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コラム column

2019年9月13日

著作権エンタメ

「ミッキーマウスの著作権保護期間
   ~史上最大キャラクターの日本での保護は
    2020年5月で終わるのか。2052年まで続くのか~」

弁護士  福井健策 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

米国では2023年に保護期間終了

ミッキーマウスの著作権だが、米国ではついに2023年に切れる。
あの国の保護期間の計算は(比較的)単純で、古い作品の保護は発行後95年で消滅する。ミッキーマウスのデビュー作は一般に1928年の『蒸気船ウィリー』と言われているので、95年後の2023年末という訳だ。

ミッキーマウスの「デビュー作」、映画『蒸気船ウィリー』(1928年)の50周年記念ポスター

著作権が切れてパブリックドメインとなれば、基本的にはどんな利用も無許諾で自由だ。ミッキーマウスのフリー化は、間違いなくフィーバーを巻き起こすだろう。既に報道も始まっている
ただし、注意点が3つ。
第一に、著作権が切れるのはオリジナル・ミッキーや初期映像だけだ。その後の映像は今後順次切れて行くし、最近のデザインのミッキーなどは(法的には二次的著作物とみなすので)それ自体はまだまだ切れない。それでも、オリジナル・キャラの活用はもちろん、それに基づく二次創作も自由化されるのだから、これは大きい。ミュージカル化もアニメ・実写映画化も新たなミッキーデザインの創造もそれらの商品化も、基本的に自由になるのだ。(米国にはフェアユースという例外規定があってパロディなどは元々ある程度自由だが、それよりはるかに自由度はあがる。)
第二に、今後4年以内に著作権の保護期間延長がなければ、という条件つきだ。前回ミッキーの著作権が切れそうになった時には米国政府は20年間の延長法を通し、「ミッキーマウス保護法」だと揶揄されて違憲訴訟にまで発展した。もっとも、その後の期間延長を巡る世界的な論争を受けて、今回はさすがに再延長の動きはない、とされる(前リンク)。
第三に、ディズニー社はミッキー関連の商標を大量に登録している。よって商標権の侵害にあたる利用はできない。もっとも、商標権の権利の幅は相当に限定的なので、上記の自由な利用の多くは妨げられない。今でもパロディはどんどんやっているくらいなので、パブリックドメインになった作品の利用に、あの国の人々はそう遠慮はしないだろう。
なにせミッキーマウスといえば、ディズニー社の世界ライセンス収入だけで年間約5000億円(2016年ロイター報道)ともいう超弩級キャラである。ライセンス収入では世界の圧倒的トップに君臨し続ける同社でも、齢90にしていまだに稼ぎ頭だ。その本国でのパブリックドメイン化は、まさにキャラクター・ビジネス界を揺るがす大事件には違いない。

ミッキーの日本での保護期間

では日本ではどうなのか?やはりなんとなく怖いのか、この点に触れた文献や記事は驚くほど少なく、きちんと論じたものはほぼないと言ってよい(注)。自分も過去に何度かつぶやいたが、その際にも結論は書かなかった。というか、書けなかった。忖度とは比較的無縁な人生を送っているつもりだが、計算があまりに複雑なのだ。がんばって解きほぐして書いてみたところで、きっと誰もついて来てくれない。最後までたどり着いて、後ろを振り返ったら誰もいないヤツだ。嫌だ。
だけど、いつか誰かが整理しなくてはならない。色々な意味で乗りかかった船である。ここでちゃんと掘り下げてみたい。

(注)当のウォルト・ディズニー社は、「著作権に関する方針や見解については公表しない方針」と答えたとする文献がある(安藤健二『ミッキーマウスはなぜ消されたか』(河出文庫 Kindle 版・2016年))

対象は『蒸気船ウィリー』に登場したオリジナルのミッキーマウスキャラ。 ポイントは3つだ。(a)ミッキーマウスを映画の著作物(の一部)と見るか、美術の著作物と見るか。(b)それはウォルト・ディズニー社という団体名義の作品と見るか、個人名義の作品と見るか。(c)個人だとすると、その「ミッキーマウスの作者」とは誰なのか。
この後の説明は複雑なので、先に図にしてしまおう。こうなる、と筆者は考える。

