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2018年6月26日

著作権改正国際メディアIT・インターネット

「『リンク税』の功罪 ―EU著作権新指令とハイパーリンクをめぐる誤解」

弁護士  中川隆太郎 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

「EU著作権法」に関し、大掛かりな「改正」が近づいている。欧州議会で審議中のEUデジタル単一市場における著作権指令案(以下「DSM著作権指令案」)では、現行の著作権関連指令にはなかった新たな項目が含まれている。


・科学調査を目的とするテキスト・データマイニングに関する権利制限の追加

・教育目的でのデジタル利用に関する権利制限の追加

・文化遺産の保存に関する権利制限の追加

・報道機関への限定的な著作隣接権の付与(オンライン利用関連)

・YouTubeなどのコンテンツ共有プラットフォームへのフィルタリング義務付け など

このうち1点目及び2点目は、大きな方向性としては最近の日本の著作権法改正と軌を一にするものともいえるだろう。他方、中でも最も議論を呼んでいる項目のひとつが、新聞社等への著作隣接権の付与で、「リンク税(Link Tax)を課すものだ」との批判をしばしば目にする(参考記事)。しかし、「リンク税」という表現から連想される内容とは異なり、DSM著作権指令案はハイパーリンクを一律に著作隣接権侵害とするものではない。そこで本コラムでは、その内容を紹介したい。

1. 条文の確認

まずは条文を確認してみよう。最新のDSM著作権指令案の11条は、以下のとおり定めている(筆者参考訳。以下同様)。なお、情報社会指令とは、通称「著作権指令」とも言われる、EUにおける著作権法制の基礎となるEU指令である。


第11条 オンライン利用に関する報道出版物の保護


第1項  加盟国は、加盟国で設立された報道出版社(筆者注:新聞社や雑誌社)に対し、情報社会サービスプロバイダによる報道出版物のオンライン利用について、情報社会指令第2条及び第3条第(2)項に定める権利(筆者注:複製権及び公衆に利用可能にする権利)を付与しなければならない。


 第1段落の権利は、報道出版物の重要でない部分の利用には適用されない。加盟国は、報道出版物の一部分について、当該部分が著作者による知的な創作の表現であるかどうか、もしくは当該部分が個別の言葉もしくは非常に短い抜粋であるかどうか、またはその両方の基準を考慮して、重要ではないかどうかを自由に決定できる。


第2項  第1項の権利は、報道出版物に組み込まれた著作物及びその他の素材に関してEU法で著作者やその他の権利者に付与された権利をそのまま残し、それらの権利に決して影響を及ぼさないものとする。


 (略)


第3項  情報社会指令第5条乃至第8条(筆者注:権利制限等)、及び孤児著作物指令は、第1項の権利に準用する。


第4項  第1項の権利は、報道出版物の発行(publication)から1年間で満了する。当該期間は、発行日の翌年の1月1日から起算される。


第5項  第1項は[本指令の施行日]以前に最初に発行された報道出版物には適用されない。

上記のとおり、あくまで新聞社や雑誌社に対しては、複製権及び公衆に利用可能にする権利(日本の送信可能化権に近いが異なる権利。以下「公衆利用可能化権」)しか与えられない。「リンク税」という表現で連想するような事態、すなわち、ハイパーリンクそのものを一律に著作権侵害あるいは類似の権利侵害とするような条項は含まれていない。

2. 前文の記載

さらに、DSM著作権指令案の前文(34)には、以下のように書かれている。


(34) 本指令により報道機関に与えられる権利は、情報社会サービスプロバイダによるオンライン利用に関する限りで、情報社会指令に定められた複製権及び公衆利用可能化権と同一のスコープ(範囲)を持つ。これらの権利は、それが公衆に伝達する権利の侵害に当たらない限り、ハイパーリンキング行為にまで拡張されてはならない。(略)

