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コラム column

2023年5月30日

著作権名誉・プライバシーIT・インターネット映画

「全世界配信向け映像制作の権利処理の勘所 
~架空のドラマ「軽井沢らへんで、きょう何たべる?」を題材に~」エピソード01

弁護士  鈴木里佳 (骨董通り法律事務所 for the Arts)


2022年春- コロナ禍により遠のいた観光客の足がまだ戻らず静かな軽井沢に、この地への移住生活を決めた2人の男があらわれる。弁護士のタロウと、デザイナーのユウジ。のどかな田園と大きな森のコントラストが美しい発地(ほっち)地区の中古の格安ログハウスに移り住み、リモートワークをしながら、軽井沢近郊の食材・料理の並ぶ食卓を2人で囲む毎日が始まった。この作品では、“軽井沢らへん”の実際の店舗や食材の紹介を交えながら、この土地の人々との出会いを機に、ときに揺れ動きながらも、穏やかに続く2人の日常を描く。

「これ、何のコラム??」という感じですが、今回のコラムでは、架空のドラマを題材に、全世界配信を標準とするプラットフォームオリジナル番組を制作する際に気になる法的問題について、権利処理担当者の疑問と、それに対するプロダクションカウンセル(弁護士)のコメントという形で、検討したいと思います。2回にわけてお届けする予定のこのコラム、今回はその前編(エピソード01)です。

まず、鋭い読者の方はピンときていると思いますが、冒頭の企画概要は、よしながふみさんの人気漫画をもとにドラマ版そして劇場版も大人気を博した「きのう何食べた?」と、設定がとても似ています。男性同士のカップルが主人公である点、その1人が弁護士である点、2人の名前、2人の食卓を囲むシーンが作品の中心に位置付けられる点などの共通点があります。それだけでなく、「軽井沢らへんで、きょう何たべる?」という、そこからして疑わしいタイトルがついていますし、できれば、フードスタイリストは、山崎慎也さんにお願いしたいとまで、制作サイドは考えています。


「『きのう何食べた?』と、こんなに共通点が多くて、違法にならないのかなぁ」

   権利処理担当者

具体的には、本作品が、「きのう何食べた?」の著作権侵害とならないか、の問題に直面しますが、結論としては、セーフ(適法)でしょう。
前提として、著作権法により保護されるのは、具体的な創作的表現です。これに対し、登場人物の設定、テーマや企画といった抽象的な要素には、著作権は及びません。そのため、冒頭の企画概要に基づき制作される映像の中で、登場人物の台詞や各シーンの構図といった、著作権的要素の類似まで発生しないのであれば、著作権侵害とはならないと考えられます(なお、タイトルが似ている点も、「きのう何食べた?」くらい短いと、著作物にはあたらないと考えます)。
ただし、法的にセーフであっても、作品が“パクリ”との誹りを受けるかは別の話です。そのような問題が生じる可能性がある中、キャスティングも難航しそうだとの判断のもと、以下のようなストーリーに変更されたようです。


2022年春- コロナ禍により、遠のいた観光客の足がまだ戻らず静かな軽井沢に、この地への移住生活を決めた3人の女の声が響き渡る。いつまで続くともわからない会話を続けるのは、弁護士のトーコと、デザイナーのいちえ、そして翻訳者(兼オンライン英会話講師)のみどり。のどかな田園と大きな森のコントラストが美しい発地(ほっち)地区の中古の格安ログハウスに移り住み、リモートワークをしながら、軽井沢近郊の食材・料理の並ぶ食卓を3人で囲む毎日が始まった。この作品では、“軽井沢らへん”の実際の店舗や食材の紹介を交えながら、この土地の人々との出会いに刺激を受け、心地よい暮らしを見つけるまでの、マイペースな3人の日常を描く。

