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コラム column

2019年9月27日

競争法商標裁判

「芸術の秋にみる京都芸大紛争―大学の類似名称はどこまで許されるか」

弁護士  橋本阿友子 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

1.はじめに

私は中学から大学院まで、学生時代の大半を京都で過ごしました。京都は学生の街とも言われますが、のんびり(はんなり?)とした学生生活を送るには確かに最高の土地だと思います。
そんな京都に関連して、最近ニュースを騒がせる知財事件が立て続けに起きています。平等院鳳凰堂の写真がパズルとして販売されたことが紛争になった例(福井弁護士による解説参照)は記憶に新しいと思いますが、今回は京都に加え芸術というキーワードから個人的に興味をかりたてられた、”京都造形芸術大学改称事件”について検討したいと思います。事案の概要は、京都造形芸術大学が「京都芸術大学」に名称変更することに対し、京都市立芸術大学が名称の混同を理由に、「京都芸術大学」の名称使用の差し止めを求め訴訟提起したというものです。
私は京都大学在学中、「京都造形芸術大学」の近くにお住まいの「京都市立芸術大学」ご出身の先生にピアノを習っていました。「京都市立芸術大学」には、在学生によるピアノ発表会を聴きに校舎を訪れたこともあります。また、「京都造形芸術大学」の尾池現学長は、私が在学中に京都大学の総長でいらっしゃいました。このようにいずれの芸術大学についても微妙に身近だった者の視点で、以下検討したいと思います。

2.経緯

まずは双方の大学を簡単にご紹介しましょう。
「京都市立芸術大学」。通称「京芸」。森の中に佇む校舎は、人目をはばからず自由に芸術活動に専念できる環境にありますが、2023年には京都駅付近に移転する予定だそうです。指揮者の佐渡裕さんのご出身校で、関西屈指の芸術大学です。
「京都造形芸術大学」。通称「造形」。高級住宅地で知られる北白川に位置し、パルテノン神殿のような堂々たる建物を擁しています。黒木華さんなど著名人を輩出している、こちらも有名校です。

本件は以下の経緯を辿りました。(商標の権利者、訴訟の当事者は、それぞれ正しくは、京都造形大学は学校法人瓜生山学園、京都市立芸術大学は公立大学法人京都市立芸術大学ですが、ここでは便宜上、大学名で表記させていただきます。)

2019/7/11 京都市立芸術大学が「京都芸大」、「京芸」、「Kyoto City University of Arts」、「京都市立芸術大学」の4商標を出願
2019/7/17 京都造形芸術大学が「京都芸術大学」の商標を出願
2019/7/18 京都市立芸術大学が「京都芸術大学」の商標を出願
2019/8/27 京都造形芸術大学が文部科学省に名称変更届出受理
2019/8/27 京都造形芸術大学が「Kyoto City University of the Arts」の商標を出願
2019/8/27 京都造形芸術大学が「京都芸術大学」に名称変更することを公表
2019/8/30 京都市立芸術大学が新名称の使用中止・再考申入れ
2019/9/2  京都市立芸術大学が訴訟提起(差し止め)

訴状は現時点では未公表のようなので、京都市立芸術大学がどのような請求を行ったのかはわかりかねますが、一部のニュースで報じられているとおり、不正競争防止法に基づく請求を行ったものと考えられます(商標はまだ出願中なので商標権の請求はなされていないと思います(後述))。

3.不正競争防止法上の請求

● 差し止めの要件

不正競争防止法(略称:不競法)とは、文字通り不正な競争を排除することを目的とする法律です。
今回原告が根拠としたのは、以下の条文だと思います。

(定義) 第二条
この法律において「不正競争」とは、次に掲げるものをいう。

他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、 商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為

自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供する行為

不正競争防止法は、2条で「不正競争」を定義して、「不正競争」によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれがある者は「不正競争」の差し止め(3条)ができることを定めています。

要件をざっくりまとめると、以下のとおりです。
2条1項1号:
①周知な商品等表示(周知性)
②同一又は類似の商品等表示を使用(類似性)
③他人の商品・営業と混同させる行為(混同惹起)
2条1項2号:
①著名な商品等表示(著名性)
②同一又は類似の商品等表示を使用(類似性)

