2025年2月26日
「採譜されたバンドスコアの流用はどこまで自由か?
著作権法で保護される「著作物」に該当しない場合の一般不法行為」
弁護士 石井あやか (骨董通り法律事務所 for the Arts)
著作権侵害をいうためには、利用されている情報が著作権法で保護される「著作物」に該当することが必要です。このような「著作物」にあたらない情報の利用であっても、その態様によっては、一般不法行為が成立しえますが、北朝鮮映画事件(最高裁平成23年12月8日判決)により最高裁の判断が出されて以降、「著作物」に該当しない場合に一般不法行為の成立を認めた裁判例はほとんどないといわれていました。
このような傾向が続く中、昨年6月に、東京高裁が、バンドスコアに著作権法上の保護を受ける「著作物」該当性がないことを前提としつつ、被告によるバンドスコアの利用について一般不法行為の成立を認めたことで注目を集めました(バンドスコア事件:東京高裁令和6年6月19日判決。その後上告中)。
本コラムでは、北朝鮮映画事件を踏まえつつ、バンドスコア事件の内容、また、著作物に該当しない情報を利用するにあたっての留意点などをみていきたいと思います。
1 リーディングケース:北朝鮮映画事件
北朝鮮映画事件では、被告である日本のテレビ局が、北朝鮮の国民の著作物である映画の一部をニュース番組において放送したところ、北朝鮮の法令に基づいて同映画の著作権やその独占的利用権を保有する原告らが著作権侵害を主張し、日本の裁判所において被告を訴えたという事案です。
この事件の上告審において最高裁判所は、(わが国と北朝鮮との間には国交がなく、条約関係が直ちに発生するものではないことから)同映画が著作権法6条3号で守るべき著作物に該当しないと判断した上で、一般不法行為の成否につき、「同条各号所定の著作物に該当しない著作物の利用行為は、同法が規律の対象とする著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するなどの特段の事情がない限り、不法行為を構成するものではないと解するのが相当である」と判示しました。そして、原告が主張する利益は、著作権法により保護される日本国内における独占的な利用の利益をいうものにほかならず、また、原告の主張が営業上の利益への侵害をいうものとしても、被告はニュース番組における6分間の企画の中で、2時間を超える映画のうち2分8秒を放送したにすぎないなどの事情により、自由競争の範囲を逸脱して、原告の営業を妨害するものでもないとして、一般不法行為の成立も否定しました。
2 バンドスコア事件の概要
次に、バンドスコア事件の内容をみていきます。
バンドミュージックでは、録音現場において演奏・録音しながら曲を仕上げていくことが多く、バンドスコアが制作される場合、いわゆる「耳コピ」により楽譜を書き起こすことがよく行われています。本件の原告である楽譜出版社は、「耳コピ」により採譜した多数のバンドスコアを出版、販売していたところ、被告が無断で原告のスコアを模倣し、ウェブサイトで無料公開することで広告収入を得ていたと主張し、原告の営業上の利益の侵害を理由に不法行為に基づく損害賠償請求を行いました。
(1)楽譜の著作物性
前提として、採譜された楽曲そのものは作曲者の著作物ですが*、楽譜は楽曲を一定のルールに従って書き起こしたものであり、一般的に楽曲とは別個独立の著作物とは考えられていません。
バンドスコア事件でも、原告はスコアが別個の「著作物」に該当することを主張しませんでした。そのため、事件としても知財部ではなく、通常部に継続することになりました。
(2)判決の概要
ア 模倣
第一審で、裁判所は、被告が原告のスコアを模倣したとは認められないと判断しましたが、模倣性(模倣の事実が認められるか)についての判断基準を示したうえで*、被告が原告のスコアを模倣したことを認定しました。
イ バンドスコアの模倣による一般不法行為の成否
控訴審は、バンドスコアの模倣は「採譜にかける時間、労力及び費用並びに採譜という高度かつ特殊な技能の修得に要する時間、労力及び費用に対するフリーライドにほかならず、営利の目的をもって、公正かつ自由な競争秩序を害する手段・態様を用いて市場における競合行為に及ぶものであると同時に、害意をもって顧客を奪取するという営業妨害により他人の営業上の利益を損なう行為であって、著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するということができるから、最高裁平成23年判決のいう特段の事情が認められるというべきである」として不法行為の成立を肯定しました。
なお、裁判所は、原告スコアの模倣により、営業上の利益が侵害されることのほか、バンドスコアの制作者が採譜にかけた時間、労力、費用がフリーライドされると、採譜によりバンドスコアを制作するインセンティブが大きく損なわれ、スコアの供給が閉ざされ、ひいては、音楽文化の発展を阻害する結果になりかねないことにも言及しています。不法行為の成否の判断との関係での位置づけは必ずしも明確ではありませんが、営業の利益の侵害の有無を判断するにあたって、裁判所が業界全体の利益という要素を考慮しようとしたこともうかがわれます。
3 バンドスコア事件を踏まえて
バンドスコア事件は、北朝鮮映画事件の「特段の事情」についての判断の基準にしたがって一般不法行為の成否について判断しつつ、「特段の事情」の存在を肯定し、不法行為責任を認めています。従前の裁判例の流れから見れば、注目すべき判決に思われます。
それでは、著作権法上保護される「著作物」に該当しない情報の利用について、一般不法行為が成立する場合の「特段の事情」としては、どのようなケースが考えられるでしょうか。北朝鮮映画事件の最判解説(山田真紀・最判解民事篇平成23年度(下)734頁)では、「著作物の利用による利益とは異なる法的に保護された利益」として、思想の自由、表現の自由を脅かすおそれのある行為から守られる人格的利益のほか、名誉、営業の自由が例示されています。
「営業上の利益」を例としてあげれば、著作権法で保護される著作物には該当しないけれども、収集するのが大変なデータや、まさに本件のバンドスコアのように創作性は認められづらくとも労力や費用をかけないと制作されない情報については、その利用態様によって一般不法行為が成立しそうです。もっとも、そのような情報を模倣したとしても、その利用態様が軽微であれば、相手方の営業上の利益を侵害するとまではいえないと考えられます。一般不法行為の成否にあたっての判断基準である「特段の事情」の有無については、対象の成果物がどの程度の労力や費用をかけて作成されたのか、利用の目的、競合関係等が考慮され、また、これらに加えて、模倣の程度(独自に付加した要素があるのか)や、バンドスコア事件の判決に従えば不法行為を認めなかった場合の業界への影響といった要素も考慮されると思います。
いかに労力や費用を費やしても、対象となる情報が「著作物」に該当しない限りは例外的なケースでのみ保護されるとの考え方を推し進めると、バンドスコア事件の控訴審も示唆するとおり、不公平な結果を招き、労力を費やして制作する側のインセンティブが失われ、その産業・分野自体が縮小しかねません。他方で、あまり簡単に一般不法行為の成立を認めると、情報を利用する側にとっても予測可能性が持ちづらく、本来許容される態様の利用も萎縮させることになり、かえって業界に悪影響を与えてしまうことも否定できないでしょう。
なお、本件は、知財部ではなく、通常部で判断されましたが、著作権法で保護される情報の利用の是非に関する問題が知財部であれば、本件も表裏の問題として知財部で判断するという考え方も有り得たようにも思え、過去の知財部の判断の蓄積が活かされなくて良いのかという疑問は残ります。
今後、著作権法上の「著作物」に該当しない情報の無断利用が許されない基準について、「特段の事情」の有無に関する裁判例がさらに集積していくことが、期待されます。
以上
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