原ミッキーマウスを何の著作物と見るか 団体名義か 個人なら誰が作者か 日本での著作権の終了時
映画の著作物(の一部)と見る 団体名義と見る 1989年5月で終了❶
個人名義と見る ウォルト・ディズニー 2015年5月で終了❷
アブ・アイワークス又は両者の共著 2020年5月で終了❸
美術(でもある)と見る 団体名義と見る 1989年5月で終了❹
個人名義と見る ウォルト・ディズニー 2047年5月で終了❺
アブ・アイワークス又は両者の共著 2052年5月で終了❻

なんと全然違うではないか。最大63年の誤差?米国のシンプルさに対して、なんだこのいい加減さは、というと次のような日本法のルールがあるからだ。


ミッキーの保護期間を複雑にする日本の著作権法のルール


(1)かつて、著作権の保護は団体名義なら公表から33年、個人名義なら死後38年だった(旧著作権法)

(2)1970年、現行著作権法が施行されて映画と団体名義作品の保護期間は公表から50年、個人名義の美術は著作者の死後50年などとなり、存続中の作品の保護期間が延びた(現行著作権法)

(3)2004年、映画の保護期間は公表から70年に延長され、存続中の作品の保護期間が延びた(2004年延長)

(4)いずれの場合も、映画は(1)の旧著作権法での保護の方が長い場合にはそちらが優先(現行法附則)

(5)2018年12月、映画以外の著作権の保護期間は一律20年延長され、存続中の作品の保護期間が延びた(2018年延長)

(6)以上すべて、平和条約上の義務によって、戦前の米国作品の場合は保護期間が10年5ヶ月プラスされる(戦時加算)

これでも出来るだけ単純化して書いた。更に「相互主義」といった、結論としてこの件にはかかわらないだろう要素はあえて落とした。 この辺り、詳しい解説は唐津弁護士橋本弁護士のコラムなど参照。だから残った複雑さにはもう耐えしのぶしかない。耐えろ、日本人。耐えて、当てはめをしてみよう。

まず、❶ミッキーはもともと映画として公表されたのだから当然映画の一部だと見る考え。すると映画の著作物となる。そして、ウォルト・ディズニー社の団体名義の著作物と見ると、これは比較的単純だ。ルール(1)で1961年末までの保護だったが、ルール(6)の戦時加算が加わるので1972年5月まで延長。これだとルール(2)の現行著作権法の施行時に残っていたので公表後50年(プラス戦時加算)に延長されて1989年5月
既に、日本では保護が終了していた。パブリックドメインなのに、ほとんど誰もそれに気づかないふりをしていたという、いかにも日本らしい忖度の真実がここに。これが第一の解釈。
たしかに一番ストレートで自然にも思えるが、果たしてミッキーマウス映画を「団体名義」と見るかである。少なくともこれまでの古い映画をめぐる裁判では、あまりそういう結論は出てこなかった。最も決定的な「チャップリン事件」最高裁判決(2009年)では、「監督」としてチャップリンが表示され、映画会社の名前も一部で表示されてはいたが、裁判所は「チャップリンが著作者であることは明らかであり、その死亡時を把握できる以上、仮に映画会社の名義も併記されているとしても、個人の死後38年で計算する」、と判断している。これによれば、ほとんどの劇映画は団体名義として保護期間は計算されない。
実は、この判断によって古い映画の保護期間の計算は壊滅的に複雑化したのだが、ともかく最高裁の態度が変わらない限りは、上記1989年説はやや厳しく思える。

そこで次に、❷映画の著作物だが監督など個人名義の著作物と見る考え。考え方の経路は❶とほぼ同じなのだが、ルール(1)の旧著作権法での保護期間が大幅に違う。公表からでなく、著作者の死後38年となる。では著作者とは誰か。最も一般に流布した『蒸気船ウィリー』の広告は、冒頭に揚げた通りだ。ちょうどチャップリン事件でのチャップリンと同じで(図)、クレジットされる(人間の)名前はただひとつ。ウォルト・ディズニー。

