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コラム column

2023年2月15日

著作権IT・インターネットAI・ロボットアート音楽

「再録:2015年の講演『人工知能と著作権2.0』(追補あり・2023年)」

弁護士  福井健策 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

昨年(2022年)から、人工知能(AI)と著作権の議論が再び熱いですね。特に画像やテキストなどを生成する生成系AI(generative AI)と言われるタイプが一気に進化を遂げ、本格的に人間の領域を凌駕しつつあることが背景で、米国でもその著作物性を問う裁判が続くなど、注目が高まっています。
レベルの高い論考も次々発表される中、あるきっかけで、自分が2015年に「コピライト」に書いた論考を読み直しました。「人工知能と著作権2.0 ~ロボット創作の拡大で著作権制度はどう変容するのか」(同誌2015年8月号)というレトロ感あふれるタイトルの論考で、著作権情報センター(CRIC)でその5月におこなった講演の速記に加筆したものです。恐らく、ゼロ年代以降にAI著作権を論じた最初期の公刊物のひとつで、これがこの年の秋から内閣府知財本部の委員会で始まったAI著作権の議論[1]にもつながって行きます。
無論、今から見ればプリミティブですし、「機械創作」など用語の選び方も試行錯誤中のものです。ですが、一読して少し考え、(元は紙のみの発行だったので)CRICの快諾を頂いて、わがスタッフの助力でウェブ再録することにしました。現在の問題意識は、概ね網羅されているようにも思います。本文は当時のままで手をつけず、注※として最低限のその後のアップデートを入れました。
ただね、もとは本文4万字超えでやたら長い。そして後半はプラットフォーム寡占から著作権リフォーム論が展開されて行くのですね。全部載せると間違いなく取っ散らかるので、前半のAI著作権部分だけを載せます。時間があればご笑覧ください。


          

人工知能と著作権2.0

ロボット創作の拡大で著作権制度はどう変容するのか

(コピライト2015年8月号初出。※注は2023年の加筆)

はじめに

ご紹介いただきました福井でございます。本日は、やや趣味的なテーマにいったい何人の方が集まるかなと気になっていたのですが、大勢お集まりいただいて、うれしく思っています。

早速ですが、皆さんに2つの曲をお聴きいただきましょう。ちょっとその後お手を挙げていただくことになりますので、注意深く2曲を聴き比べていただければと思います。まず1曲目です。

(♪~1曲目演奏)

 はい、これが1曲目です。もう1曲お聴きいただきますね。

(♪~2曲目演奏)

 ありがとうございました。

考えてみますと、午後一番の時間にこういう曲を2つ聴いていただくというのは大変危険なことですね。皆さん大体目をつぶって聴いていらっしゃいましたので(笑)、冒頭かなり眠気が高まった状態でのスタートになってしまいましたが、この2曲のうち1曲はヨハンセバスチャン・バッハ本人の作品です。そしてもう1曲は、バッハ・ロボットによる完全なる自動作曲です。完全なるというのは、人間が手を加えずに人工知能、つまりコンピュータがつくり上げた曲ということです。ここでは仮に「機械創作」と呼びましょう。

著作権研究会にいらっしゃるほど文化・芸術に造詣が深い皆さんですから、当然どちらが機械創作であるかはたちどころに聞き分けられただろうと思いますので、お手を挙げていただくわけです。

最初の曲が本物のバッハだろうと思う方、手を挙げてください。最初の曲派。(半数挙手)

必ずどちらかには手を挙げていただきますが、よろしいですか。

2曲目が本物のバッハだろうと思う方、手を挙げてください。(半数挙手)

はい真二つ、こうでないといけませんね(笑)。これで全員正解してしまうと、そこで講演は終わってしまいますから。

正解は、最初の曲が、デイヴィッド・コープというカリフォルニア大の教授が開発したバッハ・ロボット「エミー」の作品です。『クラシックミュージック・コンポーズド・バイ・コンピュータ』というCDからの曲で 、演奏を含めて完全に自動生成です。

2曲目が、本家バッハによる『アンナ・マグダレーナのためのクラヴィーア』という曲であり、山崎孝さんというプロのピアニストの方の演奏です[3]

一応、確認のために1曲目が本物のバッハだと思えてしまった方、もう1回手を挙げていただけますか。(挙手)

減りましたね。(笑)いやそれは冗談で、皆さん正直に手を挙げられたのですが、じつをいうと演奏会などでは見られる事態だそうです。最初に機械作曲の曲を、ある作曲家の新曲として演奏すると、大変な拍手が起きたり、「至高の劇的瞬間だった」なんてレビューが出たりする。その後あれはじつは機械作曲でしたというと、「どうりで深みに欠けると思った」という感想が出てきたり、どうも、機械がつくった曲で感動するわけにはいかないという前提が、われわれの社会にはあるようです[4]

そうは言っても、こうしたコンピュータによる創作に限らず、機械が、人間が従来専売特許のようにしてきた分野で、大きな役割を果たすようになるという事態は時代とともに増えております。特に、「人工知能(AI)」は今年になってから、これは流行語といっていいのでしょうね。メディアやネットでの登場回数を見ても普通ではなくなってきました。それが、この後お話しする「ビッグデータ解析」の高度な発達によって、その活躍分野を飛躍的に広げているといわれるわけです。いったいどんな分野が人間の領域に侵食しつつあるのでしょうか。


人工知能は人間を超えるか

エポックメーキングだったのは、IBMが当時でいうスーパーコンピュータ「ディープブルー」というものをつくりまして、これが1997年、当時のチェスの世界チャンピオンと勝負をして勝った事件です。当時チェスの世界チャンピオンといえば、人類最高の知能ではないかといわれている中で、人工知能に負けてしまった。以後、チェスのプレーの仕方というのは変わっていきます。

今は、人間はチェスソフトと対戦しても全く歯が立たない。人間とコンピュータがペアを組んで、そういうペア同士で対決をするという「アドバンスト・チェス」という分野が人気を博しているそうですね[5]

これと同じことが、チェスよりははるかに想定される手数が多いといわれる将棋でも起きて、将棋ファンたちをうならせたり、ハラハラさせたりしています。将棋電王戦です。

「ニコニコ動画」を擁するドワンゴが、日本将棋連盟と組み、プロ棋士たちとコンピュータの将棋プログラムとの対戦を行うのです。5回戦で、最初にプロ棋士に人工知能側(将棋ソフト側)が勝ったのは2013年、3勝1敗1分けでした。A級棋士の三浦弘行8段、A級棋士といえばプロ棋士界でも、名人を除いてトップ10ということで、大変な実力の持ち主です。それに勝った。その翌年も圧勝しました。今年2015年は、事前に将棋ソフトを入手して徹底的に弱みをついた人間棋士側が一矢報いるという、ちょっとおもしろい現象が起きましたが、勝負の流れは相当にコンピュータ側有利にみえます。

※注 この後、衣替えした2017年まで二度の電王戦対局では「叡王」タイトルホルダー(ひとりは当時の佐藤天彦名人)は将棋ソフトに一勝もできず、電王戦の時代は終了します。クイズチャンピオンに圧勝というのも今となっては当たり前なのですが、当時はエピソードとして効き目がありました。

そのほかにも、国立情報学研究所は人工知能に東京大学を受験させるとか、一見どうでもよくて、もちろん十分な狙いがあってやられることなのですが、さまざまな動きがあります。その中で、最近の話題はIBMの「ディープブルー」に次ぐ次世代スーパーコンピュータ「ワトソン」(資料1)です。

【資料1】

得意分野は、質問を理解し解答を発すること。ネットの海、ビッグデータから解答候補の情報をさまざま集めてきて、解析して即座に回答をするという、まさに人工知能そのものです。この「ワトソン」がどのくらいすごいかというと、米国では「ジェパディ!」という知らない人はないクイズ番組がありますが、これの歴代最強といわれたチャンピオン2人を相手にして圧勝しています。

ついには今年2015年、日経産業新聞が大きく報じたのが、この「ワトソン」が三井住友銀行の入社試験を受けて内定をもらったというニュースです。最初は何をいっているのかわからなかった。どうやら記者の方一流のユーモアで、要するに三井住友銀行のコールセンター業務に、このIBMの「ワトソン」を導入するということです[6]

人工音声で完全に受け答えするのかと思ったら、そこまでではないらしくて、電話は生身のオペレーターが受ける予定です。オペレーターはお客さんの質問をそのまま端末に入力する。そうするとスパコンが質問をその場で解析して、回答の候補を画面に瞬時に出してくる。それを見て答えるそうです。