企画自体に大きく見直しが入りましたが、気を取り直して、エピソード1からみていきましょう。


●EP01
エピソード1では、移住者というよりまだ観光客気分の3人が土曜の昼下がりに、軽井沢観光の王道の旧軽通りを散策します。かわいい看板に目を奪われて入ったパン屋は、この地を好んだジョン・レノンと、オノヨーコが2人で訪れたことでも有名な「フランスベーカリー」。コロナ禍以前と異なり、売り切れで欠ける商品も少なく、イートインコーナーにもスムーズに座れ、りんごが2個半も使われた名物のアップルパイにかぶりつく3人。りんごのみずみずしさに驚きつつ、あっというまに平らげます。明日からの朝食用に、フランスパン、チーズパン、ブルーベリーパンと、それぞれ気になるパンを持ち帰るとし、気をよくした3人は再度店先の看板の前で足をとめます。「アップルパイおいしかったし、この看板のパンまで食べたくなる」と、おどけるトーコ。その様子をスマホに収めるいちえ。調子にのった3人は、順番に動画をとり、TikTokにあげることに・・・。



「このシーン、移住前には使っていなかったSNSにも自然と手を出すようになった3人の心情を描いてるのだけど、このシェフの看板、こんなに自由に大写ししていいのかなぁ?」


骨董コラムではお馴染みになりつつある、この問題、答えは、おそらくイエス(大写しOK)です。
看板のシェフの絵は、愛嬌のある表情を含め、作者の個性の表れた著作物にあたると考えられます(ちなみに、この看板は、店舗を設計された方の奥様が描かれたそう。)そのため、看板を撮影するためには、著作権者の許諾が必要であるのが原則です。
ただ、この看板は、美術の著作物に分類されると考えられるところ、店先(屋外)に恒常的に設置されているため、「原作品」にあたれば、著作権法46条の適用を受け、著作権者の許諾がなくても利用することができます。
「原作品」にあたれば、という条件を付けましたが、著作権法46条の対象は、美術の著作物の「原作品」に限られ、複製物は含みません。もっとも、複製物であっても手刷りの版画のように第一次的形態として作成されるオリジナル・コピーは、複数枚であっても全て「原作品」に含まれ、また、屋外看板などの場合、一品ずつ出来上がりを著作者が確認して設置するものは、「原作品」にあたるというのが有力な考え方です。そのため、シェフの看板は「原作品」に該当する可能性が高いと考えられますが、複製品の場合、別のロジックの検討が必要となりますので、看板が制作された経緯について、念のため、もう少しお店の方に確認してもらいましょう。
なお、この著作権法46条の規定による著作物の利用に関して、「その出所を明示する慣行があるとき」は、出所の明示が必要となります(48条)。もっとも、映像作品の中に、公開の美術作品を収めるにあたり、その作品のクレジット(具体的には作品の著作者名)を表示する慣行があるとはいいがたく、クレジットがなくても問題ないと考えられます。


●EP02
湿度の高さゆえに、洗濯物がいつまでも乾かないなどの悩みがでてきたものの、移住生活にも慣れ始めた3人は、移住生活1ヶ月を祝うべく、バーベキュー用の肉を買いに、軽井沢の隣の御代田町にある肉のカタヤマを訪れます。レストランのような店構えの建物に入ると、ショーケースの中には、新鮮で種類豊富な精肉が並びます。自家製のソーセージやハム類、ポテトサラダやキッシュなどの惣菜に加え、バーベキューソースや焼肉のたれなどの調味料が充実しているのも、カタヤマの魅力の1つ。そんな店内には、店の雰囲気に合った、大きな風呂敷が無造作にディスプレイされています。紺地に白い鳥のモチーフのこの風呂敷。カタヤマの開店50周年記念に作ったもので、デザインは、テキスタイルで有名なミナ ペルホルンの皆川明さんだそう。



「この風呂敷、このままディスプレイした状態で撮影して大丈夫かな?」



まず、4羽の白い鳥が円を囲むように配置されたデザインは、個性の表れたものであり、著作物にあたるでしょう。そのため、映像内に写すのであれば、原則として、著作権者の許諾をとる必要があります。


