All photos by courtesy of SuperHeadz INa Babylon.

English
English

コラム column

2023年6月28日

著作権国際IT・インターネット映画

「全世界配信向け映像制作の権利処理の勘所 
~架空のドラマ「軽井沢らへんで、きょう何たべる?」を題材に~」エピソード02

弁護士  鈴木里佳 (骨董通り法律事務所 for the Arts)



2022年- コロナ禍により、遠のいた観光客の足がまだ戻らず静かな軽井沢への移住を決めた弁護士のトーコと、デザイナーのいちえ、そして翻訳者(兼オンライン英会話講師)のみどり。のどかな田園と大きな森のコントラストが美しい発地(ほっち)地区の中古の格安ログハウスで、リモートワークをしながら、軽井沢近郊の食材・料理の並ぶ食卓を3人で囲む毎日が始まった。この作品では、“軽井沢らへん”の実際の店舗や食材の紹介を交えながら、この土地の人々との出会いに刺激を受け、心地よい暮らしを見つけるまでの、マイペースな3人の日常を描く。

前回に引き続き、「これ、法律事務所のコラムだよね?」という始まりですが、2回シリーズの本コラムでは、架空のドラマを題材に、全世界配信を標準とするプラットフォームオリジナル番組を制作する際に気になる法的問題について、権利処理担当者の疑問と、それに対するプロダクションカウンセル(弁護士)のコメントという形で、検討します。
今回はその後編です。


●EP04
軽井沢の秋は、思いのほか早く訪れます。美しい紅葉をめでる傍ら、まだ10月だというのに、朝晩には灯油ストーブが早くも活躍し始めます。室温でオリーブオイルが凍るという軽井沢の冬を前に、光熱費がどこまで上がるかが気になり始める3人。それぞれの本業とは別に、3人の共通の趣味であるハンドメイド(刺繍)で光熱費を捻出できないかと画策し始めます。
そんなときに目にしたのが、著作権の保護期間がきれた「くまのプーさん」がなんとホラー映画になるという話題。その予告編のB級感はさておき、これは使える!と膝をうちます。「著作権は専門ではないんだけどね・・」と言いながら、そして軽井沢のスーパーDELICIAの手作りおはぎをつまみながら、トーコがリサーチしたところ、なんと、クリムト、ゴッホ、モネ、マティスと、日本で人気の高い画家の絵画は、著作権がきれていることがわかり、これらの作品をモチーフにした刺繍絵をつくって販売することを考えます。



刺繍絵の制作・販売のシーンで、絵がたくさん映ることになるけど、海外作家だから、戦後加算も気にしつつ、死後50年なり、70年なりが経過していることを確認すれば、いいんだよね??

    権利処理担当者
イラストby Loose Drawing


はい。そのとおりなのですが、実は単純な話ではありません。
まず、日本で著作権の保護期間が死後50年から死後70年に延びたのは2018年12月30日ですので、その時点までに、作家の死後50年が経過していたことを確認します。
すると、1918年没のクリムトの作品は保護期間延長の時点で切れていたとわかります。1926年没のモネ(フランス)、1890年没のゴッホ(オランダ)、1954年没のマティス(フランス)は、戦後加算を考慮する必要があるものの、それでも2018年を迎える前に保護期間が終了していたと考えられます(マティスはギリギリですね)。
では、本作品で、これらの作家の絵画を自由に写せるかというと、そうともいいきれないと考えます。というのも、本作品は全世界配信を視野に入れているため、配信が行われる各国においても、これらの作家の著作権がきれているかを気にする必要があると考えます。
まず、著作権保護期間について、ベルヌ条約の定める「著作者の生存期間+死後50年」というのは下限であって、各同盟国は、より長い保護期間を定めることも認められています(ベルヌ条約7条6項)。
たとえば、フランスでは、基本的に、著作権は作者の生存中及び死後70年間保護されるため、マティスは、まだフランスでは著作権の保護が続いています。仮に、マティスのダンスIIをモチーフにした刺繍絵が、その制作過程の素材などとともに本作品に収録され、フランスで配信された場合、詳細はフランスにおける国際裁判管轄や準拠法の考え方にもよりますが、フランスの著作権法に基づき、著作権侵害と判断される可能性は十分あると考えられます。

