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2020年8月27日

商標裁判ファッション

「デザイナーが自らの名をブランド化する自由とその危機
  ---商標法4条1項8号のあるべき解釈をめぐって

弁護士 中川隆太郎(骨董通り法律事務所 for the Arts)

ファッション業界では、国内外を問わず、デザイナーの名前を冠したブランドは数多く存在します。しかし、日本では今、新たなブランドがデザイナーの氏名をブランドネームとすることが商標法により阻まれてしまうという状況が本格的に到来しています。本コラムでは、令和に入って登場した最新の知財高裁判決を速報として批判的に紹介しつつ、この問題の解決の糸口を探ってみたいと思います。

■商標法4条1項8号とその趣旨

商標法4条1項8号は「他人の氏名」を含む商標について、本人の承諾を得た場合を除いて登録できないとしています【注1】(8号に該当する商標の登録出願は拒絶されます)。判例によれば、その趣旨は、氏名等に関する他人の人格的利益を保護することにあり(LEONARD KAMHOUT事件最高裁平成16年6月8日判決)、「人は、自らの承諾なしにその氏名…を商標に使われることがない利益を保護されている」とされています(国際自由学園事件最高裁平成17年7月22日判決)。

典型的には、ある個人Aが無断で赤の他人であるBの氏名をそのままブランドネームとして商標登録して利用しようとする場面が想定されており、このような場合にBの承諾がない限り商標登録が認められないことについては、異論は見られません。

■同姓同名の「他人」

問題が生じるのは、Aが自らの名前をブランドネームにしたいと思ったときです。なぜなら、現在の特許庁の考え方では、同姓同名の他の個人が存在する場合、その全員の承諾を得ない限り、商標登録が認められないからです(しかも後述のとおり、ブランド名をローマ字表記する場合、たとえ漢字は異なっても、読みが共通する個人全員の承諾が必要とされています【注2】)。

しかし、自らの氏名の読みと同じ氏名の全国の個人全員にコンタクトを取り、承諾を得るのは、少し想像しただけでも一筋縄ではいかないプロセスです。労力や負担が重くのしかかるため、特に同姓同名の他人が多数存在する場合には、現実的にはほとんど不可能に近いという見方さえあります。

■実務上の工夫の歴史

もちろん、この問題点がこれまで認識されてこなかったわけではありません。例えば、特許庁商標課長などを歴任された工藤莞司弁理士によれば、

「嘗ての実務上は、自己の氏名等と一致する全ての他人の承諾を必要とするのではなくて、他人にはある程度の著名性が考慮され、また、登録異議申し立てなどにより積極的に人格権の保護を主張した場合にその者の承諾を必要とすることとしていた」

といいます。【注3】こうすることで、実務上の運用によりバランスを図っていたのでしょう。実際に、比較的古くに出願されたデザイナーの氏名などを含む商標は、登録されている例も多く見られます。しかし、工藤弁理士は続けて、インターネットによる情報の入手が容易になったことなどを理由に、最近の審査実務では8号を理由とする拒絶が増えたことへの懸念も表明されています。

実際に、2000年代以降、出願人本人(ないし同視できる主体)の氏名の商標出願について4条1項8号の「他人の氏名」が問題となる場面は増え、特許庁の審決でも❶8号該当性を理由に登録を拒絶する例と❷解釈上の工夫によりこの弊害を避けようとする取り組みとに、大きく二分されるようになりました。【注4】以下は主な審決の例ですが、ご覧のように、拒絶された中には著名アーティストやパリコレクション参加ブランドの商標も含まれています。

<❶8号該当性を肯定して登録を拒絶した審決例>
• 「村上隆/Takashi Murakami」(不服2010-15068)
• 「AKIKO OGAWA.」(不服2013-13053)
(不服2014-17545)
• 「yoshio kubo」(不服2015-15350)
• 「YamaKawaMitsuO」(不服2018-15721)

