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コラム column

2020年6月29日

契約ライブ

「イベント主催者のリスクと興行中止保険(前編)」

弁護士  小林利明 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

1 はじめに

緊急事態宣言も「東京アラート」も解除され、徐々に経済活動に復調の兆しが見えていますが、引き続き予断を許さない状況であり、厳しい経営環境下に置かれた方々はまだ多くいらっしゃいます。イベント関係者においても、新型コロナウイルスの影響により、今年2月以降、数えきれないほどの音楽・舞台・スポーツ等のイベントが中止や延期に追い込まれ、今なお、一定規模以上のイベント再開については慎重にならざるを得ません。

政府の「自粛要請」はイベント開催か中止かの判断を主催者に委ねることとなり、その結果、判断が主催者により分かれたことから、大きな議論を呼びました。それと関連し、自粛要請に応じてイベントを中止しても公的補償はなく、保険をかけていても保険金支払の対象とならないという関係者の悲痛な声の紹介とともに、イベント中止と保険金支払に関する報道がいくつかなされていました。また、IOCはオリンピック中止についての保険はかけていたが延期は対象外だったことや、大手スポンサーである米国テレビ局は損害が保険で填補されるといった報道もありました。

イベント主催者としては、どのような保険に入っていれば、イベント中止による損害をカバーすることができたのでしょうか。今後発生するかもしれない大災害や未知のウイルス蔓延を原因として生じた損害も、保険でカバーされるのでしょうか。あるいは、保険に入っていてもそういった場合には保険金は支払われないのだとすれば、そもそも保険に入っておく意味はあるのでしょうか。

今回のコラムでは、新型コロナウイルスをきっかけに改めて関心が寄せられている興行中止保険(いわゆるイベント保険の一内容)について、簡単にその概要を整理したいと思います。今月は前編です。なお、本コラムよりもエッセンスを凝縮した記事として、二関弁護士が執筆した弊所ウェブサイトの災害法律Q&A (Q19)もご覧ください。

2 保険の種類と損害保険

(1)保険の分類

保険とは、保険契約者が保険料を支払う代わりに、一定の事由が生じたことを条件として保険会社が金銭等を支払う契約をいいます(保険法2条1号)。

保険は、監督行政の観点から、生命保険、損害保険、第三分野の保険の3つのカテゴリーに分類されます。生命保険とは、人の生存または死亡に関して一定額の保険金が給付される保険です。損害保険とは、一定の偶然の事故によって生じた損害を填補する(通常は保険金が支払われる)ことを内容とする保険です。車の任意保険や自宅の火災保険、興行中止保険はこれにあたります。生命保険でも損害保険でもない保険が第三分野の保険であり、傷害保険、医療保険、ガン保険等です。なお、以下で単に「保険」というときは、損害保険を指すこととします。

(2)損害保険契約

一般に、損害保険の契約締結にあたっては、通常、重要事項説明書(契約概要と、保険金が支払われない主な場合に関する情報といった注意喚起情報が記載されている)、保険約款、保険証券が交付されます。その他に、契約内容を平易に説明した概要資料が交付される場合もあります。

保険約款は補償内容や保険契約者の義務等を定めるものであり、通常、普通保険約款と特約条項から構成されます。普通保険約款は契約の一般的内容を定めたもので、保険金が支払われる場合、支払われない場合、保険契約者の告知義務、保険金の支払・計算方法等が定められています。特約条項は、保険の対象となる物や人のリスクに応じて、普通保険約款の内容の一部を変更するものです。

保険契約者や被保険者は、保険事故が発生した場合、保険会社に連絡し、保険契約の内容に従った保険金を得る(あるいは得られない)ことになります。なお、保険会社に保険金の支払を請求できる権利は3年間に限られますが(消滅時効、保険法95条)、3年間の起算点は保険商品によっても異なるようですので注意が必要です。

3 ライヴ・エンタテインメント・ビジネスにおけるリスクと保険

(1)リスクファイナンスと保険

ところで、そもそも損害保険は何のためにあるのでしょうか。端的に言えば、リスクに対応するためです。「一寸先は闇」というと大げさかもしれませんが、未来の出来事は通常予見不可能です。したがって、未来がある=リスクがある、とも言えるでしょう。

では、未来のリスクをカバーするには、どういう方法があり得るでしょう。リスクマネジメント理論は、ある行動に伴うリスクへの対応策を、リスクコントロールとリスクファイナンスに分類して考えています。