つまり、ウォルト(1966年死去)だけが著作者のようにも見える。ならば彼の死後38年なので、2004年末。それにルール(6)の戦時加算が加わって2015年5月。これが旧著作権法での保護。まだ終わりではない。これだと2004年時点で保護期間は残っていたことになるので、ルール(3)で映画は公表後70年(プラス戦時加算)に延びている。すると2009年5月が現行法での保護。ここでルール(4)が登場する。旧著作権法での保護の方が現行法での2009年5月より長いから、そちらが優先されて2015年5月に終了だ。
そうか、やっぱりミッキーの保護は終わっていたのか!? いや、別に筆者が興奮する理由はないのだが。

❸だが、ここで第二の男が登場する。これがミッキーを複雑たらしめる原因なのだ。男の名はアブ・アイワークス。ディズニーの歴史に詳しい方ならご存知であろう、伝説のアニメ作家である。ウォルトと一緒に彼のスタジオを立ち上げた相棒であり、ミッキーマウスのデザインを創作した人物とされている。実際、『蒸気船ウィリー』の公開時のクレジットはこうだ(図)。

『蒸気船ウィリー』(1928年)と、それ以前にパイロット版が制作されていた
『プレーン・クレイジー』(1928年)。いずれもクレジットは同じだ。

・・・「アブ・アイワークス作 ウォルト・ディズニーアニメ『蒸気船ウィリー』」。
ちょっと驚く。ミッキーマウスの創作時エピソードはそれ自体が実にスリリングなドラマであり、いくつもの本も出ているが、永年(少なくとも筆者には)その真相はいまひとつ不明だった。ただ、1999年(日本での発売は2008年)、ウォルト・ディズニー社自身によりこの点を詳述したドキュメンタリーが製作され、その真相はかなり明らかになった。ドキュメンタリーのタイトルは、「The Hand Behind The Mouse」(DVD『Walt Disney Treasures オズワルド・ザ・ラッキーラビット』に所収)。
そのドキュメンタリーは、紹介映像でアブ・アイワークスを「知られざる英雄」と呼び、はっきり「ミッキーマウスはアブがほぼひとりで創作した」と断言している。『蒸気船ウィリー』もミッキーマウスも、どうやら著作者はアブ・アイワークス(少なくとも故ウォルト・ディズニーとの共著)、ということだろう。

「The Hand Behind The Mouse」よりロイ・ディズニー証言
(ウォルト・ディズニー副社長)

そうなると保護期間は上の❷とどう違うか。アイワークスの方が、ウォルトより5年長生きだったのだ(1971年死去)。アブが単独著者であればもちろん、仮に共著だとしても長生きした方のアブの死亡時が保護期間の基準になる(51条2項)。よって、❷の計算式の最後の結論だけが5年延びる。保護期間の日本での終了時期は、2020年5月だ。(ルール(6)の2018年延長は、映画の保護期間には適用されないのでここでは関係ない。)
つまり、ミッキーの保護期間は来年2020年5月まで。米国より3年早く、あと半年強で消滅する。

・・・実にタイムリーで刺激的な結論だ。出来ればここで終わりたいが、残念ながらまだである。
映画『蒸気船ウィリー』についてなら上記で終わりだが、オリジナル・ミッキーのデザインとなるとこれでは終わらない可能性があるのだ。原画の著作権である。伝説によれば、アブは著作権をユニバーサルに取られてしまった初期の人気キャラ「オズワルド」の長い耳を、さらさらっと丸く書き換えてミッキーを作り上げたという(図)。

オズワルド・ザ・ラッキーラビット
(ディズニー制作『トローリー・トラブル』より部分)

なるほど。そうでなくても、映画製作の過程では当然原画は存在しており、ミッキーの造形はそこに既に現れている(図)。

「The Hand Behind The Mouse」より(右はアブ・アイワークス)

これは何か。絵である。ならば「美術の著作物」ではないか。その著作権は、映画のいわば原作(原著作物)として、映画とは独立に保護されるのではないか。ちょうど脚本が映画とは独立に著作権を守られるように。
仮にそうだとすると、映画とは別にミッキーの美術としての著作権を考えることになる。その長さはどうか。まずは、❹ミッキーも映画と同じくウォルト・ディズニー社という団体名義の著作権だったとする考え。この場合、映画と同じ計算で1989年5月に保護終了である。