マティスは厳しいとして、他の3名の作家は安全かというと、実はモネも注意が必要です。というのも、アメリカやEU各加盟国などが認める「生存期間+死後70年」の保護がスタンダードのようにも思われますが、メキシコの「死後100年」や、コートジボワールの「死後99年」など、より長い保護期間を認める国もあります。とくに気になるのは、「Why Mexico?」というドキュメンタリーが制作されるほどに、名だたる映画人を輩出し、隠れたコンテンツ大国であるメキシコです。作家の出身地でもないメキシコへの配信行為につき、メキシコの裁判所に管轄が認められるか?そして準拠法の問題はあるにせよ、委託元のプラットフォームとの制作委託契約上、「全世界での無期限での配信に必要な権利処理」を行う責任を負ってしまった場合、メキシコの著作権法が適用される可能性をはなから無視することには躊躇を覚えます。少し見方を変えると、「全世界での配信に必要な権利処理」を行う責任を安易に受け入れてしまうと、①権利処理に膨大なコストと手間がかかる、②権利処理を理由にクリエイティブ面で妥協することになる、あるいは③安心して世界配信できないという、どれも避けたい結果に陥りかねません。

ここで、「“相互主義”により、モネの出身地であるフランスでの著作権保護期間が終了すれば、他の国でも著作権の保護期間が終了するのでは?」という疑問もわきますが、これもそう単純な話ではありません*。

*ベルヌ条約の加盟国は、「外国の著作物についても内国著作物と同等に保護する」という内国民待遇の原則があります。その例外として、各著作物の本国(基本的に、最初に発行された同盟国)での保護期間が、自国の保護期間より短い場合、その短い本国の保護期間を適用するのが相互主義の考え方です。日本の著作権法はこの相互主義を採用することを明らかにしています(58条)。
たとえば、中国の保護期間は、作者の死後50年です。そのため、中国の作者の死亡から50年が経過すると、中国では、その作者の著作物の保護期間が終了します。そして、その保護期間終了にあわせて、日本においても、相互主義により、それらの作品の著作権保護期間が終了したものと扱うことになります。
もっとも、この相互主義の採用は、ベルヌ条約上の義務ではなく、アメリカなどはベルヌ条約加盟後も採用していません。問題のメキシコはというと、少なくとも著作権法の条文を見る限り、日本の著作権法58条のように、相互主義を採用するとは明らかにはしておらず、採用していない可能性が十分あると考えます。

日本でのリサーチの限界もあり、この重要な問題については、メキシコ現地で、あるいは橋本弁護士に続くマックスプランクでの在外研究により解決すること責務と感じつつ、保護期間問題の検討は、ひとまずここまでとします。
ただ、モネの庭を想わせるレイクガーデンで季節ごとの花を楽しむようになったみどりは、モネをあきらめたくないようです。まずは、委託元のプラットフォームと「配信国からメキシコを外せるか」を協議し、全世界配信はやはり譲れないということであれば、ここは趣向を変えて、葛飾北斎や歌川広重などの浮世絵シリーズを加えてもらうことにしましょう。




●EP05 朝晩の冷え込みが厳しくなるにつれ、3人は、薪ストーブのあるリビングで過ごす時間が増えます。エピソード3で、いちえの片想いは叶わなかったものの、紅茶店主とは薪をただで分けてもらえる関係となり、トーコとみどりは喜びを隠しきれません。
そんな3人がいつも手にしているのは、ムーミンのマグカップ。いちえは店主おすすめのアッサムで、残りの2人はツルヤのそば茶をすするのが定番となりました。そういえば、森に囲まれた生活を始めてからの半年で、家の中に少しずつムーミングッズが増えてきたような・・・。


ムーミンのマグカップ、大写しにしなければ、とくに許諾はとらなくても大丈夫かな?


ムーミンのイラストは著作物にあたるでしょうし、保護期間も終了していない(※トーベ・ヤンソンの没年:2001年)ため、例外的に、いずれかの制限規定の要件を満たさない限り、著作権者の許諾が必要となります。前編のエピソード2で紹介した「付随的著作物の利用」を認める30条の2の規定は、令和2年改正後、マグカップなどの小道具を、「あえて写し込む」場合でも適用される可能性がでてきましたので、その要件を満たすかを検討します。
具体的には、主に「軽微性」の要件が問題になると考えます。
エピソード2で詳述したとおり、「軽微性」の要件の検討では、作品全体の中で付随対象著作物(ここでは、ムーミンのマグカップ)が占める割合(「面積」の割合/映る「時間」)及び再製の精度に加え、作品のテーマとの関係における「写り込む著作物の重要性」が考慮されます。 ムーミンのキャラクターにとくに意味を持たせないのであれば、「ピントを合わせて大写し/長写ししないか」を、主に気にすればよいと考えられます。他方、少しずつ増えていくムーミングッズが、移住後の森の中での暮らしによる3人の心情の変化の投影であり、本作品の隠れたキーアイテムになる場合、視聴者のムーミングッズへの注目も回を重ねるごとに高まると考えられ、その心情投影のための写し方・演出とも関連して注意が必要でしょう。
また、そもそも、付随的著作物の利用を認める30条の2条は、国内放送ドラマなどの小道具や衣装の検討に関して、今後出番が増えることが期待される一方、本作品のような全世界配信番組についても、同様の検討で足りるのかという疑問がわいてきます。
というのも、エピソード4では、本作品に写される素材に応じて、配信が行われる各国の著作権保護期間も無視できない問題と書きましたが、権利制限規定についても同様に悩ましい問題があります。

