2026年5月27日
「アニメ中間素材の現状把握と法的な進行案」
弁護士 出井甫 (骨董通り法律事務所 for the Arts)
2026年3月、ご縁があって、東京アニメステーション主催のイベント「アニメアーカイブビジョン2025-2026」に登壇して参りました。イベントでは、アニメの制作過程で生じた素材を保存・管理し、後世に残すためにできることを、登壇者たちで議論しました。
とても有意義だったのですが、話題が豊富で説明しきれていない部分もあります。関係者の方、お越しの方、申し訳ございません!
そこで以下、当日の補足も兼ねて、法的視点から、アニメ中間素材のアーカイブの進め方を、筆者なりに書いてみます。
1 アニメ中間素材の現状
アニメの制作過程で生じる素材(アニメ中間素材)には、企画書、手書きのメモ、タイムシート、原画、絵コンテ、台本など、様々なものが挙げられます。
その量は凄まじく、例えば、1話30分のテレビアニメの場合、紙素材だけで270kgの資料に、カット袋などを合わせると、1タイトルで1t以上になるともされます(参考記事)。現在はデジタル化が進んだことで減りつつあるようですが、まだ紙を使用する方はいらっしゃいます。
アニメ中間素材は、1社で管理されているとは限りません。ラフですが、良く見るアニメ製作フローを見てみると(筆者作成の下図参照)、まず、複数社が出資をして製作委員会を組成し、制作会社に制作業務を委託します。その上で、制作会社が自社の従業員や、フリーランス、下請会社に作業を振ります。下請会社から更に従業員、フリーランス、孫請けの会社に作業を振ることもあります。各成果物は、制作会社に集約されますが、納品されないアニメ中間素材は各人の手元に残ります。
手元に残ったアニメ中間素材は、基本的に表に出ることは予定されていません。そして、これらを保管するには相応の費用と場所が必要です。そのため、アニメ中間素材の多くは廃棄されています。なお、私が加わった新潟大学の文化庁採択事業では、アニメーター渡部英雄さんが、自身の手掛けたアニメ中間素材を残していましたが、やはり管理に限界があるということで、新潟大学に寄託されました。
2 なぜアーカイブするのか?
アニメ中間素材をアーカイブする主たる目的は、それ自体が歴史・文化的資産だからでしょう。ただ、その他にも実用的な理由があります。
例えば、教育・研究です。公開作品を見ても、アニメの制作過程は分かりません。一方、例えば、タイムシートなどを見ると、演技設計やコマ打ちの方法が見えてきます。また、原画に加えられた手入れ指示と修正版を見ると、修正過程を知ることができます。これらは、特にアニメ制作を志望する方にとって重要な教材となります。渡部英雄さんも、自己研鑽のためにアニメ中間素材を保持していたようです。
なお、昨今、アニメの制作本数は年間300本を超えていますが、2016年をピークに減少しつつあります(参考記事)。1話30分のアニメ制作に100~300名のスタッフが必要と言われていますので、現場の教育者が不足しているのではないかと頭をよぎります。OJTが回りづらい状況で、先人の知恵が詰まったアニメ中間素材を活用することは、この懸念を低減する一対策になるかもしれません。
もう1つ、近年目立っているのは、イベントでの利用です。アニメ中間素材は基本的に表に出ないと言いましたが、出る機会が増えてきました。今年は「攻殻機動隊展」で、原画、設定資料、絵コンテなどの未公開資料を含む1600点以上のアーカイブが公開されました。昨年には、「柱展」で、「鬼滅の刃」の1000枚以上の原画が展示されました。他にも、アニメの舞台でこうしたイベントが開催されることがあり、地域活性化にも役立っていると聞きます。
