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コラム column

2019年11月21日

文化・メディア

「中国で『天気の子』はどう受容されたか
   ~海外の観客と日本アニメの出会いと再会~」

スタッフ 李思園(骨董通り法律事務所 for the Arts)

2019年の公募でスタッフとして加入した李は、中国からの留学生として早稲田大学大学院博士課程に在籍し、研究テーマは「聖地巡礼」を通したポップカルチャーの伝播と受容。子供のころから生粋のアニメファンだった自分史を通じて、中国での日本アニメ受容の状況を紹介して貰った。


2019年11月1日、映画『天気の子』が中国で公開され、最初の週末の3日間で興行収入1億5千万元(約24億円)を突破し、動員は500万人を超えた。同日に封切られた『ターミネーター:ニュー・フェイト』に次ぐ、週末興収第3位の好スタートである。

公開前から中国で注目を集めていた『天気の子』。プロモーションビジュアルに書かれているキーワードは「3年後、もう一度 新海誠のファンタジー世界へ」。新海誠監督作品の独特な世界観と美しい風景描写の魅力を語り、輝かしいヒットを記録した『君の名は。』との繋がりを伝えている。

「天気の子」公式weiboアカウントより)


中国における『天気の子』の興行収入推移  2019年111日(金)~3日(日)

左:猫眼票房専業版(maoyan):テンセントグループのエンタメデータアプリ;
右:灯塔票房(dengta):アリババグループのエンタメデータアプリ

必ず比較されるこの二作。2016年12月2日に公開された『君の名は。』は、中国で日本映画の歴代トップの座に輝き、累計5.7億元(約95億円)の興収を記録した。好成績であると言える『天気の子』だが、公開直後の週末3日間の収入を比べると、前作の約55%に留まってはいる。しかしここで注目しておきたいのは、この二作の比較よりも、日本アニメ映画が中国でヒットする背景にある共通点だ。

日本では口コミ効果もあり公開から加速度的に売り上げを伸ばし続け、普段映画を観ない人まで劇場に足を運ばせ、社会現象を巻き起こした『君の名は。』。その話題性の後押しを受けたことも、中国におけるヒットの理由の一つだ。一方で、かねてより新海監督を高く評価してきたアニメファンから、アニメに限らず幅広いジャンルの映画を劇場で日常的に楽しむ人々まで、「新海アニメ」が既に中国で幅広い観客層に支持されていた、という事実を忘れてはならない。ヒットすることは決して想定外ではなかったのだ。

子どもの頃から日本アニメに触れて、さらに新作を続けて観ている、海外の日本アニメファンの層は厚い。ユーザー1.6億人以上を抱える中国の映画・本・音楽レビューSNSサイト「douban(豆瓣)」で、81万件以上のレビューによる8.3点のスコアを得た『君の名は。』に次いで、二番目の高評価を獲得したのは2007年の短編連作『秒速5センチメートル』(43万レビュー、8.2点)である。日本で単館上映された本作は、中国で未だに劇場未公開作でありながら、ファンの間では高い知名度を誇る名作である。なお、筆者が新海誠監督の名前を初めて知ったのは、2002年劇場デビュー作の『ほしのこえ』だった。作品を観たのは数年後のことだったが、日本公開翌年の2003年に中国語のアニメ雑誌に掲載されたあらすじを読んだ。今では『ほしのこえ』や『秒速5センチメートル』などの作品がストリーミングで正式配信されているが、動画サイトが誕生し、正規配信される前は「正規版」が中国に存在しなかったため、その当時から「新海アニメ」に魅了されていた人々にとっては待望の『君の名は。』劇場公開であった。『天気の子』はさらにその延長線上にある。

中国の劇場で上映された日本映画は今年だけで20本を超え、2、3年前には考えられなかった盛況ぶりである。


2019年に中国で公開された日本映画(2019年1月1日〜11月1日)

公開日 タイトル

累計興行収入(2019年11月21日時点)

