2026年2月25日
「導入目前!?のレコード演奏・伝達権 その現在地をみてみよう」
弁護士 鈴木里佳 (骨董通り法律事務所 for the Arts)
皆さんはミラノ・コルティナオリンピックをご覧になりましたか?
フィギュアスケートのペア競技のりく・りゅうペアの大逆転金メダルに、大きな感動が駆け巡った記憶も新しいところですが、筆者も、女子シングルの坂本花織選手にすっかり魅了され、浅田真央選手の演技に涙したバンクーバーオリンピック以来の熱狂を迎えております。
フィギュアスケートの選手の演技を思い浮かべる場合、その選手の代表的な演技曲を脳内で再生しながら思い起こす方も少なくないように思います。坂本選手が今回のショートプログラムで使用した、“Time To Say Goodbye”は、団体戦での演技後に注目が集まり、iTunes Storeのポップチャートで200位圏外であったサラ・ブライトマンのソロ・バージョンが5位まで急上昇したことも話題になりました。
フィギュアスケートで使用される音楽は演技とは切り離せないほど重要性が高いものですが、スキー・スノーボードなどの雪上競技や、スピードスケートなど、音楽が必須ではない競技でも、競技中や試合前の選手紹介などの場面で使われる音楽が大会を盛り上げています。オリンピックのような世界規模の大会でなく、国内のアマチュアの大会でも、会場の盛り上げのために音楽がかけられていることが少なくありません。
イラスト by Loose Drawing
スポーツを含むライブイベントでも欠かせないともいえる音楽の利用ですが、実は、これに大きな影響を与えうる「レコード演奏・伝達権」の創設に向けた熱い議論が、導入目前といえる段階まで進んでいます。
このレコード演奏・伝達権をめぐる議論については、以前橋本弁護士のコラムにて解説されていましたが、その後文化審議会著作権分科会での審議や関係団体からのヒアリングを経て、その導入に向けた報告書案が今年初めに公表されました。この報告書案は、今後法制化を進めるにあたっての素案となり、すでに実施されたパブリック・コメントの結果も踏まえた上で、順当に進めば今年の国会での法案として成立することが見込まれています。今回のコラムでは、導入目前ともいえるレコード演奏・伝達権の現在地について、報告書案の内容を中心に紹介したいと思います。
●導入の背景
私たちがなにげなく耳にしている音楽には、大まかにわけて2種類の権利が働きます。
① 楽曲の著作権と、②歌手などの演奏者(実演家)やレコード製作者の実演・音源に関する著作隣接権の2つです。
より馴染みがあるのは①楽曲の著作権でしょう。こちらは、楽曲を創作した作詞家・作曲家が持つ権利(許諾権)で、楽曲の利用に広く及びます。たとえば、楽曲の無断アップロードに対して、作詞家・作曲家などの著作権者は、勝手にアップロードしないで、ということができますし、スポーツの大会を始めとするイベント会場などで、楽曲を無断で演奏(再生)しないで、ということもできます(非営利目的の演奏の場合、著作権法38条1項により許諾不要となることもありますが、ここでは割愛します)。
では、②歌手などの実演家(演奏家)についてはどうかというと、著作権法により、その実演の利用に関し、著作隣接権という権利を付与されていますが、著作権よりも限定的な内容にとどまります。実演家の著作隣接権も演奏の録音・録画(複製)については許諾権ですので、演奏を無断で録音・録画しないで、ということはできます(私的複製など制限規定に該当する場合は除きます)。他方、実演の演奏については権利を付与されていないため、その実演を収録した市販CDをイベント会場や店舗などで、勝手に再生(演奏)しないで、ということはできず、また金銭的対価も支払われません。「レコード製作者」といって、市販CDや配信音源などの商業用レコードを始めとする音源の作成者についても同様です。
現行法でのこれらの権利の内容をざっくりと比較すると、この表のようになります。
| 利用方法 | 楽曲の著作権 (作詞・作曲) |
実演家の著作隣接権 (演奏) |
レコード製作者の著作隣接権
(CDなど音源) |
備考 |
| 複製(録音・録画) | ○ | ○ | ○ | |
| 演奏・伝達 | ○ | × (※1) |
× (※1) |
(※1)今回の議論のポイントです |
| 放送・有線放送 | ○ | × (※2) |
× (※2) |
(※2)商業用レコードの二次使用請求権(も)あり |
| 配信 | ○ | ○ | ○ |
