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コラム column

2024年9月25日

著作権音楽

「いま、実演家が熱い!?―レコード演奏・伝達権をめぐる動き」

弁護士  橋本阿友子 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

デパートやスーパーなどの小売店から、飲食店、美容院にいたるまで、様々な業種の店舗がBGMを流している今日では、1日のうちで1度も音楽を耳にしない日はないといっても過言ではありません。このように、我が国では、多くの店舗や施設が、音楽を流すことで集客や販促、空間づくり(ムードづくり)の効果を期待しています。実際に、筆者自身も、自分が心地よいと感じた音楽を聴いているときは、いつもよりお財布のひもが緩む、という実感があります。また、特に飲食店などにおいて、BGMは、客の会話をマスキングするといったプライバシーへの配慮や、食器の音を打ち消すといった目的で使用されている場合もあるようです。
しかし、このBGMの使用について、実はその音源の演奏者(実演家)や作成者たるレコード会社(レコード製作者)には、何の対価も還元されていないことをご存知でしょうか?

この間実施されたアンケート(レコード演奏権等及び私的領域における デジタル方式の録音録画等に関する調査 報告書参照)によれば、一般国民(音楽の権利者ではない)に対する調査において、「店舗等においてBGMとして音楽を利用することに対する対価を求める権利が・・・日本では実演家とレコード製作者には与えられていません。このことに関してどう思いますか」との質問について、「実演家・レコード製作者にはBGM利用の対価を求める権利が与えられていると思っていた」と回答した人が最も多い結果となりました(51%)。多くの人が、音楽のBGM利用にかかる著作権法の規律について、誤った理解をしていたということになります。

著作権法には、著作者・著作権者のほかに、実演家やレコード製作者、放送・有線放送事業者といった著作隣接権者が登場します。著作隣接権者のうちこれら実演家・レコード製作者には、著作隣接権と呼ばれる著作権に準じた権利(許諾権)と、実演又は商業用レコードを利用した際に使用料や報酬を受けることのできる権利(二次使用料・報酬請求権)が付与されています。この実演家・レコード製作者に付与された権利の内容をみてみると、著作権に比べ、その範囲が相当程度狭いといえます(下記表参照)。実演家やレコード製作者といった著作隣接権者は、著作物の創作ではなく既に創作された著作物を伝達するという役割を有するに過ぎず、また、(特に実演家については)創作に準ずる活動を行う者として捉えられていることからも、著作隣接権者に付与される権利は、著作者に付与されている著作権に準ずる(著作権より弱い)もの、と考えられているためです。その理屈は充分に理解しているつもりですが、私は常々、この著作隣接権者(特に実演家)の保護が“薄すぎる”のではないか、と思っていました。その代表格が、レコ―ド演奏・伝達権の規定の不存在というわけです。

著作権 実演家・レコード製作者の権利
著作隣接権 二次使用料・
報酬請求権
実演家 レコード製作者
・複製権 ・展示権
・演奏権 ・頒布権
・上映権 ・譲渡権
・公衆送信権・貸与権
・伝達権 ・翻案権
・口述権
・二次的著作物利用権
・録音・録画権
・放送・有線放送権
・複製権 ・商業用レコード二次使用料請求権
・期間経過商業用レコード報酬請求権
・送信可能化権
・譲渡権
・貸与権

