2026年7月 1日
作品の保存と継承は税金のムダ遣いか
~「デジタルアーカイブ推進基本法」実現の最後の闘いに寄せて
弁護士 福井健策 (骨董通り法律事務所 for the Arts)
デジタルアーカイブは地味なトピックらしい
はい、のっけから悲壮な老兵の手紙みたいな副題です。が、慌てて付け加えておけば、民間のアーカイブ活動は全般として盛り上がっています。
「デジタルアーカイブ戦争」と副題を打った2014年の新書が初めて重版なしの憂き目にあい、故長尾真先生らとデジタルアーカイブ学会を立ち上げ「会員100名集まれば大成功ですね」などと話していたのが2017年。今や学会員は各界を代表する900名に迫り、私も先輩かたの勇退でいつの間にか副会長です。
1月の研究大会は過去最大の参加者を集め、意欲的な活動と存在感は確実に増しているでしょう。そういえば筆者自身、アーカイブの支援を理由のひとつに第76回の芸術選奨(文部科学大臣賞)を頂いて、椅子から転げ落ちるほど驚いたのはこの3月。
それでも、「デジタルアーカイブ(DA)」という言葉がメディアを賑わすことは稀だし、初対面の政治家や記者さんから、遠まわしに「知らないし今忙しいだよね」という態度を取られることはまだまだ多い。
いや怒らない。アンガーマネジメントを会得しているから(嘘)。
そこで、相手に応じて色々な話をするのですが、例えば「戦前は日本映画の第一次黄金時代ですが、フィルムの現存率はわずか10%未満。9割以上は傑作・名作を含め、歴史の闇の中に消えました。1980年以前のTV番組の現存率はもっと低く、それすらも劣化・散逸の危機に瀕しています」と伝えます。
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「日本映画60年を代表する最高作品ベストテン」(キネマ旬報1959年)第1位、戦前映画傑作中の傑作、伊藤大輔『忠次旅日記』(1991年に広島県の民家蔵から発見された一部を除き、今も失われたフィルムのまま)
実際、本稿執筆中にネットを賑わしているのは、国立映画アーカイブが年間予算を半額近く減額されて運営継続の危機にあり、クラウドファンディングを立ち上げた話¹です(なお同館の活動は、現在のミッションではフィルム保存・上映が中心)。
国立映画アーカイブREADYFORページより
多くの作品やデータは市場では驚くほど短命で、市場での魅力が一度落ちると忘却・散逸のリスクは急速に高まります。しかし、そうした作品も、ある人々にとっては生きる喜びそのものであり、次なる創作の大いなる種であり、また教育・研究や多様な情報を未来に残すその価値ははかり知れない。書籍や美術品・学術情報などの従来型の「知」では、この決定的な機能を図書館・博物館・大学などが担って来ました。
しかし20世紀以降、作品や情報の形は極めて多様となり、その多様な「知」の集積・保存・継承はしばしば、民間の一握りの人々の情熱と資力が頼りでした。例えばマンガの原画は、多産な作家なら生涯で10万枚を超えますが、その組織的な集積や保存の活動は最近までほとんど存在しませんでした。アニメ資料も同様であったことは、出井弁護士のこのコラムを参照。
¹これは、2026年2月に文部科学省が国立美術館など全体について、展示・上映事業コストでの自己収入割合を2030年度までに65%以上にすることや入場者の大幅増を求め、特に割合が4割を下回る施設の「再編」に触れたことに端を発する。tokyoartbeat.com/articles/-/national-museum-midterm-goals-masanori-aoyagi-interview-202604
この目標には青柳元文化庁長官の「文化行政の現場からではなく、収益性重視の財務省的な発想」との指摘をはじめ、多くの批判が寄せられ、文化庁は「収集・保管、教育普及、調査研究にはしっかり国費を措置しており、引き続き国立美術館に予算を確保する」と繰り返し表明した。https://www.bunka.go.jp/bunkacho/shokan_hojin/94400501.html
巨大プラットフォームの出現とEUの闘い
そして21世紀を迎え、これら多様化した「知」をジャンル横断で一気に集積し、流通の主役を担う存在が現れました。デジタル・プラットフォームです。
かつてのGAFAMは、万人が情報の発信者で受信者の時代に、膨大な情報の流通と序列づけや「リコメンド」を握り、それに併せて強大な権力と富を手にした――この話はもう書き尽くしましたね。今はこれをAIが急速に拡大させている状況でしょう。
例えば、今、懐かしいTV番組やCMを見たいと思う人の多くは、恐らく「放送ライブラリー」² や民間の意欲的なCMライブラリーは探さない。YouTubeに行くはずです。そこには無敵な過去の番組・CMが存在している。
著作権を脇において考えれば、こうしたプラットフォームの利便性は絶大です。では、デジタルでの情報の集積・保存・提供はもう彼らに任せておけば良いのか?