すると、これまでオペレーターが自ら考えて答えていたよりも回答精度が高い。顧客の満足度も高い。何よりも、これですと熟練のオペレーターが必要ないのです。打ち込めて答えられる人だったら誰でもいいわけです。どこで稼働しても、どの国の人でもよくなるでしょうね。このように、人工知能はさまざまな領域に進出しています。

調子に乗ったIBMは、「ワトソン」が考案した料理のレシピのサイト等も公開しています。人間の発想からは絶対に出てこないような料理が大量に公開されていて、食べてみるとなかなかおいしかったりするらしいですね[7]

【資料2】

ほかにもロボット工学と組み合わされて色々な領域に出てきます。例えばこれ、「ロボ・タクシー」です。いわゆる自動運転車です(資料2)。これも最近は随分話題でして、日本の自動車メーカーも乗り出してきてますが、特に開発に熱心なのはネットの巨人Googleですね。

この手のことは大体Googleがやると相場が決まってきましたが、資料2の左は、Mountain Viewという彼らの本拠地で、すでに実配備されている自動運転車です。州の法律を改正して、実証実験として可能にしたようですが、現在3つの州で、こうした自動運転車が実際に公道を走行しています。

今までGoogleカーは、総計で100万キロ以上走行だそうです[8]。そのうち30万キロ分は視聴覚障害者の方を実際に乗せて、その方の指示どおりに走らせてみたというものですが、見事に公道を走破しています。事故はただ2回だけ起きました。1件は一応生身のドライバーを運転席に座らせるのですが、自動運転を切ったらしいのです。そうしたら事故が起きた(笑)。もう1件は停車中に人間の車に追突されたということで、随分と精度は高まっているようです。

つい先日、こんな記事がネット上に登場して話題になりました。「ニューヨーク市長が、来年(2016年)中にニューヨークに5000台のロボ・タクシーを配備する内容でGoogleと協定を結んだ」。きっと本当だと思わせちゃうところがGoogleですが、この記事の日付は「4月1日」でした。どうやらエイプリールフールだったようですが、実現もおそらく時間の問題でしょう。

現実の事故発生率や燃費が人間の運転する車よりも低いというデータを示されてしまえば、もうあとは普及まで一直線だろうと思います。

さて、じつにさまざまな領域、もちろんもっと容易に予想ができる多くの領域は、すでに人工知能が進出をしている現状にあって、こんな心配が生じます。


「消える」職業リスト

それは、人間の職業がどんどん人工知能に奪われてしまって、みんな失業するのではないか。新たな時代の機械失業が起こるのではないかという危惧です。実際、オックスフォード大学の2人の研究者は、「今後20年以内に人間の仕事の47%は人工知能によって奪われる」という研究論文を発表しています[9]

【資料3】
資料3は、発表された「今後10~20年以内にコンピュータやロボットに仕事を奪われそうな職種とその確率、奪われなさそうな職種とその確率」です。

今日おいでの方に、もし奪われそうなほうに分類されている職種の方がいらっしゃったら大変申しわけないのですが、私がいっているのではありません。

予想がつきやすいところでは、電話による販売員です。「あれがほしい」という注文に自動音声で回答して受け付けてしまえば済む話だから、99%、まず確実に奪われるとされた。データ入力の仕事も、スキャンしてデータに置き換える技術はほぼ実用化されているので99%。銀行の融資担当者、これは意外ですね。かなり機械的、定型的な判断でできると評価されたようです。実際証券トレーダーはすでにコンピュータに職を奪われてますよね。金融機関の窓口係。「いいところにお勤めで」と言われる代表格のような感じがしますが98%です。小売店のレジ係97%。これも米国など自動レジが進んでいる。意外なのは96%の料理人です。料理人がいなくなったら嫌ですよね。奥でつくられて出てくるのですかね。考えてみたら、回転寿司は握っている人を見せない形だったらすぐできそうです。回転だけはしているのだが、つくっているのは奥の寿司マシーンですみたいなね。実は寿司ロボットはとっくに実用化されて普及しています。タクシー運転手、やはり89%とかなり高い率です。何と理髪業者も80%です。

われわれの多くがこれまで、大体コンピュータでもできそうな、いわば単純で機械的な作業だと思っていた仕事や、逆に高度な作業だろうと思っていた仕事と、ちょっとずれがあるところが面白いですよね。

さあ、「人工知能に奪われそうにない職種」のほうです。第1位、医師0.4%。まあ憎たらしい。こう見ていくと、教師、ファッション・デザインナー、エレクトロニクス技術者、それはそうだろう、というものが続いて、それから弁護士です。弁護士の皆さんやりました(笑)。代替可能率3.5%。まだ大丈夫、といわれています。ライター・作家、クリエイタ系も多いですね。ソフトウエア開発者、これもクリエイタといえばクリエイタで、同時にIT系です。数学者、これもある意味クリエイタ、イノベーションを行う人です。旅行ガイド、これは歩ける必要があるし、旅行者としても生身の人間と触れ合いたいということなのでしょうね。この辺は奪われる確率が低そうだということで、随分こんなことで業界の人たちも一喜一憂しているようです。ですが、安泰といわれた「医師・弁護士・創作者」、果たして本当にそうでしょうか。

私も安泰を信じたいと思いますが、このちょっと後くらいに、少なくとも医師と弁護士については全く相反する報道がされました。医師に関しては、今後ごく短期間で、いわゆる診断・検査系、この部分で活動する医療関係者の多くは職を奪われるであろう。なぜならば、人工知能で極めて代替しやすいからと。しかもそのほうが知識も最新で、誤診が少ない[10]

じつは、似たようなことが弁護士の一部領域にもいわれており、ディスカバリーとか、デューデリといわれる業務です。従来の弁護士業界でいうと、大手ローファームの独壇場といわれた領域ですが、いわゆる頭の筋肉が強い人達の仕事。何十人もの優秀な若手弁護士を動員して、大量の書類をガシガシ読ませて必要な要約をつくらせる類の作業で稼いできたわけですが、それが人工知能に侵食されつつあり、実際米国で価格破壊が生じています。

ある企業システムによって、150万件のディスカバリー文書の解析が10万ドル(1200万円程度)にまで低価格化できてしまったということで、こうした要員候補の弁護士たちは、今後失職が始まるだろうという情報もあります[11]


米国IT列強によるAI争奪戦

さて、こんな背景で米国IT列強勢は、人工知能技術の開発にしのぎを削り、人材の争奪戦を繰り広げています。やはり筆頭はGoogleでして、2009年に次世代技術研究所の「グーグルX」を設立しました。ここが今すごいのです。

世界の最先端の科学者たち、技術者たちを次々引き抜き、ご紹介した自動運転車もここが中心的に開発しています。もちろん買収もどんどん行います。それで、Facebookその他のライバルたち、日本が誇るドワンゴも負けずにAI研究所を創設しました。

※注 8年後の現在も、AI開発の主役といえるのはGoogleやMicrosoftなどの巨大IT勢です。他方、日経新聞が昨年末の記事で紹介したように、オープン化された基幹AIを活用した多くのスタートアップが百花繚乱の様相を呈してもいるのが2023年の状況です。

最後の聖域「創作・発明」?

一連の動きの中、こんな危機感が新たに高まってきました。
やがて、すべての人間の雇用は奪われてしまうのではないか――。世界を代表する頭脳といわれた方々、スティーブン・ホーキング博士、ビル・ゲイツ等が相次いで警鐘を鳴らし、議論を呼んでいます。深刻な問題との認識も広がる中、人間最後の砦として創造性、イノベーションということが挙げられます。

しかし、本当にそうなのでしょうか。「創作・発明」というものは、本当に人間にしかできない最後の砦なのでしょうか。もし、この創作という営みが、0から1をつくり出す作業であるならば、確かに機械はあまりそういうことは得意ではありません。機械は教えてもらったデータを解析して、組み合わせたり、従来の情報を改良したりするようなことが主に得意であり、0から1をつくり出す作業はあまり得意ではないといわれている。

しかし、例えばスティーブ・ジョブズはこういうふうにいうわけです。いや、創造というのは0から1を生みだすことではないのだ。既存の物事を結びつけることにすぎない。創造性とはコネクションなのだ[12]

そういうことを述べたのは、ジョブズが最初ではなくて、ニュートンなどの発言も有名です。シェークスピアなどは、従来ある作品を翻案する名人だったといわれていて、彼はいわば、99を100にする天才でした。99を100にする作業だったらコンピュータは得意です。それならある種の創造行為は、コンピュータは人間並にできるのではないか。

これを言いかえれば、「感動というのは果たして解析できるのか」という命題です。われわれはいったいどんなことに感動し、何に心を動かされ、何が面白いと感ずるかという感情を解析することができるのだったら、コンピュータは再現できます。この感動のパターンを解析できるならば、作らせることもできるのではないか。こんなことも議論されている。


