2016年10月27日
「ダンスに関する著作権入門 ~芸術の秋。心おきなく踊るために~」
弁護士 岡本健太郎 (骨董通り法律事務所 for the Arts)
めっきり秋らしくなりました。学園祭のシーズンです。毎年この時期になると、学生時代の文化祭や学園祭を思い出す方もいるのではないでしょうか。筆者も、ストリート・ダンスの舞台に向けて、文字どおり朝から晩まで練習漬けの毎日でした。本コラムでは、ダンスやダンサーの著作権的な位置づけを確認するとともに、文化祭等におけるダンス・パフォーマンスの留意点について考えてみたいと思います。
1.ダンスの著作物性
ストリート・ダンスの世界では、名前の付いたステップが少なくありません。
「ランニングマン」のように動きに由来するもの、
(【YouTube】Music Video の1分52秒位から)
「スキーター・ラビット」のように著名ダンサーに由来するもの、
(【YouTube】Skeeter Rabbit:locking tutorial の2分10秒位から )
「パドブレ」のように他のジャンルのダンス(この場合はバレエ)に由来するもののほか、「スクービー・デュー」のようにアニメに由来するものまで様々です。また、ExileやPerfumeなどダンス・パフォーマンスが印象に残る歌手やグループや、テレビドラマのエンディング・ダンスもみられます。こうしたダンスの「ステップ」やその組み合わせともいえる「振付け」は、著作物として保護されるのでしょうか。
著作権法上、「著作物」とは、「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」とされています(2条1項1号)。舞踏又は無言劇は著作物の一つに例示されており(10条1項3号)、ダンスも著作物になり得ます。ストリート・ダンスではありませんが、バレエや日本舞踊の著作物性を肯定した判例もあります(バレエ:東京地判1998年11月20日、日本舞踊:福岡高判2002年12月26日)。
ただ、ダンスが著作物として認められるには創作性が必要です。例えば、「キラキラぼし」の手あそび歌の振付けについて、「『キラキラひかる』...の歌詞に合わせて両手首を回すことは、星が瞬く様子を表すものとして、誰もが思いつくようなありふれた表現」であるなどとして、著作物性を否定した判例があります(東京地判2009年8月28日)。また、社交ダンスの振付けに関するものですが、その構成要素である個々のステップや体の動きの著作物性を否定した例もあります(東京地判2012年2月28日)。これは、個々のステップや体の動き自体に著作物性を肯定して特定の者に独占を認めてしまうと、体の動きやダンスのバリエーションを過度に制約する懸念があるからとされています。個々の判断には賛否もあるところでしょうが、後者の判決は、「ダンスの振り付けが著作物に該当するというためには、それが単なる既存のステップにとどまらない顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要である」との基本的な考え方を述べた上で、①基本ステップから構成され、その流れや展開がありふれている振付け、②基本ステップに若干のアレンジを加えたに過ぎない振付け、③単純な動きであって顕著な特徴がない振付け等について著作物性を否定しています。
こうしてみると、ダンスが著作物になり得ること自体は間違いないですが、実際の裁判で個々のステップに著作物性が認められるハードルはそれなりに高そうです。また、振付けについても、①「手あそび歌」のような比較的単純な振付け、②基本ステップを多用した独自アレンジが少ない振付け、③自然に繋がりやすいステップを組み合わせた誰もが思いつくような振付け等については著作物性が否定されそうです。とはいえ、その見極めは必ずしも容易ではありませんので、「振付けは著作物に該当する」という前提で対応しておくのが安全かもしれません。なお、日本の著作権法上は、映画を除いてメディア等への固定(録画等)は著作物の要件ではありません。このため、即興(いわゆるインプロ又はインプロヴィゼーション)でパフォーマンスを行う場合や、クラブ等で自然とよい振りが踊れたような場合も、(再現できるかどうかは別として)その振りは著作物となり得ます。
