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コラム column

2020年7月27日

契約ライブ

「イベント主催者のリスクと興行中止保険(後編)」

弁護士 小林利明(骨董通り法律事務所 for the Arts)

前回(前編)のコラムでは興行中止保険を取り上げました。
今月は、その後編です。

前編の目次)
1 はじめに
2 保険の種類と損害保険
3 ライヴ・エンタテインメント・ビジネスにおけるリスクと保険
4 興行中止保険の内容

(以下、後編コラム)

5 保険料はいくらかかるのか?

興行中止保険は、オーダーメイドの保険と言われ、保険金支払事由や保険額等の設定により、その保険料も変わってきます。そのため、保険料は保険契約の内容によりまちまちであり、イベントの種類、開催時期・場所、規模、対象とする費用項目、縮小支払割合の設定などにより個別に算出されます。それゆえ、保険料はケースバイケースで決まることになりますが、保険会社や保険代理店がインターネット上で公開している保険料例は「相場」についての一応の参考になるでしょう。たとえば以下のような例が見当たりましたが、ざっくり言えば、イベント規模の大小にもよるものの、支払限度額の3~15%程度になっている印象です(各「イベント内容」から参照した資料のリンク先に飛びます)。

イベント内容 祭り 祭り
規模 費用総額100万円 (不明)
開催場所 大阪府の公園 関東地方
開催時期 8月下旬(2日間) 11月(1日間)
保険金支払事由 悪天候リスクによる中止 興行期日当日の悪天候またはそのおそれがあること
支払対象となる損害(費用項目) 会場設営費、ポスター印刷費
器材運搬費用、食材費等
会場設営費、広告費、太鼓台組立費
支払限度額 100万円 1000万円
縮小支払割合 100% 90%
保険料 約10万円 95万円

イベント内容 花火大会 花火大会 花火大会
規模 (不明) (不明) 費用総額9000万円
開催場所 近畿地方 (不明) 静岡県の湾岸
開催時期 8月上旬(1日間) (不明) 8月上旬(1日間+予備日1日)
保険金支払事由 興行期日当日の悪天候またはそのおそれがあること 悪天候による中止、延期 悪天候リスクによる中止
支払対象となる損害(費用項目) 花火費、設備費、清掃費 (不明) (不明)
支払限度額 500万円 延期の場合900万円、中止の場合4500万円 9000万円
縮小支払割合 90% 90% 100%
保険料 80万円 96万円 350万円

イベント内容 コンサート 野外ジャズコンサート 野外コンサート 屋外コンサート
規模 (不明) 観客5000人 (不明) 費用総額4,000万円
開催場所 (不明) 市営屋外コンサート会場 (不明) 東京都内の野球場
開催時期 (不明) 5月の日曜日(1日間) (不明) 5月上旬(1日間)
保険金支払事由 アイドルの怪我による中止 偶然な事由(悪天候等)による中止 悪天候による中止 不測かつ突発的な事由による中止(出演不能リスク補償あり)
支払対象となる損害(費用項目) (不明) 演奏者費、演奏者宿泊費・交通費、会場使用料、会場設営費、会場警備費、プログラム印刷費、広告・宣伝費 (不明) 出演料、会場設営費、
プログラム、ポスター、チラシ、チケット印刷費等
支払限度額 9000万円 2000万円 4000万円 3600万円
縮小支払割合 90% 80% 80% 90%
保険料 270万円 約300万円 140万円 約140万円

イベント内容 スポーツ大会 スポーツ大会
規模 費用総額20万円 (不明)
開催場所 愛知県の運動場 (不明)
開催時期 10月上旬(1日間) 2日間
保険金支払事由 悪天候リスクによる中止 雪不足・吹雪・濃霧による中止
支払対象となる損害(費用項目) (不明) スポンサー料返還に伴うテレビ局の損害
支払限度額 18万円 8000万円(1日あたり4000万円)
縮小支払割合 90% 80%
保険料 約3万円 240万円

※上記はいずれも参考例であり、現在では保険引受会社の保険料体系が変わっている可能性があること、同一保険会社の保険であっても詳細な保険契約の内容次第で保険料は変わり得ることにご注意ください。なお、上記は複数社の資料を参照の便宜上まとめたものであり、各保険会社の使用する用語とは異なっている場合があることをご了承ください。

6 保険によりカバーされない損害

(1)そもそも補償対象となる損害とされていないもの

まず、契約時に補償対象となる費用項目を一定範囲に限定した場合は、対象外とされた損害項目(利益又は費用項目。以下、利益・費用をあわせて損害ということがあります)は補償対象となりません。また、中止イベント等に関連する費用といえる場合であっても、たとえば被保険者の役職金の給与、購入した興行中止保険の保険料、イベントのために資金調達を行った場合の金利等は、保険約款において補償対象外と定められているのが通例です。

