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コラム column

2022年2月28日

競争法商標メディアIT・インターネットAI・ロボット

「『ムーンショット目標1』達成の鍵を握る、サイバネティック・アバターの魅力と課題
 ~後編:空間・時間の制約から解放された場合 & サイボーグ技術~」

弁護士  出井甫 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

「前編:CAについて & 身体・脳の制約から解放された場合」をまだお読みになられていない方は、「こちら」をご覧ください。

後編では、サイバネティックス・アバター(CA)によって達成しようとするムーンショット目標1のうち、空間・時間の制約からの解放、サイボーグ技術について言及します。

3. CA社会で想定される課題

*前編 (1)身体の制約から解放された場合、(2)脳の制約から解放された場合の続き

(3). 空間の制約から解放された場合

①.出入国管理

CA社会では、他国のCAにログインして働いたり、観光したりする方が増えることが予想されます。CAにログインした場合、操作者の肉体は移動しませんが、ログイン先の国で五感をフル稼働させることができます。このようなログインに対して、何か手当をしなくて良いでしょうか。

日本の場合、外国人が入国する(本邦の領域に入る)際には入国審査が行われていますが、当然、それは旅券やビザを持った人が日本に上陸することを前提としています。また、外為法(外国為替及び外国貿易法)上、一定の技術を提供する際には当局の許可を必要としますが(25条1項)、CAにログインするだけであれば、同規定の適用を受けないケースは大いに想定されます。
そうすると、現状、少なくとも海外から日本に設置されたCAにログインすることへの監督手段は、特に整備されていないといえそうです。こうした状態を放置していては、今後、不法就労やテロなどにCAが悪用されることが懸念されます。全てのログインを監督することは難しそうですが、だからこそ今のうちに出入国管理制度を見直しておいても良いかもしれません。

②. 宇宙の権利関係と国際的枠組み

前編の図「JSTプログラム紹介 ムーンショット目標1」で描かれていたように、CAは宇宙でも活動し始めます。それ故、今後は宇宙における権利関係の調整も必要となりそうです。

現在、財産権に関しては、宇宙空間で採取した資源について民間に所有権を認める宇宙資源法(宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動の促進に関する法律)が2021年12月23日より施行されています。この法律によれば、宇宙資源の探査及び開発に関する事業活動を行う者が、事業活動計画の定めるところに従って宇宙資源を採掘等した場合、その採掘等をした者に宇宙資源の所有権が認められます(5条)。対象となる「宇宙資源」は、月その他の天体を含む宇宙空間に存在する水、鉱物その他の天然資源と広いです(2条1項)。

宇宙資源の所有権を認めた法律は、現在、米国、ルクセンブルク、アラブ首長国連邦と少ないことから、同法は日本の国際的な競争力向上に貢献するように思います。もっとも、同法によって取得した所有権が、国際的にどう扱われるかは、国際的枠組みのなかで位置づけられることになります。今後は、CA社会を念頭に置きつつ、更なる宇宙資源の利活用に向けた他国との議論の展開に期待します。

なお、宇宙への進出機会が増えると、覇権衝突が起きるのではと懸念してしまいそうですが、以下の通り、宇宙条約(月その他の天体を含む宇宙空間の探査および利用における国家活動を律する原則に関する条約)によって、月その他の天体・宇宙空間は、どの国も立ち入ることを認めつつ、取得の対象にはならないとされています(1条、2条、月その他の天体における国家活動を律する協定11条も参照)。国際紛争を予防するという意味においても、この規定は更に重要になると考えます。

宇宙条約1条(一部抜粋)、2条
1 ・・月その他の天体を含む宇宙空間は、すべての国がいかなる種類の差別もなく、平等の基礎に立ち、かつ、国際法に従って、自由に探査し及び利用できるものとし、また天体のすべての地域への立入は、自由である。・・
2 月その他の天体を含む宇宙空間は、主権の主張、使用若しくは占拠又はその他のいかなる手段によっても国家による取得の対象とはならない。

(4). 時間の制約から解放された場合

①. 高速学習と触感・動きのデータ保護

前記図に見られたように、CA社会では、プロの感覚を共有して自身の技能を鍛えることができるようになると考えられています。まだ、人間に技能を直接インストールする技術は実装されていないようですが、触覚伝達技術(Haptics)を用いて、プロの認知した触感や動きをデータ化して共有することにより、技能習得が早まる効果が期待されています。

一般にスポーツ、演奏、料理など、言語化することが難しい運動機能を鍛えるには、生徒が繰り返し練習する過程でコツに合致する触感や動きを見つけ出し、それに身体を合わせる方法が実践されています。そうであるならば、初めから正解の触感や動き(コツ)を生徒に伝えることができれば、生徒はコツを見つける時間を省略し、高速で学習することができるようになるとという理屈です。

