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コラム column

2024年11月27日

改正映画人権

「"合理的配慮"ってなあに?
  ~障害者差別解消法の改正から考える動画配信サービスにおける字幕提供~」

弁護士  鈴木里佳 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

先日、CINEMA Chupki TABATAにて、映画「ぼくが生きてる、ふたつの世界」を見てきました。
この作品は、作家・エッセイストの五十嵐大さんの自伝的エッセイを原作とする作品で、吉沢亮さん演じるコーダ(耳のきこえない両親に育てられた、自身はきこえる子)のアイデンティティと母への想いの揺らぎを通して、子を育て、そして家族を想うことの普遍的な味わいが胸に残りました。
呉美保監督の監修のもと制作されたバリアフリー字幕と音声ガイドとともに作品を楽しむことができるバリアフリー上映も行われています。
バリアフリー字幕では、台詞だけでなく、背景にきこえる音も文字として表示されます。たとえば「鍋からお湯がこぼれる音」という字幕を通じて、”音がきこえないなか、小さいこどもの世話をしながら火を使って料理をする方の生きる世界”がとても近くに感じられました。

イラスト by Loose Drawing

本作に限らず、バリアフリー上映が行われる作品は、ここ最近増えてきており、映画館などで、スマートフォンなどを用いて映画の字幕や音声ガイドが楽しめるアプリである“HELLO!MOVIE”や“UDcast”に対応した作品であることを示すマークを目にしたことのある方も多いのではないかと思います。このような映画作品のバリアフリー化の背景の1つとして、今年4月に施行された、障害者差別解消法の改正があります。

●障害者差別解消法とは

まず、障害者差別解消法は、2006年に国連総会で採択された障害者権利条約を日本で批准するための国内法の整備として、2013年に成立した法律です。
今回の法改正を検討する前提として、ざっくりと紹介しますと、この法律は、「障害者が社会生活で受ける制約や困りごとは、障害のみに起因するのではなく、マジョリティの都合でつくられた社会の仕組みによって生ずる」という考え方(障害の社会モデル)に立っています。障害は、個人が抱える問題ではなく、障害のある方にとって活動の制限となりうるバリアを社会側がはらんでいるという考え方です。このような視点にたった上で、障害者差別解消法は、障害のある方にとって日常生活を送る上でバリアとなるような社会における事や物、制度、慣行、考えなどを「社会的障壁(しょうへき)」と定義します。そして、社会的障壁が現に存在し、その除去を求められた場合、地方自治体や民間事業者は、社会的障壁を取り除くために必要かつ合理的な配慮を行うべきと定めます。
「配慮」というとなんとも抽象的、かつ「気持ち」の問題のような印象を受けます。しかし、障害者権利条約では、その原語が「reasonable accommodation」と表現されているように、「社会的なバリアを取り除いてほしい」とあげられた声に対して、臨機応変に調整・対応することが本来の意味となります。

●合理的配慮義務

この合理的配慮に関し、民間事業者が負うのは努力義務でしたが、改正により法的義務となりました。
法改正により法的義務に加重されたことを受け、「合理的な配慮」として、どのような対応をしたらいいのか、頭を抱えたことのあるエンターテインメント関連事業者の方も少なくないように思います。

合理的配慮を考える上で、キーとなるのが「環境の整備」という対概念です。「環境の整備」は、不特定多数の障害者のために事前に行われる取組みです。たとえば、車いすの利用者が映画館で作品を鑑賞できるよう、車いす用のスペースを設けたり、段差のある通路用に携帯スロープを準備しておく場合がこれにあたります。
これに対し、合理的配慮は、現に存在するバリアの除去を求められた場合に必要とされる個別の対応であり、臨機応変であることが期待されます。車いすの利用者が段差のある通路を通れるよう、申し出があった場合に、館内スタッフが携帯スロープを架けて段差の乗り越えをサポートする行為がこれにあたります。
事業者による環境の整備は、法改正後も努力義務にとどまります。ですが、社会的障壁(=段差)があった場合にどのような合理的配慮ができるかは、環境の整備(=携帯スロープの準備)の状況次第であり、また環境の整備(=スロープの設置)によりバリアフリー(=個別の合理的配慮が不要な状態)となる場合もあります。このように環境の整備と合理的配慮はいわば両輪の関係にあります。

「ぼくが生きてる、ふたつの世界」のようなバリアフリー上映に対応した作品づくりも、映画製作者による環境の整備の一例といえるでしょう。また、これらのバリアフリー対応作品を上映する映画館が、字幕表示用のデバイス(字幕メガネなど)を準備しておくことも環境の整備であり、その上で、聴覚障害のある利用者の申し出に応じてこれらのデバイスを貸し出す行為が合理的配慮にあたると考えられます。
ちなみに、冒頭で紹介したCINEMA Chupki TABATAは、日本初のユニバーサルシアターとしてつくられた映画館であり、製作時にはバリアフリー対応がされていなかった作品も含め、全ての上映作品について、スクリーン上の字幕表示と音声ガイドが提供されています。個別の合理的配慮が不要となるほどの、ここまでの環境の整備が行われている映画館は、今でも日本中でここだけかもしれません。


