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コラム column

2019年11月27日

文化・メディア契約

「アートの秋にこそ考えたい、ギャラリーとアーティストのための契約入門
 ~アメリカ型ギャラリー契約を参考に~」

弁護士 鈴木里佳(骨董通り法律事務所 for the Arts)

先日、(わたしの好きな)画家の千住博さんが、銀座の画廊から訴えられ、約2億3千万円の損害賠償を命じられた裁判のニュースが話題になった。報道によると、千住さんは、原告の画廊との間で合意書を締結しており、そこには、「作品は(その)画廊を経由して販売する」という約束、及び「諸事情で直接納品しなければならない場合は例外」とのただし書きが規定されていたという。
千住さんは、2011年から2017年の間に、別の4つの画廊に対し、計約700点の作品を販売したため、原告の画廊との間の契約違反にあたるとして、訴訟を提起されたという事案である。千住さんは、「諸事情で直接納品しなければならない場合は例外」として許容されると主張したものの、裁判所は、「別の画廊への販売は例外に当たらず契約に違反している」と結論づけ、約2億3千万円の賠償を命じた。
判決文によると、問題とされた千住さんによる販売のうち多くは、原告と合意書を交わす以前から取引をしていた画廊に対するものであった。千住さんは、そのような画廊との取引が困難とならないよう「例外」規定を追加したのであって、そのような画廊への販売は合意書違反にはならないなどと反論した。しかし、裁判所は、千住さんが、原告に対して送った「謝罪と回答」という書面の文言などに基づき、合意書のただし書きにより例外として許容されるのは、「原告と交際前から大作等のコレクターを抱えた画商であり、かつ、その主な客筋は個人美術館を前提としてコレクターや官庁である、原告と競合しない画商」への販売に限ると判断した。その上で、千住さんによる原告以外の画廊への作品の販売は、合意書違反であるとの結論を出した。

この事件、千住さんのファンとして驚くとともに、アート分野の弁護士としても興味深く思った。
ということで、今回のコラムでは、アートの秋にぴったりなテーマ(?)である、アートギャラリーとアーティストの間の契約について、紹介したいと思う。

1.そもそも画廊(アートギャラリー)って、何しているの?

まず、みなさん、画廊に足を運んだことはあるだろうか。週末に銀座を歩いていると、目に入る、「●●画廊」に、「××ギャラリー」。そこだけ違う優雅な空気が流れていて、気になるけれども、敷居が高くて足を踏み入れられなかった。そんな経験をもつ方も少なくないのではないだろうか。

馴染みのない方も多いと思うので簡単に説明すると、画廊(アートギャラリーともいわれる)とは、一般的に美術作品を売買する店舗あるいは施設のことを意味する。おもにアーティスト個人による企画展のためにスペースだけを提供する「貸画廊/レンタルギャラリー」と区別されるのが、「企画画廊/コマーシャル・ギャラリー」である。「貸画廊/レンタルギャラリー」がスペースのレンタル料(/展示料金)を収入源とするのに対し、「企画画廊/コマーシャル・ギャラリー」は、所属するアーティストの作品の販売により運営される。企画画廊も、制作アーティストから作品販売を委託されるプライマリ―・ギャラリーと、オークションその他アーティスト以外のルートで作品を入手するセカンダリー・ギャラリーに分かれる。ギャラリーの種類ごとにその役割も異なるが、このコラムでは、アーティストと一番近い存在であるプライマリ―・ギャラリーを念頭に置いている(以下、「ギャラリー」の用語はプライマリー・ギャラリーを意味する)。

(プライマリー)ギャラリーは、作品を企画・展示・販売するほか、作品の価格決定や広報、その他全般のアーティストのマネジメントを担うことが多い。自身の店舗での販売に限らず、国内外のアートフェアに参加して販売を行なうこともある。いわば、ギャラリーは、タレントのマネジメントを行う芸能事務所や、出版社あるいはレコード会社などの役割を、アート業界において担う存在といえる。昨今、芸能人と所属芸能事務所との間での契約(書)がないことが話題になっているが、ギャラリーとアーティストの関係性についても似たことがいえ契約内容云々の話以前に、契約「書」を交わしていないケースも多い。

2.ギャラリーとアーティストは、契約を結ぶべきか?