2.振付師とダンサーの位置付け
著作権法上、ダンスの振付けをする「振付師」(コレオグラファー)とその振付けを踊る「ダンサー」とは位置付けが異なります。自分で振付けして踊る場合には、振付師とダンサーの立場を兼ねることになり得ます。
振付師は、プロ・アマ問わず、その振付けの著作者や著作権者になり得ます。この場合、振付師は、その振付けを①公衆の前で踊る権利(上演権。22条)、②録画する権利(複製権。2条1項15号、21条)、③アレンジして別な振付を作る権利(翻案権。27条)のほか、振付けの動画を④スクリーンやディスプレイに映す権利(上映権。22条の2)、⑤インターネット配信する権利(公衆送信権。23条1項)、⑥販売・貸与する権利(頒布権。26条2項)等を有します。なお、上演権に関して、「公衆」には「不特定の者」に加えて「特定かつ多数の者」が含まれますので(2条5項)、一人又は数人のメンバーで練習する場合は「公衆」に該当しないことが多いと思われますが、ある程度まとまった人数の前で踊る場合には、社内イベントのようなクローズドのときでも「公衆」とされます。
また、振付師は、①未公表の振付けの公表の有無、時期、方法等を決定する権利(公表権。18条1項)、②振付けの発表に際して氏名表示の有無、内容(本名、芸名等)を決定する権利(氏名表示権。19条1項)、③自己の意に反して振付けを変更、切除等されない権利(同一性保持権。20条1項)を有します。
このように、振付け(の一部)を利用するには、振付師から許諾を得るといった権利処理が必要となり得ます。
他方、著作権法上、ダンサーは「実演家」と位置付けられます。「実演」とは、「著作物を演劇的に演じ、舞い、演奏し、歌い、口演し、朗詠し又はその他の方法により演ずること」(著作物を演じないが芸能的な性質を有するものを含む)とされ、「実演家」とは、「俳優、舞踊家、演奏家、歌手その他実演を行う者」等とされています(2条1項3号、4号)。芸能的な性質を有する行為は「実演」となり、その行為者は「実演家」となりますので、仮にダンスに創作性がなく、著作物性が否定される場合であっても、ダンサーは「実演家」となり得そうです。
実演家であるダンサーは、プロ・アマ問わず、自らのダンス・パフォーマンスを①録画する権利(録画権。91条1項)、②放送・有線放送する権利(放送権・有線放送権。92条1項)、③インターネットにアップロードする権利(送信可能化権。92条の2・1項)のほか、④その動画を販売する権利(譲渡権。95条の2・1項)等を有しています。ただ、著作者と比べて実演家の権利は狭く、いったん自分の実演を映画の著作物(=創作性のある動画)に録画することを許諾すると、その映画のDVD・ブルーレイ化、テレビ放送、インターネット配信(アップロード)には権利が及ばないといった制限があります(91条2項、92条2項、92条の2・2項)。
また、ダンサーも、①氏名表示の有無・内容(本名、芸名等)を決定する権利(氏名表示権。90条の2)や、②自己の名誉・声望を害する方法でパフォーマンスの改変を受けない権利(同一性保持権。90条の3)を有します。ただ、著作者の同一性保持権は「意に反する改変」を全て禁止できますが、実演家の同一性保持権は「名誉・声望を害する改変」に限って禁止し得るなど、制限されています。
このように、ダンサーのパフォーマンス(の一部)を利用するには、(振付師のほか)ダンサーとの権利処理を行うのが基本です。なお、ダンサーの1人1人が上記の実演家の権利を有しますので、ソロや少人数の場合だけでなく、大人数でダンス・パフォーマンスを行う場合でも、そのパフォーマンスの利用には各ダンサーとの権利処理が必要となります。
3.音楽
さて、ダンスとは切っても切れないのが音楽です。一般的に音楽は著作物に該当するため、音楽を利用してダンスを踊る場合には、その著作権等にも配慮が必要です。
