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コラム column

2020年2月27日

(2020年4月10日最終追記)

契約ライブスポーツ

「感染症とイベント中止の法的対処
        ~払い戻し、解除、入場制限、ライブ配信~」

弁護士  福井健策 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

(2020/3/24:末尾に、オリンピック延期・中止の場合の払い戻しについて付記した。)(2020/3/10:末尾に、無観客ライブ・無観客上演の配信をおこなう場合の権利処理の注意点を付記した。)

イベント活況と新型コロナウィルス危機

ゼロ年代以降、ライブやスポーツなどのイベントは常にエンタテインメント産業の牽引車だった。デジタル化が進み、多くのコンテンツが自宅に居ながらにして、あるいはスマホで手に入る時代になるほど、余計に「その場でしか味わえない現場の感動」の価値は増した。コンサートなどライブ産業の売上は過去20年で4倍以上にも伸び、他のジャンルでもイベント連動が合言葉になった。
そのイベント産業、いやイベントという文化そのものが、大きな危機に瀕している。言うまでもなく新型コロナウィルスの感染拡大の中、大小のイベント中止が相次いでいることだ(執筆時点での中止イベント一覧)。皇室祝賀イベントや東京マラソン一般参加の中止を皮切りに、大阪府・東京都が相次いで大規模イベントの原則中止を発表、2月20日には厚労省が「イベントの必要性の再検討を」との指針を発表した。この時点では、「政府として一律の自粛要請はしない」として実施の場合の注意点も同時に発表していたが、26日には総理メッセージとして「多数が集まる全国的なスポーツ、文化イベント等について、今後2週間の中止、延期又は規模縮小等の対応」を要請する旨、付記された。
新型コロナウィルスの我々の社会に対するインパクトは、今後も状況は変わって行くであろうし、医療と防疫政策の領域なので立ち入らない。ただ、できる限りの客観情報に基づいた、冷静な対処を願うばかりだ。ここでは、現在一斉に中止・延期が起きつつある各種イベントの現場のため、その処理の法律面について急きょまとめておきたい。
なお、以下はあくまで一般的な参考のためのガイダンスであり、個別の判断は案件ごとの事情によって大きく変わるので注意されたい。また、急ぎ公表するものなので不足の点などは是非指摘頂きたいし、今後も追加・補正を加えて行きたい。

仮に主催者がイベント中止を決めた場合、入場料・参加料の払い戻しは必要か

東京マラソンが返金せずと発表したことで世論は割れ、イベント中止時の払い戻しに大きな注目が集まった。法的にはどう考えるのだろうか。
第一には、「観客・参加者との間でチケット販売規約など有効な契約合意があるか」だ。この点、購入してみたらチケットの裏側にそう記載があったという程度では、通常は合意とは言えないだろう。他方、参加者が同意クリックなどする規約があれば、有効な合意と認められる可能性は高い。その内容は千差万別だが、大きくは次のパターンに分かれるだろう。
①中止について全く記載がないか、又は書いていることが意味不明タイプ(かなり多い)
②災害など不可抗力での中止を認めるタイプ
③主催者の裁量で中止できるタイプ
更にこれは、(a)中止の際にチケット代等を返金するタイプと、(b)基本的に返金しないとするタイプに分かれる。
東京マラソンの規約は、「②の不可抗力中止では(a)返金するのに、③の自主的中止では(b)返金しない」と読める、一見矛盾した内容で議論の的になった。特にこのタイプの場合、全く主催者都合での中止でも返金しないケースを中心に、消費者契約法が禁ずる「消費者の利益を一方的に害する規定」(10条)などとして無効となる可能性もある。
ただ多くの民間イベントでは反対に、③の自主判断の中止はもちろん、②の不可抗力中止の場合すら、(a)返金するという規約は少なくない。特に今回のような感染症拡大は、イベント中止保険の補償対象からも通常は除かれるとされる。中止が長引けば多くの主催者は多額の債務を負って倒産の危機に瀕するし、個人が抱えきれない負債を負う可能性も十分ある。

有効な規約がない場合、イベント中止での払い戻しは必要か

では第二に、はっきりした規約の定めなどがない場合はどうか。これは「観客・参加者に対する主催者の契約不履行と見るか」に関連する。小中規模のスポーツ大会や市民イベントの場合は別な理解もあり得るが、チケット販売や参加料を伴う多くのイベントでは、恐らく観客・参加者は対価を払う義務(債務)を負い、主催者は概ね告知した内容のイベントを開催して視聴・参加させる義務(債務)を負うという、両者の契約があるだろう。イベントが中止された以上、この主催者側の債務は履行不能に陥った状態と考えられる。
この場合、債務不履行の結果の扱いについては幾つかの解釈があるが、法的にはイベントの内容や社会通念に照らして、主催者が責任を負うべき事情(帰責性)があるかが焦点となる。帰責性の有無については恐らく、「通常の措置で一般に期待される程度の安全性をもってイベントを遂行できそうな事態だったか否か」が、判断のカギとなるか。政府や自治体が広く中止・延期の検討を呼び掛けているような状態では、判断に帰責性はないとされる可能性もそれだけ高まるだろう。
では、主催者に帰責性がない場合はどうかと言うと、実は民法536条1項という規定があり、帰責性がない債務不能の場合でも「反対債務の履行を拒める」(改正後の民法542条1項1号により、契約解除も可能)。つまり、観客・参加者はチケット代・参加料などを払う必要がなくなり、払い戻しに至るのが原則になりそうだ。
(なお、後日になって同内容のイベントが実施される場合は、延期の程度や参加者達がその期日に参加可能かを踏まえた判断になるだろう。)