「機械創作」の現状-音楽

そうした中で、機械創作は現実にどんどん増加しています。ちょっと現状を見てみましょう。

まず、先ほどの音楽の領域です。このバッハ・ボットですね。コープさんという学者が開発した、バッハ風の楽曲を作曲できる人工知能ですが、開発されたのは1980年代ですから随分前です。そのころから目覚ましい実績をいくつも上げております。まず、作曲のスピードが普通ではありません。どのくらいのペースでつくり続けるかというと、あるときスイッチを入れてコープさんがランチを食べに出かけたところ、戻ってくるまでに5000曲のピアノ曲を作曲していたそうです[13]。大変なスピードです。それからオペラもつくった。これはさすがにもうちょっと時間がかかったらしいのですが、タイトルは『落ちる揺り籠』です。何でそういう不吉なタイトルを付けたのかはわかりませんが。このオペラは、機械がつくったということを伏せて一般に公開した。すると先ほど申し上げたように、絶賛レビューが新聞に載るほどでした。

【資料4】

自動作曲はこれだけではありません。最近ですと、東京大学などが開発した「オルフェウス」というシステムですね(資料4)[14]。ネット上で無料公開されております。ご存じだった方はいらっしゃいますかね。「オルフェウス」を見たことある方。(挙手)

1人いらっしゃった。私は今回のことで初めて使ってみたのですか、オンラインで作曲をしてくれるのです。作詞から全自動でして貰うこともできますが、正直いって作詞の方は、「これ何? 不思議ちゃん?」みたいな感じの歌詞が出来上がります。それに対して作曲は、歌詞を入力してやると速いのなんの、20秒です。この後ご覧いただきますが、相当本格的な作曲で、20秒でいわゆる楽譜レベルの情報を出力してくれます。

ついでにいうと、そのまま放っておくと、25秒後には自動音声と自動演奏でのプレイがPC上で始まります。つまり、ある歌詞を用意すれば、45秒後にはもうそれが演奏されています。このスピードがやはりすごい。

※注 作曲(BGM)については、今や完全に商用レベルなのはご存知の通り。更に、再録作業中にネットを席巻しているのは、マイクロソフトが買収したOpen AI社の誇る会話型AI「ChatGPT」で、概括的な、あるいは詳細な設定に従ってかなり高いレベルの作詞や作文をこなします。

「機械創作」の現状-テキスト

次に、小説などを見てみましょう。皆さん、星新一を人工知能で再現しようというプロジェクトがあるのはご存じでしょうか。「気まぐれ人工知能プロジェクト 作家ですのよ」という、星新一ファンにはたまらないタイトルがついていますが、はこだて未来大学の松原仁教授が仲間たちとともに進めていらっしゃる、大変にどきどきさせる研究です[15]

ショートショートの名手、星新一は、生涯約1000本の短編小説を残されたそうですが、構造が非常にしっかりしているので、解析が容易なのだそうです。そこで、彼の小説の構造と語彙を完全解析させまして、そして人工知能に星新一風のショートショートを自動生成させよう。何か種がないといけないので、三題噺みたいに3つくらいの、例えば「女性検事、男性弁護士、殺し屋」とか、そういうキーワードでも入れてやると特にいいのでしょうね。そうするとどんどん小説を吐き出すというわけです。これは、まだ始まったばかりです。どうやら、音楽よりは大分難しくて、今現在はお話になるようなものではないそうです。

われわれが、この作業とこれは同じような難しさだろうと予想しても、実際やってみると人工知能には比較的容易にできるものと、すごく苦戦するものとに分かれるのですね。

例えば、「ワトソン」がクイズに答えたら何で偉いのか。あるいは、東大を何で受けさせたいのかというと、要するに自然言語処理なのです。クイズは日常の言葉で出題されるから、問題の意味を理解しなければいけない。われわれは何だか知らないがその点での能力は高いらしくて、相手がごく断片的な言い方をしていても、何を言いたいのか大体わかるのです。両義的な言葉の使い分けとかもですね。時には意図的に曲解したりしますが、大体わかるわけです。

ところがコンピュータは、どこが問いかけなのかさえわからないらしいですね。例えば、「米国が国交を結んでいない国の中で、この国は一番北に位置する」。何となく答えの想像がついた方はいらっしゃいますか。いたらその方は数年前の「ワトソン」以上です。米国が国交を結んでいない国の中で、この国は最も北に位置する。

(「北朝鮮」の声あり)

はい、正解は北朝鮮です。

なぜ人工知能がこれで苦戦するのか。米国が国交を結んでいない国の情報などというのは、ネットの検索ですぐ手に入る。どの国が一番北にあるかもすぐにわかります。問題は、人工知能には、この文章の中のいったいどこが問いかけ部分なのかが理解できなかったのです。「どの国ですか」と聞いてないから。「この国は最も北に位置する」といわれたときに、「this state is…」が質問部分だということが理解できない。そういう自然言語処理が意外と苦手だったりして、時間がかかったのですが、相当できるようになりましたというわけです。小説はまだこうした作業の途中です。

しかし、松原教授は野心的です。これから5年くらいの間には、コンクールに匿名で応募して受賞するところまで持っていく[16]。芥川賞や直木賞が最終目標とのことですが、まず匿名で応募できるようなもので受賞したら大々的に発表しようという。作戦ですね(笑)。出すときに、「作家ですのよ」という名前で出さないのです。受賞した後、驚かせようとしている。

※注 2017年、松原教授らのプロジェクトによる小説が初めて星新一賞の一次審査を突破したことが、広く報じられました。同賞ではAI創作による応募を禁じておらず、2022年時点では、2603篇の応募作品のうち約4%はAI創作であり、また、AIと人間との共創作品が初めて入選作に選ばれた、とされます。

しかし、もっと単純なものだったらすでに実用化されています。商用で実用化されているのが、ニュース記事です。通信社のAPなどが、スポーツの短報記事はすでに作成ソフトによって自動生成しているそうです[17]

スポーツの試合は、大体はスコアブックみたいなものを記入するじゃないですか。それを、特製の計算ソフトを提供するから、書式に沿って入力してくださいとお願いするのだそうです。出来のいいものだったら使ってくれますね。そうすると、そこから記事を自動で生成するそうで、(資料5)がそれです。自動生成されたロボット作成記事です。では、30秒お読みいただけますか。

【資料5】

「アルゴは本塁打2本を含む4打数3安打、5打点を記録した。イリノイの先発投手ウィル・ストラックは制球に苦しみ、6回で5点をとられたが、救援投手はその後1点も許さなかった。そして打線が17安打を打って援護し、イリノイの勝利を確実なものにした」(『機械との競争』より[18]※原記事はさらに長文)

ちょっとお伺いしたいですね。これをコンピュータが作ったのだとは聞かないで、著作物ですかと聞かれたらこれは著作物だと判断されるでしょうか。著作物だと思われる方は手を挙げてください。(挙手)

著作物ではないと判断される方は。(挙手)

ともに約半数、本当ですか。機械だと聞いたからではないですね。(笑)

もちろん試合結果そのものは客観的事実であり、事実やデータは著作物ではありません。その部分に創作性はないと判断されますから、事実をまさに機械的に創作性なくつないだだけのものは、創作的な表現とは呼べないわけです。そうすると、この記事のどこに工夫があるのか、ということが問われてくるわけです。例えば、「イリノイの勝利を確実なものにした」のくだりとか、パッと見るとこの辺かなとか思うわけですよね。ところが、そんなのはじつはよくあるというわけです。だから機械に教え込むことが現にできたのでしょう。でもどうでしょう。このくらいのもので、著作物性を主張している権利者は、世の中にたくさんいる気がする。

ほかにも、実は小説の中でも、あるジャンルは、機械創作がもう十分実用化できているそうですよ。あるジャンルだけは大変に定型性が高いので、ネット上で生成ソフトがあって、愛好家の方は使っているというふうに聞きますが(会場笑)、笑われた方はご存じですか。

(「俳句じゃないですか」の声あり)

ああ、俳句もソフトがありますね。違うのです。もっと長い小説なのです。ご存じの方はいらっしゃいますか。知っていてもここで手を挙げないのは、たしなみというものかもしれませんが、官能小説です。ポルノ小説は、大変定型化しやすかったようです。今どき読者は男性に限りませんが、どれだけ単純にできているんだ我々は、ということがよくわかるわけですね。だから、三題噺のように設定を入れてあげるのでしょうね。ええ、弁護士と検事と殺し屋・・・(笑)。

そういう訳で、先ほどのAIが作った記事は、いまやフォーチュンとか、ロサンゼルスタイムズまでが導入しているそうで、代表的な企業は2014年には何と10億本、機械生成の短報記事を創作したのだそうです[19]。にわかには信じがたい数ですよね。

