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2024年6月26日

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「万が一に備える!労働者以外も加入できる労災保険特別加入の基礎知識(芸能従事者・アニメ制作者編)」

弁護士  原口恵 (骨董通り法律事務所 for the Arts)


1. 労災保険の特別加入制度とは?

業務中や通勤中にケガや病気等をする可能性は、労働者だけでなく、フリーランスなど個人事業主の方等も同様にあります。そのような万が一の傷病等に備えるために、労災保険の特別加入制度があります。

そもそも、労災保険制度とは何なのか。これは、業務中や通勤中のケガや病気等に対して必要な保険給付を行う制度です。労災保険は労働者=「職業の種類を問わず、事業に使用される者で、賃金を支払われる者」を対象としているため、労働者ではない個人事業主等の場合は、原則、労災保険の対象とはなりません。
しかし、労働者以外の者であっても、業務の実情、災害の発生状況などから、特に労働者に準じて保護することが適当であると認められる一定の者について、特別に労災保険の任意加入が認められており、2021年4月からは芸能関係やアニメ制作関係の方にも対象範囲が拡大されました。これが、労災保険の特別加入制度です。加入することで休業補償の他、業務中や通勤中のケガや病気への手厚い補償が受けられます。

特別加入には、次の4種類があります。それぞれの加入者の範囲や加入手続き等の詳細は、特別加入制度のしおりをご覧ください。

中小企業事業主 中小企業事業主、家族従事者、業務執行権を有する役員など
一人親方 労働者を使用せずに一定の事業を行うことを常態とする一人親方、その他の自営業者及びその事業に従事する者
特定作業従事者 一定の作業に従事する者
海外派遣者 日本国内で行われる事業(建設の事業などを除く)から派遣されて、海外支店、工場、現場、現地法人、海外の提携先企業等、海外で行われる事業に従事する労働者

なお、フリーランス保護法が施行される2024年11月1日以降は、フリーランス(同法上の特定受託事業者)が発注者から業務委託を受けて行う事業を対象に、広くフリーランスも加入対象となります。フリーランスの保護が促進されているものの、個人事業主の方等も自らを守るために、各種補償が手厚い労災保険の特別加入を検討してみる価値があるかもしれません。

2.芸能従事者・アニメ制作者の労災保険特別加入手続き

本コラムでは、上表の特定作業従事者に含まれる「芸能関係作業従事者」及び「アニメーション制作作業従事者」に絞って、特別加入制度を概説します。

①加入対象者

◆芸能関係作業従事者
放送番組(広告放送を含む。)、映画、寄席、劇場等における音楽、演芸その他の芸能の提供の作業又はその演出若しくは企画の作業に従事する人をいいます。具体例は以下のとおりで、実演家やスタッフが広くカバーされる形になっています。なお、職種を限定するものではないため、業務内容等の実態をみて加入の可否が判断されます。

1. 芸能実演家
・俳優(舞台俳優、映画及びテレビ等映像メディア俳優、声優等)
・舞踊家(日本舞踊、ダンサー、バレリーナ等)
・音楽家(歌手、謡い手、演奏家、作詞家、作曲家等)
・演芸家(落語家、漫才師、奇術師、司会、DJ、大道芸人等)
・スタント 他

2. 芸能製作作業従事者
・監督(舞台演出監督、映像演出監督)・撮影・照明・音響・効果、録音
・大道具製作(建設の事業を除く)・美術装飾・衣装・メイク・結髪
・スクリプター・ラインプロデュース・アシスタント、マネージメント 他

◆アニメーション制作作業従事者
アニメーションの制作の作業に従事する人をいいます。具体例は以下のとおりで、アニメーション制作に関わる人が広くカバーされています(声優は上記の芸能関係作業従事者に含まれます)。こちらも職種は限定されず、業務内容等の実態をみて加入の可否が判断されます。

・キャラクターデザイナー ・作画 ・絵コンテ ・原画 ・背景
・監督(作画監督、美術監督等)・演出家・脚本家・編集(音響、編集等)他

②加入の手続き

加入希望者は、次のいずれかの方法で特別加入の手続きを行います。いずれの場合も、特別加入団体から所轄の労働基準監督署長を経由して、都道府県労働局長へ加入申請書等が提出されます。
・それぞれの特別加入団体(特定作業従事者の団体)として都道府県労働局長の承認を受けた団体を通じて申し込む。
・新たにそれぞれの特別加入団体を設立して、同団体を通じて申し込む。

