All photos by courtesy of SuperHeadz INa Babylon.

English
English

コラム column

2022年11月22日

改正国際農業種苗法

「秋の夜長の農密なお話
  ~流出に立ち向かう農業知財法~」

弁理士  城田晴栄 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

1.はじめに

 天高く馬肥ゆる秋・・・も終わり、そろそろ煌びやかなイルミネーションの季節、そして来年の足音も聞こえつつあります。
 が、まだもう少し、馬も筆者も肥やされる秋の味覚が名残惜しくもあり、少し「食」の原点「農業」を、知財面から美味しくカットしてみたいと思います。
 筆者は、東京と高知の二拠点生活を送る二足の草鞋弁理士です。高知では、朝に夕にと草刈りに邁進しながら、藤稔(ふじみのり)とシャインマスカットという2品種の葡萄を育てています。本業の葡萄農家さんのような立派な葡萄!・・・には程遠いですが、それでも注ぐ愛情だけは本業に負けず劣らず、心を込めて大切に育てています。それにしても、youtubeって葡萄の育て方動画まであるんですね!
 さて、このシャインマスカット、大変糖度の高い、皮ごと食べられる人気品種であり、高級葡萄として知られていますが、近年、海外への種苗の流出・経済的損失など、ザンネンなニュースでも話題沸騰中の葡萄です。
 海外流出といえば、他にも「レッドパール」や「章姫」といったイチゴの種苗の韓国への流出と現地での大規模な栽培、同じくイチゴの「紅ほっぺ」の中国への流出など、日本で生まれた優良種苗が現地で無許諾栽培され一大産地を形成するなどして、日本の農業はこの20年で多大な損害を被る状況に陥っています。
 一体なぜこのようなことになってしまったのでしょう。そして、これからの日本の農業の未来はどうなってしまうのでしょう。
 筆者の愛する農業を取り巻く現状を整理してみたいと思います。

2.被害状況

 報道などで目にされている方も多いと思いますが、農林水産省によると、2020年時点での中国におけるシャインマスカットの栽培面積は、実に日本の30倍相当の53,000ヘクタールにも及んでおり、さらに、収穫果実がベトナムなどの第三国へ、日本産よりも安価に出荷されることにより、ライセンス料換算での損失は100億円にのぼると試算されています。日本にとっては由々しき問題ですが、この件についての現地の認識はというと、シャインマスカットが実は日本生まれの品種であり、勝手に持ち出されてしまった種苗であることを知らずに作っている農家も多いようです。
 このように、中国におけるシャインマスカット、韓国におけるレッドパールなど、流出種苗に端をなす現地国での優良品種の無許諾生産はさらに拡大傾向にあり、その上、日本の商標をそのまま付して市場に出回る悪質なケースなど、関係者が頭を抱える事態が続いています。
 さすがに行き過ぎと思える状況ですが、このような種苗の流出に法的な対策はないのでしょうか。

3.法律による対策

①-1 種苗法(しゅびょうほう)
 種苗法は、最も直接的に、植物(海藻類も含みます)の種や苗を守る法律です。戦後の食糧事情の逼迫に対する農作物の安定供給を目的として、1947年に農産種苗法が制定され、その後「種苗法」への改名など幾度かの改正を経て、1998年に現在の種苗法の形となりました。
 大粒のイチゴや糖度抜群のトウモロコシなど、際立った長所や新しい特徴を持つ種苗は品種改良によって生まれますが、この法律は、その成果を知的財産として保護することで、種苗開発者の権利を守り、新しい品種を開発するインセンティブを生むために存在します。農業版特許法といったところでしょうか。
 以下は、押さえておくべき種苗法のポイントです。

・農林水産省に、登録要件(新規性(未譲渡性)、区別性、均一性、安定性)を満たした植物の新品種を出願し、登録することができる
・農林水産省による審査を経た、国のお墨付きの権利であり、登録されると「育成者権」という知的財産権を持つことができる
・「育成者権者」になると登録品種が独占利用でき、他人の利用も排除できる
・権利期間は登録から25年(大木は30年)

