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コラム column

2020年1月17日

著作権改正アーカイブ

「EU新著作権指令の拡大集中許諾制度
   ~デジタル・アーカイブの法的基盤の構想~」

弁護士  松澤邦典 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

 過去に中川弁護士が「『リンク税』の功罪 ―EU著作権新指令とハイパーリンクをめぐる誤解」いうコラムで紹介した「EU著作権法」の大掛かりな「改正」である「デジタル単一市場における著作権指令」が2019年4月に成立した。
 新著作権指令は2019年6月6日に発効し、EU加盟国は2021年6月7日までに新著作権指令に即して自国の著作権法を整備することになっている。

1.指令とは

 EUの法体系では、指令(directive)が発効すると、EU加盟国は、一定の期限(2年以内の期間が設けられることが多い)までに指令に即して国内法を整備する義務を負う。指令に従わなかった場合、欧州委員会は欧州司法裁判所に提訴することができる。加盟国の義務違反を認める判決が出たにもかかわらず、なおも指令に従わない状況が是正されない場合には、欧州委員会は再度提訴し、加盟国に罰金が課されることになる(EUの違反是正手続)。「EU著作権法」を構成する主要な指令の一つである情報社会指令のときは、ギリシャとデンマークだけが期限を守り、スペイン、フィンランド、フランス、イギリス、スウェーデン、ベルギーの6か国について義務違反を宣言する欧州司法裁判所の判決が出ている。このように著作権制度に関する合意形成は常に容易とは限らない。新著作権指令も、アメリカ発の巨大プラットフォームに対する規制を念頭に、熾烈なロビイング活動の末にようやく成立した。
 ちなみに、2018年5月に施行され、日本企業も対応を迫られたGDPR(EU一般データ保護規則)は、指令ではなく規則(regulation)である。規則の場合は、発効と同時に加盟国に直接適用される(二関弁護士のコラム「新しいEUの個人データ保護規則」参照)。GDPRの場合は、加盟国外への影響も大きかったことが問題だったのだが(同じく二関弁護士のコラム「GDPRの域外適用 ―どんな場合にEUに拠点のないネットビジネスに適用されるのか」参照)。

2.アウト・オブ・コマース作品の公開促進

 新著作権指令では、絶版等の理由で一般に入手できなくなったアウト・オブ・コマース(out of commerce)の作品を、図書館、博物館、アーカイブ機関などの文化遺産機関(cultural heritage institution)が非営利目的でオンライン公開できるようにする制度の導入が求められている(この制度の日本での立法を提言する論考として、生貝直人「著作権保護期間『最終20年条項』+α 神様から著作権法を一ヵ所だけ変える力を貰ったら(1)」)。
 アウト・オブ・コマース作品は、日本の著作権法31条にいう「絶版等資料」にほぼ相当する。このようなアウト・オブ・コマース作品は、著作権者にとっても利益を生まない存在になっており、著作権者の許諾なくデジタル化してオンライン公開しても、著作権者に大きな不利益は生じないという発想が背景にあると考えられる。ただし、制度の対象は、あくまで非営利目的での公開である。

3.制度の概要

(1) 2段構成の制度
 アウト・オブ・コマース作品のオンライン公開を可能にする新著作権指令の構想は、2段構成になっている。
 第1段目は、拡大集中許諾制度によってライセンスを得やすくする制度の導入である(指令8条1項)。拡大集中許諾制度とは、日本にはない制度であるが、JASRACのような特定分野の代表的な集中管理団体が締結したライセンス契約の効果を、その団体に著作物の管理委託をしていない著作権者にも拡張して及ぼすことを認める制度である。
 第2段目は、このような集中管理団体が存在しない場合でも、文化遺産機関による非営利目的での所蔵資料の公開ができるようにするための権利制限規定の導入である(同2項)。これは、特定分野において著作権者を適切に代表する集中管理団体が存在しない場合の補完的な制度に位置付けられている(同3項)。

(2) 著作権者のオプトアウト権の保障
 許諾なしでの公開を法律によって実現する以上、著作物を公開されたくない著作権者の権利との調整が必要となる。新著作権指令は、欧州連合知的財産庁(EUIPO)が運営するポータルサイトにおいて、公開の6ヶ月前までに対象の作品を掲載し(指令10条1項)、著作権者がその著作物を公開対象から除外できるようにすることを求めている(指令8条4項)。著作権者のオプトアウト(opt-out)権の保障である。

【所蔵資料のオンライン公開を可能にする制度の概要】
Pall Keller 「Explainer: What will the new EU copyright rules change for Europe's Cultural Heritage Institutions」より

4.制度上の課題

 EU主導で構築された巨大デジタルプラットフォーム「ヨーロピアナ(Europeana)」(福井弁護士のコラム「『全メディアアーカイブを夢想する』 ―国会図書館法を改正し、投稿機能付きの全メディア・アーカイブと権利情報データベースを始動せよ―」参照)の政策顧問であるPall Keller氏は、新制度の課題として、次の2点を指摘している(Keller氏・前掲
 1つは、作品がアウト・オブ・コマースとなっているかの判断は文化遺産機関にとって必ずしも容易でないという点である。もう1つは、集中管理団体がライセンスに応じない場合には、所蔵資料をオンライン公開できないという点である。後者は、集中管理団体が存在する以上、第2段目の権利制限規定は適用されないために生じる問題である。
 これらの課題はあるものの、新著作権指令は、EU加盟国がアウト・オブ・コマースの基準を定める場合には、各分野の権利者、集中管理団体及び文化遺産機関と協議することとし、また、代表的な利用者と権利者の団体の間で定期的な協議を行うことを推奨するものとしている(指令11条)。具体的な基準の策定に際して文化遺産機関にも意見を述べる機会が保障されており、また定期的な協議を通じた継続的な運用の見直しが期待される。

5.おわりに

 拡大集中許諾制度を中心に、アウト・オブ・コマース作品の公開を促進する新著作権指令の構想を概観した。新著作権指令は、公開のデジタル・アーカイブを実現するために手厚い制度メニューを用意したという印象を受ける。その内容は、まさにデジタル・アーカイブの法的基盤の構想といって良いだろう。

以上

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