このように、報道機関に新たな権利が与えられたとしても、(後述3.のようにハイパーリンク自体が公衆に伝達する権利の侵害に当たるような場合を除き)ハイパーリンクそのものには及ばない、という立法者の意思が明記されている。前文には法的拘束力はないが、解釈の参考にされる。そもそも条文が前記のとおり複製権や公衆送信権類似の権利を報道機関に与えるにとどまる上に、前文にここまで明記されている以上、すべてのハイパーリンクが著作権侵害となるような事態は、今回の改正では想定されていないと言わざるを得ないだろう。

3. EUにおけるハイパーリンクと著作権侵害

ただし、EUでは、EU司法裁判所の判決により、違法にアップロードされたコンテンツと知りながら(あるいは知るべきであったにもかかわらず)ハイパーリンクする行為は、公衆に伝達する権利を侵害すると解釈されており(参考記事1参考記事2)、そのこと自体がインターネット社会におけるリンクと著作権の問題について大きな投げかけをしていることは事実である。そのため、DSM著作権指令により上記権利が創設された場合、例えば以下のような行為はその新権利の侵害となると思われる。

欧州の新聞社サイトの記事を違法に複製した転載サイトであることを知りながら、欧州向けのサイトにて、当該新聞社サイトにハイパーリンクする行為

しかし、上記行為は現状でもすでに、記事を書いた記者の著作権の侵害に当たる(もちろん、上記行為が著作権侵害となることの妥当性については大いに議論があってしかるべきであり、筆者個人も批判的である)。権利者が増える以上、自由な情報流通が阻害される懸念はあるが、「これまで自由にできたハイパーリンクが、新指令によりお金を払わないとできなくなる」というものでは決してない。

4. スニペット表示

ハイパーリンク行為そのものではなく、Googleニュースなどのニュースキュレーションサイトによるスニペット表示については、もちろんDSM著作権指令によるこの新たな権利も及ぶ可能性がある。しかし、ニュース記事に著作権が認められる限り、スニペットの態様次第で許諾が必要となり得る点は、現状とほぼ変わらない。

注)この新たな権利は、報道出版物のうち重要ではない部分には及ばないとされ、何をもって「重要ではない」と判断するかは加盟国各国に裁量が与えられている(11条1項第2段落)。そのため、ニュースのスニペット表示がどこまで報道出版社に無許諾で可能となるかについては、なお不透明な面もある。しかし、(記者の有する)ニュース記事の著作権侵害に関する判断と、そう大きな差は生じないように思われる。

5. 終わりに

以上見てきたように、今回のDSM著作権指令案によって、これまで自由であったハイパーリンクが突然全て著作権侵害となる訳ではない。その点で、「リンク税」という表現は、キャッチーでわかりやすい反面、誤解を招きやすいミスリーディングなものといえるだろう。

反対意見の詳細を見ると、スニペット表示が侵害となるリスクを指摘しつつ、「リンク税導入反対!」と主張していることも多い。現在ではSNS上でニュース記事をシェアするとプレビューの一部としてスニペット表示がなされるケースも多いことを考えれば、一概に不当だとまでは言いにくい面もある。しかし、参考記事などのように、ハイパーリンク=即著作権侵害、という新たなルールの導入だと誤解してしまっているケースが散見される現状を見ると、「リンク税」という表現は、そのキャッチーさ、伝わりやすさという「功」よりも、多くの誤解を生んでいる「罪」の方が大きいようにも感じられる。

筆者自身は、権利処理が複雑になるリスクもある上、権利創設により新聞社などの報道機関に適切な利益還元がなされる可能性も未知数である(ドイツやスペインでの失敗例もある)ことから、現状では、このような改正にはどちらかといえば消極的な立場である。しかし、そのような立場の筆者から見ても、「リンク税」「Link Tax」との表現は、法案の内容を誇張してユーザーの不安を不必要に煽るものにも映り、適切さをやや欠くようにも思えるが、どうだろうか。

以上

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