※注 朝日新聞や日経新聞は、その後こうしたAI短報記事を実験的に導入しました。が、2023年現在、完全なるAI生成記事が特定分野を席巻したという報道には接しないようです。日経は、前述のChatGPTにニセ記事を書かせ、AIが生成したニセ証拠写真を付ける実証記事を最近掲載しましたね。

完全自動ではありませんが、映画の分野にもコンピュータ創作は進出しています。ハリウッドがシナリオの作成支援ソフトをかなり活用しているという事実は、すでによく知られています。これはもう市販品です。

日本でも、ライターの方などで使ってみたという方もいらっしゃいますよね。大体プロットづくりやキャラクターのリファインを協力してくれたりするようです。


「機械創作」の現状-ドラマ

【資料6】

もう一歩進んでしまったのが、この連続ドラマです。「House of Cards」という大ヒットした米国発のドラマ、主演はご覧のとおり、ケビン・スペイシーです(資料6)。これをつくったのは、3大ネットワークではないです。というより、テレビ局ではないのです。制作したのは、ネットフリックスです。ネットの大手映像配信会社、そこが100億円の予算をかけてつくりました。100億円です。

いかに、ドラマにも多額の予算をかける米国といえどもこれは高額です。しかし、前述の大ヒットで100億円見事に取り戻しました。ところが、それは彼らにとっては冒険ではなかったのです。彼らは、つくる前からこのドラマは大ヒットするだろうということに、かなり確信を持っていた。なぜか。事前にデータ解析が済んでいたからです。

彼らは、ネットで既存のドラマや映画等を配信するでしょう。そうすると、テレビですら視聴者がどう反応したかある程度データをとりますが、ネットのほうがはるかにビビッドにとれます。どの部分で視聴者が観るのをやめたか、どういうシーンだと視聴者は喜んでもっと見続けたのか。その人々はほかにどんな作品を観て、どんな音楽を聴き、どんな商品を買っているか。それを事細かく解析できます。無数の番組の無数の視聴者についてそれを集めることができる。つまり、ビッグデータ解析ができるわけです。

報道によると今回はもっとシンプルで、全体を通じて監督キャストの座組みのどんな展開だったら視聴率が上がり、どんなセリフを入れると客が逃げるのかを、解析した。それを導入してドラマをつくったのです。売れるとわかっているドラマです。何か嫌ーな感じも一方では漂うわけですが、現に面白いようですね。私はまだ観ていないのですが、「House of Cards」をご覧になった方はいらっしゃいますか。(挙手)

面白かったですか。

(「はい」の声あり)

やられましたね(笑)。でも、現に面白いらしいのです。ちなみにエミー賞も2部門獲っていますから、内容的にも評価が高かった。人工知能とビッグデータ解析で、そういうことも可能になってきました。

※注 ケビン・スペイシー自身は2017年以降、数多くのセクシュアル・ハラスメント告発を受けて俳優キャリアを長期中断。当初の訴えには2022年に勝訴したものの、2023年現在も別な裁判が継続中。ネットフリックスは「House of Cards」の最終シーズンから彼の登場シーンを削除しました。なんでしょう。このアップデート。

「機械創作」の現状-写真

ドラマはこのように道半ばですが、逆に、完全実用化されている領域もあります。

それは写真です。写真の領域は、もうほぼ完全実用化です。資料7は、(機械創作と呼ぶかはともかく)Googleのストリート・ビューで、「骨董通り法律事務所」の様子です。Googleマップの地図上で、この地点というふうにクリックすると、そこからの360度、上方まで含めた全方位の写真を表示してくサービスです。だから、人間がそこに立ってクルッと回るように風景を見せてくれるのです。

【資料7】

ストリート・ビュー「骨董通り法律事務所」※右下に「©Google」

※注 ここではAI生成物より、むしろ膨大に(半)自動作成されており、既にあからさまに著作権が主張されている例を取り上げています。その後画像生成AIが長足の進歩を遂げ、MidjourneyやStable Diffusion等が2022年にネットの話題を独占したことは周知の通りです。

ご覧いただいているのは、私どもの「骨董通り法律事務所」です。なかなか良い環境なのですよ。これはGoogleカーという全方位撮影カメラを備えた自動車が、世界中を走り回って写真を撮りまくっているのです。プライバシー侵害についての論争を巻き起こしたのはご存じのとおりですが、いまだに走っています。だから、人間などが写ると顔にマスキングがかかっていたり、バックナンバーはぼかしていたりするわけですが、わが事務所は何も問題がありませんからぼかされていません。

これは自動運転ではないですよ。人間が運転していますが、撮影は自動に近いでしょう。要するに360度撮りますし、ありとあらゆるところを撮影するからです。撮影タイミング、構図という点でもほぼ人為性は入っていないと言って良いのでしょうね。各種設定も自動のはずですから、これは機械創作です。つまり、人間が機械をツールにしたといえるような代物ではない。一般的な言葉からすればね。

さあ、これもし機械が撮ったと聞かなかったら著作物でしょうか。著作物だと思われる方はどのくらいいらっしゃいますか。この写真がネットに上がっていたら、著作物だろうと思う方。(大半挙手)

まあ、「東京アウトサイダーズ判決」もありますし、これは私も当たるといってしまうかな。なにせ右下には「©Google」と、さん然と輝く表示がされています。Googleは、どうやら著作権を主張する気は満々です。

じつは、この手のものはもっと前からあります。こちら、気象庁の衛星写真です(図版略)。これも機械的に撮っているといっていいでしょう。こんなふうに、すでに実用化されている領域もあります。


「機械実演」

【資料8】

さらに、創作とは違うのですが隆盛を極めているのが、「機械実演」です。まさにこれ1つで研究会のテーマにしてもいいのではないかというほど、いまや花盛りですが、資料8の左側をご覧ください。

これがわが国が誇る、今や最大のバーチャル・アイドル、「初音ミク」です。今年度パリのジャパンエキスポは、また過去最大の入場者数を更新して、ついに25万人を超えたそうです。とんでもないことになっていますが、そういうところに行くと、大勢青緑の髪の方が歩いてますね。「ミク」のコスプレです。「ボーカロイド(ボカロ)」といわれるソフトウェア音源のひとつです。これは、同名のヤマハの音声合成技術を活用しまして、人間の声優の声をサンプリングして、音階に応じて高さを変えて出力するようにして、例えば楽譜などのデータを打ち込んでやれば歌ってくれるよというわけです。

こうしてつくった音源や動画を「ニコニコ動画」等の投稿サイトにアップするというのが大流行しまして、2007年くらいから一気に花開きました。いまや初音ミクさんの持ち歌、持っている音源が「ニコニコ動画」上で17万8000動画です[20]。持ち歌の数からいったら、もうちょっと少ないですが、それでも5万は優に超えるだろうといわれていて、音源、テークの数でいうと17万8000。

世界でこれより多くの持ち歌を持っているアーティストは多分いません。今やニューヨークデビューも果たし、まさに日本が誇るクールジャパンの代表的な存在になったわけですが、これに実演家の権利が発生するの? というのはずっと付きまとっている議論ですね。

どうなのか。サンプリングされた声は、藤田咲さんという著名な声優さんのものです。藤田咲さんの声がバラバラになって取り込まれているのだから、ミクが何を歌おうが、それは藤田さんの実演(又はその録音物)と言えるのであり、藤田さんに実演家の権利が生まれるだろう。これが1つの説、そうかもしれない。

もう1つの説は、いわゆるコンピュータへの「打ち込み」でも演奏であり実演だというのだから、これは打ち込んだ人が実演しているといっていいのではないか。打ち込んだ人とは誰かというと、その曲を歌わせた人、ユーザーが第一候補ですね。あるいは、元のソフト、「ミク」の開発者ということで、クリプトン・フューチャーメディア(株)が実演家だという話になるかもしれない。どちらにしてもこの帰趨で、世界最大規模の著作隣接権の発生源が生まれます。

一方、そこまで一般的でメジャーとまではいえないが、最近特に話題を集めているのが、アンドロイド演劇です。現代演劇の雄、平田オリザさんが大阪大学の石黒浩教授と組んで、アンドロイドに芝居をさせる。

資料8の右側が、『さようなら』という素晴らしい作品ですが、このうちどちらがアンドロイド俳優かわかりますか。こんなのわからないですよね。左がアンドロイドです。まだアンドロイドはスムーズに立って歩くことができませんので、大体椅子に座っていたり、ベッドに寝ていたりします。それで判断がつきますが、この方もそうなのです。これは立てません。座っています。しかし、表情、手の動き、しぐさなどは本当に人間の俳優を彷彿させるものがあり、これはモーションキャプチャーです。本物の女優の動きをキャプチャーして、アンドロイドに記録させるのです。ですから、海外ツアーにこのアンドロイドだけで行くこともできます。動きを覚え込んでいますから。