それぞれの特別加入団体をいくつかご紹介します。下表のとおり、保険料とは別に特別加入団体の入会金や年会費、更新手数料を支払う必要があります。

芸能関係作業従事者
全国芸能従事者労災保険センター 入会金:3,000円
年会費:7,000円
更新手数料:2,000円
日本アーティスト労災対策センター 入会金 :1,000円
団体会費:12,000円(4月加入の場合)
映適スタッフセンター労災 入会金:なし
年会費:6,000円(4月加入の場合)
アニメーション制作作業従事者(現在1団体のみ)
全国アニメ制作従事者労災保険センター 入会金:3,000円
年会費:7,000円(4月加入の場合)
更新手数料:1,000円(2年目以降)

③給付基礎日額・保険料

労災保険の特別加入では、加入する個人事業主等が自ら保険料を負担する必要があります。

では、気になる保険料はいくらなのでしょうか。これは、給付基礎日額によって決まります。給付基礎日額とは、保険料や保険給付額を算定する際の基礎となる金額であって、加入者の申請に基づいて、労働局長が決定します。具体的には、3,500円から25,000円までの16段階の金額から設定できます。設定にあたっては所得水準に見合った金額(年収を365で割った金額)が目安となりますが、いくらで申請するかはあくまでも本人の任意です。ただし、給付基礎日額を低く設定すれば保険料は安く抑えられる一方、休業補償等の保険給付額が少なくなるため、保険料と保険給付額のバランスを考えて設定することがおすすめです。

給付基礎日額が決まれば、下記計算式から保険料(年額)が算出できます。

給付基礎日額×365×3/1000

例えば、給付基礎日額を10,000円で設定した場合、保険料(年額)は10,950円、1ヶ月あたり約912円となります。

3.補償を受けられる範囲(業務上外認定)

特別加入によって、加入者の行うすべての業務から生じた災害に対して保険給付を受けられる訳ではありません。あくまでも、労働者の行う業務に準じた業務の範囲で保険給付を受けることができます。とはいえ、一般的に芸能関係やアニメーション制作で想定される業務から生じた災害は保険給付の対象となっているようです。芸能関係作業従事者及びアニメーション制作作業従事者の災害の認定基準は、それぞれ以下のとおりとなります(令和3年3月9日付け基発0309第1号通達)。

①業務災害

業務災害とは、業務上の負傷、疫病、障害又は死亡をいいます。この「業務上」の判断にあたっては、業務遂行性と業務起因性が認められる必要があります。

芸能関係作業従事者 ●業務遂行性は、次の行為を行う場合に認める。
・契約に基づき報酬が支払われる作業のうち、放送番組(広告放送を含む。)、映画、寄席、劇場等における音楽、演芸その他の芸能の提供の作業又はその演出若しくは企画の作業*(ただし、建設の事業及びアニメーション制作作業を除く。)及びこれに直接附帯する行為を行う場合
・上記に必要な移動行為を行う場合**(通勤災害の場合を除く)
●業務起因性は、労働者の場合に準ずる(業務と傷病等との間に相当因果関係が認められること)。
アニメーション制作作業従事者 ●業務遂行性は、契約による作業のうち、アニメーションの制作の作業(芸能関係の作業を除く)及びこれに直接附帯する行為を行う場合に認める。
●業務起因性は、労働者の場合に準ずる(同上)。

* 例:俳優・声優における打ち合わせ、稽古、リハーサル、公演、撮影、宣伝活動等
  プロデューサーにおける会議、撮影場所・ロケ撮影現場の下見、撮影指示等
**例:テレビ局からロケ撮影現場への移動、映画撮影における撮影場所の移動等

②通勤災害

通勤災害とは、通勤による負傷、疾病、障害又は死亡をいいます。この場合の「通勤」とは、就業に関し、(i)住居と就業の場所との間の往復、(ii)就業の場所から他の就業の場所への移動、(iii)赴任先住居と帰省先住居との間の移動を、合理的な経路及び方法で行うことをさします(業務の性質を有するものは除きます)。


4.保険給付

業務や通勤によってケガや病気等をしてしまった場合には、主に次の補償を受けられます。

・療養(補償)給付

給付基礎日額とは関係なく、傷病等が治癒するまで病院等で必要な治療が無料で受けられます。通常の健康保険で治療を受ける場合には3割自己負担であることをふまえると、メリットは大きいと思われます。

・休業(補償)給付

療養のために労働することができない場合、休業4日目以降、1日当たり給付基礎日額の60%相当額に加えて、特別支給金として休業4日目以降、1日当たり給付基礎日額の20%相当額の給付を受けられます。すなわち、合計で給付基礎日額の80%相当額の給付がなされます。休業(補償)給付も傷病等が治癒するまで行われ、仮に傷病等の原因となった業務の契約期間が終了したとしても給付は継続されます。
例:給付基礎日額1万円、20日間休業した場合
  休業(補償)給付…1万円×60%×(20日-3日)=10万2000円
  特別支給金…………1万円×20%×(20日-3日)=3万4000円