(2)損害の不発生

損害が生じたことが保険金支払の前提ですので、たとえばイベントが中止になったことで出演アーティストへの出演料を支払う必要がなくなった場合等は、出演料相当額は損害として発生していないことになります。このように、事故により支出を免れた金額等は損害とはなりません。

(3)保険金の支払い

損害額のすべてについて填補されるわけではありません。縮小支払割合が設定されている場合は、その限度で損害が填補されますし、免責額の設定がある場合はその額については補償されません。

7 保険金が払われない場合

(1)一般的な不払事由

イベントが中止や延期になっても、原因次第で保険が支払われない場合があります。今回のコロナ禍に関してもこの点は1つの要検討事項であり、皆さんも気になるところと思われます。保険約款には詳細な不払事由が列挙されていますが、損保大手3社についていえば、ほぼ共通して、以下の事由を保険金不払事由と定めています(なお、厳密には、不払事由には普通保険約款に基づくものと興行中止特約等に基づくものがありますが、ここでは区別せず列記します)。

・戦争、外国の武力行使、革命、政権奪取、内乱、武装反乱等
・地震、噴火またはこれらによる津波
・核燃料物質や核燃料物質によって汚染された物の放射性等の特性
・テロを原因とする場合
・政変・国交断絶、国家的服喪、経済恐慌、物価騰貴、外国為替市場の混乱、通貨不安
・イベント関係者の故意、重大な過失または法令違反
・イベント関係者の解散、破産、資金不足
・チケット等の売上不足、観客不足、協賛者・後援者・スポンサー等が得られないこと
・イベント関係者の興行に関する準備・取り決めの不足やそれに関する関係者間の紛争等
・イベント関係者の犯罪行為・逮捕、出入国拒否、イベント会場建物の差押等
・被保険者が所有又は常時使用・管理する施設の滅失、損傷


また、出演予定者の不出演リスクを担保する特約が付されている場合であっても、次のような事情を原因とする不出演の場合には保険金が支払われないのが一般的です(なお、特定の出演予定者について不出演リスクを担保する特約を締結する場合は、保険証券に具体的な氏名が記載されます)。

・保険契約締結前に既に被っていた身体障害、保険契約締結前の一定期間(1年等)以内に治療を受けたことがある身体障害の再発、心因性の神経症、麻薬等の薬物の使用、飲酒による酩酊、気まぐれ、自殺・自傷、妊娠・出産等が原因である場合


(2)感染症が原因の場合

各保険会社によって契約形式は異なりますが、感染症に関しては、次のような場合も保険金が支払われない場合として定められているのが一般的です。不出演リスクを担保する特約を付ける場合も同様です。この場合、感染を防ぐために発生する損害も保険金支払の対象となりません。

・「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」に規定する「重症急性呼吸器症候群(SARS等)」「鳥インフルエンザ」「新型インフルエンザ等感染症」にかかること、その疑いやおそれがあること等が原因である場合

なお、保険約款によっては、感染症の種類について特定の病名を限定列挙するのではなく、感染症起因のイベント中止は支払対象外と広く定める例もあります。

(3)その他

上記の他にも、各社により異なる不払事由が定められていることもあります。

本稿前編の冒頭で、自粛要請に応じてイベントを中止しても保険金が支払われないという声について触れましたが、これは、その保険の内容として、広く感染症起因の中止を補償対象外と定められていた、あるいは限定列挙された補償対象外となる特定の感染症に今回のコロナウイルスも含まれていた、という事情があったものと推測されます。

ということは、保険の内容次第では、今回のコロナウイルスによる興行中止であっても保険金が支払われる場合はあるといえますし、実際に支払われた事例もあるようです。

もっとも、新型コロナウイルス感染症は、「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」に定める「指定感染症」に指定されたため(2020年2月1日施行)、本項執筆現在(2020年6月)においては、2020年2月1日が保険期間に含まれる契約についてはコロナウイルスを原因とする損害は補償対象外とする扱いが一般的ではないかと思われますし、保険会社のウェブサイトにもそのような記載がされています(個々の事案によっては補償される場合もあるかもしれませんので、保険会社ないし保険代理店に確認する必要があるでしょう。)

(4)地震・津波

実は、通常の興行中止保険には、地震や津波によるイベント中止が保険金支払事由として自動的に含まれているわけではありません。通常、地震による危険を補償したい場合には、その特約をつけることで初めて補償対象となります。

前編で引用した論考「コンサートプロモーターのリスクファイナンス」(八木良太=大塚寛樹『尚美学園大学芸術情報研究』第22号29頁以下、2013年)に興味深い実際の事例が掲載されていましたので紹介します。

