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2021年9月27日

商標裁判ファッション

「厳格解釈に『風穴』を開けたマツモトキヨシ音商標判決
  ---氏名を含む商標の最新動向

弁護士  中川隆太郎 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

デザイナーの名前を冠したブランド名の商標登録が難しくなっている危機的状況について、1年ほど前にコラムを書きました(深掘りした論文はこちら)。その後、この問題がメディアで取り上げられる機会も増える中(WWD JAPAN日経朝日)、2021年8月30日にマツモトキヨシの音の商標をめぐる知財高裁判決が新たに登場しました(朝日新聞の関連記事)。今回のコラムでは、夏の終わりに注目すべき判断を下したこの判決について、どこがこれまでと違うのか、そして今後の実務にどのような影響を与えうるかを考えてみたいと思います。

1. 事案の概要

ドラッグストアの「マツモトキヨシ」を運営する株式会社マツモトキヨシホールディングス(以下「原告」といいます)は、2017年1月30日に、テレビCMや店頭などで流している「マツモトキヨシ♪」のフレーズ(こちらで聴くことができます。以下「本件フレーズ」ということがあります)を音商標として出願しました。

しかし、2018年3月16日、特許庁はこの出願について拒絶査定を出しました。その理由は、原告創設者以外にも「マツモトキヨシ」と読む氏名の個人が存在するため、このフレーズは「他人の氏名」を含む商標であるにもかかわらず、それらの他人全員の承諾を得ていないというものです。商標法4条1項8号は「他人の氏名」を含む商標について、本人の承諾を得た場合を除いて登録できないと定めており、本件の音商標はこれに抵触するというのです。

原告はこれを不服として拒絶査定不服審判を請求して争いましたが、特許庁の審決でも、やはり8号に該当するとして、原告の請求は退けられました。そこで、原告が審決の取消しを求めて知財高裁に提訴したのが本件です。知財高裁(第1部・大鷹一郎裁判長)は、2021年(令和3年)8月30日の判決で、次のように判断しました。

2. 知財高裁の判断の主なポイント

まず知財高裁は、8号の趣旨は自らの承諾なしにその氏名、名称等を商標に使われることがないという人格的利益の保護にあるとしつつ、同時に「出願人の商標登録を受ける利益と他人の氏名,名称等に係る人格的利益の調整を図る趣旨の規定」だと位置づけました。

続けて知財高裁は、このような8号の解釈を前提に、

音商標を構成する音と同一の称呼の氏名の者が存在するとしても,当該音が一般に人の氏名を指し示すものとして認識されない場合にまで,他人の氏名に係る人格的利益を常に優先させることを規定したものと解することはできない。

とした上で、

音商標を構成する音と同一の称呼の氏名の者が存在するとしても,取引の実情に照らし,商標登録出願時において,音商標に接した者が,普通は,音商標を構成する音から人の氏名を連想,想起するものと認められないときは,当該音は一般に人の氏名を指し示すものとして認識されるものといえないから,当該音商標は,同号の「他人の氏名」を含む商標に当たるものと認めることはできない

という判断基準を採用しました(以降も含め、下線は全て筆者が付したものです)。

続けて知財高裁は、①マツモトキヨシという表示がドラッグストア「マツモトキヨシ」の店名や原告グループを示すものとして全国的に著名であることに加え、②音商標として出願された本件フレーズも広く知られているという取引の実情を重視します。

その結果、知財高裁は、

本願商標に接した者が,本願商標の構成中の「マツモトキヨシ」という言語的要素からなる音から,通常,容易に連想,想起するのは,ドラッグストアの店名としての「マツモトキヨシ」,企業名としての株式会社マツモトキヨシ,原告又は原告のグループ会社であって,普通は,「マツモトキヨシ」と読まれる「松本清」,「松本潔」,「松本清司」等の人の氏名を連想,想起するものと認められないから,当該音は一般に人の氏名を指し示すものとして認識されるものとはいえない。

とし、本件の音商標は8号に該当しないと判断して特許庁の審決を取り消しました。

3. これまでとの4つの違い

本判決は、厳しい判断が相次いだ近年の知財高裁判決とは異なる解釈を示しており、少し大げさにいえば最近の氏名商標の厳格化傾向に異を唱えるものです。以下では「結論の違い」「判断枠組みの違い」「考慮要素の違い」「立法趣旨の解釈の違い」という4つのレイヤーに分けて、どこがこれまでの裁判例と異なるのかを解説します。

(1) 結論の違い

まず、結論が違います。昨年のコラムで紹介したように、近年の知財高裁判決では氏名を含む商標に対して非常に厳しい態度が取られてきました。自分の氏名を商標化したものであっても、同姓同名の他人が存在する場合にはその全員(ローマ字やカタカナ表記の場合は同姓同名のみならず同じ読みの他人全員)の承諾が必要とされ、そのことはそのローマ字表記が図柄と一体化されたロゴ【注1】でも、大文字でスペース(空白)を入れずひと続きに表記した商標【注2】についても同様とされました。このため、「自分の名前をブランド名として商標登録することはもはや不可能では」と言われるまでに至りました。