○:権利者に許諾権あり=その利用に許諾が必要
×:権利者に許諾権なし=その利用に許諾は不要
このように実演家やレコード製作者に商業用レコードの演奏・伝達に関する権利が認められていない現状に対し、文化審議会著作権分科会では、橋本弁護士コラムで指摘されていた、国際協調の観点や実演家・レコード製作者への適切な対価還元の観点に加え、海外で日本の楽曲が聴かれる機会が増えている中、レコード演奏・伝達権が法定されていないことより、海外で日本楽曲が店舗その他の施設で流されても、相互主義の関係で、日本の実演家やレコード製作者に報酬が還元されないという課題についても議論されました。この海外からの対価還元について、報告書案では、令和6年に「レコード演奏・伝達権」が導入されたと仮定して、日本と他国の間における国際支出と国際収入の推計を行った結果、例えば、日本楽曲の使用割合が現状以上に(年0.2%ずつ)成長した場合には、令和16年(2034年)に26億円の国際支出に対して87億円もの国際収入が期待できるという試算も紹介されました。
●どのような権利か
以上のような議論を踏まえ、今回の報告書案では、レコード演奏・伝達権、すなわち実演家及びレコード製作者のそれぞれに、商業用レコードの演奏・伝達利用に関する「二次使用料請求権」を創設することが提言されました。事前に権利者の許可を取らないと利用できないこととなる「許諾権」ではなく、「許諾は不要だけれど利用した後に定められた使用料を支払ってね」という仕組みです。
許諾権ではなく、二次使用料請求権とする理由として、商業用レコードの利用には基本的に楽曲の利用が含まれ、著作権者の許諾権も働くことから、あわせて実演家等の許諾権も働くと権利処理が複雑化し、かえって利用が阻害するおそれがあることや、他の主要な諸外国でも同様に報酬請求権とされていることなどが考慮されました。
報告書案では、権利の保護期間については著作隣接権と同一とし、非営利・無料の演奏などについては、38条1項等により例外的に著作権者の許諾不要とされることと同様に、レコード演奏・伝達権についても一定の権利制限を設ける方向性も示されました。
●対象となる利用は?
どのような利用が二次使用料の対象になるかというと、①市販CDやダウンロード音源などの商業用レコードを直接に利用し公衆が音を聴くことができるようにする、商業用レコードの公の再生と、②商業用レコードを間接に利用し公衆が音を聴くことができるようにする、商業用レコードの公の伝達の2類型となります。②はやや分かりにくいのですが、ラジオ放送やストリーミング配信される音源をスマートフォンやタブレット端末などで受信して、それを店舗内のスピーカーなどで他人に聞かせる行為が該当します。
レコード演奏・伝達権の議論は、当初は主に飲食店などの店舗での利用が想定されていましたが、商業用レコードを公の場で再生などする利用は、店舗以外でも、ダンス・演劇、イベント会場、フィギュアスケートを始めとするアーティスティックスポーツ、ホテルのロビー、フィットネスクラブ・ジムなどでも幅広く行われています。レコード協会などにより実施された市場調査の報告によれば、レコード演奏を行っている事業所は、全国でなんと157万か所にものぼるという推計がされています。この拠点の全てがレコード演奏・伝達権の対象になるというわけではありませんが、今回の権利創設による社会的インパクトは非常に大きいと予想されます。
●使用料は誰にいくら払うのか
このように幅広い利用が対象となりうることから、権利行使、つまり使用料の徴収の仕組みが煩雑・コスト倒れとならないよう、相当の工夫が必要と思えます。
報告書案でも、個々の実演家が幅広い利用者に対して権利行使すること、反対からみると、個々の利用者が音源の使用料を支払う相手方を逐一確認して支払うことは、そのコストなどから現実的に困難であるため、放送での二次使用料と同様に、権利処理の円滑化を図る観点から、指定団体による集中管理方式を採用すべきと提案されています。より具体的には、実演家とレコード製作者のそれぞれについて、文化庁長官が指定する団体が相互に連携しながら権利行使を行う仕組みが想定されています。
では、使用料の金額をどのように決定するかというと、指定団体と個々の利用者との間で個別に金額の交渉を行うことは現実的ではない一方、指定団体が一方的に決定することは適切ではないことから、報告書案では、JASRACなどの著作権管理事業者が二次使用料規程を策定するための仕組みを参考にするという方向性が示されました。