それでオリザさんがいうのです。ということは、元の女優は1人でも、世界5都市で同時にツアーできるということだと。ここでも、モーションキャプチャーによって、実演家の権利が生まれるのかということが議論されます。元の女優の方が実演家の権利を持つのか。それともシステムを開発した石黒研究室が持つのか。

そんな論点はありますが、1つ確実なのは、このいずれのアーティスト、いずれの実演家も完全に観客の心を掴んだということです。ミクはそれまでの姿、形のないボーカロイドの限界を軽々と飛び越えました。

こうしたバーチャルアンドロイドに対するファンの思い入れがいかにすごいかというと、「ニコニコ動画」上のミクが歌う曲の動画には多数のコメントが入ります。そのコメントが、「こんな高い音域を歌わせたら可哀相だ」とか、「こんな曲を歌わせないで」とか、そこまで思い入れてますね。もちろん、コンサートは、今や数万人を動員する規模にまでなりました。私も仕事柄まいりますが、観客はまさに熱狂します。ペンライトはもちろん振ります。つまりAKB48とか、ももいろクローバーZに対するのと何の変わりはないです。そういう状況ですね。アンドロイド演劇もそうですよ。愛知トリエンナーレでは観客席がすすり泣きで満ちたと言います。

さて、こうなってくると先ほど「失業しない」リストの上位だった旅行ガイドとか、小学校の教師は、本当に大丈夫なのか、という気さえしてきます。旅行ガイドが上位だったのは歩き回る必要と、おそらく生身の人間との触れ合いがほしい旅行者が多いと考えてのことでしょう。でも、人工知能を備えたロボットでも、十分みんなが触れ合いを感じられるとしたら。「ロンドン市街の案内はロボット旅行ガイドのステファニーが行います」といわれて、もし彼女が提供できる情報量が100倍だったら。質問にははるかに正確に明るく答え、映像から音楽から豊かな関連情報をその場で再生してくれるとしたら。空いている名物レストランや、その日見られるイベントをアッという間に調べ上げて、オンラインで席を押さえて連れて行ってくれるとしたら、どうでしょう。あるいは教師はどうでしょうか。バーチャル教師は不祥事を起こさず、えこひいきもしません。各生徒の過去の履歴からもっとも効果的な勉強メニューで、最新の豊かな知識を偏りなく教えてくれるかもしれません。

※注 以上、リアリティは増す一方ですが、AI・ロボットは不祥事やえこひいきと無縁という発言は、その後の会話系AIの幾多の「舌禍」事件によって大きな疑問符がついていますね。

いずれも既に一部は実用化されつつあります。いったい人間にしか出来ない仕事は何が残るのだと、あらためてそういう問いを突き付けられている気がするのです。

というところで、この場でちょっと息抜きをしたいと思います。


機械創作を試してみる

百聞は一見にしかずで、私もコンピュータ創作を試してみました。これを今日皆さんに披露しようと思います。何を使ったかというと「オルフェウス」を使いました。やはり誰でも無料で使えますので。 まず、『CRIC★講演の歌。』というこの日のための曲を新たに作詞しました(笑)。この歌詞をオルフェウス上で入力する。そうすると、「何風の曲にしますか」と画面で聞かれ、指定ができます。例えば、校歌風、70年代フォーク調、明治時代風、何だかわからないけど『Yesterday』風とか、『君を乗せて』風とかね、スタジオジブリ『天空の城ラピュタ』のテーマ曲ですね。三味線曲とか、いろいろ指定できます。

【資料9】

私は魅力的な「ロック」風にしました。それでポチッと押しますと、資料9の画面になって、細かいことを全部指定できるのです。女性のアニメ声でエイト・ビートでとか。音域はこうしてくれとか、もちろん拍子とか、テンポとか、楽器。それももちろん、第一伴奏、第二伴奏、全部選ぶことができるのです。

また、「あなたの入力した歌詞をこう読んだのだが、読みはそれでいいですか。抑揚も変えられますよ」という欄も出てきます。ここまで何秒でできるかは、各自の習熟度ですが、何も変えずデフォルトのままでも構いません。無条件で歌詞だけ入れてポチッと押すと、先ほど申し上げたとおり20秒後には楽譜情報まで作成されます。そのまま放っておくと、私の例だとさらに25秒後にはPCから演奏が流れてきます。こうして生み出されたのが、皆さんのお手元にあるこの楽譜です(資料10)。『CRIC★講演の歌。』、いかがでしょうか。

【資料10】

皆さんがどう思われたかわかりませんが、私はうれしかったです。私は楽器というものは、ほとんどやったことがないのです。著作権で偉そうなことをいっていますが、じつは音楽は最も苦手とするところで、楽譜が読めません。だから、これを見て歌えといわれても、私は歌えません。そんな私が、生まれて初めて作曲した曲です。つまり、私でも作曲家になれたという記念すべき楽譜です。

まあ、出来はね。何も手を加えていません。設定をこうしてとか、抑揚はこう変えてとかやっていませんし、いくつも作った中から出来のいいのを選ぶとかもしませんでしたので、デフォルトで20秒だとこうなるのかという感じで聴いていただければと思います。

♪~『CRIC★講演の歌。』演奏(拍手)

ありがとうございます。音声が非常にいいですよね。これは実は、「オルフェウス」が自動演奏した音源ではありません。こういう曲をつくりましたということを「ミク」の開発者、クリプトン社にお話ししたところ、ではわれわれが音源を作りましょうと言っていただきまして、「初音ミク」に歌わせて制作してくださいました。作詞・福井、作曲・オルフェウス、歌・初音ミクという夢のコラボです。本当にありがとうございます。

いかがですか。著作物ですかね。まず、これについてお伺いしましょう。これは著作物だと思う方はお手を挙げてください。メロディ、楽曲の部分です。(大多数挙手)

著作物ではないだろうと思う方。(挙手)

私の敵が5人くらい(笑)。それでは、バッハ・ボットの曲もお伺いしましょうか。最初のバッハ・ボットを覚えていらっしゃいますか。あれ著作物だと思われましたか。著作物だと思う方。(挙手)

多いですね。かなり機械作曲有利という結果が出ました。「初音ミク」は素晴らしいが、私の『CRIC★講演の歌。』自体は、いまいちだろうと思います。いまいちだとは思いますが、折角つくったので今後著作権研究会の冒頭では必ずこの曲を流していただきたいと希望しているのですが、いかがでしょうか、CRICさん。

(「ぜひ」との声あり)

※注 この曲は現在もsoundcloud上にあり、一方、CRICが研究会のテーマソングにすることは決してありませんでした。

いや冗談はさておき、また出来はさておき、何が強いかといえば、これは無数に作れるのです。私の場合は音声はミクでしたが、オルフェウスなら45秒で音源まで、作曲だけだったら20秒でつくれちゃうのです。20秒で1曲つくれるということは、仮にこのシステムが1度に1曲ずつしか作れないのだとしても、1年間で何曲作れるかを計算しました。1分間で3曲×60分×24時間×365日。1年間で157万曲以上です。

つまり、出来を問わないなら、サーバたった1台で、2年もあればJASRACのデータベース「J-WID」上の管理楽曲数にほぼ匹敵するだけの曲が生まれてしまうということです[21]。すさまじい分量です。そして、その中から出来リスナーたちに最も訴求できる曲をうまくピックアップしてぶつけられるような仕組みさえつくれれば、これはおそらく鬼に金棒です。今のところランダムにつくってこの程度ですが、百万曲もあれば、出来のいい曲をピックアップしてリスナーとマッチングできればすごいわけですよね。では、その仕組みを作れるのか、ということで次です。


「感動」を解析できるか?

