連戦連敗かというと、そうでもない。フェアユースが成立し、著作権侵害ではないと判断された米国のケースを1つ紹介したい。この「Niagara(ナイアガラ)」のケースの原告の作品は、こちらの「Silk Sandals by Gucci」というタイトルの写真。アンドレア・ブランチが撮影したもので、Allureという、高級ファッション誌に掲載された。

アンドレア・ブランチによる「Silk Sandals by Gucci」(2000年)
(Blog: COPYRIGHTS IN THE VISUAL ARTSより)

そして、これを取り込んだクーンズの作品「Niagara(ナイアガラ)」 がこちら。

クーンズによる「Niagara」(2000年)(Jeff Koons Websiteより)

タイトルにある、ナイアガラの滝を背景に、4セットの女性の脚が並び、その合間や下部には、甘そうなブラウニー(アイスクリームトッピング付き)やペストリーが配置されている。 ブランチの写真はというと、並んでいる女性の脚のうち、左から2番目に、向きを変えて使われている。原告からの著作権侵害の訴えに対し、クーンズは、いつものごとく、フェアユースを主張した。しかし、ここでは、パロディという言葉は使わず、目的が「Transformative Use(変容的な利用)」であると主張した。Transformative Use、つまり、新しい作品の創作目的が、元の作品が創作された意図と明らかに異なると認められる場合、フェアユースが成立する方向に大きく作用することになる。クーンズは、「ブランチの写真を使用したのは、マスメディアの生み出す社会的、美的な影響に対してコメントするための素材とするためであり、ブランチによる創作意図とは全く異なる」と主張した。裁判所は、新しい作品が、新たな表現、意味付け、又はメッセージをもって元の作品を変え、異なる性質や目的が加わる場合には、Transformative Useにあたると述べた。そして、クーンズの主張を認め、Niagaraにおけるブランチの写真の利用は、フェアユースにあたると判断した(2006年判決)。ついにクーンズの勝訴である。

●Seated Ballerina

クーンズによる「Seated Ballerina」(3バージョン目のこの作品:2017年)
(Jeff Koons Websiteより)

最後に紹介するクーンズの作品は、2017年に、ニューヨークのロックフェラーセンターに設置された、座ったバレリーナをテーマとしたパブリックアート作品である。この作品が発表されると、このバレリーナは、ウクライナのややマイナーな彫刻家、Oksana Zhnikrupの作品にそっくりだとの批判が瞬くまに広まった。「またもやクーンズお得意の著作権侵害裁判か!?」と意気込んで、押し寄せたウェブマガジンからの取材。これに対し、クーンズ側は、「Oksana Zhnikrupの作品は知っているし、ライセンスを受けているよ」と、見事な肩透かし。と思ったのもつかのま。今度は、批判の矛先は、作品公表時に、クーンズが元の作品について明らかにしなかった点に移った。その後、ライセンサー(作家の遺族)が、ウェブマガジンのインタビューに応じ、作家名のクレジットがなかった点について、怒りもがっかりもしなかったと答えるなどして、騒動はようやく収束に向かった。クーンズの作品は、裁判になっても、ならなくても、(ゴシップも含めて)注目を集めてしまうようだ。

●まとめにかえて

クーンズが登場する裁判の数々、そして、彼の作品の落札額をみると、なんともいえない複雑な気持ちになる。もちろん、作品が高く売れる、イコール正義ではないが、裁判で敗けることなど、売れっ子アーティストにとってはたいしたことのないように思えてくる(少なくとも、取引価格への影響という意味では、そうなのだろう)。String of Puppiesのケースでは、「既存の作品を新たな作品に取り込むことにより、元の作品が象徴する文化や社会を批判する」という表現手法自体が著作権法により許容されないと判断された。クーンズがこの裁判で敗けたことは間違いないが、著作権法は、創造を下支えする法律として、適切なバランス感覚を維持できるのか。そんな疑問をクーンズから投げかけられているような気がしてならない。なお、String of PuppiesケースとNiagaraケースの間に、パロディ作品に関する重要な連邦最高裁判決がでた(1994年・プリティ・ウーマン事件)。そのケースで連邦最高裁は、楽曲のパロディにフェアユースが成立するか判断する上で、従来のパロディの議論ではなく(新たな作品が「パロディ」にあたるかではなく)、Transformative Useといえるか(新たな作品が、オリジナル作品とは異なる意味やメッセージを加えたか)を争点として、フェアユース成立を認めた。仮に、この最高裁判決より後に、String of Puppiesが裁判になっていたら、はたして同じ結論となったのか、非常に興味深い。
本コラムでは、米国を中心とする海外のケースを紹介した。ひるがえって日本はどうだろう?パロディに対してすら歴史的には不寛容だった日本の著作権法は、現代アートとの相性がよいとは決していえない。そのため、著作権侵害訴訟で敗けること、少なくとも、クレームを受けることを、創作活動を怯ませるスティグマにしてはならないだろう。
他方で、アーティスト自身も創作にまつわるルールに無関心ではいられない。クーンズが歩んだ数々の裁判は、アーティストが法的ルールとどう向き合うかについて、ヒントを与えてくれそうだ。

以上

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