具体的には、以下のようなプロセスが想定されます。
・指定団体は、レコードの利用態様の区分に応じた二次使用料の額を記載した規程を作成する。作成にあたり、事前に利用者からヒアリングを行う努力義務を負う
・指定団体は、各利用区分の利用者代表から、二次使用料規程に関する協議を求められた場合には、応じる必要があり、協議結果に基づき規程を変更する
・協議が成立しない場合は、文化庁の裁定を求めることができる
・二次使用料規程は、文化庁長官への届出と公表が必要
・以上のプロセスは、規程の変更の際も同様とする
二次使用料規程の作成にあたっては、各業界・業種における商業用レコードの利用状況を考慮しつつ、料金区分をきめ細やかに設定したり、規模に応じて段階的に金額を設定することや、小規模事業者の受ける負担に配慮し、支払の免除や減額の措置も検討・実施することが期待されるとの意見も示されました。
冒頭の坂本選手の演技により“Time To Say Goodbye”の配信が急増したケースのように、利用方法によっては、楽曲自体のプロモーション効果をもち、間接的に実演家などへの利益還元がなされていると評価しうる分野もあるでしょう。アーティスティックスポーツに限らず、ミュージカルなどでの利用でも同様の効果があるとの指摘は、すでに演劇界からも寄せられており、今後の協議でどこまで考慮されうるのかについて、個人的に注目しています。
![]()
このように、利用者からの事前のヒアリングや協議を含め、きめ細やかな検討を必要とすることから、短期間で使用料規程を策定することは現実的ではないでしょう。
そのため、報告書案でも、指定団体による二次使用料規程の作成などの準備や、国民への周知のための期間として3年程度の準備期間を設けるとの方向性も示されました。
ですので、今回の報告書案に基づく法案が今年の国会で成立したとしても、具体的にどの程度の実演家等への還元が期待され、あるいは利用者にとって支払追加の負担が生じるかは、今後の3年間の具体的なプロセス次第ということになりそうです。
●今後の課題
使用料の金額水準の設定に加え、実際の徴収の仕組みづくりも、今後の大きな課題となるでしょう。
報告書案でも、指定団体あるいは権利団体において、適切な徴収の仕組みを検討・構築する必要性が指摘されるとともに、政府による取組の後押しや円滑な合意に向けた調整が重要とされています。
また、具体的な徴収の仕組みとして、業務用BGM配信サービスの提供事業者などとの包括契約を通じたいわゆる「元栓処理」の実施に向けた検討や、各利用者から個別の徴収する「蛇口処理」においては、JASRACなど、すでに利用者からの徴収ルートをもつ音楽著作権管理事業者と連携することにより、利用者の負担を減らす取組みも大いに期待されています。
さらに、簡便な支払や、公平な徴収のためには、電子決済を始めとするデジタル技術を利用した仕組みの構築も必要となるでしょう。
以上を含む検討の前提として、どの事業におけるどのような音源の利用が使用料の対象となるかについて、丁寧な検討と周知が必要でしょう。
たとえば、フィギュアスケートにおけるレコード利用についても、大会本番に加え、公開/非公開の練習での利用までが徴収対象として拡大されうるのかなど、疑問はつきません。
なお、報告書案では、演奏のための媒体複製について個別の許諾を必要とするのは現実的ではなく、また、多くのケースでは演奏のための準備行為に過ぎないと考えられることから、レコード演奏・伝達権の創設の機会に、追加の経済負担なく許容される場合の整理等について利用者側も交えて検討し解決していくべきと提言されています。
音楽を業務で利用する事業者としては、3年間の準備期間において、同業者間の横の連携を深めながら、具体的な利用方法を念頭においた検討や権利者との協議を進めることが重要となるでしょう。
実演家などへの実質的な対価還元を目指しつつ、多様な音楽の利用が妨げられないことを期待しつつ、今後の進捗に注目したいと思います。
以上
■ 弁護士 鈴木里佳のコラム一覧
■ 関連記事
「いま、実演家が熱い!?―レコード演奏・伝達権をめぐる動き」
2024年9月25日 弁護士 橋本阿友子(骨董通り法律事務所 for the Arts)「改めて原盤権 -配信での音源利用は進むのか-」
2021年11月29日 弁護士 寺内康介(骨董通り法律事務所 for the Arts)
法的若しくは専門的なアドバイスを目的とするものではありません。
※文章内容には適宜訂正や追加がおこなわれることがあります。