その可能性を示すものとして、H2LとNTTドコモが共同開発した、「Face Sharing」が挙げられます。これは、筋肉に電気刺激を与えて収縮させることで、自分の顔に他者の口の動きや表情をリアルタイムで再現することができる技術です。これにより、外国語の発音や歌い方などを、直接生徒の口と連動させて指導することができそうです。

更にNTTドコモは、今年2月22日、女優綾瀬はるかさんがピアニスト角野隼斗さんの動きをシンクロさせてピアノを演奏するCMを放送するとリリースされました。CMは15秒間ですがYouTubeでは30秒間の動画が公開されています。この動画は「人間拡張」という技術によって生み出される少し先の未来を描いたもののようです(同技術に関しては、NTTドコモの解説動画が参考になります。)。この技術基盤は既に開発されており、同基盤を使えば他人の触感や動作をデータ化し、過去の人の動作を再現することができるようになると説明されています。

あなたと世界を変えていく。」人間拡張篇30秒

もし触感・動きのデータが蓄積され、誰もがそれを共有し、再現できるようになれば、私たちは、欲しい技能や体験を得るまでに必要とされていた時間的制約から解放され得ます。

もっとも、そのデータは、他人が汗水流して培った努力の賜物です。容易に利活用されることは、彼らの技能向上に向けたインセンティブを奪いかねません。
では、どのようにこのデータを保護したら良いでしょうか。現行法上の取り扱いを踏まえて検討いたします。

まず、著作権法では、「舞踊又は無言劇の著作物」や「実演」といった人間の動きを保護しています(10条1項3号、2条1項4号)。
それ故、例えば、ダンスやパントマイム、歌唱の動作をデータ化した場合、そのデータは著作権又は著作隣接権によって保護される余地があると考えられます。他方、例えば、医療行為(メスの動かし方)や溶接行為(溶接機の操作方法)などの実用的な動作は、「著作物」や「実演」に該当する可能性は高くはないと思われます。

次に、商標法では、「立体商標」が保護の対象とされていますが、触感の商標は日本では権利範囲を確定することが難しいという理由で認められていません。
なお、アメリカでは商標登録が可能とされており、例えば、ベルベット生地で表面を包んだワインボトルの触感が商標として登録されています(米国商標登録3155702号、商標権者:American Wholesale Wine & Spirits, Inc.)。

その他、不正競争防止法では「商品の形態を模倣した商品を譲渡等する行為」が禁止されています(2条1項3号)。
「商品の形態」の一要素には「質感」が規定されており(同条4項)、「質感」とは、その材料が本来持っている性質の違いから受ける印象や触感と解釈されていますが、「商品の形態」は有体物の形態でなければならず、無体物は含まれないと考えられています(経済産業省「不正競争防止法 逐条解説」40頁)。

そうすると、一部を除く触感データの保護は、現状、契約、限定提供データ、営業秘密といった一般的なデータ保護の方法に依ることになりそうです(データ保護に関しては稚著コラム)。

②. 触感の創造と著作権保護
以上は、既存の触感や動きをデータ化して保護することに焦点を当てていました。特に触感においては保護することが難しそうですが、これを一から創作する場合は「著作物」として保護されないでしょうか。

著作権法上、「著作物」に該当するには、「思想又は感情の創作的な表現」であることが必要です(2条1項1号)。
そこでこの該当性を検討するに、まず、触覚は、人の思想又は感情を表現する重要な媒体と考えられます。例えば、単に他人の頭を触るだけでも、撫でる、叩く、引っかくなどの大枠の動作があります。そこに強さや速さ、硬さなど、いろんな要素を組み合わせて、私たちは自分の思想又は感情を伝えているからです。次に創作性についてですが、単発的な触感は、ありふれた表現などと評価されるかもしれません。ただ、前記のように触感にはいろんな要素を加えることからすると、触感にも創作性が備わり得るのではないかと考えています。

触感に創作性が認められる可能性は科学的にも説明できそうです。まず、表現を受け取る典型である視覚から考えます。人間の視覚は、自然界に存在する電磁波のうち0.40~0.75μmという極めて限られた領域を検出することしかできないといわれています。もっとも、網膜にある錐体細胞には、RGB(赤緑青)を把握する機能があります。そこで、自然界の波長を赤・緑・青という色の三原色に分解し、明るさ等を加えることで、私たちは視覚に意図した情報を伝達することができています。