以上のように、アニメ中間素材は、保存するだけではなく、利活用することでその価値を高めることができそうです。
3 アニメ中間素材と法的課題
ただ、アニメ中間素材をアーカイブするには、乗り越えるべき法的な課題があります。以下、概説いたします。
(1)権利の所在が分かりにくい
アニメ中間素材を扱う際には、他人の権利を侵害しないよう、アニメ中間素材に、誰の権利が存在しているかを確認する必要があります。
もっとも、それが容易ではないケースが多々あります。さきほどのフロー図も参照しながらお読みください。
① 契約書が作成されていない場合
例えば、制作会社からフリーランス・下請会社へ制作業務を委託する際に、契約書が作成されていない場合です。各社で権利に関する口頭合意もなければ、理論上、特にアニメ中間素材の著作権は、外注先に留保されていると評価され得ます。詰まるところ、成果物ですら制作会社に権利が移転していない可能性もあります。また、著作者人格権は譲渡できませんので、契約の有無にかかわらず外注先に留保されています。
この場合、アニメ中間素材の権利が、各外注先に散在することとなり、その特定や回収は難しくなります。
② 言及がない又は規定が曖昧な場合
契約書が作成されていたとしても、中間素材の権利に関する言及がない又は曖昧な場合です。今でも契約書を見ると、しばしば「成果物に関する権利は、・・に帰属する」といった記載を目にしますが、「に関する」ですと、アニメ中間素材がこれに含まれるのか迷いそうです。この場合は、基本的に契約書がないケースと同様、権利が外注先に帰属している可能性があることを念頭に置く必要があると思われます。
③ 契約書を紛失している場合
契約書は作成したけれど、後に紛失したケースです。こうした例は、個人に限らず、会社の統合や解散、人事異動、記録媒体の入替えなどによっても起きています。相手が契約書を持っているならばお願いして確認することも考えられますが、紛失の事実を告げる勇気が必要でしょう。仮に伝えたとしても、相手方も確認に時間がかかるという理由で回答しないことも想定されます。
④ その他
例えば、権利者の相続が起きて権利が複数人に分属しているケースや、原画をもらったものの、誰が制作したか分からないケースなどもあります。前者は、相続人を調査することで権利者を特定することができるかもしれませんが、古いものですと、相続人が多数に上り、調査中にまた相続が起きるといった事態も起こり得ます。
(2)利活用に対する制限
① 著作権法上の制限
著作物を利用する際には、原則、著作権者の許諾が必要となります。著作権の保護期間は、現在ですと原則著作者の死後70年(法人名義などの場合は公表後70年)と長いため、この期間経過を待って、アニメ中間素材を利用するのは現実的ではありません。なお、利用方法によっては、著作者の許諾も必要となります。更に、アニメに原作がある場合は、原著作物の著作権者や著作者の許諾の要否を検討する必要がでてきます。
② その他の制限
例えば、制作業務の過程で秘密保持契約が締結されている場合、特に未公表のアニメ中間素材の使用が制限されている場合があります。
また、中間素材に個人情報が含まれている場合には、個人情報保護法の規制を確認する必要があります。例えば、カット袋やスケジュール表などに担当者名や連絡先が記載されている場合は注意すべきと思われます。
4 どうしたら良いか?