<❷解釈上の工夫により8号に該当しないとして登録を認めた審決例>
①ローマ字は戸籍上の氏名ではなく、8号の「氏名」に該当しないとした審決例

不服2002-21530 不服2010-28871

②欧文字の大文字でスペースやコンマで区切らずに一連で表記したものは8号の「氏名」に該当しないとした審決例
• 「MASAHIROMARUYAMA」(不服2013-21004)
• 「MASASHIYAMAGUCHI」(不服2015-15023)
• 「MIYATACHIKA」(不服2017-13410)
• (小文字だが)「junhashimoto」(不服2014-16939)

■2つの知財高裁判決による硬直的な解釈

そのような中、令和に入り続けざまに登場した2つの知財高裁判決により、「他人の氏名」についての従来の解釈・運用上の工夫が立て続けに否定されるに至っています。【注5】

すなわち、まずKEN KIKUCHI事件知財高裁令和元年8月7日判決は、図形と結合され、全て大文字でスペースによる空白もない下記の商標につき「他人の氏名」である「KEN KIKUCHI」を含み8号に該当すると判断しました。さらに、最新のThe Soloist.事件令和2年7月29日判決は、全て大文字かつ空白(スペース)も含まない下記の商標までもが、やはり「他人の氏名」を含み8号に該当すると判断しました。その結果、両判決はそれぞれ特許庁による登録拒絶の判断を肯定しています。

KEN KIKUCHI事件 The Soloist.事件
図形と結合され、全て大文字でスペースによる空白もないが、8号に該当 氏名のローマ字表記部分は全て大文字でスペースによる空白もないが、8号に該当

ここでは、従来の解釈・運用において見られた、「8号の氏名は戸籍の漢字表記に限られローマ字は含まれない」【注6】「全て大文字」「スペースで区切らず一連表記」といった要素を考慮して8号該当性を否定する工夫について、いずれも一蹴されています。

また、この2件の知財高裁判決(なお、それぞれ別の裁判体による判決です【注7】)では、従来の解釈・運用上の工夫や、硬直的解釈による不都合について論じた各出願人による一連の主張について、大要、次のように一刀両断しています。

<両判決による各出願人の主張の排斥>

ポイント(1)    8号の「他人の氏名」は著名・希少なものに限られない。【両判決】

理由: 条文上、芸名等に限り著名性を要求し氏名については限定がない。【両判決】
出願人は、人格的利益の毀損が客観的に認められることを理由に著名・希少な氏名に限定するよう主張するが、人格的利益の侵害のおそれも要件とされていない。【KEN KIKUCHI事件】

ポイント(2)  (硬直的に解釈すると承諾対象者の範囲が広く氏名のローマ字表記について基本的に商標登録が事実上不可能となってしまう旨の主張に対し)そのようなことが一定程度生じることは予定されているというほかなく、そのことを直ちに公平でないとか商標法1条の目的に反するということはできない【The Soloist.事件】

ポイント(3)-1  出願人のブランド(本願商標)としての周知性の有無は考慮不要【KEN KIKUCHI事件】

理由: 「他人の氏名」を含む以上、そのような考慮は必要ない。

ポイント(3)-2  (周知・著名なブランドの場合は同じ読みの他の者を想起・連想させず人格的利益の毀損のおそれはないとの主張に対し)そうだとしても、それにより8号該当性は否定されない【The Soloist.事件】

理由: 8号が具体的な人格的利益の侵害又はそのおそれを要件として定めるものではない。

ポイント(4)-1  外国の法制・取り扱いは直ちに日本法の解釈に影響を及ぼさない。
ポイント(4)-2  過去の特許庁の審決例自己の氏名をモチーフとした多数の商標が登録査定を受けている事実があったとしても、本件の8号該当性の判断は左右されない。【The Soloist.事件】

■硬直的な解釈の問題点

しかし、出願人側も主張しているとおり、このような硬直的な条文解釈をしてしまうことの最大の弊害は、大半のケースにおいて、氏名のローマ字表記を商標登録することが事実上不可能となることにあります。それはこれからのデザイナーにとって、自己の氏名をブランドネームにするという自由が奪われることを意味します。もちろん、このことはファッション業界のみにとどまるものではなく、個人の名前でビジネスを成り立たせるあらゆる業界に影響の及ぶ大きな問題です。【注8・9】