● 京都市立芸術大学側の主張

以上を前提に検討すると、京都市立芸術大学が行い得る主張として、以下のものが考えられそうです。

2条1項1号に基づく請求
(1)「京都市立芸術大学」が周知であり、「京都市立芸術大学」と「京都芸術大学」が類似で、混同すること
(2)「京都芸術大学」が「京都市立芸術大学」の略称として周知であり、混同すること 2条1項2号に基づく請求
(3)「京都市立芸術大学」が著名であり、「京都市立芸術大学」と「京都芸術大学」が類似であること
(4)「京都芸術大学」が「京都市立芸術大学」の略称として著名であること

もっとも、私の知る限りでは、京都市立芸術大学が「京都芸術大学」と略されるのを聞いたことがありません。ピアニスト仲間に確認したところによっても、「京芸」との略称でコンセンサスがとれました。京都市立芸術大学ご出身の師匠も、「京芸」と呼んでいたような記憶があります。私の認識が世間一般と同じだとすれば、(2)(4)の主張は認められにくいかもしれません。

● 周知性・著名性と「青山学院」事件

周知性は、必ずしも全国的に知れ渡っていることまでは必要がないと考えられ、京都市立芸術大学では認められる可能性が高いのではないかと思います。周知性と著名性の違いは、著名の方が求められる有名度のレベルが高い一方、著名と認められた場合には、混同惹起要件は不要となっています。要件は少なくなりますが、著名といえるためのハードルが高いのです。
これまで著名とされた商品等表示には、「MOSCHINO」、「JACCS」、「虎屋」 、「J-PHONE」、「青山学院」、「ELLE」、「菊正宗」 、「Budweiser」、「マクセル」 等があります。

ここで「青山学院」とあるのは弊所から目と鼻の先にあるあの青学のことで、実は今回と似たようなケースで訴訟になっています(東京地裁平成13年(ワ)第967号事件)。この事件では、広島の呉市の中学校が、地名をとって「呉青山学院中学校」という名称で開校したことに対し、「青山学院大学」及び「青山学院中等部」の運営者が名称の使用差し止めを求めました。裁判所は、「青山学院」は著名で、「呉青山学院」と類似であり、「呉青山学院」の名称の使用が不正競争にあたると認定しました。そのため、件の被告は現在、「呉青山学院」中学校ではなく、呉青山中学校という名称となっています。

京都市立芸術大学が青山学院と同様に著名と認められるかは不明です。私は関西出身ですしピアノをやっているので京都市立芸術大学はもちろん有名との認識ですが、青学ほどの著名度があるかはわかりません。京都市立芸術大学は今後アンケート調査などによって著名性を立証していくのだろうと思います。

他方、周知性について、誰にとっての周知なのでしょうか。法律上は「需要者」の間に広く知られていることを求めており、「需要者」とは誰かについては、しばしば争われます。上の青山学院事件において被告は、「需要者」とは進学校の選択・志願・入学者及びその保護者をいうと主張し、「需要者の間に広く知られる」とは、中学校の地域性から進学校の選択等をする保護者の住居地である呉市を中心とする地域の住民の間で周知性を有することであると解釈した上で、「青山学院中等部」については、中学校の地域性から、進学校の選択を行う者は東京を中心とする地域に限定されている一方、「呉青山学院中学校」については広島県呉市を中心とする住民に限定されるから、広島県呉市において「青山学院中等部」の存在が周知であるとはいえないと主張しました。この事件では結論として著名性が認められたので、裁判所が「需要者」についてどう判断するのかはわかりませんが、「需要者」を仮に青山学院事件の被告の主張のように捉えたとしても、今回のケースは大学であって志願者等の地域性は少なくとも中学校に比べれば広いとはいえ、京都周辺の地域の志願者等が多いのであれば、周知性が認められる可能性はあるように思います。

● 混同惹起

京都市立芸術大学の略称が「京都芸術大学」と混同するかという点についてはどうでしょう。各ニュースで京都市立芸術大学が京芸との愛称で親しまれていると説明されているのは事実ですし、京都造形芸術大学が「京都芸術大学」に名称変更して京芸と略されたら混乱するではないか?という主張は頑張れば認められるのではないかと思います。なお、京都造形芸術大学は、「京都芸術大学」に改称後も「京芸」なる略称を使用しないと宣言していますが、この宣言は一方的で合意事項ではない限り破っても法的な問題にはならないだろうし、学生や受験生などがどう略すかまで大学側がコントロールできるわけではないので、訴訟にまで紛争が発展した以上、あまり意味はないように思います。
もっとも、大阪には大阪市立大学と大阪大学(国立)がありますし、同じような例はほかにも散見されそうです。また、個人的には東京藝術大学が東芸と略されていない点も少し気になります。「京都芸術大学が京芸と略されるとは限らない」という反論に結び付きそうだからです。このような事情がどのように考慮されるのかは、判決を待ってみたいと思います。