近時の知財高裁判決で8号に該当すると判断された商標

これに対し本判決は、商標の中に「マツモトキヨシ」という言語的要素を含む商標でありながら、結論として8号により拒絶されないと判断し、近時の厳格化傾向に「待った」をかけています。このような結論の違いを生じさせたのは、次の(2)の判断枠組みの違いと(3)の考慮要素の違いです。まずは本判決が従来の判断枠組みをどう「軌道修正」したのか見てみましょう。

(2) 判断枠組みの違い

通常、8号に関して出願商標が「他人の氏名を含む商標」か否かを検討するにあたっては、

判断①:そもそも「人の氏名」を含むか?

判断②:「人の氏名」を含む場合、それは「他人の氏名」か?
(出願人以外の存命の第三者の氏名か?)

判断③:「他人の氏名」を含む場合、当該他人の承諾を得ているか?

という流れで判断しています(判断①②をまとめることもあります)。

このうち判断①では、商標が「人の氏名を表したものとして認識される部分」や「人の氏名として客観的に把握される部分」を含むかどうかで判断するのが一般的で、近年の知財高裁判決もこれに倣っています。

これに対し本判決は、初めこそ「音商標を構成する音が一般に人の氏名を指し示すものとして認識される場合は8号に該当する」という、従前のものと概ね一致する基準からスタートしつつも、同時にその限界も明示しました。音商標を構成する音と同じ読みの氏名の他人が存在するとしても、「取引の実情に照らし…音商標に接した者が,普通は,音商標を構成する音から人の氏名を連想,想起するものと認められないとき」は人の氏名を含まないと裏側からパラフレーズしたのです。しかもその際、「取引の実情」を判断枠組みの中に巧みに、しかし正面から取り込んでいます。

ここだけを見ると劇的な変更ではないのですが【注3】、このような判断枠組みの「軌道修正」は、(3)の考慮要素に大きな違いをもたらしました。

(3) 考慮要素の違い

具体的には、出願商標の知名度(周知・著名性)を考慮要素に取り入れるか否か、という違いです。判断①の際、近年の知財高裁判決では「出願商標は有名だから他人の氏名として把握されない」という趣旨の知名度をベースとする出願人の主張が様々な理由で頑なに否定され続けてきたのに対し、本判決は「取引の実情」というカテゴリの中で、前記のとおり出願商標の著名性を考慮して判断したのです。いうまでもなく、本判決ではこの違いが結論に大きな影響を与えています。

判断基準 出願商標の知名度(周知・著名性)の考慮の可否
山岸一雄大勝軒事件判決 氏名を表したものとして認識される部分を含むか × 4条1項8号には3条2項に相当する規定が存在しない。
KEN KIKUCHI事件判決 人の氏名として客観 的に把握される部分を含むか × 4「他人の氏名」を含む商標である以上、出願商標が一定の周知性を持つことは当該判断を左右するものではなく、考慮の必要なし。
TAKAHIROMIYASHITA
TheSoloist.事件判決
人の氏名として客観的に把握される部分を含むか × 具体的な人格的利益の侵害のおそれは要件ではない以上、出願人の知名度により同じ読みの氏名の他人を想起させず人格的利益を毀損するおそれがなくとも8号に該当。
本判決 一般に人の氏名を指し示すものとして認識される音を含むか 取引の実情(出願商標の知名度を含む)により人の氏名を連想、想起しない場合は8号に該当しない。

(4)立法趣旨の解釈の違い

では、これらの判断枠組みや考慮要素の違いをもたらしたものは何だったのか。それは、8号の立法趣旨をめぐる解釈の違いです。

近年の知財高裁判決における8号の趣旨の解釈は、自らの承諾なしにその氏名、名称等を商標に使われることがないという人格的利益を保護することが8号の趣旨だ、というものです。先例である2件の最高裁判決【注4】を引用する点も含め、この点は本判決でも踏襲されています。

しかし本判決はここからもう一歩踏み込んで、8号は同時に「出願人の商標登録を受ける利益と他人の氏名,名称等に係る人格的利益の調整を図る趣旨の規定」でもあると解釈しました。従来の裁判例が常に他人の氏名に係る人格的利益を優先させるかのような厳格な態度をとっていたことと比べると、出願人の商標登録を受ける利益との調整を図る規定と位置付けることは、8号をめぐる基本的視座の大きな転換を意味します。

本判決は、このようにして得た利益衡量の視座という土台の上に、「取引の実情」という幅広い要素を考慮しやすい「装置」を取り込んだ判断枠組みを設定することで、従来の裁判例が考慮することを拒み続けてきた出願商標の知名度を正面から考慮し、結論としても上記のとおり、近年の厳格な裁判例とは一線を画す判断を下しています。