 他にもたくさんの特徴のある法律ですが、「守る」という観点から考えたときに、何より重要なことは、育成者権も他の知的財産権同様、独占排他的な権利であって、育成者権者の許諾なく、勝手に登録種苗を利用するのは許されないということです。
 育成者権の侵害に対する罰則は、個人の場合には10年以下の懲役若しくは1千万円以下の罰金又はこれが併科されますし、法人の場合には3億円以下の罰金刑となります。もちろん、損害賠償なども併せて請求できるわけですから、権利侵害をしたらかなり怖い目に遭うと考えてよいでしょう。
 では、この法律に基づいて、種苗の海外流出を防ぐことはできなかったのでしょうか。
 種苗の流出ルートはいくつかあるといわれていますが、主な流出経路の一つは、日本国内で、第三者によって権利者に無断で増殖された登録種苗が海外に流出したケースです。
 正規販売品であれば、後述するように、正当に購入した時点で権利が「消尽」しているため、購入した人が自らこれを栽培することは権利侵害にはなりません。しかし、第三者が、権利者の意図せぬ方法で登録種苗を手に入れて栽培した場合、権利は消尽しないため、その登録種苗の譲渡や輸出は権利侵害となり、取り締まりの対象となります。そのため、この行為は発覚すれば摘発できたはずですが、当時はまだ種苗の保護に対する意識が低かったのでしょう、うまくすり抜けられてしまいました。
 また、他にも、2007年頃から起きていたとみられているのが、ホームセンターなどでごく普通に販売されている種苗を、来日した外国人が購入し、そのまま国外へと持ち出してしまったケースです。販売が正規ルートのため権利は消尽しており、これを国内段階で摘発して止めることは難しく、当時はこの方法でまんまと流出してしまった種苗も数多くあったと考えられます。

①-2 改正種苗法
 そこで、そもそも国内における種苗の流通をしっかり管理し、簡単に持ち出せないようにすることで種苗を保護しようと、2020年に種苗法の改正が行われました。
 改正種苗法は2021年4月から施行されており、次の点がポイントです。

①今後新たに登録される品種について
・育成者権者が輸出先国や国内の栽培地域を指定(制限)できるようになった
 ⇒登録品種の保護を認めていない国への種苗の輸出には育成者権者の許諾が必要
 ⇒上記国への最終消費以外の目的での収穫物の輸出には育成者権者の許諾が必要 等
②既に登録されている品種や出願中の品種について
・届出により輸出先国の指定のみ可能(2021年9月末まで)
③登録品種の自家増殖は育成者権者の許諾が必要(2022年4月1日~)
④登録品種について以下の表示の義務化(2021年4月1日~)
・「登録品種であること」
・「海外持ち出し制限」
・「国内栽培地域の制限」

 このように、育成者権者の権利範囲が大きく拡大したことが今回の改正の特徴です。種苗の海外流出や国内における違法栽培に対し、登録品種を守ろうとする農林水産省の意気込みが伝わってきます。一方で、現実には、法の目をかいくぐって持ち出しを目論む者がいる限り、せっかくの意気込みも空振りになりかねません。法改正に実効性を持たせるためには、末端の農家に至るまで意識を高めてもらうことが不可欠であり、自治体や農協などの農業関係者一丸となっての取り組みが求められます。
 また、今回の改正に際しては、特に③について、反対を含む様々な意見が出ました。
 「自家増殖」とは、種苗を栽培する農家が、その収穫物から種や苗を残して次の作付けに使うことをいい、改正前までは育成者権者の許諾なく行えた行為です。
 それが、法改正により、育成者権者の許諾が必要となったため、これまで自分で栽培した種苗を自由に利用することができていた農家からしてみると、『許諾が得られず作物が作れなくなるかもしれない、許諾を得られても許諾料が高額かもしれない、許諾手続きが煩雑で自分でできないかもしれない』等、今後農作物を作るにあたっての環境の変化に対する不安から、反対意見が噴出したというわけです。そうでなくとも、これまでも、品種改良によって生み出される新品種が従来種の市場を席捲するたび、農家はその市場に対応すべく、常に新しい種苗への切り替えを余儀なくされてきた経緯があります。自家増殖が可能であったからこそ、高い種苗であっても切り替えてやってこられましたが、この上、自家増殖が認められず、都度許諾料を支払わなければならないとなると、その不安も推して知るべしというものです。
 この点について、農林水産省からは、『そもそも育成者権者が許諾手続き不要の旨を明示すれば新たな手続きをすることなく自家増殖ができる、登録品種に限る話であって多くの農家が自家増殖する品種には影響がない、登録品種は公的機関が開発する例が多いため許諾料も高額になりにくい』等の理由により、農家への影響は大きくなく、それ以上に、この規定によって登録品種の無許諾栽培を食い止めることができる利益のほうが大きいという説明がなされています。
 種苗の品種改良や登録は自治体単位で行われることも多いため、現在、種苗法の改正を受けた自治体は、自家増殖に対する自治体ごとの具体的な方針を明らかにしています。

② UPOV(ユポフ)条約
 日本が加盟する植物に関する条約は色々とありますが、そのうち、植物の新品種を守るための条約は、UPOV条約(正式名称「植物の新品種の保護に関する国際条約」)という国際条約です。この条約は、植物の新品種を、各国が共通の基本的原則に従って保護することにより、優れた品種の開発、流通を促進し、農業の発展に寄与することを目的としています。
 以下は、押さえておきたいポイントです。