リスクコントロールは損害発生を予防するという視点であり、より詳細に、「リスク回避」行動と「リスク除去・軽減」行動に分類されることがあります。リスク回避とは、イベントの中止等、当該行動自体をやめることです。リスク除去・軽減とは、たとえば感染症予防のためにサーモグラフィー設置など予防策を講じることや、複数企業が協同して対応に当たりリスクを分散することなどです。

これに対して、リスクが現実化した結果生じた損害をどう填補するかという観点がリスクファイナンスの視点であり、より詳細に、「リスク転嫁」や「リスク保有」に分類されることがあります。リスク転嫁とは、第三者にリスクを転嫁することであり、通常は保険に入ることです。リスク保有とは、いわゆる自家保険(損害を内部留保した資金で賄うこと)です。したがって、興行中止保険に入ることは、リスク転嫁の一場面ということになります。

(2)ライヴ・エンタテインメント・ビジネスにおける具体的リスク

では、ライヴ・エンタテインメント・ビジネスにはどのようなリスクがあるでしょうか。 会場での物販や会場施設での観客の怪我といったリスクもありますが、本稿ではイベント実施そのものについてのリスクに絞って検討します(なお、物販や会場施設での観客の怪我に関しては、製造物責任保険、施設所有管理者賠償責任保険や傷害保険等によるリスク転嫁が考えられます)。その他、(ライヴ・イベントに限らず)エンタテインメント・ビジネスにおいては、第三者の著作権侵害リスクなどもよく問題となります。このリスクは、興行中止保険では約款上の保険金不払事由に該当し、補償対象外とされているのが一般と思われますが、別途、E&O (Errors & Omissions) 保険等への加入によるリスク転嫁が考えられます。)。

コンサートプロモーターのリスクファイナンス」(八木良太=大塚寛樹『尚美学園大学芸術情報研究』第22号29頁以下、2013年)および「音楽ライヴ・エンタテインメント・ビジネスのリスクマネジメント」(八木良太=大塚寛樹=亀井克之『危険と管理』第45号221頁以下、2014年)は、音楽ライヴ・エンタテインメント・ビジネスにおけるリスクを「純粋リスク」(自然災害や偶発的事故等当事者の意思や時間に関係なく突発的に発生するリスク)と「投機的リスク」(意思決定者の判断によって損益が生じる事業活動等に関するビジネスリスク)に分類したうえで、純粋リスクとして次の4つを指摘しています。

①悪天候や自然災害
②出演アーティスト・スタッフの怪我・急病
③観客の怪我・急病
④楽器・機材、会場の設備・備品のトラブル(破損・紛失等)等


上記①に関しては、突然の災害によるイベント中止・延期は、「ビフォー・コロナ」における日本国内でも実はしばしば見られたことです。大成功を収めたラグビー・ワールドカップ(2019年開催)では、10月12日に開催予定だった3試合が台風で中止となりました。その約2週間後には日本初開催の男子ゴルフのPGAツアー大会2日目が豪雨のため中止となり、その後、安全面の配慮から無観客で試合が行われました。豪雨だけではありません。2011年3月11日の東日本大震災を持ち出すまでもなく、過去5年間の間にも「激甚災害」に指定される豪雨や地震は幾度となく起きています。

上掲文献では、自然災害以外にも、ボーカルの声帯の不調、機材運送車両の故障や事故、出演者の交通事故等の原因によりライヴが中止又は延期となった実例も報告されています(国内外のコンサートにおける事故例については、上掲「音楽ライヴ・エンタテインメント・ビジネスのリスクマネジメント」や、亀井克之「音楽ライブ・ビジネスにおけるリスクマネジメントと保険‐2014年以降の事例を中心に-」も参照)。

また、上記には含まれていませんが、現時点では、感染症の蔓延も主要な純粋リスクの1つとして考慮しておくべきことに疑いはありません。その他にも、関係国間の政治的関係の悪化やテロや暴動のおそれを理由とする開催中止等も考えられるかもしれません。

他方、投機的リスクの要素としては、誰を出演させるかというアーティスト選択、会場・日程の選択、チケットの価格設定、マーケティングの成否といったビジネス上のリスクであり、これらについては「大数の法則」を適用することもできず、保険化は困難と指摘されています。

4 興行中止保険の内容

(1)興行中止保険とは

興行中止保険は、損保大手3社(東京海上日動、三井住友海上、損保ジャパン)などで販売されています。

筆者が確認できた範囲に限られますが、それらの会社の興行中止保険の概要説明資料を見る限り、いずれにおいても概ね、興行中止保険は「イベントが偶然の事由によって中止・延期になった場合に、イベントの準備のために既に支出していた費用や、中止・延期に伴い必要となる臨時費用に対して保険金を支払う保険」と説明しています。そのメリットとして謳われている点も、悪天候、交通機関の事故、イベント出演予定者の疾病等による出演不能、会場の火災等を原因とする中止や延期リスクを広く補償できるものであること、イベント開催予定日当日に生じた事由による中止や延期に加え、開催予定日以前に生じた事由による中止や延期も補償対象になりうること等、概ね共通しています。