世界のアート市場の4割以上の規模を占めるアメリカでは、有望なアーティストを発掘しその作品の市場価値を上げるというアート市場のエコ・システムがうまく機能しているのが強みの一つだ。そこでは、アーティストを見出し、育てる役割を担うギャラリーの存在感がとても大きい。存命のアーティストとして、史上最高落札額を記録したジェフ・クーンズも敏腕ギャラリストに見いだされた一人である。なお、アメリカのアート市場の熱狂(というより狂乱)ぶりに興味のある方は、今夏公開された映画「アートのお値段」もご覧頂きたい。幅広くアーティストをサポートする存在であるアメリカのギャラリーであるが、その中心的な業務は、アーティストとコレクターをつないで、作品の売買契約を成立させることにある。ギャラリーが、アーティストを代理して作品を販売する上で欠かせないのが、アーティストとの間で結ぶ販売委託契約(Consignment Agreement)である。(主に若手)アーティストを育て、作品の価値を上げるというシステムの中、アーティストは特定のギャラリーの専属となり、契約期間に制作する作品の販売をギャラリーに委ねるケースが多い(少なくともギャラリー側が準備する雛形契約書の定めに従えば)。

一方、日本ではどうかというと、(厳密な)専属のケースはさほど多くない。加えて、特定のギャラリーの専属となる場合も、(専属ではなく)複数のギャラリーに販売委託する場合も、いずれにしても書面の契約書を交わすケースはまだまだ少ないのが現状…。
本コラムでは、アメリカ型の専属販売委託契約(以下「ギャラリー契約」)のポイントを紹介したい。日本国内の関係者からは、契約社会であるアメリカとは契約というものの位置づけが異なる、あるいは、取引規模が違うなどの理由から、アメリカ型のギャラリー契約は参考にならない、という声も聞こえてきそうだ。ただ考えてみてほしい。訴訟大国アメリカのギャラリー契約書に規定されている内容は、ギャラリーとアーティストの間で起きた、過去のトラブルの血と涙と汗の結晶とも言える。日本においても、いざとなったときに問題となるポイント、あるいは、通常の業務上確認しておくべきポイントの宝庫であることには変わりはない。実際に(書面での)契約締結に至らないとしても、確認しておいて損はない内容として、役立ててもらえたらと思う(もちろん契約書を交わせればなお良しである)。

アメリカ型のギャラリー契約では、通常、以下のような内容が規定される。

(1) (独占的)販売委託の範囲
(2) 販売価格の決定方法
(3) ギャラリーに対する委託料
(4) アーティストへの分配
(5) ギャラリーが負担する費用
(6) 保険
(7) プロモーション素材の提供
(8) 著作権
(9) (美術館などへの)貸出し
(10) アーティスト自身による贈与/販売
(11) 企画展示の開催
(12) 新作の制作
(13) ギャラリーによる買取り
(14) 契約の終了(とセルオフ期間)
(15) 担保権
(16) 一般条項

このように、ギャラリー契約は、アーティストがギャラリーに委託する業務内容を通じて、作品がどのような条件で制作・展示され、それがどのように価格をつけられ、売上がどのように分配されるかなど、作品の制作から購入にわたる、あらゆるポイントをカバーすることを目的とする。

3.主なポイントの紹介

このように、ギャラリー契約は、作品にまつわる広範な内容を定めるが、この中から特に重要なポイントを簡単に紹介したいと思う。

(1)(独占的)販売委託の範囲
ギャラリー契約で、最も重要なポイントといえるのが、ギャラリーに委託する対象をどのように設定するかである。
①作品
まず、販売委託の対象となる作品の範囲については、アーティストの全作品が対象となるケースが多い。ギャラリーとしては、作品の販売価格のコントロールしやすさに加え、他の競合ギャラリーを気にせずに作品の展開に集中できる、アーティストとの信頼関係を構築しやすいなどの理由もあり、範囲は広くカバーしたいところだ。
一方でアーティストとしては、契約時点で他のギャラリーでの展示経験がある、あるいは、ギャラリーの強みに応じて複数のギャラリーと付き合いたいなどの理由から、範囲の限定を望む場合もあるだろう。
具体的には、ドローイングやペインティングなどの平面作品と、彫刻などの立体作品を分ける方法や、契約の対象期間に制作される新作のみを対象とし、過去の作品は含まないという方法などが考えられるが、その他にも切り口は色々考えられる。

②地域・期間
作品の範囲に加え、対象地域を全世界とするのか、特定の国・地域に限定するのかも明確にする必要がある。そのギャラリーに海外でのネットワークがあるなら、全世界でもよいだろうが、もしそうでないなら、アーティストとしては、海外での展開については対象外とし、アーティスト自身で別のルートを開拓する余地を残した方がよいだろう。

さらに、契約期間についても、重要な交渉ポイントである。ギャラリーとしては、相当程度の時間(と手間)をかけて、当該アーティストの作品の価格が上がることを期待するのが通常である。(ギャラリーは、タレントマネジメントを行う芸能事務所に似ていると言った冒頭の話を思い出して欲しい。)そのため、契約期間は、できるだけ長く確保したいところである。他方、アーティストとしては、自身の作品に対する評価や市場価値の変化に応じて、ギャラリーとの付き合い方も見直せるよう、期間を数年に設定しておくのが賢明といえる。少なくとも、冒頭の千住さんの例のように、(契約締結当時から)あれだけ高名かつ人気であったアーティストの専属契約が、更新や見直しの機会がないまま、(有効性の議論はさておくとして)永久に続く、という合意書は、ややバランスが悪い印象である。