「でもさ、ロケ先から同意書をもらってるから大丈夫なんじゃないの??」



これは、ごくたまにイエスであるものの、多くの場合ノーです。
配信作品の制作にあたっては、プラットフォームの方針もあり、テレビ放送番組と比べて、権利処理がより綿密に行われる傾向がみられます。撮影に協力してもらうロケ先から差し入れてもらう同意書には、撮影についての同意のみならず、「撮影する物件内にある看板や美術品などの物品を撮影し、その映像を利用すること」の許諾と、そのように許諾する権限があること、つまりOKを出す立場にあることの保証が盛り込まれます。


イラストby Loose Drawing

これは、仮に、撮影を行った物件内の看板や絵の権利者から、作品内でのこれらの利用に対してクレームを受けた場合に、ロケ先の管理者に対して(OKする権限があるといってくれましたよね?と)保証違反の責任を理論上問えるように、という考えによるものです。
ただし、実際には、物件の管理者が、撮影場所に置かれたあらゆる看板や美術品といった物品について、撮影を見越したかのような権利処理を行っていることなど、期待できないのが実情でしょう。
つまり、上の図のように、同意書を通じて、①「物件内で撮影を行うこと」と②物件内の絵を撮影し、利用することについてOKをもらっていたとしても、2つめのOK(水色の矢印)については、ロケ地の管理者には許諾(OK)を出す権限がなく、著作権侵害となる可能性が高いと考えます。


「そしたら、やっぱりデザイナーの許諾はマストなの??」



これは、「写し方次第」ということになりそうです。
というのも、令和2年改正により、いわゆる「写り込み」を許す制限規定(付随的著作物の利用:著作権法30条の2)の要件が緩和され、写り込む著作物が、主たる被写体から「分離困難」であることは不要となりました。
改正後は、主に、①主たる被写体に付随して写りこむ事物/音であること、②軽微な構成部分にとどまること、③正当な範囲内であることという要件を満たす必要があります。
まず、①の付随性については、カタヤマの店内であれこれ商品を見て回る3人の姿がメインの被写体であり、風呂敷は、その店内の装飾の一つにとどまるため、付随的といえると考えます。
次に、②軽微性については、作品全体の中で付随対象著作物(カタヤマの場合の風呂敷)が占める割合(映像の場合は「面積」の割合に加え、映る「時間」も考慮されます)を中心に、再製の精度や、作品のテーマとの関係における、写り込む著作物の重要性などの要素に照らして判断されます。ミナの風呂敷の場合、とくに話の展開上、キーとなる役割などありませんので、長く、大写しにしないのであれば、軽微性は満たすと考えられます。
最後に、正当な範囲については、(1)付随的著作物の利用により利益を得る目的の有無、(2)分離可能性(特に意図的に写し込んでいないか)、(3)作品において付随的対象物が果たす役割などの要素が総合的に考慮されます。ミナの風呂敷のように避けて撮影できる可能性があることは、「正当な範囲」であるかの判断において不利に働きますが、それのみにより、正当性が否定されることにはなりません。そして、風呂敷は、本作品においてとくに重要な役割はありません。また、本作品の制作自体は営利事業であるものの、受け取る利益は作品制作に対する報酬であり、風呂敷を見せることの対価とはいえないでしょう。以上を踏まえると、「正当な範囲内」の要件が否定される可能性は限定的であるように考えられます。つまり、写せそうに思えます。


●EP03
このエピソードでは、いちえの恋路(片想い)が描かれます。
フランスベーカリーのフランスパンに、群馬県下仁田町の神津牧場のバターとカタヤマのソーセージを添えるのが朝の日課となったいちえですが、朝食の途中で、奥歯の詰め物がとれてしまいます。歯医者に行くにも車移動が必要となるため、ペーパードライバーのいちえは、おそるおそるハンドルを握りながら、歯医者にむかいます。東京と違って歩行者が少ないのはうれしい反面、Google Mapから、かなり細い道や獣道を案内されることもしばしば。この日は、詰め物がとれた奥歯を気にしながら運転したのが悪かったのか、蓋のされていない側溝にタイヤが落ちて車ごと動けなくなってしまいます。そこに通りかかったのは、世界中の産地から希少な茶葉を取り寄せることで評判をよんだ、軽井沢創業の、実在する(※)本格派紅茶店の名物店主(アフロヘア)。歯医者まで送ってもらうこととなり、紅茶好きのいちえは、世界中の茶葉の産地をとびまわる店主から、現地でのエピソードなどをきき、彼の多彩な話題に好意をもちますが・・・。