イベント中止の場合、出演者・スタッフへの支払いは必要か

この点もほぼ、観客・参加者への払い戻しと同様の判断になりそうだ。まずは出演契約やスタッフ契約にイベント中止についての規定があれば、原則としてそれに従う。
特に有効な規定がない場合、イベント中止によって出演者やスタッフの業務はそれ以上おこなえないため、恐らく(全部又は一部が)履行不能になった状態と言えそうだ。よって、イベント中止の判断において主催者に「帰責性」があったか否かがポイントとなり、帰責性がないのであれば前述の民法536条1項などに基づいて「反対債務」の履行は拒める。不能となった出演業務やスタッフ業務の部分については、主催者側の対価の支払義務は消滅することになるだろう。

なお、払い戻しや支払いについては、こちら「アーティスト・文化団体・知財の災害法律相談」のQ1・Q2(北澤弁護士)にも詳しい。

熱や咳のある観客・参加者の入場を断れるか

他方、イベントが中止とならず実施される場合、感染予防のために「会場でのマスクの着用や入口での手指の消毒を求め、更に熱や咳のある観客・参加者の入場を断る」といった措置は可能だろうか。
これも規約などに定めがあればまずそれに従うのが原則だが、定めがない場合でも、感染症の拡大が懸念されるような社会情勢の下では恐らく許されると解すべきではないか。根拠は、主催者の安全開催責任に基づく施設管理権だろう。これは施設管理者に認められる包括的な管理権限とされ、一般には会場内での危険行為・迷惑行為などを禁止し、場合によって退場を求める権限を含むものだ。感染症流行時こそ、それが認められるべきタイミングに思える。

ライブ配信を選ぶ場合の権利処理

イベント中止問題への反応で、「現時点では無観客でライブ配信して、観客は視聴の代わりに払い戻しを返上して応援できる形が最適解では」というものが多かった。そこで、無観客開催の様々な限界は十分承知した上で、無観客ライブ配信を選択した主催者のための音楽著作権などの基本的な注意点を付記する。[⇒記載が増えたので、こちらで独立コラム化した]


最後に:イベントは「不要不急」なのか

国が指針で述べた「イベントの必要性」は、含蓄のある言葉だ。実際、我々はこの事態でイベントや、より広く人々が集まるという営みの、社会にとっての意味を問われているのかもしれない。無論、十分に省略可能・延期可能な集まりもあろう。だが文化・教育に限らず多くのイベント・会合は、互いに組み合わさることで社会にとって決定的な安全保障を提供し、また人々に生きる力を与える存在だ。
イベントの収支構造・労働環境は、もともと決して楽なものではない。中止が長引けば、多額の負債を抱える主催者や関係者も出てきかねない。経産省は新型コロナで影響を受ける事業者への各種の支援策を発表している。
[追記:コロナ危機での各国の芸術文化支援策や日本政府支援策については、別コラムで詳述した。]

CINRA.NETは、無観客ライブや過去作品の配信など代替的措置をとったアーティストや、ファンとしてどんな応援が出来るかをまとめている。社会の営みを止めないための工夫と共に、こうした側面支援の充実も重要だろう。

同記事でも紹介されている、クラウドファンディング各社が発表した【イベント中止で損失を蒙った主催者やアーティストを、ファンが支援できる特別プログラム】は下記など。
READYFOR
MotionGallery Magazine
CAMPFIRE

人々に活力を与えるイベントの現場が疲弊してしまわない知恵を動員しつつ、事態の早期収束を願いたい。


【2020/3/24追記】オリンピック延期の場合の払い戻しについて

3月24日、国際オリンピック委員会は東京オリンピック・パラリンピックの1年程度の延期を理事会で承認した。
これに先立って、オリンピック中止の場合、規約の「不可抗力」条項に基づいてチケット代は返金されない旨の報道があり、大きな批判を招いた。この件に関する筆者の解説はこちら
そこでも書いた通り、規約はこの点でやや読みにくいものの、根拠とされた規約46条(不可抗力には責任を負わない)には、恐らくコラム本文で述べた民法の原則を覆すまでの効力はないだろう。むしろ、規約39条が中止の場合の払い戻しを明言し、37・38条が日程変更の場合に払い戻し又はチケット振り替えをおこなうと明言している点は重い。
それ以前にそもそも、マラソンは既に開催場所変更だけで払い戻しを実施している。一貫性を考えれば、万一延期の場合にも、新日程へのチケット振り替え若しくは返金が、オリンピックとチケット購入への人々の信頼を維持する上でも妥当と思える。
オリンピック延期の是非は、関係者にとっても最も困難な判断だろう。その一方、規約を作った以上、払い戻しについては自らの解釈はあるはずであり、組織委員会は、早期に方針を明言すべきではないか。

(このコラムは、日本劇作家協会会報「ト書き」に掲載予定の原稿を、事態の緊急性に鑑みて一部変更して先行公開するものです。)

以上

(2020年4月10日最終追記)

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