既にかなりそうだし、放っておけばますます決定的にそうなるでしょう。
が、EUは気に入らなかった。2005年に早くも刊行された前フランス国立図書館長の『Googleとの闘い』という書籍を理論的支柱に、独自の欧州横断の巨大電子博物館「Europeana」³の立ち上げに着手します⁴。
EU巨大電子博物館europeanaより「イギリスとフランスの世界分割」(1805年)
なぜ、ヨーロッパはGAFAMに無謀とも言える闘いを挑んだのか。
EUエリートたちは鼻持ちならない文化優越意識の持ち主で、アメリカ企業ごときの後塵を拝するのは気に食わなかった。――まあ、それも大きいでしょう。が、それだけではない。民間企業はやはり営利事業、それも短期的な市場の反応に左右される苛烈な競争であることは厳然たる事実です。ある部門が不採算となったり、株価を考えて別な事業に注力すべきとなれば、維持コストのかかる既存事業など膨大なデータと共に躊躇なく捨てられる例を、既に私たちは十分見て来ました⁵。
²放送法に基づき1991年より活動。26年3月現在、館内公開CM数13,188本。
³ヨーロッパの3,000以上のデジタルアーカイブを連携させた巨大電子博物館(ポータル)。2026年6月時点で公開デジタルコンテンツは6,000万点以上。
⁴このあたりの経緯は、前述の拙著『誰が「知」を独占するのか -デジタルアーカイブ戦争』(集英社新書・2014年)p20~44を参照。
⁵Twitter(現X)は、動画投稿サービス「Vine」を2017年に終了し短期間の予告で動画データを削除。救出されたごく少数を除いて、約3億本の動画の多くが消失したとされている。https://medium.com/@synopsi/vines-demise-in-numbers-728f608ed117ほか
デジタルアーカイブの価値
21世紀の石油といわれるデータの保存・流通を一極支配され、何よりその序列づけまで米国の企業たちに握られては、政治・経済・文化的にあまりに危うく、あまりに不利だという危機感はEU側にあり、それは恐らく正当な危機感でした。以後、EUがディレクティブなどのルールメイクで、プラットフォーム対抗軸を構築して行ったことはご存じの通りです。
いや、米国内でも、メトロポリタン美術館が40万6000点もの所蔵資料の無料デジタル公開(ダウンロード可)⁶に踏み切った背景には、「それをGoogleなどに任せるより」という思いはあったのでしょう。(ちなみに同館の来館者はデータの無償公開後も、コロナ禍を除いて一貫して伸び続けています。)
メトロポリタン・デジタルコレクションで、目を奪う高画質でダウンロード可能なゴッホ『糸杉のある麦畑』
プラットフォームたちの提供する利便性は否定しない。しかし一方で、安定的で市場中立的な「知の集積・保存・提供を本務とするインフラ」、すなわちデジタルアーカイブは必要である。ビッグテックによるAI覇権も確実に進む中、その深刻さは恐らく高まっているでしょう。
これがデジタルアーカイブの根本の発想であり、DA学会ではのべ100名以上の識者を招いた公開討論で採択したデジタルアーカイブ憲章(2023年)で、その価値を「1 活動基盤:豊富で多様な情報資産を永く保存」「2 情報保障:誰でも平等に情報にアクセス可能化」「3 文化:多様な文化や歴史的事実の理解と新たな創作活動の促進」「4 学習:学びの基盤と人びとの情報リテラシーへの貢献」「5 経済活動:多様な情報資産の活用と新しい労働環境の提供」「6 研究開発:オープンサイエンスへの貢献と研究開発の促進」「7 防災:過去の災害と復興の記録・記憶を防災に活用」「8 国際:情報発信による国際的な相互理解、文化交流と観光誘致」と定義しました。
