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コラム column

2016年11月 2日

著作権改正国際アーカイブ

「衆議院TPP特別委員会での知財参考人意見
    ~我々はどう情報革命を乗り越えるべきか~」

弁護士  福井健策 (骨董通り法律事務所 for the Arts)


 2016年10月31日 衆議院TPP特別委員会において、福井健策が、参考人として意見陳述した際の要旨を掲載します。その模様は各メディアでも報道されました。



本日は、お招き頂きありがとうございます。TPPの知財関連法案について、私見を述べるよう依頼を頂きました。ご覧の通り、知財関連の改正項目は少なくありませんが、まずは前提として、情報革命という現象についてお話したいと思います。

衆議院TPP特別委員会での福井健策の参考人発表資料2 「TPP関連知財法案」


情報革命と知財制度

少子高齢化が進む日本にとって、その命運を握るとも言えるのは、情報・コンテンツ立国の推進だろうと思います。そして、その最も基幹的なルールと言えるのが、知財制度でしょう。

その情報社会ですが、現在、世界では「ITネットワーク革命」ともいえる現象が急ピッチで進んでおります。図をご覧ください。


企業時価総額世界ランキング(10/3現在、FT500等より)


    1.  Apple Inc          612,662.8
    2.  Alphabet (Google)    541,700.3
    3.  Micorsoft          448,223.3
    4.  Amazon Inc         401,629.1
    5.  Facebook          368,704.1
    6.  Exxon Mobil        363,175.4
  ----------
   31.  トヨタ自動車        176,280.0 (百万ドル)

これはフィナンシャルタイムズなどの数値に基づいた、直近の世界の企業の時価総額ランキングですが、現在、驚くべき事態が起きています。ランキングの1位から5位までを、米国西海岸発の、いわゆるITプラットフォーム企業が独占しているのですね。日本のトップはトヨタ自動車ですが、残念ながら直近の数値では世界31位であり、2年前に抜き去られたフェイスブックの今や株価総額で半額以下という状況です。しかも、この上位5社は一度トップ10に入った後一度もそこから落ちていない、恐るべき上位固定率を示しています。まさに我々は、未曾有の急速な変化の中にあると言えそうです。

さてこのパラダイム変化は、コンテンツ・情報の面でいえば、その流通量の爆発的な増大で特徴づけられます。図は世界最大の動画投稿サイト、YouTubeです。


PSY - GANGNAM STYLE - YouTube
YouTube(累計26億再生超のPSY「GANGNAM STYLE」

皆さん、現在この上にどの位の数の動画が存在しているか、ご存じでしょうか。最近の推計では、少なくとも20億点です。そして閲覧数は1日50億回と公表されています。メガどころか、今や我々はギガコンテンツ、10億単位のコンテンツが流通する時代にあっという間に突入してしまいました。その覇者がITプラットフォーム達であり、そして残念ですが日本の存在は必ずしも目立ってはいません。


そこでの世界的な大きな課題は、「権利の処理」です。従来は著作権者などを探し出して、許可を取り、それから利用していた。しかし、それでは1万のコンテンツは発信できても、億単位のコンテンツが流通する時代にはとうてい対処できない訳です。ですから、この権利処理のコスト、権利者に払うお金ではなく、この処理作業のコストをいかに低下させるかが一国の、あるいは一企業の競争力を決定づける時代ともいえます。

ご存じの通り、米国プラットフォームはこの壁を、「フェアユース」と言われる広範な例外規定などで超えました。そしてEUはじめ世界は今、「著作権リフォーム」と言われる制度改変を通じて、この変化に対処しようとしています。日本でも、内閣知財本部での「次世代知財システム」をめぐる議論が進んでいます。

さてそんな中、TPPです。この知財法案の多くの条文は、日本にとっても必要性もあり、また悪影響を最小限に抑えようとした工夫が見られるものであり、私は政府の努力の成果として大いに評価しています。とはいえ、課題面を指摘するのが仕事でしょうから、何点かご指摘したいと思います。アクセスコントロール回避についても議論があるようですが、今日はまずは保護期間の大幅延長について述べます。


保護期間の延長

この点は、残念ながらTPP知財でも最も問題の大きいメニューが、ほぼセーフガード無しで入ってしまっています。ご存の通り、欧米では90年代に保護期間を20年延長し、ほぼ死後70年保護の時代に入りました。生前全期間も加わりますから、大変に長期化したことになります。その際にも、著名な17名の経済学者があまりに経済合理性がないとして反対の意見書を提出するなど、激論になりました。しかもこれは、ネット社会の本格到来前で、先に述べたようなギガコンテンツ状況が存在しない時代だから出来たともいえます。