4.商標権

いずれの大学も商標を出願しているので商標権侵害も将来的には問題になり得ます。まだ出願中で未登録ですので、今回の訴訟提起においては請求に含まれていないはずですが、重要な問題なので触れておきたいと思います。

● 商標権に基づく主張は可能なのか

商標権に基づく請求は商標登録後に可能となるもので、登録できたと仮定しても出願から登録まで1年以上を要する場合があり、第一審判決が出るまでに登録が完了するかも微妙かなと思います。各大学が出願中の商標権を無事取得できるかという問題も別途あります。
もし訴訟提起前に京都市立芸術大学が「京都芸術大学」や「京芸」で商標を取得済みだったら、今回の訴訟で商標権違反を主張でき、この主張は不正競争防止法上の主張よりも認められ易かっただろうと思います。もっとも、早期審査という手続きを踏めば、今からでも2~3か月で登録が認められる可能性があります。早期審査は既に当該標章を使用しているか、使用の準備を進めていることを示す必要がありますが、もし審理の早い段階で登録が認められれば、商標権侵害を追加で主張することができる可能性があがります。

● 同じ名称は先に出願した者勝ちだが・・・

ところで、「京都芸術大学」の名称については、両大学において、1日違いで出願されています。商標は先願主義(先に出願した者勝ち)ですので、1日遅れたら負けてしまいます。紛争が予想される場合は、商標登録出願を一日でも早く行うことが重要です。もっとも、京都市立芸術大学は「京都芸術大学」について先願では負けているようですが、そもそも「京都芸術大学」が京都市立芸術大学と混同をきたすと判断され出願が拒絶されたり(商標法4条1項15号等参照)、京都造形芸術大学が「京都芸術大学」で出願するより先に京都市立芸術大学が「京芸」、「京都芸大」で商標を出願していること等から、京都造形大学における「京都芸術大学」の登録が、類似の先行商標の存在を理由に認められない可能性もありますので(商標法4条1項11号、商標審査基準等参照)、必ずしも京都造形芸術大学が商標で”勝つ”とは限りません。

● 略称では京都市立芸術大学が有利?

仮に京都市立芸術大学が「京芸」、「京都芸大」で商標を取得できれば、今回の訴訟の結果京都造形芸術大学が「京都芸術大学」の名称を今後使用できたとしても、「京芸」、「京都芸大」の略称を使用すると商標権侵害となり得ます。訴訟の結果にかかわらず、京都市立芸術大学は略称については権利を主張できますので、商標の出願は有効だったといえるのではないでしょうか(もっとも、登録された場合の話です)。「京都大学」と4文字の大学でさえ「京大」と略すのですから「京都芸術大学」が略称を持たないのも不自然ですが、「京都芸術大学」の略称は「京芸」あるいは「京都芸大」のいずれかが普通でしょうから、これらの略称が使用できないのは京都造形芸術大学にとって結構痛いのではないかと思います。

5.おわりに

法律論と離れた個人的感想としては、京都造形芸術大学という名称の方が、個性的で素敵だと思うので、今回の件はちょっと残念な気持ちです。大学の事情もあるのでしょうが、東の東京藝術大学との対比としては、西の京都芸術大学といえば京都市立芸術大学を想起してしまう方も少なくないかもしれません。京都造形芸術大学には現時点で音楽学部はないという点も、「京都芸術大学」という名称から想起されるイメージと離れているのかもしれません。「京都芸術文化大学」(「京都芸文」と略せてまぎらわしくなさそう)とか、「京都総合芸術大学」(福井弁護士提唱 。大規模大学をイメージできるので妙案では?)など、「京都芸術大学」という名称以外にも魅力的な名称はありそうですよね。
さて、この事件、皆様はどうお考えですか?諸々の論点がどう判断されるのかについては注目したいのですが、ご近所の大学同士の紛争ですし・・・、どこかで和解しはるのがええんとちゃいますか。

以上

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