知財高裁は、出願人の主張に表れたこのような問題意識に接しても、冷淡にも「予定されていることというほかない」と切り捨てています。しかし、そのような硬直的な解釈は、(判決自身は否定していますが)「商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護する」という商標法の目的に反するものであり、筆者の目には、妥当性を欠くように映ります。

■4条1項8号のあるべき解釈とは(試論)

筆者の個人的見解としては、「他人」側に著名性を要求する、あるいはローマ字(特に、スペースで区切らず一連に表記されたもの)は「氏名」に該当しないとするなど、本コラムで紹介したような従前の解釈上の工夫によりこの弊害を適切に回避できるのであれば、それを支持したいと考えます。

もっとも、紹介した知財高裁判決のようにそれらが採用されない場合のための代替案について、以下では、ひとつの思考実験として試論を述べておきたいと思います。

そもそも8号の保護する前記の人格的利益のベースには、憲法13条に基づく権利として、先行する最高裁昭和63年2月16日判決(関連して、最高裁平成24年2月2日判決)により保護が確立された氏名権、すなわち、自己の氏名を他人にみだりに利用されない権利があります。氏名権により、人は自らの氏名を無断で利用する他者に対し、その利用を排除することができるのが原則ですが、正当な権原を有する者の利用まで問答無用で排除できるものではありません。【注10】そして、たとえAに同姓同名の他人A’がいたとしても、自らの氏名AでビジネスをすることがA’の氏名権を侵害する場面は、A’の氏名の顧客吸引力を専ら利用する場合など相当程度限られています。その延長線上の議論として、同姓同名の他人A’にとって、出願人Aが自らの氏名Aを出願することは、Aがあえて自らのビジネスをA’によるものと誤認混同させるように悪意をもって出願している、又はA’が著名でパブリシティ権侵害となる、といった特段の事情のない限り、氏名権侵害とならないと思われます。

そして、確かに人格権ないし人格的利益の侵害のおそれは4条1項8号の要件とはされていないとはいえ、類型的にそのようなおそれのごく小さい場面については適切に除外されるような解釈が望ましいでしょう。例えば、EU商標規則では、EU各国においてその商標の使用が「氏名権を侵害する」場合に、無効事由になるとされています(EU商標規則60条2項(a)参照)。

このことを本件のコンテクストに引き直して考えると、


① 出願人が自らの氏名でない他人の氏名を含む商標を出願する場合
(例:出願人Aが他人の氏名Bを含む商標を出願)

と、

② 出願人が自らの氏名(ただし、同姓同名の他者の氏名でもある)を含む商標を出願する場合
(例:出願人Aが自らの氏名A(ただし、同姓同名のA’の氏名でもある)を出願)

とで、切り分けるべきだと考えます。なぜなら、①の場合には当該他人の氏名権が侵害されるおそれがあるのに対し、②は特段の事情がない限り、氏名権侵害は生じない類型だと考えられるからです。

したがって、まだ試論ですが、①を従来どおり拒絶対象としつつ②を類型的に拒絶対象から除外する観点からは、8号の「他人の氏名」とは、「出願人自身の氏名ではない第三者の氏名」を意味すると解釈することも、一考に値するのではないでしょうか。【注11】

このような解釈に立ち、デザイナーの氏名をブランド化する道を従来よりも広げたとしても、同姓同名の他の個人A’が自らの氏名を普通に用いられる方法で使用することについては、商標法26条1項1号で商標権の効力は及ばず、その限りでA’の自由は確保されています。また、仮に有名なデザイナーと同姓同名であることを悪用して冒認商標が出願・登録されたとしても、4条1項8号ではなく10号や15号で拒絶し、また無効化することで対応可能です(またその場合、当該冒認出願者によるビジネスはパブリシティ権侵害となる場合も多いでしょう)。