この理論を触覚にもこれを応用する試みが、ムーンショット型研究開発で進められています。触覚は基本的に「力」「振動」「温度」で構成されており、この3つの組み合わせによって触覚を伝達することができることが判明しています。まさに「触覚の三原色」です。ここでは具体的なメカニズムの説明は割愛しますが、各原色から生じる物理現象とそれを受け取る受容器、そこから感じる触感の対応は、以下のように表わされています(下図)。

物理空間、生理空間、心理空間における触覚三原理
Tachi Laboratory, The University of Tokyo「Tachi_Lab - 触原色」より

そうすると、この3つ色を用いて、個々のパラメータを選択することにより、任意の触感を創作することが可能となります。このパラメータ自体がプログラムの著作物として保護されるのか、それともアウトプットされた絵画のように触感自体が著作物として保護されるのかは議論の余地があると思いますが、Hapticsが浸透するCA社会を見据えて検討しておく必要があると考えます。

4. サイボーグ技術の魅力と課題

サイボーグ技術もCAの1つですが、身体とCAが融合するという特質を踏まえ、別の項目にしました。この技術には、体外に装着する非侵襲型と(義足義手、パワードスーツなど)、身体内部に埋込む侵襲型(心臓ペースメーカー、人工内耳など)が存在します。 いずれの技術も既に実装されています。例えばパラリンピックに出場される選手の方々です(その魅力については小林弁護士のコラムをご覧ください。)。昨今では、英国ピーター・スコットモーガン博士が、全身の筋肉が徐々に動かなくなる難病ALSに罹患し、余命2年を宣告されたことを機に、身体を次々と機械に置換えていることが話題となりました。このように、サイボーグ技術は、身体機能を拡張することのみならず、命をつなぐことにも貢献しています。

一方、こうした技術を浸透させることは、「生身の身体」を前提とする社会制度の見直しを必要とさせます。例えば、サイボーグ技術を活用する人間とそうでない人間とでは能力的な格差が生じます。その結果、個人レベルでは進学や就職等、その後の生活にも格差が広がり得ます。更にこの格差は、各国の法整備、社会福祉などの差異によって左右されるため、大規模な人口移動や国際紛争に発展する可能性もあります。

他にも、サイボーグ化された人間が従来の法体系が想定する「人」との乖離が大きくなるという問題が生じ得ます。例えば、人間に装着された機械部分を破壊した場合、これを「所有物」と捉えれば、傷害罪ではなく器物損壊罪が成立しそうですが、保護の程度としてこれで足りるでしょうか。容易に取り外しや修理が可能な場合には、洋服や帽子などと同等に位置づけることができるかもしれません。しかし、前記のように身体と置き換えた機械に傷をつけた場合はどうでしょうか。それを超えて破壊した場合はどうでしょうか。この問題は、サイボーグ化された人間の機械部分を身体の一部と扱うのか、扱うとしていかなる基準で身体の一部とするのか、というものです。

こうした課題への対応を、世界で完全に統一することは容易ではありません。そこで検討すべきは、各国の様々な法制度、人間観、身体観、宗教観等の差異を踏まえた上で、可能な対話を続けていくことではないかと思います。それと併行して、国連などの枠組みを活かし、各国が批准する国際的なルール作りを進めていくことが重要と考えます。

5. 人間とCAの在るべき関係

今回挙げた課題は、CAにまつわるほんの一部にすぎません。課題の洗い出しには様々な学問(政治学、経済学、法学、教育学、心理学、宇宙科学、医学等)を総動員する必要があると考えます。その際、共通して検討すべきことは、

「人間はCAとどう関わるべきか」ではないでしょうか。

もともと私たちは、状況や接する相手に合わせて容姿や言動を変えています。作家の平野啓一郎さんは、そこに何か本当の自分というものはなく、それぞれが自分を構成する「分人」であると述べられています(書籍「私とは何かー「個人」から「分人」へ」より)。そうであるならば、CAもまた自分を構成する「分人」であり、何か特別なものではないとも言えそうです。ただ、今までの「分人」と違う点は、私たちが「新たな身体」を獲得し、制約を超えて活動できるようになる点です。複数のCAを用いれば、一生分以上の経験を得ることもできそうです。
だからといって、その魅力に浸りすぎることはお勧めできません。前編「CA依存症」でも少し触れましたが、CAを磨くことだけに全てを注ぎ、自分を構成する他の「分人」や生身の人間は要らないといった考えになってはいけないと思います。これでは人類社会に多大な選択肢をもたらすはずのCAによって自分を失うこととなり、本末転倒です。
この場で明確な結論を出すことは難しいですが、今の私見として、人間は、CAの魅力を活かしつつ、他の「分人」と共生できる関係を築いていくことが重要ではないかと考えます。

もうCAは普及しつつあります。皆様も、人間とCAの未来について考えてみてはいかがでしょうか。

以上

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