1月11日 FATE/STAY NIGHT HEAVEN'S FEEL 〜 I. PRESAGE 3161.8万元
1月11日 22年後の告白 私が殺人犯です 534.2万元
1月18日 君の膵臓をたべたい(アニメ版) 2388.7万元
2月14日 今夜、ロマンス劇場で 1231.3万元
2月22日 さよならの朝に約束の花をかざろう 1722.2万元
3月2日 夏目友人帳〜うつせみに結ぶ 1.15億元
3月8日 マジンガーZ / INFINITY 40.8万元
3月15日 僕のヒーローアカデミーTHE MOVIE〜二人の英雄 3874.3万元
4月12日 祈りの幕を下る時 6848.4万元
4月19日 BLEACH(実写版) 360.1万元
5月18日 ペンギン・ハイウェイ 329.3万元
5月23日 となりの怪物くん 231.3万元
5月24日 ドラゴンボール超 ブロリー 3160.4万元
6月1日 ドラえもん のび太の月面探査記 1.3億元
6月21日 千と千尋の神隠し 4.86億元
7月12日 機動戦士ガンダムNT 869.3万元
7月12日 FATE/STAY NIGHT 〜II.LOST BUTTERFLY 2964.6万元
7月19日 ノーゲーム・ノーライフ ゼロ 1395.1万元
9月6日 検察側の罪人 1500.1万元
9月13日 名探偵コナン 紺青の拳 2.31億元
10月18日 ONEPIECE STAMPETE  2.04億元
11月1日 天気の子  2.81億元

(猫眼票房より)

その中でもう一つ紹介したい出来事は、6月の『千と千尋の神隠し』初一般公開である。興行収入は4.8億元を記録し、同日に公開されたピクサーの新作『トイ・ストーリー4』の二倍以上だった。スタジオジブリの作品では昨年末、『となりのトトロ』が中国大陸で初めて一般公開された。これに続き『千と千尋』も、旧作であるにも拘わらず大きな反響を呼んだ。実は多くの視聴者にとって、『トトロ』や『千と千尋』は馴染み深い作品である。これまで「海賊版」を通じてジブリ作品を見続けていたことに対し、「劇場に行って作品に敬意を払うべき」と、チケット代を惜しまない。中国ではすでに正規版の消費へ移行が進んでおり、コンテンツに対価を払うのは常識化した。そして大スクリーンで昔心を打たれた作品をもう一度「復習」できるのは、観客にとって18年にわたって待ち望んでいたことであった。

巨大マーケットへと成長してきた中国映画市場。そのスクリーン数はアメリカを抜いて世界一になり、劇場で映画を観ることは都市のライフスタイルとして定着しつつある。「一線都市」と呼ばれる北京、上海、広州、深センだけでなく、「二線都市」「三線都市」にも新しいショッピングセンターが建ち並び、その中には必ず多スクリーンを持つシネコンが入っている。ジャンルや製作国を問わず、最新の映画が常に世の中の注目を集め、人々の間で話題となり、SNS上には多数の口コミが飛び交っている。

さらにICT化が高いレベルで進み、いまやスマホアプリでチケットを買うのがメジャーになっている。チケットの価格は都市と各シネコンによって、そして平日や土日、時間帯によって変動する。多くの映画館が当日の売上を参考にして、翌々日の上映回数の調整を適宜行う。興収売上、動員人数や座席占有率、1億元に到達するまでの時間などの秒刻みで細かいデータがリアルタイムで反映されていく。

左:11月1日時点の、中国全国、一線都市、二線都市、三線都市、そして都市ごとのリアルタイム集計データ。当日の興行収入、興収が市場に占める割合、上映回数の割合、一回上映あたりの平均動員観客数、累計興行収入。(猫眼票房より)
右:『天気の子』の観客プロフィール。アプリでチケットを購入したユーザーの性別比、年齢層、教育レベルのデータを集計。年代は20歳から24歳(39.1%)、教育レベルは大学在学中または学部卒(65.5%)がもっとも多い。さらにグループ会社のデータと連携し、普段の買い物の傾向や映画ジャンルの好みの分析図表も公表する。(灯塔票房より)