どの曲だったらユーザー層を感動させられそうかということを、人工知能が判別できるのだったら、自動で生まれた曲をどんどんコンピュータが自動判別して良さそうなものだけリコメンドで送り出せばいいのですから、いともたやすいですね。

じつは、以前は創作そのものより、この「判別」のほうが、見込みがあるといわれていた。かつて、スペイン・バロセロナのある会社が、「HSS」というヒットの予測システムを開発しました。発売されたばかりの曲などをこれで解析をすると、アルバムのうちこの曲とこの曲は何%の確率でヒットしそうだよ、というように判定してくれるというわけです。どうやって判定するかというと、過去のヒット曲を大量にビッグデータ解析して、どういう要素を持っているとヒットしやすいかを学んでいる。それで、大体はチョボチョボの数字しか出ないのですが、あるとき、アルバムの14曲中じつに9曲までにシングルヒット予想がつくという、すごい新人を掘り当てた。何だこいつは。14曲中9曲がヒット候補だったら、そのアルバムは絶対売れるに決まってる。
この化け物は誰だという話になって、その新人の名前が、ノラ・ジョーンズ。それでそのアルバムが彼女のデビュー・アルバム、日本では「ノラ・ジョーンズ」というタイトルで知られています[22]。その後、世界で2300万枚を売り上げ、グラミー賞8部門にノミネートされて、全部門で受賞という新人としてはとんでもないことを成し遂げてしまったのが、このアルバムでした。ノラの成功予測で、ヒット予測がいけるぞという話に一気になった。 ところが、その後がいけない。こうしたヒット予測は大当たりもありますが、外れることも多かったのです。まだ、十分使えるかどうかはわからない。わからないが、レコード会社など大分取り入れつつあるように聞きます。

一方で、相反するこんなことも指摘される。2006年コロンビア大学のダンカン・ワッツ教授という方が、人々が聴いた曲についてどんな基準で感動するかを、多くの人間を使って実験してみた。そうしたところ、どうもこれは解析するだけの価値はないかもしれないよ、という結果が出たそうです[23]

つまり、われわれの感動の仕組みというのは、あまり素晴らしくない。例えば、事前に人からすごいよと聞いているとみんな感動するらしいとか、そういう外的な要因にあまりに影響を受けちゃうので、ヒットの予測というのは難しいと、彼は指摘したのです。

もっとも、全く逆の評価もできますよね。そんなに外的要因によって、われわれの感動が影響を受けるのだったら、ヒット作をつくり出すことはいともたやすいことではないかと。よく考えてみると、この手法はすでに広く行われていることです。

だって、ラジオでのヘビロテ(ヘビーローテーション)なんてまさにそうですよね。それほど知名度がない曲でも、「みんなが好きで、こんなに聴きたがってる」と言いながら、現に何度も聴かせるとリスナーはその曲を好きになって来る。それがヘビロテの仕組みです。ランキング商法もそうですよね。「当店人気1位」とか言われると、食べたくなるしおいしい気がする。外的な物語にわれわれはいかに大きな影響を受けるか。世間を騒がせた「現代のベートーヴェン・佐村河内守事件」などもちょっと思い起こしたりするわけですが、ここからがもう1つの本題です。


機械創作は著作物か

ご覧いただいたコンピュータ創作の記事や写真、曲は、皆さん内容的には著作物に当たるだろうというご意見が多数でした。中には賛否両論のものもありましたが、果たして著作物と評価すべきか。今度は、理論面のお話です。

日本では、「著作物とは『人』の思想感情の表現/精神作業の成果である、よって、機械に創作はできない」という当然の前提のようなものが、長らく存在してきたと思います[24]。例えば3分間スピード写真ですね。あれは、写真の著作物ではないものの例としてよく挙げられたりするわけです。

じつは、コンピュータ創作物の議論というのは、結構以前からされていて、1993年の著作権審議会第9小委員会で検討されています。それ以前には第2小委員会という場所でも議論されましたから、結構古いのです。ただ、時代背景が全く違う。1993年当時は、今挙げたコンピュータ創作は現在と比べればどれもごく軽いレベルで行われていた時代です。第9小委員会での議論はどんな感じだったかというと、ヒトは思想感情を表現するためにコンピュータを道具として創作しても構わない。それは著作物たり得る[25]。と、あくまでも人間を中心にとらえます。そして、何をもって「人間がコンピュータを道具として創作した」といえるかについて、次のすべてを要するとしました。

①コンピュータを用いて思想感情を表現しようという人の意図
②創作過程において、人が創作的寄与と認められる行為を行ったこと
③結果物が客観的に思想感情の創作的表現と評価され得る外形を備えていること

無論、これだけでは抽象的ですが、「過程における人の創作的寄与」を必須とする以上、恐らく今日我々が見て来たような「完全自動生成」はあまり念頭においていないのでしょうね。確かに、二十数年前ですと、当時コンピュータ創作と言われたものの大半は、少なくとも我々の身近にあったそれは、カメラを使って写真を撮ったのとさほど変わらないレベルとも言えたのでしょう。カメラも機械だ。直接的にはその作用によって作品が生成される。でも、それは人間がカメラをツールにしているのだ。そういう感じだから、あくまでツールを使った個々のユーザーが著作者であり、その成果物は著作物でしょうとなります。事実、報告書はCGであれ機械翻訳であれ作曲ソフトであれ、ほとんどの各論を基本的にこの「ツールゆえユーザーが著作者」論で処理しようとします。問題は、報告書のその先の記載です。

「ただし、特定の創作物の生成を意図して開発され、そう客観的に認識できるプログラムであって、使用者は単なる操作者にしかすぎない場合だったら、プログラムの開発者が(時には素材の提供者と共同で)著作者になり得る」と述べているのです[26]。これはどういう場合を指すのでしょうか。報告書はあまり詳細を語っていませんが、例えば広く「オルフェウス」のような自動作曲プログラム的なレベルのものを念頭に置いて、完全自動創作でも著作物であり、そのシステムの開発者(及び素材の提供者)が著作者だといいたいのかとも思えます。

ただ、ちょっと判然としません。実際、その後の各論では機械翻訳であれ自動作曲であれ、ユーザーが単なる操作者として関与していそうなものは、結局「著作物性は認められない」とまとめているからです[27]

そして、現行法の改正の必要性については、現時点では、ほとんどのコンピュータ創作物は人間が何らかの創作的寄与をしていると認められるから現行法の解釈で対応できる。人の創作的寄与は認められないが外形上は著作物と評価できる創作物について法律を改正して対応すべきかは、なお慎重に検討と、こう総括しています[28]。・・・まあしばしば指摘されることですが、あまり時代の変化を先取りして法整備して社会をリードしよう、という発想はありませんね。

他方、中山信弘教授です。旧版の『著作権法』の時点から一貫して、コンピュータ創作物の著作者を誰と考えても現行法では理論的に破綻する。従来の著作権法の枠組みでは解決が不可能で立法的解決が望まれると指摘されています[29]

どうなのか。著作権審議会の報告書の時点ではともかく、現時点では現行法の改正は不可避なのか。この点の検討に進む前に、諸外国の状況を若干見ておきたいと思います。「機械創作は著作物か」で、諸外国ではどんな議論がされてきたかというと、米国は1978年CONTU(新技術による著作物の使用に関する国家委員会)という組織の報告書で、「コンピュータはカメラ等と同様のinstrumentにすぎない」とレポートしています[30]。よって、コンピュータ創作と言われるものの著作者がいるとすれば「コンピュータを利用した者」(one who employs the computer)であり、著作物性はそのユーザーが発揮した創作性で決まると。日本の著作権審議会と似た原則論ですね。その後、米国内で疑問も提起されたりしましたが、ユネスコやWIPOも同じことをいうわけです。「コンピュータは人間が創作するための技術的手段にすぎない」[31]。この辺りまで、コンピュータ創作といわれるものの大半はツールとしてのコンピュータの使用であって、従来の「人間による創作」という原則論を変える必要はないだろうという議論が国際的にも続いていました。また、当時のコンピュータができることも、おそらくそのレベルが多かったのかなと思うのです。

しかし、1988年イギリスの著作権法改正で風向きが変わります。「computer generated works」(CGW)、つまり人間が存在しない状況で生成されるコンピュータ創作物、これは著作物であると明言しました[32]。この条文だけではまだ射程は明確ではないのですが、どうやら改正法全体を見ると人間が機械をツールにしたのではなくて、機械だけで自動生成されたものを想定していることがわかります。なぜならば、保護期間や人格権について通常と異なる規定を置いているからです。

まずCGWには、著作者人格権は与えない[33]。どうやら、機械に創作はできるが、人格はないらしい。人工知能に「ソレハ私ノ意ニ反スル」といわれてもちょっと困るので人格権は与えない。もう1つ、保護期間を創作から50年しか認めないとしたのです[34]。おそらく人工知能は死なないためでしょうが、通常より短いのですね。

CGWを特別扱いをしていることで、従来の著作物とは違う、自動生成されたものの扱いを取り決めようとしたことがわかります。では、著作者は誰かというと、通常のユーザーとは異なる概念が登場してきます。つまり「コンピュータ創作にとってnecessary arrangementを行った者が著作者だ」と。それは何なのかは書いてません。

しかし、全体の規定ぶりや議論の内容からすると、開発者、あるいはそういうシステム全体を支配管理する者、そういった存在を想定しているのではないかと思えます。そういう者にシステムによる成果物の権利を与えるという、従来の著作権法の枠組みをはみ出しているからこそ、その代わり人格権を与えず保護期間を短くするのでしょう。英国法は、一歩踏み出したわけです。