具体的には、ムーミンのキャラクターの無断利用について、日本の代理店から日本でクレームを受ける可能性のみならず、「本国のフィンランドにおける本作品の配信が、フィンランドの著作権法に照らして、ムーミンの著作権を侵害する」ことを理由とする裁判をフィンランドで提起される可能性、あるいは「アメリカにおける本作品の配信が、アメリカの著作権法に照らして、ムーミンの著作権を侵害する」との訴訟提起をアメリカで提起される可能性も否定はできません。
それらの場合、フィンランドないしアメリカにおける、隔地的侵害(日本で撮影やアップロードが行われたドラマが日本国外で配信・視聴される場合のように、加害行為の場所と、被害や損害の発生場所が異なる侵害)についての国際裁判管轄及び準拠法の決定に関するいずれも複雑な問題*があります。

*各映像プラットフォームが設置するサーバの場所にも関わるため、このコラムでは深入りはしませんが、日本の準拠法の考え方を参考にする限り、意図して配信が行われる各国(=著作物の無断利用という不法行為の結果が発生する国)の著作権法が適用されないとは、にわかに判断することはできません。そして、仮にフィンランドないしアメリカの著作権法が適用される場合、これらの適用法に定められる権利制限規定あるいは判例法理により、ムーミンのマグカップの利用が正当化されるかという次の難問に直面します(アメリカの場合、付随的利用(incidental use)として適法になる余地があると考えますが、膨大ともいえる判例を踏まえた検討が必要となるでしょう。この点も、このコラムでは深入りしませんが、橋谷俊「著作物等の写り込みと些少な侵害に関する一考察(2):アメリカ法における位置づけを手がかりとして」知的財産法政策学研究 Vol.55(2022)P.249が詳しく参考になります)。

実は、この準拠法の問題は、前編のエピソード1のシェフの看板についても、エピソード2の風呂敷にも共通します。もっとも、これらの著作物については、権利者が日本人(あるいは日本企業)と考えられるため、仮に著作権侵害が問題となるとしても、日本国外の著作権法に基づく主張を受ける可能性はある程度限定的であるようには考えられます。このように考えると、日本の著作権法の定める権利制限規定を理由に、著作権者の許諾を得ずに、その著作物を利用する場合、その著作物の権利者が日本人ないし日本企業であることを、事実上の条件にするという割り切り方も(少なくともリスク判断ができるという点で)あり得るようには思います。
本作品でも、仮に、ムーミン側から許諾が得られなかったり、高額の使用料を求められた場合には、同じく森に暮らすトトロなどの別なキャラクターのマグカップへの方向転換も一つの方法になるかもしれません。

●おわりに
これまで、映像作品の権利処理というと、「法的に必要か?」を問わずに、とにかく関係者に連絡した結果、本来は必要ではない許諾がとれないがために、希望していた素材を使えなくなったり、あるいは、高額の使用料の支払が必要となったケースも少なくなかったように思います。
プラットフォーム配信用のオリジナル作品の制作にあたっては、従来からの映画制作ないし放送番組以上に権利処理の検討が周到に行われるようになり、非常によい流れと感じています。他方で、全世界配信を前提とする配信番組の権利処理においては、とくに日本国外の法律ないし判例の影響を受ける可能性も否定できません。映像プラットフォームの台頭は、映像制作業界に大きな変化をもたらしましたが、権利処理の在り方にも、荒波が押し寄せられたように感じます。この荒波をどう乗りこなすのか、多くの制作現場で挑戦が続きます。

以上

弁護士 鈴木里佳のコラム一覧

■ 関連記事

※本サイト上の文章は、すべて一般的な情報提供のために掲載するものであり、
法的若しくは専門的なアドバイスを目的とするものではありません。
※文章内容には適宜訂正や追加がおこなわれることがあります。
ページ上へ