All photos by courtesy of SuperHeadz INa Babylon.

English
English

コラム column

2023年5月30日

著作権アートエンタメライブ音楽

「マックスプランク留学日記-第2話:非営利・無償…有償の演奏?」

弁護士  橋本阿友子 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

知的財産権研究のメッカ、独マックス・プランク協会に客員研究員として滞在中の橋本阿友子による留学日記の第2話は、音楽著作物の利用に欠かせない権利制限規定である、“非営利による演奏”にまつわるエピソードをお届けします。

5月下旬といえどもまだまだコートが手放せないミュンヘンですが、少しずつ木々が芽吹き、Odeonsplatz駅から研究所へ続くミュンヘン・レジデンツ(Münchner Residenz。旧バイエルン王国ヴィッテルスバッハ王家の王宮)前の道も、随分と春めいてきました。

 オデオン広場からマックスプランクへは、Hofgarten(王宮付属庭園)と王宮にはさまれた、美しい道を通ります。

生活にも慣れてきたとある日、幼少期のフランクフルト滞在時に師事していたピアニストのK先生から、下記のようなメールが届きました。
「実は先日友人が亡くなりました。最後に、彼の葬式で、ある映画のテーマ曲を弾いて欲しいと頼まれたのですが、教会で弾いたらゲマに引っ掛かりますか?それとも、葬儀後のプライベートの場で弾いた方がいいでしょうか?」

この種の相談は、全世界共通のようです。ゲマ=GEMAとは、ドイツ音楽著作権協会(Gesellschaft für musikalische Aufführungs- und mechanische Vervielfältigungsrechte)のことで、いわばJASRACのドイツ版。ミュンヘンにも事務局があることから、いずれ調査対象としたいと思いますが、それは次回以降のお楽しみとします。今回はドイツ著作権法における演奏権に関する権利制限規定について、簡単に検討してみたいと思います。
(ちなみに、K先生は、以前、空港で演奏を依頼された際に、演奏がノッてきたので、もともと予定されていた曲に加えて多数の曲をサービスで演奏した結果、主催者がGEMAから多額の使用料を請求され、ひどく怒られた、というエピソードをお持ちです。)

なお、権利制限規定の検討にあたり、本コラムでは、演奏主体はK先生であり、葬儀業者などではないことを前提とします。これは、業者側が遺族に依頼されて奏者を雇ったり、CD等の再生を行えば業者が演奏主体であり、参列者が自ら演奏する場合には参列者が演奏主体であるとの考え方に依ります。主体論に関して別の考え方もあることは重々承知の上で1、本コラムはドイツ法の権利制限規定の紹介を趣旨とすることから、ここでは深堀りしないこととします。

  マックスプランクからオデオン広場に向かう方向から眺める景色もまた魅力的です。

我が国の著作権法38条1項には、下記の定めがあります。

第38条(営利を目的としない上演等)
1 公表された著作物は、営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金を受けない場合には、公に上演し、演奏し、上映し、又は口述することができる。ただし、当該上演、演奏、上映又は口述について実演家又は口述を行う者に対し報酬が支払われる場合は、この限りでない。

このように、日本法は、①公表された著作物について、②営利を目的とせず、かつ、③聴衆又は観衆から料金を受けず、④演奏家に報酬が支払われないという、①~④の要件全てを満たす場合に、他人の著作物を無許諾・無報酬で演奏することができる、と定めています。
これをK先生のケースに当てはめると、演奏行為が日本で行われると仮定した場合、葬儀での演奏は①②③④全て満たすと思いますので、K先生は無許諾・無償で演奏することができると考えられます。

他方、ドイツ著作権法(以下単に「独著」と示します)52条は、下記のように定めています。

(日本語訳2
第52条(公衆再生)
(1) 公表された著作物を公衆に〔向けて〕再生することは、その再生が主催者の営利を目的とせず、参加者が無料でその参加を許され、かつ、著作物の口述又は上演・演奏の場合にあっては実演芸術家(第73条)がいずれも特別な報酬を受けないときは、許される。この再生に対しては、相当なる報酬を支払うものとする。青少年援助、社会扶助、老人介護及び福祉の事業並びに収監者監護の催しにおいては、それら催しないし行事が、社会福祉上又は教育上定められたその目的に基づいて明確に限定された範囲の者にのみ開放されるものと認められるときは、この報酬の義務は、消滅する。ただし、その催しないし行事が第三者の営利を目的とする場合は、このかぎりでない。この場合には、その第三者が報酬を支払わなければならない。
(2) 発行された著作物を公衆に〔向けて〕再生することは、教会又は宗教団体の礼拝又は教会の祝典に際しても、許される。ただし、その主催者は、著作者に相当なる報酬を支払わなければならない。
(3) 省略

上記の「再生」には、口述、上演・演奏が含まれ(独著15条2項1号参照)、上演・演奏権は、「人の実演によって、音楽の著作物を公衆に聞かせ、又は著作物を公衆に向けて上演する権利」として規定されていますので(独著19条2項)、独著52条は、日本の演奏権類似の権利に関する権利制限規定、つまりドイツ版38条1項と考えられます3

しかし、ご覧のとおり、規定の仕方は異なります。①②③④の要件こそほぼ同一といってよいと思いますが、日本では①~④の要件を全て満たす場合に無許諾かつ無償で著作物を利用できると定めているのに対し、ドイツでは、「相当なる報酬」の支払いが求められているのです。

  前述の美しい道を数分歩くと、マックスプランクの施設が入っている建物に到着します。ガラス張りの近代的な外観は、隣に位置する14世紀に建てられた王宮と好対照を成しています。