意欲的な国の施策と戦略
この間、国もDA推進へと大きく舵を切ってきました。
2009年には国立国会図書館に127億円のデジタル化予算(以後、断続的に数次の大型予算)、2012年総務省「知のデジタルアーカイブ」構想、同年超党派「デジタル文化資産推進議員連盟」設立(中断をはさみ2026年リブート)。特に2020年、政府統合ポータル「ジャパンサーチ」の本格運用に続いて、2025年に策定された「デジタルアーカイブ戦略2026-2030」⁷では、「2035年までにEuropeana並みの規模・範囲と利便性を目指す」「2030年には連携メタデータ数5000万、そのうち65%を公開コンテンツ化(館内限定公開を含む)」なども打ち出されている点は特筆に値します。
政府統合ポータル「ジャパンサーチ」
これらの検討にはDA学会の有力メンバーも加わっており、学会の2度にわたる提言内容⁽¹⁾⁽²⁾も結果として反映されて(又は軌を一にして)、大変評価できるものです。ただ、まだメタデータの充実化が中心(公開は館内限定公開が多数)、かつ国の事業が中心である点は否めません。
「メタデータ」とは、作品・コンテンツそのものではなくその「スタッフ・概要・所在」などの情報のこと。そのデータベースを5000万件整備するのであり、これは素晴らしいことです。ただ、いわば「ここに行けばこういう作品があるよ」という情報ですので、やや研究者・関係者向けの感も強く、何より地方在住者が現実には見ようがないという弱点を抱える。コンテンツそのものを6000万点デジタル公開するEuropeanaと、そこが決定的な違いです。もちろん、現在の予算と人手ではやむを得ないでしょう。
また、整備が国会図書館など国の機関ごとの縦割り感も否めず、何より、これらの提言や議連の変遷を見ればわかる通り、各施策はその時々の政治の「風」によって些かアドホック的に展開されています。
DA推進こそ、民間の各種活動の支援が重要であり、かつ、その推進は10年、100年といった長期の計に基づいた長期横断的な計画によるべきです(図書館法・博物館法に基づいた長期政策を見よ)。
だから、DA学会では設立当初から、また2度の政策提言を通じて、DA推進基本法を呼びかけています。何より、この国には、官民データ活用推進基本法という「利活用」の基本法はありますが、その「集積・保存・継承」の基本法がありません。
そうこうしている間にも、過去の名作や貴重な資料群は散逸と劣化が進んで行きます。それらは歴史の闇に消えれば、二度と元には戻りません。
⁷デジタルアーカイブ戦略懇談会・デジタルアーカイブ推進に関する検討会決定。https://www.cas.go.jp/jp/seisakukaigi/titeki2/digitalarchive_suisiniinkai/index.html
推進基本法の柱は3つのみ
政治の側でもこの声を受け、自民党知財調査会では2023年以来一貫してDA振興法制の早急な導入を提言しており⁸、政府の知財推進計画2026でも「デジタルアーカイブの法的基盤の在り方の検討」という表現が控えめながら謳われています。そして6月、超党派のデジタル文化資産議連がリブートし、法制化検討PTが立ち上がりました⁹。
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第1回DA法制化検討PTには、山下貴司座長、浮島智子座長代行、山田太郎幹事、赤松健事務局長と、これまで日本のデジタルアーカイブのために尽力して来た与野党のキーパーソンが役員で、各省庁担当者やDA関係者と共に並んだ。(なお、親会たる議連の会長は古屋圭司、事務局長は笠浩文の両議員。)若手議員含めて賛同・質問の飛び交う熱気ある第1回だったが、成立までの道のりはまだまだ厳しい。