(1)アニメ中間素材を分類する
まず、アニメ中間素材の種類によって、対応方針が変わり得ますので、以下では、分類方法の一案を記載いたします。
・著作物か
タイムシートや手書きのメモなどには、通常、短い指示や説明、客観的な事実、制作進行上のルールなどが占めているため、作成者の「思想又は感情の創作的表現」が含まれておらず、「著作物」に該当しないと評価し得る場合が多いと思われます。仮に、「著作物」に該当しなければ、その保存や利活用の際に、著作権者・著作者の許諾の要否を検討する必要がなくなります。まずは、この仕分けをすることで、分析対象を絞ります。
・公表著作物か
もしアニメ中間素材が「著作物」に該当するならば、それが公表されているかは重要です*。仮に未公表著作物の場合、それを利活用するにあたって、著作者(原作がある場合は原著作者を含みます)の公表権侵害にならないよう許諾を得る必要がでてくるからです(18条1項)。なお、秘密保持契約上の義務が存在しているかも同時に確認すべきでしょう。
著作権法上、「公表」とは、発行され又は権利者又は許諾を得た者によって上演、演奏、上映、公衆送信などの方法で公衆に提示されることをいいます(4条1項)。また、同法上、著作物の性質に応じて公衆の要求を満たすことができる相当程度の部数の複製物が、権利者又は許諾を得た者によって頒布されたている場合は「発行」されたと扱われます(3条1項)。
アニメ中間素材の場合ですと、例えば、制作現場で企画書や原画などが多くのスタッフや外注先に配布されていた場合、「発行」されたものとして公表著作物と整理し得る余地はあると思います。また、脚本それ自体は出回っていなかったとしても、放送されたアニメに、その脚本の内容が反映されているならば、そこに含まれている表現は公表されたと扱うことができるかもしれません。
*著作者人格権には、公表権以外にも氏名表示権や同一性保持権などが存在します。もっとも、クレジットに関しては、著作者による異なる意思表示がない限り、その著作物にすでに表示されている方法に従って著作者名を表示することができます(19条2項)。また、アーカイブは保存・承継を目的とするものですから、通常、表現を改変することは予定されていないと思われます。なお、スキャンなどに伴う技術的制約上の改変は、「やむを得ない改変」として整理できると考えます(20条2項4号)。そのため、本コラムでは、これらの検討の優先度は、公表権に比べて低いと考えます。
・自分は単独の権利者か
アニメ中間素材の著作権や著作者人格権が、1名に単独で帰属しているならば、著作権法上は、その方にのみ許諾を得れば足ります。それがアニメ中間素材の利活用を検討される所持者本人であれば、無論、許諾を得る必要はなくなります。
他方、権利が他人に帰属していたり、共著の場合ですと、やはり許諾が必要となり得ます(64条1項、65条3項)。
・その他
前記の通り、守秘義務など契約上の制限がないか、個人情報が含まれていないか、原作が存在するかを確認し、分類していきます。
以上を踏まえた想定パターンを図にしてみました。
概算してみるに、個人情報や契約上の制限の有無は、それぞれ独立した検討事項のため、著作物に関するパターンに、それぞれ「×2」をします。更に、原作の有無は、中間素材が著作物であり、かつ原作が公表されていることを前提としても、その著作権・著作者の類型は、それぞれ「単独・共有」「単著・共著」に分岐します。
全てを合わせると、理論的には(正確さに多少不安はありますが、ざっと見積もって)240通り以上になります。
(2) 権利制限規定の適否を検討する
ここで全てのパターンを分析することは難しいため、以下では、アーカイブする側が著作権・著作者人格権を有していない場合を前提に、著作権法上の権利制限規定を上手く使えないかを検討いたします。
① 単純にスキャンする
現行法上、純然と保存のみを目的とする著作物の複製を正面から許容する規定は、国会図書館や図書館等、公文書を扱う場合に限定されています(国会図書館法24条~25条の3、公文書管理法15条、16条、著作権法31条、同法42条の4)。
そのため、アーカイブ目的で著作物を利用する際には、その先の利用目的も踏まえて、権利制限規定の適否を分析する必要があります。
② 許諾の要否を検討するためにスキャンする
著作権法上、著作権者の許諾を得て著作物を利用しようとする者は、許諾を得ずに、その検討過程で、著作物をその必要と認められる限度で利用することができます(30条の3)。典型的な適用場面は、企業がキャラクターの商品化を企画する際、そのキャラクターの著作権者の許諾を得る前に、内部の検討段階で会議資料等にキャラクターを掲載する場合が挙げられます。