・障害(補償)給付

傷病等が治った後に一定の障害が残った場合、その障害等級に応じて年金(障害等級第1級~第7級)又は一時金(障害等級第8級~第14級)が支給されます。年金は分割で定期的に給付され、一時金は一回限りの給付となります(以下、同様です)。加えて、障害等級に応じて一定額の特別支給金も支給されます。こちらは、症状固定後の期間に対して支給されます。
例:給付基礎日額1万円、障害等級第1級の場合
  年金…………1万円×313日分=313万円
  特別支給金………………………342万円

・傷病(補償)年金

療養開始後1年6ヶ月を経過した日又は同日後において、傷病等が治癒しておらず、かつ、傷病等による障害の程度が傷害等級に該当する場合、その傷害等級に応じて一定金額の年金及び特別支給金としての一時金が支給されます。こちらは、症状固定前の期間に対して支給されます。
なお、傷病(補償)年金が支給される場合には、療養(補償)給付は引き続き支給されますが、休業(補償)給付は支給されません。これは、傷病(補償)年金が休業(補償)給付に代わって支給されるものであるためです。
例:給付基礎日額1万円、傷病等級第1級の場合
  年金………1万円×313日分=313万円
  特別支給金……………………114万円

・遺族(補償)給付

加入者が死亡した場合、一定範囲の遺族の人数に応じて年金が支給されます。加えて、遺族の人数に関わらず、特別支給金として300万円も支給されます。
例:給付基礎日額1万円、遺族4人の場合
  年金………1万円×245日=245万円
  特別支給金……………………300万円

なお、業務又は通勤による災害が特別加入者の故意又は重大な過失によって発生した場合や保険料の滞納期間中に生じた場合は、全部又は一部の支給制限が行われることがあります。


5.特別加入制度上、異なる作業に複数従事する場合

上記3のとおり、特別加入制度では業務遂行性が認められる範囲が通達で定められているところ、特別加入制度において異なる作業とされている複数の作業に従事する場合、それぞれの作業で労災保険の適用を受けるためには、それぞれについて特別加入をする必要があります。
例えば、芸能関係作業とアニメーション制作作業いずれも行う個人事業主等の場合、いずれについても特別加入をしなければ、補償を受けられないおそれがあります。これは、業務遂行性が認められる範囲が異なるためです。この場合、それぞれの保険料に加えて、特別加入団体の入会金や会費を支払わなければならず、負担が大きくなってしまうというデメリットがあります。
※複数の現場を抱えているが、いずれも芸能関係作業のみ、あるいはアニメーション制作作業のみであれば、該当する作業についての特別加入をすれば足りることになります。


6.おわりに

2022年度末時点における特別加入の加入者数は、芸能関係作業従事者が719人、アニメーション制作作業従事者に至ってはわずか35人に留まっています。明らかに加入者数が少ない原因の一つとして、特別加入制度について業界での認知度が低いことが挙げられます。労働者でなければ労災保険に加入できないという認識も相まって、特別加入制度の存在がほとんど知られていないのが現状です。そのため、まずは特別加入制度の周知が不可欠です(本コラムもその一助になれば!)。
もちろん、保険料や特別加入団体の年会費等の費用を自己負担しなければならないことから、個人事業主の方等にとっては特別加入が難しい場合も考えられます。この点は、業務を委託する事業主側が、特別加入している個人事業主等に対して若干の対価増額を図るといった対応をし、加入のインセンティブとすることも一案です。というのも、個人事業主等が特別加入をすることで、業務を委託する事業主側が傷害保険等の保険料を節約でき得ると考えられるためです。
本コラムが、労災保険の特別加入をご検討いただく際のご参考になれば幸いです。

※「労働者」の判断に注意!
労働者に該当するかは、必ずしも雇用契約を締結している場合に限られません。形式的には請負契約等により個人事業主等に対して業務を委託している場合であっても、実態として当該個人事業主等が労働者として認められる場合は、特別加入せずとも労災保険が適用され、補償を受けることができます。具体的には、(i)諾否の自由、勤務場所や勤務時間の拘束を含め指揮命令関係がある、及び(ii)報酬が勤務時間に応じた計算になっているといった場合は、労働者として認められる可能性が高いです。
この場合、事業主は労災保険の成立手続きを行う義務があります(保険料も事業主が納めることになります)。かかる手続きを怠ると、最大2年間(3年度分)を遡って保険料の徴収がなされ、併せて保険料の10%が追徴金として徴収されます。また、事業主が故意又は重大な過失により労災保険の成立手続きを行わないときは、療養を開始した日(即死の場合は事故発生日)の翌日から3年以内に給付された労災給付の全部又は一部の徴収が行われます。
したがって、事業主側は個人事業主等に業務委託する際には、労災保険の適用有無についても意識する必要があります。労働者かどうかの判断がご不明な場合は、お近くの労働基準監督署にもご相談ください。

以上

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