4. 今後の商標実務への影響

まとめに代えて、本判決が今後の商標実務に与える影響を考える上で大切となるポイントについて、いくつか記しておきたいと思います。

(1) 本判決の射程と従来の裁判例との関係の整理

まず、本判決は特許庁が上告・上告受理申し立てをしなかったことにより確定しました(朝日新聞の関連記事)。そのため、近年の知財高裁判決の厳格解釈と本判決の新たな解釈のどちらを採用すべきかについて、最高裁の判断により統一されることはなくなりました。今後しばらくは、本判決を含む一連の裁判例の関係をどのように整理するかが議論されていくでしょう。その際、本判決の射程の検討は避けては通れない点ですが、本判決を「音商標に関する特殊事例」と整理してしまうのは適切ではないと考えます。本判決には、音商標に限った解釈だと強調する箇所は見られません。むしろ、このコラムでも見てきたように、根底にある8号の考え方は商標全体に通用する骨太なものです。本判決の解釈は、音商標に限らずあらゆる商標に及ぶと考えるのが素直な解釈だと思います。

筆者としては、これまでのコラム論文でも書いてきたように出願人の利益と他人の人格的利益のバランスが重要だと考えています。また、近年の知財高裁判決の厳格解釈を積極的に評価・擁護する論者も見当たらない状況にも鑑みると、期待を込めて、今後は従来の厳格解釈から(せめて)本判決の解釈へと舵が切られるのではないかと考えます。

(2) 本判決の解釈を他の商標に及ぼすとどうなるか

取引の実情の下、商標に接した人が「人の氏名を連想,想起するものと認められないとき」は8号に該当しないとする本判決の考え方は、他の商標にも広く適用され得るものです。むしろ当てはめの部分で、どのような商標であれば「人の氏名を連想,想起するものと認められない」とするかが重要であり、今後議論や裁判例が蓄積されていくでしょう。

事実関係によっては、著名な文字商標・ロゴ商標に限らず、広く知られてはいないもののグラフィカルな色合いの強いロゴ商標などについても、「それに接した人が普通は『人の氏名』を連想・想起しない」ので8号に抵触しない、と解釈を展開する余地も、残されているように思います。

(3) それでもなお・・・

ここまで本判決について好意的な立場で筆を進めてきましたが、最後に2点ほど批判めいたことを述べておきたいと思います。

まず、「マツモトキヨシ♪」のフレーズが「人の氏名」を連想・想起させないとした点は、結論の妥当性を導くためとはいえ、やや「危うさ」も秘めているように感じます。多くの人が本件フレーズからドラッグストアの「マツモトキヨシ」や原告らをまず連想するという点に異論はないのですが、そのことは「人の氏名」を連想・想起することと両立しないのでしょうか。ドラッグストアの「マツモトキヨシ」や原告らをまず連想する人の多くは、そのブランド名・社名が「人の氏名」に由来していることも理解しているようにも思われ、「人の氏名」を連想・想起させないという評価が磐石なものか、わずかに疑問も残ります。

また、より強調したいのは「本判決が従来の問題をすべて解決してくれるわけではない」という点です。本判決は、「人の氏名を連想・想起しないほど著名な商標」であれば8号に抵触しないと判断しました。裏を返せば、本判決の解釈によって、まだ立ち上げたばかりで大きな実績のないブランドやデザイナーを救うことはなかなか難しいように思います。筆者としては、そういった「これから」の人々にも商標登録の道を切り拓くべく、さらにもう一歩踏み込んだ解釈や法改正【注5】が求められていると考えています。

以上

注1:KEN KIKUCHI事件知財高裁令和元年8月7日判決
注2:TAKAHIROMIYASHITAThe Soloist.事件令和2年7月29日判決
注3:これまでの裁判例も、取引の実情の考慮を一切否定していた訳ではありません。例えば、KEN KIKUCHI事件判決は、①我が国ではパスポートやクレジットカードなどに本人の氏名がローマ字表記されるなど氏名をローマ字表記することは少なくないこと、②氏名をローマ字表記する場合に「名」「氏」の順で記載することが一般的であり、パスポートやクレジットカードのように全ての文字を欧文字の大文字で記載することも少なくないこと、③「キクチ」を読みとする姓 (「菊池」「菊地」)や「ケン」を読みとする名前(「健」「建」「研」「賢」等)は日本人にとってありふれた氏名であること、といった実情が認定され、勘案されています。 しかし、本判決のように規範の中に「取引の実情」を明示的に取り込むことで、事実上、幅広い要素を考慮し、検討材料としやすくなったのではないかと感じるところです。
注4:LEONARD KAMHOUT事件最高裁平成16年6月8日判決および国際自由学園事件最高裁平成17年7月22日判決
注5:「著名な他人の氏名」を含む場合に限る、あるいは出願人自身の氏名は対象から除外するなど、4条1項8号の望ましい解釈(さらには立法的解決)のあり方については、本コラムでも引用した拙稿「自己氏名商標における『他人の氏名』の再検討—氏名権の保護とブランド名選択の自由の適正なバランスー」IPジャーナル16号21頁をご参照ください。

以上

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