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コラム column

2016年3月17日

刑法名誉・プライバシー裁判個人情報国際IT・インターネット

「アップル対FBI セキュリティ解除問題の持つ広がり」

弁護士  二関辰郎 (骨董通り法律事務所 for the Arts)



米国アップル社が、カリフォルニア州連邦裁判所からテロ事件の容疑者が持っていたiPhoneのセキュリティ機能を解除するよう命じられたが拒否した、というニュースに2月半ばに接した。その際に、自分がきちんとニュースを読まなかったせいもあるかもしれない。漠然と、特定の犯罪捜査で捕まった容疑者の個別事案について、アップルが捜査協力を拒否した話かと思っていた。しかし、この問題を少し調べてみると、特定の容疑者が持っているiPhoneの暗号解除に関する話にとどまらず、広がりを持った話であることがわかってきた。

カリフォルニア州連邦地方裁判所の裁判官が問題の命令を出したのは2月16日のことである。この命令文はA4で3枚と短い。

■ 命令文:"SB-Shooter-Order-Compelling-Apple-Asst-iPhone"

この命令は、FBIとアップルとが主張を闘わせたうえで出されたものではなく、単に捜査機関の申請に基づいて、つまり、アップルの言い分は聞かずに出されたものである。

その内容は、テロ事件の容疑者が所持していた個別のiPhone上のデータに捜査機関がアクセスできるよう、アップルに対し、「合理的な技術的援助」を求めるもの。「合理的な技術的援助」として、たとえば、iPhoneのパスコード入力に10回失敗した場合、暗号化されたデータが自動的に消去されるというiPhoneに備わっているデータ保護の機能を回避あるいは無効化することなどを求めている。アップルによれば、裁判所の命令が求めるようなソフトウエアは現時点では存在しない。それゆえ、命令に応じるためには、利用者に気づかれないうちに遠隔操作で暗号解読ができるソフトウエア(いわゆるバックドア・プログラム)を新たに開発しなければならないという。

アップルは、カリフォルニア州連邦裁判所裁判官が出したこの命令を破棄するよう求める書面を2月26日に同裁判所に提出した。

■ アップルの書面は、こちらの記事の本文1行目のits motionをクリックすると入手可能

そのなかで、アップルは、たとえば次のような主張をしている。


 命令の範囲は、確かに個別のiPhoneに関するものであるけれども、そのようなソフトウエアを新たに作成して捜査機関にいったん協力すれば、捜査機関が同様に押収している、あるいは今後押収する別の事件に関連した多数のiPhoneについて今後同様の申請がなされるであろう。将来的には、米国の捜査機関のみならず、他国でも同様のことが起こりうる。ハッカーがそのようなソフトウエアを入手すれば悪用されるおそれがある。


 この命令は、All Writs Act(全令状法)という1789年にできた法律に基づいて出されている。この法律に関する政府の解釈を前提にすると歯止めがなくなる。たとえば、政府の監視を助けるため、遠隔操作によって携帯端末のマイクのスイッチをオンにしたり、ビデオ録画をスタートさせることによって携帯端末の持ち主の会話をひそかに録音する。あるいは、遠隔操作によって位置情報のスイッチをオンにし、携帯端末の持主の居場所を把握する。そういうことをするためのソフトウエアを「合理的な技術的援助」として作るべきことにもなりかねない。


 アップルは、問題となっている端末について、政府の捜査に協力し、代替的にデータを取得できる方法(たとえば、iCloudに自動的にバックアップを作成する方法)を示唆するなどもしてきた。しかし、その後、FBIはアップルにきちんと相談することなく、iCloudのパスワードを変更する措置をとってしまい、そのような可能性を自ら封じてしまった(iCloudのパスワードを変更すると自動的バックアップはできなくなる)。もし、FBIが、そのような措置をとる前にアップルに相談していれば、本件で政府が求めているような法的措置はそもそも必要がなかった。

アップルが、上記書面を提出した3日後のことである。今度はニューヨーク州連邦地方裁判所の裁判官が、麻薬密売の容疑者のiPhoneに関する同様の政府の要求について、カリフォルニア州連邦地裁裁判官とは反対の結論を出した。こちらの判断(「NY判断」)は、政府とアップルとの議論の応酬を経たうえで出されたもので、決定文はA4サイズ程度の用紙で50頁に及ぶ。

■ ニューヨーク州連邦地方裁判所の決定文は、こちらの記事の本文1行目のdeniedの部分をクリックすると入手可能

NY判断は長いので、ここで内容には立ち入らないが、この命令文は、All Writs Actの制定や改正経緯、1994年に制定されたCommunications Assistance for Law Enforcement Act(法執行機関の通信援助法)の要件等を検討した後に、政府の主張を排斥するものである。

NY判断は、最後に、「この判断をするにあたり、本命令は、『合法的に入ることを拒める強いドアなど世の中に存在しない』とする政府の正当な利益と、それに対立する同様に正当な社会の利益のいずれが優先するのかを判断するものではない。そのように対立する社会の利益は、プライバシーに対する合理的期待という個人的利益(そのような利益は合法的な令状に基づく義務に劣後する)を超えるものであり、たとえば、権限のないアクセスや誤った利用が引き起こす計り知れない害からセンシティブな内容の電子的保存データを守ることにより、個人にとって重要な安全、ビジネスにとって重要な公正競争、社会全体にとって重要な国家安全保障といった、より基本的で普遍性をもった利益などがある」といった趣旨のことを述べている。(なお、この部分は適宜省略や意訳をしている。)

この問題については、元CIA長官のマイケル・ヘイデン氏が、「1台の解除で終わるとは考えにくい。セキュリティ専門家の立場からすれば暗号を弱くすべきではない」と述べてアップルを擁護したと伝えられている。また、国連の人権高等弁務官が3月4日に声明を発表し、ロック機能の解除は利点だけでなく広範な影響を及ぼすと述べ、ロック機能が解除されれば個人情報が漏れて犯罪者に悪用されるおそれもあると懸念を示し、慎重な対応を米国政府に求めている。

アップルは、アップルの立場を支持するアミカス・ブリーフ(裁判の当事者以外が裁判所に提出する意見書等)を一覧できるウエブページを公開している。同ウエブページには、そのようなアミカス・ブリーフを提出した者として、複数の法学者やAmazon, Facebook, Google, Microsoft, Yahooといった名だたるIT企業、ACLU, EPIC, EFFといった定評ある市民団体などの多数の名前が並んでいる。

このように、アップルとFBIが対立しているセキュリティ解除問題は、単に問題となっている容疑者の携帯端末だけにとどまらず、一般市民やビジネスにも影響を及ぼしうる広がりのある問題である。裁判所の判断も分かれているうえ、注目すべき人物や団体・機関が意見表明をしている意味でも広がりがある。なお、日本で大企業が政府と法廷闘争をすることはあまりないが、訴訟大国アメリカではそれほど珍しいことではない。「訴訟大国」という場合、なんでもすぐに裁判沙汰にするといった消極的意味合いを伴う場合が多いかもしれない。しかし、他方で、法廷で争うということは、問題解決のために裁判所という公正・公平な第三者機関に入ってもらい、法律という民主的に成立したルールに則って公正な解決を指向するという積極的意味合いもある。

以上

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