国の都合や社会の事情に翻弄されつつ、まだ完全な自由市場とは言えない環境の中でも観客の目線は熱い。毎年4月中旬に北京、6月下旬に上海で開催される国際映画祭での、熱狂ぶりは凄まじいものだ。特に恒例の日本映画週間は、チケットが販売開始から数秒で完売する。年に一回の映画祭、一般公開されていない作品を新作旧作問わず映画館で観たい人々は、チケット争奪戦を勝ち抜く為に入手難易度から優先順位を決め、発売と同時にスマホとパソコンの両方で購入に備えるのは常識だ。

スマホやタブレットで映画を観るということが当然となった時代、実際に映画館のスクリーンで観ることで、人々はある種のノスタルジー、あるいはお祭りのような気分を味わいたいのだろう。

今年6月、上海国際映画祭で『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 Air/まごころを、君に』を観た。「よく取れたね」と友人から言われつつ、狙い撃ちしてゲットしたチケット一枚を握りしめ、私は映画館に行った。満席の劇場の中には綾波レイに扮した観客もいた。エンドロールが終わった時、拍手が沸き起こった。

翌日、「聖地巡礼」者であるアメリカ人の友人を訪ねた。アメリカの田舎町に育った彼にとって日本アニメは、都会のにぎわいへの憧れでもある。その思いは作品の舞台として描かれた地域を探訪することに発展し、以降、人情豊かな「聖地」を足繁く訪ね続けている。ルーツは違ったが、お互いに「京アニ」ファンであることを知り、劇場版『響け!ユーフォニアム』の新作を観た話をした時には、「No spoiler! (ネタバレしないで!)」と笑いあいながら会話が弾んだ。最初から自分たちの物のように、影響を受けた作品たちを語っていた。

しかし果たして、外国人である私たちがどれほど作品のことを理解できたのだろうか。大人になってから独学で勉強し始めた日本語という乗り越えられない壁。かつ不確定なルートで所詮断片的な情報しか取り入れていないので、日本文化のリテラシーが欠けている。それでも、生まれ育ちの違う人生の様々な時点で、それぞれの立ち位置で、現実の風景と重なり合った時、あるいは、そこから脱出したいと思った時、そこに秘かな愉しみをくれる作品の数々があった。

個人的な話になるが、今年二つのアニメ作品との「再会」を果たした気がする。

日本へ留学することを決めて、その一次審査合格発表があった冬の日、それは『君の名は。』の中国公開初日であった。北京の映画館でスクリーンに映された新宿駅を目にした時、なんだか思いが溢れてきて目に涙がたまった。そして今年、東京で『天気の子』を観た。もちろん初日だ。憧れの景色は見慣れた風景へと変わり、映画の中で私はより美しくなった東京と再会できた。

記憶を辿ると、十数年前、『千と千尋の神隠し』を見終わった私は、コーラル色の七分袖を着て自分の家の床を拭き始め、親は「なぜ突然良い子に?」と訝るような顔をしていた。コスプレという概念をまだ持たないあの小学生にも、ただ自分の中に何か新しいことがおこり始めたような衝動があったが、ニュートンの林檎のような劇的な転機を迎えたわけでもなかった。涼宮ハルヒのように自分がちっぽけな存在であることを自覚した高校生になってときおり『千と千尋の神隠し』を観返した時も、また歳月が経って、ジブリ関連の本を一冊翻訳した後でも、あの物語をちゃんと分かったという自信は無かった。

そして今年、上海の映画館で初めてスクリーンで『千と千尋の神隠し』を観た。なにか新しい発見があったかと聞かれたら、答えを言葉にするのが難しい。ただ、小学生の自分とは再会できた気がする。別世界からの光がトンネルの向こうからほんの少しだけ照らしたあの時は、「あいうえお」を読めるのもまだ数年先のことであった。あの小学生はその先の未来にまだ何も気付いていなかった。この二つの再会を実現してくれた関係者の皆さまに、お礼を言わなければいけない。

海外の観客にとって一つの作品は、新しい出逢いに導く「どこでもドア」となるかもしれない。そして再会の約束ができるタイムカプセルでもあるのだ。文化の創造と流通に携わる仕事には、時間が経っても泡となることのない価値があると信じている。また、さらに豊かな市場と自由な流通を実現する責任もある。これからの新しい出逢いと大切な再会のために。

以上

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