さて、アニメ中間素材について考えると、素材の中には劣化が著しいものや、青焼きのように変質の早いものも存在し得ます。また、前記の通り、アニメ中間素材の権利者を特定することは必ずしも容易ではなく、企画立案から最終的に許諾を得るまでには相応に時間がかかることも想定されます。そのような状況で、アニメ中間素材の現物のみを保管していては、いざ、許諾を得て利用できる段階になったとても、時間的な損耗によって利用目的が達成できなくなることが懸念されます。
そうすると、これは私見ですが、アニメ中間素材を、著作権者の許諾を得る検討過程で、スキャンなどしてデータ化しておく行為は、30条の3によって許容される余地があるのではないかと思っています。
③ データベース化して公開する
著作権法上、公衆に提示された、公表又は送信可能化された著作物の題号、著作者名などを検索し(所在検索)、その検索結果とともに、著作物のスニペットなどの形で表示することが許容されています(47条の5・1項1号)。また、その軽微利用の準備をするために当該著作物を複製することが認められています(同条2項)。なお、軽微利用を伴わない所在検索のための複製も、30条の4で許容されると考えられています。
そのため、少なくとも(適法に)公表されたアニメ中間素材であれば、その他所定の要件を満たすことで、著作権者・著作者の許諾なくして検索結果用にデータベース化し、検索結果を提供する際にその一部を表示させることはできます。
④ 来場者向けの展示、解説・紹介のための複製等、上映
アーカイブそのものではありませんが、アニメ中間素材の所有者又はその同意を得た者は、その原作品を展示すること(屋外かつ恒常的に設置されている場合を除きます)が可能です(45条)。
また、上記展示の際には、観覧者に展示する著作物の解説又は紹介をするために、必要な範囲で、著作物を複製した上で、小冊子に掲載して譲渡することや、上映すること、公衆送信することが可能です(47条1項、2項)。
また、非営利かつ無償の場合は、アニメ中間素材の上映や(38条1項)、複製した上で貸与することも可能です(同条4項)。
但し、いずれも未公表著作物の場合は、公表権との関係で著作者の許諾が必要となり得ることに注意が必要です。
⑤ その他
公表されたアニメ中間素材であれば、引用(32条)や教育目的利用(35条、自著コラムも参照)の選択肢も出てきます。
(3)補足:裁定制度の検討
2026年4月から、未管理公表著作物等(集中管理がされておらず、利用の可否に係る著作権者等の意思を円滑に確認できる情報が公表されていない著作物等)を利用しようとする者は、著作権者等の意思を確認するための措置をとったにもかかわらず、確認ができない場合には、権利者の許諾を得る代わりに文化庁長官の裁定を受け、補償金を支払うことにより、適法にその著作物を利用することができる制度が施行されました(67条の3、詳細は原口弁護士のコラム参照)。
また従前から、著作権者が誰か不明な場合や、所在が把握できない場合に、一定の金額を供託することで、文化庁長官から裁定を受け、適法に著作物を利用できる制度も存在します(67条、詳細は鈴木弁護士のコラム参照)。
アニメ中間素材も、上記制度によって利活用を促進できる効果はあるかもしれません。もっとも、各制度では、公表又は公衆に提示等された著作物であることが要件とされています。また、例えば、多数のアニメ中間素材を利活用する場合、上記制度の要件充足性を確認するには、相当の時間と労力がかかりそうです。そのため、予め前記のようなアニメ中間素材の分類は、やはり求められるでしょう。
5 おわりに
新潟大学の文化庁採択事業では、アーカイブに関する権利者のインタビューも掲載されています。そこでは、「残してくれたことに感謝している」「学術利用なら問題ない」といった回答が報告されています。
また、前記イベントでは、倉庫会社や制作会社から、物理・デジタル双方の保存技術に関する説明があり、大変勉強になりました。
なお、弊所メンバーも参加するデジタルアーカイブ学会では、民間によるアーカイブの支援・促進のための政府提言などを続けています。
アニメ中間素材の保存・利活用のため、各ステークホルダーと力を合わせて、筆者もお力添えできればと思います。
以上
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鈴木里佳(骨董通り法律事務所 for the Arts)
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