独著52条1項の趣旨は、公共の利益と個人の利益を調整することにあります。著作物の利用に際し権利者の同意を不要とすることは、利用によって営利目的の追求やその他の経済的利益がもたらされないことから正当化され、権利者が原則として相当な報酬を受ける権利を有することで、権利者の利益を不当に害さないといえます。また、1項では報酬支払義務が消滅する場合も規定されておりますが、これは、憲法上の特別な要請や一般に国民のコンセンサスが想定されるものについては、支払義務の免除が正当化されると考えられているようです4
実は、52条に限らず、ドイツ法の下での権利制限規定は、無許諾での利用を許しつつも「相当なる報酬」の支払いを義務付けるのが通常です。独著第11条では、著作者の権利の保護と同時に、著作物の使用には相当なる報酬の保障がなされる旨を規定しています5
つまり、52条といった権利制限規定で利用者が無許諾で著作物を利用できる場合といえども、権利者には相当な報酬を受ける権利が残されているわけです。この権利は、基本的に著作権管理団体によって管理されるため、その料金表が「相当な」報酬の決め手となります。このような音楽の著作物の報酬については、GEMAの料金表が参考になると考えられます6

また、特殊なのは、独著52条2項の、「教会又は宗教団体の礼拝又は教会の祝典」での利用を許しているところです。教会の祝典には、晩さん会、洗礼式、結婚式なども含まれるようです7
K先生のケースが独著52条2項の適用場面かは明確ではありませんが、1項前段が適用されたとしても、やはり報酬の支払い義務がある、という整理ができるのではないかと思います。

比較的最近の改正において、日本の著作権法でも、授業目的公衆送信や図書館等公衆送信、放送番組の同時配信等に伴う補償金請求権が新たに創設され、本規定においては、無許諾での利用を許しつつ補償金の支払い義務を課すという建付けをとっています(35条1項・2項、31条5項、94条の3第2項、96条の3第2項)。補償金の金額や支払い(徴収)方法の整備の困難さは重々承知の上ですが、個人的には、自由利用を拡充しつつ、財産権の補償も図る「相当な報酬」制度は、正当化されやすいのではないかと考えています8

この独著52条をめぐっては、公衆概念の日本とドイツ法の違いなどを含め、他にも興味深い論点があり、今後掘り下げていきたい条文の一つです。

ところで、K先生のケースについては、葬儀業者がGEMAとの間で契約を締結していたことがわかり、無事演奏できることになったそうです(ということは、2項適用場面と考えられているのでしょうか)。ドイツでも、音楽使用が見込まれる組織は著作権管理団体との間で包括契約を締結しているということなのでしょう。

末尾になりましたが、K先生のご友人のご冥福を、心からお祈り申し上げます。

  ト音記号の形を模した柵。目の前には、隣接する王宮内にある、ミュンヘンが誇る、世界最高峰オーケストラの一つ、バイエルン放送交響楽団がその拠点とするヘラクレスザール(音楽ホール)の入口があります。

以上


1 38条1項は、非営利性の要件について、利潤の獲得が問われるべき主体が誰であるかを明示していないために、利用行為そのものを支配する関係 にはない第三者の利益に増進をみる場合に、38条1項の非営利性の要件は満たされたものと考えてよいかという命題について、本山雅弘「著作権法38条1項の解釈と第三者の営利」野村豊弘・牧野利秋編『現代社会と著作権法【斉藤博先生御退職記念論集】』(弘文堂、平成20年)をご参照いただければと思います。
2 以下、独著の条文の日本語訳は、CRIC( 公益社団法人著作権情報センター)が公開している「1965年9月9日の著作権及び著作隣接権に関する法律(著作権法)」に依ります。(括弧〔〕内は、筆者による追記です)。
3 日本法38条1項(旧法30条1項7号)が、独著52条の元であるドイツ旧法27条1項に由来し、両法は趣旨が共通であり、両法の趣旨を構成する具体的要件にも実質的な差異は認められないことについては、本山・前掲注(1)77、91頁参照
4 以上の趣旨につき、Götting/Lauber-Rönsberg/Rauer, 37. Edition (2023)参照。
5 ドイツ連邦通常裁判所の判例の検討から権利制限規定の判断構造を考察したものとして、栗田昌裕「『著作権の制限』の判断構造(一)」民商法雑誌144巻1号1頁以下(2011)及び「『著作権の制限』の判断構造(二・完)」民商法雑誌144巻2号182頁以下(2011)参照。
6 Wandtke/Bullinger/Bearbeiter§/Art52 Rn.1-41 ff(2022)参照。
7 前掲Wandtke/Bullinger, a.a.O.(Anm.6)/Art52 Rn.16-18参照。
8 上野達弘「デジタル・ネット時代における権利制限」ジュリストNo.1584, 38頁以下参照。このご高著は、本コラムの初校後に公表されたものですが、偶然にも補償金制度を前提とした権利制限規定の在り方についての恩師のご見解が示されています。もっとも、独著における補償金制度に関する記述としては、上野達弘「国際社会における日本の著作権法-クリエイタ指向アプローチの可能性―」コピライト5号(2012)も参照。



弁護士 橋本阿友子のコラム一覧

■ 関連記事

※本サイト上の文章は、すべて一般的な情報提供のために掲載するものであり、
法的若しくは専門的なアドバイスを目的とするものではありません。
※文章内容には適宜訂正や追加がおこなわれることがあります。
ページ上へ