合理的配慮として臨機応変な対応が期待されると書きましたが、個々の申し出の全てにそのまま応じることまで、法的に求められるものではありません。
改正法の施行に向け改定された政府の基本方針では、「合理的配慮」は、事業者や事業の目的・内容・機能に照らして、以下の3つ要件を満たすものとされています。


1. 必要とされる範囲で本来の業務に付随するものに限られること
2. 障害のない人との比較において、同等の機会の提供を受けるためのものであること
3. 事務・事業の目的・内容・機能の本質的な変更には及ばないこと

たとえば、オンライン講座の配信を行っている事業者が、“オンラインでの集団受講では内容の理解が難しいこと”を理由に“対面での個別指導”を求められたとしても、そのような対応は本来の事業の内容とは異なるものであり(以上の1と3を満たさないと考えられ)、個別指導のための体制や設備をもたないことを理由に対応を断ったとしても、合理的配慮の提供義務には反しないと考えられます。
さらに、その提供にともなう負担が過重でないことも要件とされています。
「過重な負担」であるかどうかは、個別具体的な状況に応じて、以下の要素などを考慮して、総合的かつ客観的に判断されます。

 1. 事務・事業への影響の程度
 2. 実現可能性の程度
 3. 費用・負担の程度
 4. 事務・事業規模
 5. 財政・財務状況

もっとも、「過重な負担」を理由に求められた対応を提供できない場合も、より負担の軽い代替策の可能性も含めて、バリアの除去を求める障害者との建設的対話を通じた柔軟な対応が必要であると、基本方針は定めます。

具体的な状況にもよりますが、たとえば、「イベント会場内の移動のために専用の介助スタッフを主催者側で用意してほしい」という申し出があったとしても、費用面などを理由に実現が難しいこともあるでしょう。その場合に、移動のための介助者の同行(チケットを購入した上で、車いすスペース用のエリアに同行者用の椅子を置くこと)を認めるなどの代替策の可能性を申出者との対話を通じて検討することが必要と考えられます。

●配信サービスでの字幕提供

字幕の例に戻りますと、映画館での上映ではなく、動画配信サービスの運営者が、配信作品についてバリアフリー字幕(クローズドキャプション)の提供を求められた場合にどのような対応が必要かというと、なかなか悩ましい問題です。
劇場上映の場面では、映連4社の公開作品を中心にバリアフリー対応の作品の割合が改正法の施行に向け、大きく伸びてきました。このようなバリアフリー対応の作品については、配信利用のライセンスを受ける際に、字幕データもあわせて提供を受けられるよう協議することもできるでしょう。他方、過去に公開されたバリアフリー対応のない多くの作品については、製作者も字幕データを持っていません。そのようなバリアフリー対応でない作品の字幕を制作・提供するかについての配信事業者の対応はそれぞれ異なるのが現状です。

障害者差別解消法との関係では、字幕の準備は、不特定者向けの“環境の整備”に位置付けられ、全ての作品の字幕を事前に準備しておくことは法的義務ではないと考えられます。その一方で、個別の申出を受けてから、作品の製作元との字幕追加についての協議を始めるという進め方も効率性に欠けるように思えます。また、受け手に聴覚があることを前提として制作された映像作品を、視覚を中心に情報を得ている聴覚障害の方に届けるためには、字幕の提供に代わる合理的配慮が考えにくいという問題もあります。
一部の配信事業者では、独自に字幕を制作する方針が採られているようですが、各配信事業者がそれぞれ別の字幕データを制作するのはやや非効率であるようにも思えます。
また、字幕を制作するコストを製作者、配信事業者、配給事業者あるいは他の二次利用に関わる放送事業者やパッケージ商品の販売事業者など、映像作品の製作・利用に関わる多数にわたるプレーヤーのうち誰がどう負担・分担するのがフェアなのか。字幕放送の助成金のように、公的資金導入の是非も含めて、大きな視点をもって、業界全体で連携して取り組むことが必要な課題と考えられます。

お目当ての作品を楽しみに映画館に足を運ぶことは、それ自体がわくわくする時間です。
その一方で、体調を崩したり、仕事や家族の世話などに追われる日常生活の中では、なかなか手の届かない贅沢のように感じられることもあるでしょう。
そんな中、様々な作品に気軽に触れることのできる配信サービスは、多くの人に開かれた、やさしいサービスともいえます。
障害者差別解消法への対応は、法的義務を果たすためだけではなく、とっておきの作品を誰に向けてつくり、誰に届けたいのかーそんなことを問われているように考えさせられるCINEMA Chupkiでの時間でした。

以上

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