現在の日本で延長する場合の懸念点を挙げれば、まずはストレートに対外的なライセンス料の支払増大があるでしょう。ご存じの通り米国はコンテンツの輸出大国ですから、世界中で保護期間を延長させようとするのはその意味では合理性があります。しかし、日本は残念ながら真逆です。日本はコンテンツの大輸入超過国であり、直近の日銀の数字では著作権の使用料収支だけで年間に実に7500億円、赤字を生んでいます。支払う使用料の方が大幅に多いのです。これは無論ソフトウェアが中心ですが、米国の商務省は内訳を公表しています。それによれば、日本は映画・音楽・小説などの文化的コンテンツだけで米国一国に昨年約900億円もの使用料を支払っており、受取は140億円ほどに過ぎません。日本は古い作品の輸出はほぼありませんが、米国はミッキーマウスなど古いコンテンツも強いので、延ばせば支払は単純に増加します。欧州分も加わります。その本来不要な支払は民間が負担するのです。

しかも、もっと重要なのはライセンスで許可を受けるということは海外のコンテンツ企業と契約を交わすということであり、言わばそのコントロールを受けるということです。恐らく、支払以上にこのビジネス面の影響は大きいでしょう。

更に影響が大きいのは、現在の核心である「権利処理コスト」を増大させることです。著作権は、死後は相続され、相続人全員の共有になります。死後長期間経てば相続関係は複雑化しますから、当然権利者を探し出し交渉するコストは上がります。権利処理コストを下げてコンテンツ発信しなければならない時に、なぜ上げる話をしているのでしょうか。

しかも、国内外の調査によれば過去の作品はその約半数は探しても最終的に権利者は見つかりません。これは「孤児著作物」と呼ばれ、世界的に大問題となっています。保護期間を伸ばせば、当然これは増加します。実は、2013年、米国の著作権局長は議会で著作権期間の部分短縮を提案したことがあります。その理由は、保護期間を伸ばしたら孤児著作物が激増してしまい、米国の国益を害しているからです。そんな時代なのです。

さて、これらの古い作品は通常はもはや市場では流通していません。かつての調査によれば、書籍は98%以上が作者の死後50年経過する以前に市場から姿を消します。つまり売られていない。ですから、著作権を伸ばしても遺族の収入増はわずかです。こうした作品は電子図書館、電子博物館、いわゆるデジタルアーカイブなどのテクノロジーによって次世代に語り継がれるチャンスが広がっています。図はEUが総力を挙げる巨大電子博物館「ユーロピアーナ」です。


欧州巨大電子博物館「Europeana」
欧州巨大電子博物館「Europeana」

そこでは、実に5300万点ものデジタルコンテンツが公開されています。このこと自体、文化継承として貴い価値がありますが、そこには先ほどのグーグルなどITプラットフォームへの対抗軸という意味合いも当然にあります。権利処理が困難になれば、こうしたアーカイブ活動は停滞してしまいます。

しかも、現在はいわゆるビッグデータをどう活用するかがAIネットワーク化にとって極めて重要ですが、こうしたビッグデータには、どうしても古い作品や情報も一定数は入って来ます。つまり、権利処理コストが上がってアーカイブなどでのデータ集積が遅れれば、産業面での影響もあります。

これに対して、世界的に期間を統一するメリットが挙げられることがありますが、現在、すでに日・米・欧のそれぞれにおいて実は期間はマチマチで不統一です。それでコンテンツの流通が害されて、例えば先ほどのプラットフォーム達が困っているという話は、私はコンテンツ契約が専門ですが寡聞にして聞いたことがありません。


非親告罪化

次いで非親告罪化です。従来は、親告罪ですから、権利者が悪質だと思って告訴しない限り、著作権侵害でも起訴・処罰はされませんでした。例えばパロディなどの二次創作や、ビジネス・教育・研究の現場での軽微利用などは、これは侵害と言えば侵害だが許可が取りようがないケースも多くて、そこは「お目こぼし」されています。つまり、大した規模ではないので、事実上やれています。

ところが、これは告訴なしで起訴・処罰可能となると、第三者が通報するだけで警察は動かざるを得ないかもしれない。残念ながら現在はネットなどの「炎上文化」が深刻化しています。非親告罪化は、こうした通報やネット炎上との相性が最悪ですから、各種活動の萎縮が懸念されました。

しかし、改正法案では、原作そのままの利用に対象を絞るなど、政府は私たちの声も受けて大変に努力して下さった。懸念は大いに減少したと思いますし、この点を評価いたしております。