天才サル、登場

さあ、各国はどうするか。カナダ、オーストラリア辺りでは議論も続いているようですが、根底にあるのは、「創作」を人間の特権と考えるかどうかという課題です。この問いかけは機械だけではなくて、さまざまな場面で登場します。

【資料11】

この写真はご存じでしょうか(資料11)。最近、大きな話題になりましたね。猿がセルフィー、いわゆる自撮り写真を撮ったものです。何で猿が自撮りしたかというと、報道されたところでは、カメラマンが野生の猿を撮影に行ったら、猿にカメラを取られたらしいのです。猿は取ったカメラで遊びだし、自分のほうに向けながらカシャっと写真を撮った。そうしたらこの表情です。天才的ですね。これは紛争になりました。Wikipediaが写真を公開して人々に自由に使わせようとしたところ、カメラマンが怒ったのです。私が著作権者だと。

しかし、負けました。米国著作権局の判断で、そもそも著作物性がない、猿に創作はできないと判断されたのです[35]。人間以外の者に創作はできない。では、前掲ストリート・ビューはどうでしょうか。猿に創作ができないくらいなら、機械にもできないのではないか。では何で©Googleなのか、という問題が出てきそうです。

Googleは、全方位撮影カメラを積極的にツールとして活用しているからか。ならば、件のカメラマンも、猿に自らカメラを渡して自撮りさせていたなら、著作者になる余地はあったのか。

※注 その後、サル(なぜかNarutoと名付けられていました)の自撮りケースは裁判となり、米国連邦控訴裁は2018年、やはり創作は人間の特権であるというそれまでの立場を踏襲してNarutoの自撮りの著作物性を否定しました。更に、同じ理由で著作権局はAI生成画像の著作権登録も一貫して拒否しており、こちらも2022年にAI開発者側が米国著作権局を提訴しています(参考)。

創作性再考

もうちょっとこの問題を深めてみるならば、創作性とはそもそも何なのだというところに話は行かざるを得ないでしょう。その点でコンピュータ創作物は、われわれに従来とはちょっと違う考え方を求めているような気がするのです。

従来はある素材を使う際、どんな著作権処理が必要かというテーマになると、例えば次の3段階でわれわれは考えていたように思います。

最初は、①それは著作物ですか、創作的な表現ですかということです。著作物だったら、次に②その創作者は誰ですか。そして③その著作権は今誰に帰属していますか。ほかにも考えることはいくつかあるのですが、例えばこの3つのことは当然考えますよね。著作物ですか、著作者は誰ですか、著作者が誰かわかると保護期間もわかる。それで著作権は今どこにありますか。

ところが、コンピュータ創作物では、これが全部一体として押し寄せてきます。「創作的な表現ですか」と尋ねると、では、創作という営みは何なのだ、という話になって、誰の営みをとらまえるかが同時に問題になります。そしてそれは、政策的な議論として誰に権利を任せるかという話と、常に不即不離です。なぜなら、コンピュータが著作者だからコンピュータが著作権を持っている、といってもしょうがないからです。誰が権利を管理するかという話と、常に一体になって問題になってきます。

イギリスはおそらく、「著作物ですが、著作者はいませんよ」と整理したのです。著作者人格権がないのだから。それで「著作権は、アレンジメントを行ったプロデューサー的な存在に持たせる」と処理したのでしょう。

では、わが国ではどう考えるべきか。いったい創作とは何なのだ。創作性とは一般にその人の個性が表現に反映されていればいい。個性の発露であればいい、といわれます[36]。近時はそれを表現の選択の幅、後続者の表現の余地と整理される見方もあります。仮に個性だとするならば、あるコンピュータ創作物に個性が発揮されていれば、それは著作物なのでしょう。

しかし、個性というのは成果物としての作品について見るのか、それとも作品を生み出そうという人間の営みについて見るのか、どちらなのでしょうか。つまり、結果を見るのでしょうか。過程を見るのでしょうか。営みがクリエイティブであることが問われるのだと、処理過程がすべて事前に決められている機械創作は不利だなという気がする。成果物に何らかの個性が感じられればいいのだったら、機械にもちょっと分があるのではないかと、私などは思うわけですが、いったいどっちを重視するのか。営みなのか。成果物なのか。

ご存じの通り、著作権法は偶然の符号を許します。つまり、ある作品と、その後から出てきた別の作品がそっくりでも、偶然に似たのなら許すというわけです。もし、結果の創作性だけが問われるだったら、その過程が偶然であれ、何であれ、既存作品とそっくりである時点で、著作物ではないというべきでしょう。偶然の一致だったら、全く先行作品と同じでも著作物だというのなら、どうも成果物の個性だけでは判断していない。作者にとって、自分なりの工夫をして作品が生まれたという過程こそが大事だとされるようだ。だったら行為、人間の営みをこそ重視しているのか。

この点、前述の著作権審議会第9小委員会の議論は明らかに過程も重視ですね。成果物に創作性が感じられるだけでなく、過程において生身の人間が創作的な寄与をおこなったことを求めています。

では、純然たる機械創作において、創作的と評価できる関与者の営みとは何か。どの営みが創作的なのかという問題は、著作者は誰かという議論に直結します。元のシステムの設計・開発が、創作性の第一候補としては生まれそうです。なぜならば、そういうシステムを開発する営みは、相当イノベーティブだからです。ですよね。「オルフェウス」を開発した人は、間違いなく創造性を発揮しています。だったら、「オルフェウス」の開発者には、著作者の資格がありそうだし、その行為に創造性があるのだから、「オルフェウス」によって生まれた曲も著作物だ。何となくわかる気もする。

いやいや、インプットするデータを集めて、それを提供すること、これが重要なのだ。古今東西あらゆる曲のデータを集めて提供したデータベース事業者がいるはずだ。その過去の蓄積という99があって、次の100が生まれるのだから、このデータや素材の提供者こそが著作者であるべきだと。これも考え方としてはあり得るのでしょうが、データ収集を創作的営みと呼べるかは疑問もあります。

3つ目としては、システムを使ったユーザーが著作者という考え方があります。しかし本稿で中心にしている純然たる機械創作ではこれも厳しい。何せ、いわばボタンを押しているだけの「単なる操作者」が想定されていますから。

そして、このいずれだとしても引っかかる課題が出てくるのです。まず、3番のユーザーが著作者とするロジカルに厳しいのは、前述のとおり。加えて1(システム開発者)や2(データ・素材の提供者)だとしても、ちょっと困る結果が生じてきます。それは何なのか。


機械創作を著作物と認めることの問題点

どうも成果物だけを見ると、機械創作は著作物でいいじゃないか、といいたい気がする。皆さんのご意見もそうでしたし、私もそんな気がする。特に私の曲に対してはする(笑)。するけれども、それを認めるとこんなことにならないかなと、3つほど指摘したく思います。

1つ、例えばシステムの開発者が著作者だとしましょう。この場合、システムそのものは著作物かもしれないが、生じる楽曲などに対してシステムの開発者が提供したものはアイデアですね。なぜなら、こういうデータを集めて、こういうふうに操作すると曲ができるよ、という方法論、プロセスだから。他方データや素材の提供者が著作者だったら、彼/彼女は作品のためにデータを提供しただけです。

だとすると、アイデアやデータを提供しただけのものを著作者だと認定することになる。方法論やデータを提供して成果物を独占できるとすると、それはアイデアや事実を独占しているのと変わらない気がします。でも、アイデアや事実を独占させないのが、著作権法の基本思想だったはずです。なぜならそれは、独占させるのはあまりにもったいないからです。独占させるよりも広く共有させようというのが、現代の知的財産制度の基本発想だったはずです。

アイデアやデータの独占につながるような新しい著作物を認定していいのか。この懸念が高まるのは、機械は際限なく創作を続けられるからです。著作物と認定しようがしまいが、今後も新しい領域で機械創作がどんどん増えていくこと、これはおそらく間違いない。しかも疲れない。だから、無限に量産するのです。サーバ1台で1年に150万曲つくってしまうのです。写真などはもっとです。いずれ小説も、それも自ら作品を評価して、受けそうなものをピックアップすることだって、おそらくすぐにできるようになってしまう。

そうすると、いくら創作の選択肢は無限ですといっても、あらゆる組み合わせで驚異的なペースで作られれば、みんなの需要を満たすような作品というのは、事実上機械創作で独占されてしまわないか。

ここで生ずる2つ目の視点が、「個人クリエイタはどうなるの」という話です。生身のクリエイタはもう創作しなくてもいいよ、もう作品はあるよ。少なくとも、ユーザーが満足する程度のものはもう十分ある。あなたはひょっとしたら、艱難辛苦の果てにすごい作品を生みだすのかもしれない。しかし、ユーザーはそれを見る時間は無いかもね、という状態に仮になったら、市場的には締め出されてしまう。あるいは、私が何を作っても、そっくりなのがもうあるかもしれないといったら萎縮しますよね。著作権侵害と疑われるから[37]