(2)販売価格の決定方法・分配
ギャラリーの仕事は、作品を展示して売ることである。その販売価格は、ギャラリーとアーティストの双方の関与により決定されることが多い。双方の関与の内容は、ギャラリーが価格リストを作成し、アーティストの承認を得る(ただし不合理に留保されない)方法や、アーティストと相談の上ギャラリーが決定するなど、ケースバイケースだ。また、決定された金額からのディスカウントについて、ギャラリーがどの程度の裁量をもつか(一切のディスカウントが認められないケースもある)、そしてディスカウントされた金額について、アーティストへの分配から控除されるのかについても、あらかじめ定めておくケースも多い。

作品の売上げの分配について、少し付記すると、売上の50%がギャラリーの委託料となり、残りの50%がアーティストに分配されるのが、アメリカでもひとつの標準である。ギャラリーの取り分が60%になるケースもある一方、アーティストの評価や人気の高まりに応じて、アーティストへの分配割合が増加する傾向もみられるので、互いの交渉手腕が試される部分ともいえる。

(3)保険
これも重要なポイントである。多くの場合、ギャラリーは、作品の運送中及びギャラリーでの保管中の事故を対象に、保険に加入することを契約上の義務とされる。そして、その補償金額は、アーティストの作品の全ての販売価格をカバーしなければならない。

話はそれるが、先日の台風19号により収蔵作品約9万点が水没した川崎市市民ミュージアムは、作品を対象とする保険には加入していたものの、浸水被害は対象外としていたようだ。 ギャラリーとしては、収蔵場所とあわせて、保険についても、これを機に見直すとよいだろう。

(4)担保権
そもそも担保権とは・・・といったカタい説明はここでは割愛する。一言でいうと、ギャラリーが経営不振になった場合に、アーティストを守るための規定である。具体的には、販売委託のためにギャラリーの下にある作品であっても、その所有権はアーティストにあること、そしてギャラリーの債権者は作品からギャラリーに対する債権を回収できないことを確認するための規定である。

日本でも販売委託形式とは別に、ギャラリーによる買取方式による取引も行われている。買取方式の場合、作品の所有権をギャラリーがもつので、その債権者は、作品からギャラリーの債務を回収することもできる(その一方、アーティストの債権者は作品から債権回収できない)。問題なのは、販売委託形式と買取方式のどちらか、明確でないケースだ。
何も難しい担保権の規定を置かないまでも、作品の所有権をもつのは、ギャラリーとアーティストのどちらなのかを明らかにするだけで、いざという時に助かるのではないだろうか。

4.日本の現代アート界の転換点を迎えて

文化庁は、昨年、世界における日本の現代アートのプレゼンスを高めるため、「アートプラットフォーム事業」を開始し、今年も、同事業を進めるための検討や事業が行われている。
http://www.bunka.go.jp/shinsei_boshu/kobo/1413763.html http://www.bunka.go.jp/koho_hodo_oshirase/hodohappyo/1420337.html
日本のアート市場の活性化と国際発信という課題に取り組むためにも、日本のアーティストが世界で勝負する場をつくれるよう、ギャラリーの果たす役割に大きな期待が寄せられている。ギャラリーがアーティストのために万全の力を尽くすためにも、また、日本のアーティストが世界に踏み出すためにも、その足場となる両者の関係は、明確かつ強固でないといけない。

ギャラリーにとって、アーティストは、ともに歩む存在であり、色気の欠片もない契約書を結ぶこと自体、野暮に思えるかもしれない。これから活躍が期待されるアーティスト達にとっては、プライマリ―・ギャラリーの所属となることは、大きな目標の一つであり、その条件について、ギャラリーと事前に交渉しようという発想すらないかもしれない。しかし、冒頭の千住さんの裁判は、訴えの提起から判決まで約3年もの時間を要しており、その準備段階から費やされた時間とエネルギーは、相当なものであったと想像される。アーティストにとっての貴重な創作のための時間を、一番の味方であるはずのギャラリーとの間の揉め事の対応に使うのは、なんとももったいない。

アートの秋、一番身近なパートナーとの関係を少し見つめ直す時間をとっては、いかがだろうか。

謝辞:今回のコラムを書くにあたり、シュウゴアーツの佐谷周吾さんに、愛情のような親心のような眼差しをもってアーティストをサポートし続けるギャラリストの仕事についてのお話を伺いました。また、同ギャラリーの石井美奈子さんの「アーティストのために、Art lawについても勉強したい」という言葉をヒントに、このコラムはギャラリーとアーティストのどちらにも役立つことを目的として書きました。お2人とも、ご協力ありがとうございました!

以上

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