冒頭で述べたとおり、BGMなどによるレコード(音源)の再生・伝達について、実演家・レコード製作者には対価が還元されておりません。それは、実演家・レコード製作者には、演奏権や伝達権が与えられていないからです(一方で、著作権者には、演奏権が与えられています)。著作権法については、多くの国が批准している条約に則って各国の国内法が定められているため、どの国の規定も大幅には異ならないのですが、実はレコード演奏・伝達権については、日本が特殊だといえます。この点について、1961年のローマ条約は、レコード又はその複製物が放送または公衆への伝達に直接使用される場合には報酬が実演家若しくはレコード製作者またはその双方に支払われるべき、と規定しています。その後の1996年の「実演及びレコードに関する 世界知的所有権機関条約(WPPT)」でも、実演家およびレコード製作者は、レコードを放送又は公衆への伝達のために、直接又は間接に利用することについて、単一の衡平な報酬を請求する権利を享有すると定めています。これらを受け、欧州においては加盟国にその保護を義務づけるなどとし、そのほか多くの国において、レコード演奏・伝達権(許諾権あるいは報酬請求権)が規定されています。しかしながら、我が国では、これら権利の創設について、随分昔にも議論がなされていたにもかかわらず、ローマ条約やWPPTに設けられていた留保条項に基づく留保を宣言したまま、今にいたってしまいました。実は、我が国では、録音物の再生については、著作権ですら、長年大きく制限されていた(つまり、一定の場合を除き録音物の再生は自由だった)過去があります。つまり、我が国における実演及びレコード製作に対する保護は、やや特殊な状況となっているのです。


例:レコード演奏・伝達権に関する主要な国と我が国の規律

   
実演家 報酬請求権 -
レコード製作者 許諾権 報酬請求権 -

このように、我が国は、レコード演奏・伝達権に関し(米国を除く)主要国とは別の規律をとっていたわけですが、2019年2月に発効した日EU経済連携協定(EPA)で、公衆への伝達におけるレコードの利用の保護が議論の対象となり、国際的にも日本におけるレコード演奏・伝達権の創設の気運が高まりました。そして、「新たなクールジャパン戦略」(2024年6月4日 知的財産戦略本部)では、デジタル化やグローバル化に応じたビジネスモデルへの転換、商慣習の見直し、クリエイターとの契約の在り方の見直し等を行うことが必要と宣言しつつ、「実演家・レコード製作者に対して適切な対価を還元する観点から、国際的な著作権制度や報酬請求権の導入に係る関係者の合意形成及び円滑な徴収・分配体制の見通し等を踏まえつつ、実演家・レコード製作者への望ましい対価還元の在り方について検討を進めるべきである」との提言がなされています。

BGMなどによるレコード(音源)の再生・伝達にあたり実演家・レコード製作者に対して対価を還元すべきかという大命題については、一般国民への調査において、店舗等でのBGM利用に対価を求める権利の主体を作詞・作曲家から実演家・レコード会社に拡大することは望ましいと回答した人の方が、望ましいと回答しなかった人より多いという結果があり(62.4%)、店舗にBGMを提供する事業者側においても、その重要性は認識されているようです。もっとも、BGM提供事業者側からは、同時に、新しい権利が導入された場合の仕組みづくりには、慎重な見方もなされています。その背景には、BGM提供事業者と実演家・レコード製作者の間では契約が締結されているところ、BGM提供事業者がレコード会社から音源の使用許諾を得て、BGM提供事業者からレコード会社に支払う報酬の中から印税という形で対価がレコード会社から実演家に分配されているというビジネススキームなど、結果的に対価が還元されていると評価できる可能性があるという実情があります。そのため、実演家とレコード製作者との間で、BGM利用にあたってどのような契約を行っているのかを調査した上で、妥当な対価の還元方法を探っていくことが、今後の課題となりそうです(以上につき、上記報告書参照)。また、自ら音源を用意して利用する施設における曲目報告方法や適正な徴収額、徴収方法なども検討すべき問題であり、実現に向けては相当に課題面も大きいだろうことが予想されます。

先日、とある作曲家から、生成AIの登場により、作曲家より実演家が注目される時代が来ているという、興味深い話を聞きました。なるほど、確かに生成AIによって大量の楽曲が瞬時に作成されるようになり、作曲業務の多くをAIに奪われているといった事態が起きている裏で、人間による個々の曲の表現の方が重視されるようになってきた、ということだと理解しました。特に我が国においては、著作権者に比べて権利が弱かった実演家ですが、その権利が大きく飛躍するときが、もうすぐそこにきているかもしれません。

以上

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