音楽を利用する際には演奏権(22条)等が問題となり得ます。演奏権は、公衆に音楽を聞かせる権利をいい、生演奏だけでなく、CD音源や配信音源の再生も含みます。このため、音楽の著作権者(多くの場合はJASRACやNexToneといった音楽著作権管理会社)との権利処理なくCD音源や配信音源をダンス・パフォーマンスに利用した場合には、著作権侵害となり得ます。なお、個人やグループ内で音楽を流す場合は、「公衆」ではないとして、こうした権利処理が不要となる場合もあるでしょう。ただ、継続的にCD音源等を利用してダンス・レッスンを行うような場合は、受講生も「公衆」にあたるとして権利処理が必要となり得ます(名古屋地判2003年2月7日)。
また、編曲してダンス・パフォーマンスに利用する場合には、別途留意が必要です。編曲する権利(翻案権や同一性保持権)は著作権者や著作者に帰属しますので、権利者の許可なく編曲した場合には、翻案権や同一性保持権の侵害となり得るのです。単なるカットイン/カットアウトやフェードイン/フェードアウトの場合は基本的にセーフでしょうが、ピッチを変える、他の曲を重ねる、細切れにして繋げるといった場合には、やり方次第では翻案権や同一性保持権の侵害となり得るでしょう。なお、JASRAC等は編曲や改変についての権利処理を行っていませんので、許諾を取るとすれば著作権者等との個別交渉が必要となります。
4.文化祭での利用
このように、他者が創作した音楽や振付けを利用してダンス・パフォーマンスを行う場合には、その権利処理が必要となるのが原則ですが、一定の場合は例外規定により不要です。公表された著作物は、①非営利で、②聴衆や観衆から料金の支払いを受けず、かつ、③出演者にも報酬を支払わない場合には、公に上演や演奏をすることができるのです(38条1項)。この規定に従えば、文化祭等でのダンス・パフォーマンス等は音楽や振付けに関する権利処理なく行えます。
まず、①「非営利」とは、著作物の上演等が直接的・間接的にも営利を目的としていないことをいいます。例えば、企業がPR目的で行う無料コンサート等は、究極的には企業の利益を目的としていますので、非営利とは言えないでしょう。その意味で、学校法人は非営利団体である一方、株式会社が設立した学校設置会社は営利団体ですが、個別の文化祭や学芸会に限っては非営利といい得るように思えます。
次に、②の「料金」とは、入場料、会場費、会費等の名目を問わず、著作物の提供の対価全てをいいます。観客から料金を徴収しないことが必要であり、一般的な対価より廉価であっても、また、実費相当額であっても、著作物の提供の見返りとして観客から対価を徴収した場合には、この要件を満たさなくなります。また、ダンス教室の入会金や受講料も「料金」に該当し得るとされています(前掲・名古屋地判2003年2月7日)。
最後に、③「出演者の報酬」とは、出演者に対する対価をいい、出演者にギャラが支払われる場合は要件を満たしません。ただ、車代や食事代といった出演者に支払われる相当な実費は「出演者の報酬」に含まれないとされており、また、会場やスタッフの方々への対価も「出演者の報酬」には該当しないでしょう
上記3点を満たす場合には、音楽や振付けに関する権利処理は不要となります。ただ、条文上は元の曲や振付けをそのまま利用することが想定されており、編曲その他の改変は認められません。もっとも、現実的には、若干のアレンジや時間の関係での一部省略もよくあることだと思われますので、態様によっては「やむを得ない改変」として許容される場合もありそうです。
5.おわりに
本コラムはそろそろ終わりですが、著作物としてのダンスに関する判例はそれ程多くはない印象です。もしかすると、ジャンルによっては「ダンスのステップや振付けは共有財産」という意識もあるのかもしれません。今年の5月に来日していた(業界では)著名なタップ・ダンサーJason Samuels Smithも、過去のダンサーを尊敬し、また、その遺産ともいえるステップや振付けを大切にするという意味で「温故知新」の精神の大切さを語っていました。
さて、今回は説明中心でダンス愛は控えめにしましたが、いつか機会があればよりディープなものを。このコラムを参考に皆さんにも楽しく踊ってもらえると嬉しいです。
以上
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2023年3月30日 弁護士 岡本健太郎(骨董通り法律事務所 for the Arts)
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