最後に、それを独占するのは結局誰なのか。方法論のデータを独占し、多くの創作物すら独占してしまうのは誰なのか。おそらく一握りの巨大IT企業です。

GoogleやアップルなどのIT列強は、すでにAI研究と開発を巨額の投資によって握りつつあります。また、その研究のためには欠かすことができないビッグデータの収集も、最も得意なのは彼らです。さらに彼らは、ユーザーを抱え込んで、世界最大のアクセス数を誇っています。

世界のインターネットサイトのアクセス上位は、ほぼ、中国国内で極端に強い2企業を除いて、残りすべて米国発の巨大IT企業です。1位は不動のGoogle、2位は不動のFacebook、3位は不動のYouTube 。彼らは、ユーザーの滞留時間、つまりアクセスをすでにかなりの程度まで寡占しています。

※注 今やニュースにもならなくなりましたが、8年経った今もSimilar Webによれば圧倒的な世界アクセス数1位サイトはGoogleです。2位はこれも大差でYouTube。以下3位Facebook、4位Twitter、5位Instagramと続きますね(2023年2月閲覧)。

ユーザーのアクセスと滞留時間、それによって得られるビッグデータ、それによって可能になる創作を全部握られているとなれば、いってみればコンテンツの創作から享受に至るまで、全部IT列強のプラットフォーム上で行われてしまう。それは情報流通の寡占といわれる現代最大の課題をさらに進行させてしまうのではないか、ということが問われてくるわけです。

もちろん、話はそう簡単ではないでしょうが、機械失業がすでにリアルに起き始めているし、プラットフォームの独占もすでに十分起きているという点で、かなり現実的な事態です。

まとめます。機械創作を著作物と認めてしまうと、結局はそういうシステムをつくり出したり、ビッグデータを提供する者に成果物の独占を許すことになり、アイデアや事実の独占を許したことにならないか。また、生みだされる作品があまりに大量なので、個人クリエイタの役割はごく周辺に押しやられてしまうのではないか。しかも、それをごく一握りのIT列強が握るということになってしまうのではないか。


変容する現行著作権法の前提

もしそうだとすると、「現行著作権法の前提」そのものが、随分変わって来るよね、という話になります。これは機械創作だけに限らない、現代すでに進行している現象ですが、しかし機械創作はまさにこの流れと軌を一にして見える。コンテンツはすでに増えすぎています。機械創作以前に、すでに1億総クリエイタ、1億総発信者である現代にあって、コンテンツの数は膨大に増え、ネット上では「フリー」と呼ばれる、無料あるいは低廉なコンテンツが満ち溢れています。多くの若者は、もはやCDは購入しません。YouTubeのような動画投稿サイトの公式チャンネルで音楽を聴いて済ませてしまうのが、今の音楽との出会い方では最多だといわれます。

あるいは、新聞を買って読みません。ネットのニュースサイトで、事は済んでしまうからです。テレビ番組は随分頑張っていますが、それでも総視聴時間は以前よりもやはり見る時間は漸減しており[38]、動画投稿サイトで済んでしまうという方が随分いるとされます。

無料のコンテンツは、すでにあふれている。そうすると、皆が見たがるコンテンツが希少な時代に生まれた、それを無断コピーから守るための「コピーライト」制度、これは従来ほどの役割を果たせているのかという問題は、ますます問われてきます。

まさに中山教授が、「著作権法の憂鬱」という言葉で投げかけられた根源問題の1個であるでしょう。コンテンツの数があまりに多く、ちなみに流通もあまりに拡散している。もちろん「皆が見たがる程度に良い作品」も大量にある。作品が良いか悪いかで勝負が決まる時代は残念ながら終わった。それは随分悲しい予測なのですが、作品の質以上に面白そうと思わせ、どういうふうに売るかになっている。以前からそうですが、ますますどうマーケティングするかの時代になってきている。

そういう中で、「プラットフォームの君臨」の度合いが高まっているではないか。申し上げた「創造と流通と受容の一元支配」は、機械創作に限らず現に起きているではないか。「ニコニコ動画」を見ろ、みんなその上に作品をアップして、見て楽しみ、気に入ったらその動画に手を加えて二次創作を行ってまた上げる。お金は、広告費としてプラットフォームに落ちる。完結してしまっている。GoogleでもYouTube でもみんなそうですね。しかも有料化サービスまでこうしたプラットフォーム上で広がってきた。人気コンテンツをもっと快適に楽しみたかったら有料会員になりなさい。ますます、この中で全部済んでしまうじゃないか。

そうなったときに、創造サイドと流通・受容サイドが分かれている前提でのコピー・コントロール制度、つまり著作権というものの役割に限界が生じるというのが現今の問題意識です。


※注 YouTubeと並んで、ニコ動が強調されているのも時代です。以下、この講演録は変容するコンテンツのエコシステムから著作権リフォーム論へと続きますが、いったんここまでとします。お付き合い頂いたことに感謝しつつ、では!

以上

 


[1]筆者も加わった、内閣府知財本部「次世代知財システム検討委員会報告書」(2016年4月)。
更に翌年の同「新たな情報財検討委員会報告書」(2017年3月)に続きました。
[2]「Classical Music Composed By Computer」(Cope, Centaur, 2000)より
[3]「バッハ:アンナ・マグダレーナのためのクラヴィーア小曲集 改訂版」監修・ピアノ 山崎孝 (フォンテック、2013)より
[4]クリストファー・スタイナー「アルゴリズムが世界を支配する」(永峯 涼訳、KADOKAWA、2013)154頁以下
[5] 小林雅一『クラウドからAIへ』(朝日新書、2013)223頁
[6] 日経産業新聞2015年3月20日付記事
[7] 本田雅一「IBM『シェフ・ワトソン』は何がスゴイのか」(東洋経済オンライン2014年12月9日付記事
[8] 2014年4月28日同社公式発表
[9] 小林雅一『AIの衝撃』(講談社、電子版、2015)で紹介された、Carl Benedikt Frey and Michael A. Osborne「THE FUTURE OF EMPLOYMENT」(Univ. of Oxford, 2013)
[10]前掲注4・248頁以下
[11]エリク・ブリニョルソンほか、『機械との競争』(村井章子訳、日経BP、電子版、2013)611項
[12]前掲注9・2614項以下
[13] 前掲注4・154頁
[14] 講演時は休止中であった、https://www.orpheus-music.org/Orpheus-top.phpにて再開
[15] 同プロジェクトHP: http://www.fun.ac.jp/~kimagure_ai/
[16] 美和正臣「星新一がコンピュータで甦る? 人工知能は芸術を創れるのか?」(Ascii.jp、2012年10月23日付記事)
[17] KLINT FINLEY「100万PVの記事1本より、1PVの記事100万本をつくる」(Wired.jp、2015年3月12日付記事)
[18] 前掲注11・674項
[19] 前掲注17
[20] 講演時点において、ニコニコ動画上で「初音ミク」タグによって検索された動画数
[21] 同協会HPによれば、2015年3月31日現在の同データベース上の管理楽曲数は約326万曲。
[22] 以上、前掲注4・133頁以下
[23] 前掲注9・2495項
[24] 中山信弘『著作権法 第2版』(有斐閣、2014)220頁、後掲著作権審議会報告書第3章Ⅰ-1、ほか。
[25] 同小委員会報告書 第3章Ⅰ-1
[26] 前掲注24・報告書第3章Ⅰ-2(4)(5)
[27] 前掲注24・報告書第3章Ⅱ
[28] 前掲注24・報告書第3章I-4
[29] 前掲注24・中山221頁(同旧版・2007年では187頁)
[30] Final Report of the National Commission on New Technology Uses of Copyright Works, Pub. L. No. 93-573, § 3976, 2 Stat. at 45 (1974) [CONTU]
[31] Recommendations for Settlement of Copyright Problems arising from the Use of Computers for Access to or the Creation of Works (Unesco, 1983)
[32] 1988年イギリス著作権法178条
[33] 同法79条(2)(c)、第81条(2)
[34] 同法12条(3)
[35] Compendium of U.S. Copyright Office Practices, § 313.2(United States Copyright Office,2014)
[36] 作花文雄『詳解 著作権法(第4版)』(ぎょうせい、2010)、85頁ほか
[37] 川上量生氏・藤井太洋氏対談「人類は『機械が生み出す知財』にどう向き合うべきか」(4Gamer.net, 2014)における両氏の指摘参照。
[38]「メディア定点調査・2015」(博報堂D Yメディアパートナー メディア研究所、2015)


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