・加盟国は新品種の育成者に育成者権を付与して保護すること
・加盟国は育成者権保護のための法律制定等、条約適用のために必要な措置を取ること
・保護の条件(新規性(未譲渡性)、区別性、均一性、安定性、品種名の適切性)
・各国保護の独立(後述)

 日本の種苗法はこの条約に合わせて改正されてきた経緯があり、1991年のUPOV条約の大改正に合わせて改正されたものが現行種苗法です。
 では、日本がこの条約に加盟していることで、世界のすべての加盟国で自動的に日本での登録品種が守られるのかというと、残念ながらそうではありません。
 新品種を保護する法律は各国に存在し、保護を受けるためには、保護を受けたい国の法律に従う必要があります。これが、各国保護の独立の原則です。いくら日本の登録種苗であっても、その国で手続きをしなければ種苗は保護されず、無断栽培を止めることができない、つまり、保護を希望するならば、その国の法律に基づいて、あらためてその国に品種登録手続きを行うことが必要です。
 残念ながら、シャインマスカットについては、問題となった国で品種登録を行っていなかったため、現地での栽培が権利侵害行為とならず、当該国での栽培が拡大してしまいました。この点については、シャインマスカットの関係者も見通しが甘かったといわざるを得ません。
 また、2022年6月現在、この条約の正式加盟国は78か国であり、しかも、アジアはたった5か国( 香港を除く中国、日本、韓国、ベトナム、シンガポール)しか加盟していないという問題があります。これでは種苗の保護も有名無実になりかねません。そのため、日本も未加盟の各国に対し、加盟の働きかけをし続けています。それが功を奏し、本稿執筆時点で、アジアではミャンマー、ブルネイ、マレーシア、フィリピンといった国が加盟手続きに入り、カンボジア、インドネシア、ラオス人民民主共和国、タイといった国々もUPOV事務局とコンタクトを続けている状況です。
 さらに、条約加盟国は保護対象の種苗を選択することができるため、加盟国ごとに保護対象の種苗が異なります。日本としては、すべての種苗を対象とするよう各加盟国への働きかけを続けていますが、現時点では、種苗の輸出を検討する際には、輸出先国でその種苗が保護対象かどうかの確認をするなど注意が必要です。

4.おわりに

 シャインマスカットの甚大な損害が話題となる中、長野県は2018年に「クイーンルージュ🄬」という葡萄を発表しました。この品種は、シャインマスカットの特徴を持ち、シャインマスカットより糖度が高い、初めての赤系統の葡萄です。化粧箱に、黒系のナガノパープル、赤系のクイーンルージュ、緑系のシャインマスカットと3品種が並んだ様子は宝石のように美しく、色鮮やかな見栄えのする商品です。
 生みの親である長野県は、これまでの様々な優良種苗の流出という苦い経験を踏まえ、種苗公開前の品種登録や商標登録による保護はもちろん、今度こそ、そう簡単に種苗が流出することのないよう、譲渡や栽培に厳しい制限をかけて生産をコントロールしています。育成者権者の本領発揮!であり、また、そうしなければシャインマスカットの二の轍を踏んでしまう、いや、絶対にそうはさせない、という強い危機感が、長野県の対応から痛いほど伝わってきます。
 ロシアのウクライナへの侵攻、地球規模の気候変動による水害・干ばつなど、様々な事象により世界が大規模な食料問題に直面する中、日本も食料自給率を上げていきたいにも関わらず、1960年代の農業政策に起因する農業の衰退、その後の農家の後継者不足等により、将来に向かっての農業振興に対する課題、ひいては今後の食糧事情への問題が山積しています。
 一方で、日本には優良な品種を開発する素晴らしい技術があります。私たちは、開発者の努力に報いるためにも、未来の日本の農業のためにも、これ以上その技術の粋を流出させてはならないでしょう。長野県のクイーンルージュ🄬に対する施策のように、適切な保護を以て、日本の農業の未来を担う知財を守り活かしていくことが求められます。
 施行されたばかりの改正種苗法、その影響や有効性を知るにはまだもう少し時間がかかりそうです。これからその効果のほどを検証しつつ、日本の豊かな農産物とそれを守る農業知財を、今後も様々な角度から美味しくカットしていきたいと思います。

以上

弁理士 城田晴栄のコラム一覧

■ 関連記事

※本サイト上の文章は、すべて一般的な情報提供のために掲載するものであり、
法的若しくは専門的なアドバイスを目的とするものではありません。
※文章内容には適宜訂正や追加がおこなわれることがあります。
ページ上へ