2025年1月29日
「マンガ海賊版には、深刻化するサイバー犯罪の課題がいかに詰まっているか」
弁護士 福井健策 (骨董通り法律事務所 for the Arts)
さて、ご存じの方はご存じでご存じない方はさっぱりでしょうが、先日、筆者はCRICという大変由緒ただしい団体で著作権の講演をおこないました。テーマは史上最悪期を迎えたオンラインの海賊版。その現状、対策の実際と課題、そしてネット社会の今後に与える影響などのお話です。
そのお話をここで完全再現するのね、と思われましたね。いいえ。2時間の講演録なんて何万字にもなりますし、『コピライト』という明治以来の伝統(嘘)を持つ一流誌に5月頃、再録されます。以下、これを「本編」と呼びましょう。ここでは、本編のほんのさわりとして、オンライン海賊版に深刻化の一途をたどるサイバー犯罪の課題がいかにぎゅっと凝縮されているか、その俯瞰的なお話だけをしたいと思います。予告編的に。3,000字ぽっきりで。
オンライン海賊版の現状としくみ
著作権制度が誕生して315年。少なくともその最初の200年間、主要テーマは海賊版の封じ込めでした。そしてその最後の25年間、世界は新たに登場したオンライン海賊版という課題に、どうしても解決策を見い出せないでいます。特に2018年、最悪時に月間1億アクセス超を集めた「漫画村」事件は衝撃的で、筆者もまあ色々な意味で人生の勉強をさせて頂きました(コラム)。
実は、コロナ後の5年間、マンガ海賊版サイト上位10傑のアクセス数は常にこの漫画村の最悪期と同等か、その数倍の水準にあり続けています。現在が、史上最悪期なのです。
いったいどんな仕組みでそれはばらまかれているか。この図の通りです。
なんだかわかりませんね。本編をお読みください。特徴は、「海外の身元不明の運営者が」「匿名性の高い、安価な民間の各種サービスを組み合わせて容易に犯行をおこない」、そして「海賊版サイトは次々コピーで量産され高速でドメイン(住所表示)が変わって行く点」です。最後のものを「ドメイン・ホッピング」といい、今や1週間程度で海賊版は次々と住所表示を変えます。
打つ手がなかったかといえば、これも本編で詳述する通り、この間、IT界との業際連携、官・民連携は進み、対策は進化を続けて来ました。関係者の摘発も高額の賠償判決もあります。にもかかわらず、この「海外化」と「分散化」と「高速ホッピング」に阻まれて、どうしても抑え込めない。そんな5年間だったと言えるでしょう。
増加するサイバー犯罪の特質
抑え込めないのはオンライン海賊版だけではありません。昨年のKadokawaへのサイバー攻撃が記憶に新しいように、各種のサイバー犯罪は2000年代以降、増加の一途を辿っています。
それは、国連広報センターによれば「最も速い速度で増大している犯罪」であり、令和5年の犯罪白書によれば、認知され検挙された数だけでも過去20年で6倍超に急増しているとされます。
なぜ増えるか。なぜ破壊的に厄介か。専門家によればその特徴は次の通りです。
第一に、プラットフォームやSNSなど技術・エコシステムの変化の速さです。例えば、海賊版サイトでは、広告料収入などの決済にはビットコインが使われることが多いですが、そんなことは10年前には想定されなかった。海賊版サイトの拡散に用いられるSNSも、主流はどんどん動いています。海賊版がドメインを高速で変更して行く前述のホッピングも2022年頃に目立ちはじめ、今や「漫画村」のような一強ではなく、トップ50の海賊版サイトが次々リダイレクトなどで入れ替わっている状態です。つまり、相手の実相が数年で変化する。
第二に、日常的な越境性、警察捜査権の限界です。海賊版でいえば、今や、運営者の居所と、そのサイトのサーバー所在国、ドメイン名を提供するレジストラの所在国、海賊版ファイルを高速中継するCDNサービスのデータセンターの所在国、そして海賊版情報が拡散される検索エンジン・SNSの本拠国と広告収入をもたらす代理店の所在国は、全部別々でも不思議はない。当然ですが、対処がしにくい国に、犯罪に使われる各サービスは所在しがちです。
仮に犯人の身元がわかっても摘発は時に至難。サイバー犯罪条約のように対処の仕組みはありますが、問題になるような国はたいてい条約未加入です。各利用サービスへの協力要請も、しばしば困難を極めます。