さて、推進基本法の提言は実は学会立ち上げ前から10年にもわたって続いており、その中ではいうまでもなく前述の政策提言のような具体的な提案も多々含まれています。が、上記の知財調査会や議連リブートの際に筆者がDA学会副会長として提言した内容は実にシンプルです。
第一には、横断的・長期的な官民のデジタルアーカイブ振興計画の策定です。これは既にある程度は作られていますが、書いた通り、法的根拠がない。それでは今後の政治の風しだいでなくなったり縮小したり、容易にするでしょう。ですから法律でその作成を義務付けて、いわば法定化する。
第二には、その持続的な推進母体を政府内におくことです。これはデジタルアーカイブ室のような十分な専従職員を持つ政府組織と、政策立案と評価の面でその母体となる官民のデジタルアーカイブ推進会議から成ります。
第三には、こうした官民のデジタルアーカイブ活動を支える法制上・財政上・税務上の措置です。これは単なる決まり文句のように読めますが、決して絵に描いた餅ではありません。
この10年間のDA関連の国の予算は、(前述した、時に大規模な国会図書館などの補正予算を除いて)当初予算では例年数億円といった規模です。価値ある活動は多い一方、この数億円は、外環道(関越~東名間。総延長16.2km)の建設費用に換算すれば5メートル程度です¹⁰。当初予算でいえば、およそ3200年ほどで外環道の建設費用に届く水準ですね。一部ですが。毎年100億円規模のDA予算なら、あと276年で外環道に追いつきます。一部ですけど。
知財立国・IT立国というならば、その知のインフラであるDAへの政府投資額は、まずせめてその程度はあって良いでしょう。自民党知財調査会ではコンテンツ予算は2030年までに5000億円と提言されていますが、前述した二次展開の価値、教育・人材育成の価値、情報発信の価値を考えても、DAの構築と支援には十分な予算が割かれるべきです。
以上のほかにも、基本的施策などの提案も学会はおこなっていますが、もっとも大切なのは、まずはシンプルでも上記の3点が法定化されることでしょう。
10 2025年の見直し総事業費額約2兆7,625億円(国交省試算)を16.2kmで除した、1メートルあたり約1億7000万円の概算工事費に基づく。
おわりに
前述の議連では今後、意欲的な関係団体ヒアリングを続けることとされ、DA学会も全面協力をはかって行きます。果たして消え続ける先人たちの知の遺産を、未来と世界に伝える綿々とした官民の営みを支える基本法は成立するのか。道行きはまだまだ予断を許しません。
また7/26(日)には早稲田大学との共催で、与野党のキーパーソン、DA学会の黒橋禎夫会長(国立情報学研究所長)や理事の渡邊英徳東京大学教授、ファッションデザイナーの森永邦彦さん(ANREALAGEデザイナー)など異ジャンルの識者を呼んで、待った無しの現場の状況と推進基本法を議論する予定です(DA学会HPで詳報)。日曜夕方ですが、興味のある方は是非、お出でください。
以上
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2018年11月13日 弁護士
福井健策(骨董通り法律事務所 for the Arts)
法的若しくは専門的なアドバイスを目的とするものではありません。
※文章内容には適宜訂正や追加がおこなわれることがあります。