■まとめに代えて

以上、本コラムでは、近時の知財高裁判決を契機として、4条1項8号の「他人の氏名」について、従来の裁判所や特許庁の解釈を離れた試論を提示しました。

本来、出願人と同姓同名の第三者の氏名は、出願人にとって「他人の氏名」で「も」あるとの解釈が自然で、上記の試論は文言上苦しい解釈ではあり、半ば立法論に近いかもしれません。しかし、私見では、現状の知財高裁の判断は、個人の氏名に関する人格的利益の保護に偏りすぎており、出願人による営業の自由や個人の尊厳の保護、そして商標法による産業の発達への寄与の最適なバランスを実現できていないように思います。法人の名称等と異なり、個人の氏名は原則として自ら選択できず、また変更も困難なものである以上、このバランスは慎重に見極める必要があるでしょう。この偏りを是正する上では、上記の試論を含め、「他人の氏名」の範囲を一定程度限定する解釈(あるいは法改正)が必要とされているように思います。

まだまだ検討の必要な試論にすぎませんが、今回紹介した知財高裁判決を機に、この問題についてさらに議論が深まることを期待しつつ、コラムを閉じたいと思います。

注1:8号は法人の名称等を含む商標についてもカバーしていますが、本コラムでは人の氏名に対象を絞ります。
注2:たとえ出願するのが「佐藤太郎」さんだったとしても、「TARO SATO」とローマ字表記する可能性のある、あらゆるサトウタロウさん(「佐藤太郎」さんのみならず、「砂糖太郎」さんや「佐藤太朗」さん、「佐東太朗」さんや「左藤太朗」さんなど、同じ読みのあらゆるサトウタロウさん)の承諾が必要とされます。また、もちろん、同姓同名の佐藤太郎さんが多数いる場合は、その全員の承諾が求められています。
注3:工藤莞司「実例で見る商標審査基準の解説(第8版)224頁
注4:この経緯について、山本弁護士の下記文献が分かりやすくまとめており、参考となります。
注5:なお、「他人の氏名」や出願人の本願商標の周知性・著名性については検討不要との解釈は、すでに末廣精工株式会社事件知財高裁平成21年5月26日判決などで採用されています。
注6:ただし、ローマ字表記も「氏名」に含まれるとの解釈は、すでに東京高裁昭和48年2月23日判決などでも採用されています。
注7:KEN KIKUCHI事件判決は第3部・鶴岡稔彦裁判長、The Soloist.事件判決は第2部・森義之裁判長。
注8:ただし、芸名や筆名などの場合は、著名なものを含まない限り8号では拒絶されません。
注9:そうなると、以前登録された商標の有効性も不安視されるかもしれませんが、これらの知財高裁判決の硬直的な解釈を採る立場から見ても、出願時に同じ読みの氏名の他人が存在したことが必要となる上(商標法4条3項)、商標の無効審判請求の除斥期間は登録から5年なので(同47条1項)、少なくとも大半の商標については、有効性は問題となりにくいでしょう。
注10:これらの最高裁判決が4条1項8号につき言及する人格的利益も、氏名を第三者に「みだりに」商標として利用されない利益を保護する趣旨であり、特に国際自由学園事件判決では、判決文上、本人の承諾の有無にフォーカスが当たっているものの、承諾以外の正当化事由の存在を一切否定するものではないように思われます。
注11:なお、本人の設立した株式会社が氏名の商業利用につき本人の同意を得て出願する場合など、出願人自身の氏名と同視し得るものも、ここでは除かれると考えます。


<参考文献>
宮脇正晴「商標法4条1項8号の解釈における基礎的問題の考察」L&T49号52頁
山本真祐子「デザイナー名のブランド化と商標法」発明2020年5月号52頁
石井美緒「商標法4条1項8号における『他人の氏名』」特許研究66号22頁
西村雅子「ファッション分野での知財マネジメントに関する一考察」パテント67巻15号55頁

以上

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