第三に、データ通信の可視性の低さ・匿名性、証拠の改変・消去容易性です。これは説明不要でしょう。プロキシ・VPN・Tor(玉葱ルータ)といった、それ自体は有用な技術ですが同時に身元を隠すのに好適なサービスたち。IPアドレスを含むアクセス履歴、つまりログの把握の困難性。データの書き換えも極めて容易で、痕跡も証拠もすぐに消されます。
第四に、暗数の多さ、実態把握の困難性が挙げられます。つまり、ものが盗まれれば普通はすぐに気づきますね。ルパンにお宝を盗まれたらすぐにわかるわけです。サイバー犯罪の場合には隠密裏に進みますので、被害にあっても気づかない人も多い。海賊版も、どこかで自分の作品がばらまかれていても、権利者は必ずしもすぐには気づきませんし、まして被害規模の把握は難しい。
(以上、中野目・四方『サイバー犯罪対策』ほか参考)
そして最後に、サービス間競争による脆弱性を付け加えたいと思います。つまり、「身元確認なんてゆるい方が人気だしコストも安いので、価格やサービス競争をやっていると自然にそっちに流れる」現象です。身元確認の電話とか2重の認証コードとか、面倒なくらいが安心だから好き!というユーザーはあまりいないですよね。少なくとも多くの小規模ユーザーはさくっとその場で始められて、安い方に集まります。運営者側もその方がうれしい。ですから世界的にはそういうサービスが隆盛して行く。
これはまさにオンライン海賊版で起きていることで、悪用しようとする者はそういう「ゆるい」サービスをかき集めています。
背景にある3つの分断
さて、以上の業際連携・官民連携の結果、海賊版対策の実務はどうなっており、そこにはどんな新たな壁があるのか。本編に譲りますが、この悪化する一方の「誰でもサイバー犯罪」状態の背景には、3つの分断が存在するように思います。
ひとつは南北の分断です。つまり、海賊版運営者は明らかにグローバルサウスに集まりつつある。国際会議などで海賊版問題が論じられると、強いコンテンツと知的財産権を握る一部の国々に対するある種の敵意というか、いらだちに直面することがあります。そんな資本がなくても学歴がなくても、少しネットの知識を学べば端末ひとつで、各種サービスを組み合わせて海賊版ビジネスなどで高額な所得が得られる。いわば、持てる者への反逆の手段であり、貧者のサクセスストーリーですね。
もうひとつは、領土を持つ主権国家と、超国家たるプラットフォームとの分断です。メガ・プラットフォームの巨大権力化はもう紙数を割くまでもないでしょう。GAFAMを代表に、それは多くの主権国家を超える「人口」を要し、今や「住民」たちの生活の多くの側面をカバーします。現在のトランプ政権との蜜月(?)、EUや専制国家たちとの確執など、その領土国家との多層権力関係は混迷を深め、サイバー犯罪者はその間隙を突いている、とも言えるでしょう。
そして最後は、上記とも関連するIT界とコンテンツ界の分断です。ビッグテックの経営者の多くは、技術の進展と自由な情報流通が課題を解決するというテクノ・リバタリアン的発想が色濃い人々です。少なくとも、そう演じています。他方、コンテンツ産業の守り神は著作権という「情報の独占」制度であり、これはどうしてもIT界の発想とは伝統的に相性が悪い。日本国内では現在、この間の努力でIT界とコンテンツ界は海賊版対策においてかつてない協力体制を築けていますが、少なくとも国際的には、IT界は著作権問題には冷淡と言って良い反応がまだまだ多いのは、こうした事情でしょう。
さてどうするか。もうこの流れは止まらないのか。
しかし、ここで「しかし」と思います。前述の通り、著作権はそもそも海賊版対策の制度でした。仮に、ここまでの官・民連携、業際連携をもって努力してもオンライン海賊版を減らせず、明らかにどの国の法律でも犯罪であるマンガ海賊版が毎月億単位でばらまかれても止められないのだとすれば、そんな著作権制度とは、なんでしょうか。それはもはや、真面目な、あるいは社会的立場から守らざるを得ない人々だけのルールになっているのか。そして同じ問題はオンライン海賊版だけでなく、多くのサイバー犯罪にも言えないか。そんな問いかけを、海賊版問題は発しているようにも思えるのです。
以上
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