対象となるイベントも各社共通しており、通常の業務ではない非日常性を伴うものが対象となります。たとえば音楽コンサート、演劇、プロ/アマ問わずスポーツの試合・大会、花火大会、お祭り、展示会、ファッションショー等です。デパートのバーゲンセール、自動車ディーラーの展示即売会、学習塾の講習、遊園地の通常アトラクション等、通常業務と区別できないものや興行的な要素がないものは対象外とされています。

なお、大手3社についていえば、いずれも興行中止保険という名称で販売されていますが、厳密には、「費用・利益保険」という種類の保険を契約し、その特約として「興行中止保険特約」や、必要に応じて不出演リスクを補償する特約等も付加するという契約形態になっているようです。

以上のように各社の興行中止保険ともその内容は似ていますが、保険金支払いの対象となる費用項目や保険金支払事由は各保険契約について個別に定めることになっています。したがって、保険会社が違う場合はもちろん、同じ保険会社が販売する興行中止保険であっても、契約ごとに補償内容は異なり得るというのが、自動車保険など画一的な損害保険とは異なる興行中止保険ならではの特徴といえるでしょう。

(2)どういう場合にどのような費目が保険金支払対象となるのか

保険金が支払われるのは、補償対象となるイベントに関して、事前に取り決めた事由によって中止や延期がされた場合です。事前に取り決めた事由とは、保険契約実務の観点から、概ね、①悪天候リスク、②様々な偶発的リスク(交通機関の混乱、会場の罹災等)、③出演不能リスク、④地震リスクに大きく分けることができます。

そして、それらの事由が生じた場合、以下のような費用項目が補償対象となり得ます。

・会場費(会場使用料、電気・空調を含む会場付帯設備使用料等)
・チケット払い戻し手数料(プレイガイド返金手数料、郵送代等)
・チケット販売手数料(外部販売会社への委託料)
・舞台制作費(舞台制作資材代、舞台監督および制作スタッフの報酬等)
・舞台美術制作費(舞台美術資材代、美術監督および美術スタッフの報酬等)
・楽器音響機器レンタル費(楽器音響機器のレンタル代、ピアノ調律代等)
・楽器音響機器運搬費(運搬車両代、運転人件費等)
・衣装関連費(衣装制作代、スタイリスト料等)
・美容関連費(着付け代、ヘアメイク料等)
・楽屋関連費(ケータリング代等)
・警備関連費(警備・誘導会社への報酬等)
・主催関連費(放送局の主催者名義代等)
・広告宣伝費(チラシ・ポスターの制作費、飛行船・アドバルンの使用料等)
・出演者人件費(出演者およびスタッフの人件費等)
・リハーサル費用(ゲネプロ・練習時の会場使用料および楽器音響機器使用料等)
・映像制作費(カメラ使用料、カメラオペレーター人件費等)
・食事代(弁当代等)
・交通宿泊関連費(出演者およびスタッフの宿泊交通費等)
・中止延期広告宣伝費(新聞および放送局への中止告知代等)
・著作権使用料
・その他、制作雑費(保険会社が妥当と認めた雑費)


(上掲「音楽ライヴ・エンタテインメント・ビジネスのリスクマネジメント」229頁から抜粋)

なお、補償対象となる損害項目であっても、損害の全額が補償されるわけではありません。
損害額について「縮小支払割合」が設定されている場合、損害額に当該割合を乗じた額が支払上限額となります。縮小支払割合は90%以下とされる(=損害額の90%以下が補償上限額となる)例が多いようですが、100%となる例もあるようです。免責金額(自己負担額)が設定される場合もあります。


さて、このあと、以下のような見出しで各項について触れていこうと思っていました。

5 保険料はいくらかかるのか?
6 保険によりカバーされない損害
7 保険金が払われない場合
8 保険を購入すべきか

しかしここまででもコラムとしては長文になってしまいましたので、今回はここまでとして、以下は次月(後編)に譲りたいと思います。よろしければ前編とあわせて御笑覧ください。


※ 本稿執筆にあたっては、大手損害保険会社にて商品企画部署に勤める方から貴重なアドバイスをいただきました。ここに記してお礼申し上げます。もちろん、本稿の内容に誤りがあった場合、一切の責任は筆者にあります。

以上

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