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コラム column

2022年2月28日

刑法名誉・プライバシー改正

「侮辱罪の法定刑の引き上げについて考える
     ~ネット上の誹謗中傷は防げるか~」

弁護士  北澤尚登 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

 ネット上での誹謗中傷による被害の拡大を防ぐため、刑法の「侮辱罪」の厳罰化が検討されています。
 侮辱罪の法定刑は、現在は「拘留(30日未満の身体拘束)または科料(1万円未満)」となっています。2021年10月、法制審議会から法務大臣に対して、この法定刑に「1年以下の懲役もしくは禁錮」「30万円以下の罰金」を加えるべきという内容の答申(意見)が出されました。
 今後、法案が作成・提出され、国会での審議を経て可決されれば、この方向で法改正が行われることになりそうです。

 SNSなどでの情報発信が容易になった現在では、ネット上の誹謗中傷をめぐるトラブルは、誰にとっても他人事とは言い切れません。そこで、侮辱罪の厳罰化(法定刑の引き上げ)の背景には何があるのか、予想される効果や弊害はどうなのか、を考えてみましょう。

◆ 背景:名誉毀損罪と侮辱罪の現状

 ネット上の誹謗中傷が該当し得る刑法上の犯罪としては、主に名誉毀損罪と侮辱罪が挙げられます(そのほか、内容によっては脅迫罪や威力業務妨害罪にも該当し得ます)。
 名誉毀損と侮辱は、現在の通説によれば、どちらも「外部的名誉(その人に対する社会的評価)を公然と侵害する行為」であり、「事実を摘示」していれば名誉毀損、していなければ侮辱、という区別になるようです。
 ただし、名誉毀損罪には例外規定があり、「公共の利害に関する事実」についての行為であること、「専ら公益を図る目的」があること、「事実が真実であることの証明」があったこと、が充たされれば不処罰となります(刑法230条の2)。
 現行法上の法定刑は、名誉毀損罪は「3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金」、侮辱罪は「拘留または科料」となっており、相当の差があるといえます。

   名誉毀損 侮辱
法定刑
(現行)
3年以下の「懲役もしくは禁錮
または50万円以下の罰金
拘留または科料
行為 事実の摘示が必要 事実の摘示は不要
侵害対象 外部的名誉(社会的評価)
個別的な例外 あり なし

 ネット上の誹謗中傷(特に、SNS上の書き込みやツイートなど)は、事実の摘示(記載)がないため名誉毀損罪には該当しないものも少なくないでしょう。しかし一方で、侮辱罪では現行の法定刑は軽すぎて抑止になりにくい(これまでのネット上の誹謗中傷事件では、科料にとどまっている例が多いようです)、被害者を死に追いやるほどの(2020年にテレビ・配信番組を契機として起こったような)誹謗中傷を防ぐこともできない、という問題意識は十分理解できるところです。そのため、緊急対応として法定刑を引き上げることには相応の合理性があるといえましょう。

◆ 効果と弊害:将来の検証(の可能性)に向けて

 しかし、法定刑の引き上げによって、軽微な行為であっても、法律上は懲役刑などの対象に含まれ得ることになります。その結果、濫用的な取り締まりや、(特に政治的な)言論活動を萎縮させてしまうおそれもないとはいえません。
 これに対しては、「公正な論評であれば(刑法35条の「正当な業務による行為」などにより)処罰されない」「捜査が適正に行われれば問題ない」といった反論も考えられますが、「公正」や「適正」といった抽象的な枠組みだけで、萎縮効果への十分な歯止めになるかどうかは、慎重に考える必要があるでしょう。

 他方で、今回の重罰化に十分な抑止効果があるのか、相手を死に追いやるような誹謗中傷に対して懲役1年では軽すぎるのではないか、という疑問があっても不思議ではありません。

 そもそも、今回の法定刑の引き上げが緊急的な措置だとすれば、その効果や弊害について、例えば以下のような観点から、近い将来に検証(必要があれば見直し)が望まれます。

 ネット上の誹謗中傷に対しては、刑事処罰だけでなく、民事上の救済手段もあります。具体的には、「プロバイダ責任制限法に基づく発信者情報開示の手続を活用して、誹謗中傷の加害者(SNSへの書き込みをした者など)を特定した上で、損害賠償などを請求することが考えられます。
 この発信者情報開示の手続は、従来は時間や労力がかかりすぎるなどの問題点が指摘されていましたが、法改正による裁判手続の簡易化・迅速化が期待されています([2021年2月のコラム]参照→その後、2021年4月に改正法が成立しました)。

 ただし、そうはいっても裁判手続は負担が大きいかもしれませんので、裁判外での削除要求(被害者が、SNSの運営者などのコンテンツプロバイダに対して、誹謗中傷の書き込みなどの削除を求めること)の簡易化・迅速化も重要といえましょう。これについては、既存の相談窓口(総務省支援事業の違法・有害情報相談センター、一般社団法人セーファーインターネット協会の誹謗中傷ホットラインなど)を含めて、さらなる充実・活用が期待されます。

 これらの改善状況によっては、刑事の厳罰化の必要性が現在とは変わり得るのではないでしょうか(「やはり必要だった」「もはや必要とはいえない」「まだ足りない」など)。

 また、既存の刑法の枠組み(犯罪類型)にとらわれすぎない姿勢もあってよいように思います。侮辱罪が定められた当時において、近年のように深刻なネット上の誹謗中傷行為は、おそらく想定されていなかったはずだからです。
 例えば、ネット上での悪質な誹謗中傷の特徴として、人格非難(精神的被害を生じやすい)や匿名(エスカレートしやすい)などの要素を挙げることができるなら、侮辱罪の法定刑を一律に引き上げる代わりに、これらの要素にあてはまる行為を侮辱罪の加重類型(従来の侮辱罪の法定刑よりも重い処罰規定)として新設する選択肢もあるのではないでしょうか。

 今後、さらなる議論が期待されます。 

 

以上

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