「監督から、『もう少し、物語を動かしたいから、この店主に、犯罪歴であったり、なにか暗い過去を足せない?』ってコメントがあったのだけど・・・、店主はあくまでモデルで、実名を出さなければ、架空の過去などを設定しても大丈夫だよね?」


娯楽映画は本来虚構を描くもので、ドキュメンタリー映画とは異なります。そのため、何をどう描くことも、表現の自由として基本的に許されそうです。しかし、娯楽映画といえど、登場人物のモデルとされた実在の人物が誰であるかが明らかで、その人物についての描写が現実であるとの印象を視聴者がもつ場合、その実在の人物に対する名誉毀損やプライバシー権侵害が成立する可能性が生じます。
映画に関する事案ではありませんが、過去の裁判例でも、実在する人物や実際に起きた事件をモデルとし、自らの作品の素材として用いたモデル小説について名誉毀損の成立が認められたケースがあります。具体的には、「素材事実(実際の事実)と虚構事実が渾然一体となって、区別できない場合に該当するモデル小説においては、小説の中の摘示事実が、モデル事件又は素材事実に関係した個人にとって、・・・社会的評価を低下させるものである場合には、・・・名誉の侵害とな」るなどと判断されています(大阪高裁平成9年10月8日判決・「捜査一課長」事件)。
フィクション作品の場合、名誉毀損となる、つまり、モデルの社会的評価の低下をもたらす記載が作家の創作にかかるフィクション部分であっても、名誉毀損の成立を免れないと考えられる点に注意が必要です。というのも、一般の視聴者の普通の注意と見かたに照らすと、視聴者にとっては、その作品のうち、どの部分が真実で、どの部分が創作であるかを区別することができず、「真実かもしれない」と受け止められることでモデルの社会的評価が低下すると考えられます。
たとえ娯楽映画の中で実名を出さない登場人物であっても、実在の人物をモデルにしていることが分かるような人物を登場させ、あることないこと、好き勝手に、その人物の過去を創作してよいわけではありません。

「たしかに、あの紅茶店は、とくに大都市圏でも人気が高まっているけど、店主(の髪型)についてまで知っている人は少ないのでは?どのような場合に、実在する人物や事件との関係が問題となるの?」


登場人物とモデルとされる人物の同定が、どのような基準で行われるかについては、仮名報道の少年法61条違反が問題となった最高裁判決(最高裁平成15年3月14日「長良川リンチ殺人事件報道訴訟」)が参考になります。
少年法61条は、家庭裁判所の審判に付された少年や少年のときに犯した罪により犯した罪により公訴を提起された者(元少年)について、本人であることを推知することができるような記事を掲載してはならない、と定めます。
最高裁は、まず、少年の身元を推知できる報道とは、「不特定多数の一般人がその者を当該事件の本人であると推知することができるかどうかを基準にして判断すべき」であるとしました。その上で、仮名報道が、少年法61条に違反しない場合でも、少年と面識があるため、その身元を推知することができる者との関係では、モデルの名誉やプライバシー権を侵害し、違法となる余地もあると示しました。
そもそも名誉毀損は、問題となる表現により、表現の対象となる者の社会的評価を低下させる状態となれば成立するものですので、モデルが著名か否かは問題とならないことは当然ともいえるでしょう。


エピソード3で、いちえの片想いの相手がどのように描かれたのか、そして彼女の恋の行方が気になるところですが、本コラムの前編はここで終わりです。後編では、配信番組固有の問題についても踏み込みたいと思いますので、どうぞ次回をお楽しみに。

(※)ちなみに、エピソード3のあらすじでは、「モデルとなる紅茶店が実在する」と仮定して検討しましたが、これは架空ドラマ内での設定です。実際の(現実の軽井沢の)特定のお店をモデルにしたものではありません。

以上

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