とはいえ、一応課題も挙げておけば、「原作そのままの利用」と言えるものとして、①企業や研究機関での資料コピーがあります。これは、複製権センターなどでは許可の取れない資料もまだまだ多く、どうしても軽微な侵害が付きまとう分野です。また、②解析用のビッグデータの第三者提供ですが、これは現行法(47条の7)では許されないという解釈が有力です。しかし出来ないとなるとAIネットワーク化には影響大です。更に、申し上げた③商用アーカイブや、また④日本の教育発信にとっては重要な商用オンライン講義(MOOCs)も挙げられるでしょう。こうした活動が非親告罪化の対象とならないか、その運用には注視が必要だろうと思います。


今後の課題

さて、そんな中で我々はどうすべきか。まず申し上げたいのは、これまで挙がったような個別の条文の賛否がどうであれ、知財の制度を条約で拘束することにはリスクがあるという点です。

先ほど申し上げたように、ITネットワーク革命の進行は急激です。3年先の状況は全く見通せません。米国大統領選に至っては、当の米国人たち自身も、もっと近い将来の状況も見通せないように思います。つまり、今は良いように見える制度でも、3年先にはまずいとなっている可能性があるのですね。その時に、条約で拘束されていては、皆さんの国会でも変えられません。包括パッケージの条約なら尚更です。つまり、命といえる制度の柔軟性を失ってしまう。

しかも、現在はしっかり権利を守るところは守りつつ、開くところは開いて広く流通をはかっていく「オープン&クローズ戦略」が重要です。ITプラットフォーム達はつまりそれが上手かったのです。その政策手段を奪われてしまって、情報立国は本当に大丈夫でしょうか。

加えて、こうした条約ではしばしば、一時代前の相手国内のロビイングの影響を受けやすいという問題があります。現在のTPPの知財条項は米国の提案が元になっていますが、それは既に5年以上前のものです。しかし、その後米国内でも先ほど述べたような変化があり、今やIT系のロビイング力が非常に強くなっていると言われます。3年先どころか、現在の世界の知財の潮流すら反映出来ていない可能性があるのです。

少なくとも知財の条約は、海賊版対策などの国際的な協調のメリットの大きい分野に絞ることを検討すべきではないでしょうか。


他方、国内法の課題は山積しています。先ほど挙げた「権利処理コストの低下」などが鍵で、例えば①権利情報データベースの整備が挙げられます。つまり権利者の情報を集積して、連絡して許可を取りやすくするような取り組みが始まっています。また、②権利者不明の孤児著作物を利用しやすくするような制度改善も、更に進めて行かなければなりません。この関連で、ある特定ジャンルでのコンテンツは、もう個別の委託がなくても、その分野を代表する権利者団体がデフォルトで管理して利用の許可を出すという、いわゆる「拡大集中許諾(ECL)」という取り組みも、英国などで進んでいます。これは制度設計に課題もありますが、検討を進めるべきでしょう。

こうやって、ライセンス許諾を得やすくする制度改善は必要です。ただし、どれだけ許可を得やすくしても、なお許可を取りようがない分野はあります。コンテンツ・データ数が多過ぎたり、あるいは経済的に利用料を払いようがないアーカイブ活動などもあります。これらは、もう権利者に迷惑がないならば許諾なしで利用できるようにしてやる、③いわゆる「柔軟な権利制限規定」の導入も必要です。この点も賛否がありますが、もう落とし所を見つけるべき時期です。そして、④アーカイブ利活用のための制度も推進すべきです。

これらは、先日発表された政府「知財推進計画2016」でも重点的な目標として掲げられたものばかりで、積極的に進めて行くべきですが、今は全く道半ばの状況です。この状況下で、元は日本側から望んだ訳でもない保護期間の延長などだけを前倒しで立法する。それは果たして賢明でしょうか。コンテンツ立国、情報立国を本気でするなら、それが出来る制度を作るべきです。そんな視点から、私は上記の知財法案の拙速な導入には慎重な意見を述べたいと思います。

それでも強いて導入される場合は尚更、直近で申し上げたような権利処理コスト低下のための法制度は、今までの数倍のスピードで導入を進めるべきでしょう。ご清聴ありがとうございました。

(以上。質疑は省略)


【付記】
以上のように、意見は全体が相関するものなので、今回は全体要旨を掲載した。なお付言するに、筆者(福井)はTPPの協定全体について賛否を述べたことはないし、その判断にはなお迷いがある。しかし仮にも各分野の専門家であるならば、まずは自分が専門とする対象条項の利害得失について、(風向きではなく)自分の限られた経験と頭で懸命に考えて、できるだけわかりやすく世に問うのが役割だろう。それを集大成して、国民の代表たる国会が全体としての条約(及び現時点での批准)の得失を判断し、そして下した判断については次の選挙で信を問う。たとえ欠点だらけでも、これが筆者の知る限り最善の仕組みであり、専門家の存在理由だが、どうだろう。


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