2011年、歌手・倖田來未さんのコンサートツアーが予定されていました。全国33箇所、53公演を行う大規模ツアーです。開催時期は2011年3月24日から7月20日まで。ツアーのために各方面との調整・準備を重ねコンサート初日まで残り2週間を切ったときに予期せぬ災害が起きました。東日本大震災です。その結果、岩手、宮城、福島県等で開催予定であった13公演は中止・延期を余儀なくされたそうです。ツアー主催会社は興行中止保険に加入していました。オールリスク対応型(悪天候のみならず、偶発的事故全般を補償対象とするもの)の興行中止保険でしたが、地震や津波による中止は補償対象外だったそうです。

上掲論考によれば、東日本大震災以前の日本では、地震を原因とするイベント中止による損害をカバーする保険商品はあまり積極的に販売されていなかったそうですが、以後、日本においても扱いが増えたそうです。

8 保険を購入すべきか

以上、興行中止保険の概要について俯瞰してきましたが、保険があれば安心ではあるものの、具体的場合において保険金が払われない場合もありますし、そもそも保険に入ると保険料が発生します。

では、保険を付保すべきか。それは、皆さんが家電を買うときに、「一定額を払えば延長保証が付きますよ」と言われたときにとる行動と本質的には同じといえるように思います。つまり、費用とメリットの比較を行い、メリットが上回ると考えるならば購入するという行動原理です。

もっとも、興行中止保険と上記の例とした家電の延長保証とは、リスクの性質・内容と、リスクが発現した場合の金額規模において大きく異なります。家電であれば、機械の「平均寿命」や初期不良の発現率・時期は統計的にある程度予測可能です。家電購入にあたり「会場費」が発生することもありませんので、発生する損害額もせいぜい新品購入費用+αの限度でしょう(不良品であったことが原因で第三者に発生した損害等はまた別の議論です)。
しかし、イベント実施の場合、自然災害など予測不能なリスクがある日突然起き、それにより生じた損害は直ちに負担できない規模となることがあります。

では、興行中止保険を購入するメリットは何でしょうか。
それは、本稿前編に示したようなライヴ・エンタテインメント・ビジネスにおけるリスクの一部がカバーされることです。

もちろん、コンサートやスポーツの試合の中止によって莫大な損害が生じ得るとしても、損害を自らの蓄えで賄える基礎体力があるならば、「自家保険」制度を採用するのは1つの手でしょう。

しかし多くの事業者は、そんな基礎体力はない(しかも保険料負担はできるだけ抑えたい)というニーズを抱えているものと想像します。この点、興行中止保険は、オーダーメイド型の保険と言われるとおり、対象イベントの特性に応じて現実化する可能性が高いリスクを分析することで、保険金支払原因、対象費用項目、支払限度額を調整し、保険料を下げることも可能です。そのため、保険に入ってもカバーされないリスクも踏まえて、必要な保険料を検討し、購入について判断するという方法もあるでしょう。

なお、民間保険会社が提供してきた興行中止保険だけが、興行中止により発生した費用・利益をカバーする方法ではありません。ここでは論点がずれるので詳述はしませんが、日本でも公的助成金による支援が行われていますし、欧米の一部の国では公的団体や基金による補償がアナウンスされています。珍しい取り組みとしては、従来民間保険会社が提供してきたものとは別の独自の保険制度を作る動きがカナダで出ているようです。6月上旬の報道によれば、プロデューサー協会(CMPA)が主導するテレビと映画業界を対象とする保険制度を創設すべく、コロナウイルス対応に特化した保険の保険料をプールし、保険事故が起きた時にはそこから保険金を支払い、プールされた保険料支払原資が不足した場合は政府が1億カナダドル(7500万米ドル)規模の拠出を行うという内容が検討されていたそうです。その後、7月中旬の報道によれば、政府は5100万カナダドル規模の助成制度を発表したようですが、CMPAはそれを評価しつつも引き続き連邦政府と保険制度についての協議を続けていくとアナウンスしています。

時代と共に移り変わるリスクに対応し、新しい対応策が生みだされるのは人類の知恵なのかもしれません。しかし、どのような保険があってもすべてのリスクがカバーできるわけではありません。世の中は思っている以上に一瞬で不安定になり、世間の常識も短期間で非常識に変わってしまうことを切に感じた今、改めて事業リスクを見直すことは決して無駄にはならないでしょう。


※ 本稿執筆にあたっては、大手損害保険会社にて商品企画部署に勤める方から貴重なアドバイスをいただきました。ここに記してお礼申し上げます。もちろん、本稿の内容に誤りがあった場合、一切の責任は筆者にあります。

以上

※本サイト上の文章は、すべて一般的な情報提供のために掲載するものであり、
法的若しくは専門的なアドバイスを目的とするものではありません。
※文章内容には適宜訂正や追加がおこなわれることがあります。
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