次は、❺美術としてのミッキー原画の著作者はウォルトひとりだったという考え。この可能性は、ちょっと現在はなさそうなので説明は省略する(理屈は次のアブと同じだ)。

では、❻美術としてのミッキー原画の著作者はアブ、又はアブとウォルトとの共著だった場合。ルール(1)の死後38年プラス戦時加算だけで、2020年5月。ここまでは映画と同じだ。問題はここからで、美術の著作物の場合、ルール(5)の最後の保護期間延長にかかるのだ。つまり、2018年12月の時点で存続していた著作権は延長対象だ。アブはルール(1)(プラス戦時加算)だけで既に2018年を超えているので、この延長を受ける。つまり一気に死後70年プラス戦時加算となって、2052年5月まで存続する。
なんと、ミッキーというキャラは、日本では米国よりも30年も長い保護を受けることになってしまう。戦時加算があるせいで、恐らく世界で最も長い保護をミッキーに与える国のひとつになるだろう。

まさに衝撃的な結論だ。いったい、どれが正しいのか。現在の情報からは、❷❺のウォルト単独創作説はちょっと無いようだ。団体名義で1989年5月までの保護という説(❶❹)は、可能性は無論あるがそれだと多くのハリウッド映画は団体名義ということになって保護はかなり短くなる。「チャップリン事件」判決などとも矛盾しており、裁判所が採用する可能性はやや低いか。
すると、アブ創作の映画の一部として2020年5月までの保護(❸)か、アブ創作の美術として2052年5月までの保護(❻)が有力。

ここで、より多くの論者は❻の2052年説を取るかもしれない。例えば脚本は、疑いなく映画からは独立の著作物であるし、映画の制作途上で生まれた未使用フィルムさえ、映画とは独立の著作物と認めた裁判例もある(「三沢市勢映画事件」控訴審・2002年)。原画集や原画展が人気である実態を考えれば、原画に独立の保護を与えない解釈には躊躇を覚えるだろう。すると美術の著作物はあることになり、保護はあと30年以上続く。

もっとも、筆者は❸の2020年終了説の可能性は十分あるようにも思う。上記の三沢市判決も、「映画に使用されたフィルムは映画に化体する(ので独立の著作権はない)」と明言している。映画のための中間成果物に次々と独立の保護を与えるなら、原画ばかりか絵コンテもレイアウトもセル画も独立の著作物になり、それらのスタッフが全て映画に対して原作者として権利主張できることになりかねない。そしてそのそれぞれの保護期間を計算しなければならないなら、映画の保護期間を公表時基準でわかりやすくした法律自体に、一体なんの意味があるのかと思えるからだ。原画としての独自流通も、無論原画集や原画展も人気ではあるが、本来的には予定されていない。

解決の模索

仮に❻に立って2052年までという長期保護になるなら、皮肉を言えば、日本政府の大英断の成果でもある。世界最大の知的財産のひとつで、日本の巨額の著作権貿易赤字に間違いなく貢献しているであろうキャラクターの保護を、米国との外交上の義務があった訳でもないのに、国内の反対を押し切って延長した結果だからだ(延長問題の経緯はこれなど)。

が、その点は今は良いだろう。それ以前に冷静に考えたい。一体、この計算の複雑さはなんだろうか。読者の中で、以上の計算について来られた方はいったい何割いらっしゃるだろう。多くの(特に映像関連の)古い作品には、こういった複雑怪奇な計算がついて回る。それがちゃんとできないと著作権侵害という犯罪になる恐れさえあるので、デジタルアーカイブや様々な二次利用ビジネスには躊躇する人が多いだろう。複雑すぎる保護期間は、知財立国を間違いなく害している。
解決策は、ある。話を複雑にする旧著作権法などの適用を、ある時点で一気に終了する立法だ(前掲橋本コラム参照)。様々な法的障害の指摘はあろうが、非現実的で誰も使えない保護期間計算式の方がはるかに問題だ。この点は従来から指摘して来たが、本来は2018年の延長の時点で立法すべきだった。

とはいえ、残念ながら今の文化庁にそんな解決に乗り出す力があるかは大いに疑問だ。映画の保護期間をめぐる現場の苦悩は、まだまだ続くだろう。・・・もう魔法で何とかしてよ、ミッキー。

以上

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