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コラム column

2024年4月24日

労働法契約アートエンタメ

「エンタメ業界におけるハラスメント防止策導入時のヒント
~フリーランス新法の施行(2024年11月予定)を見据えつつ~」

弁護士  寺内康介 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

1 はじめに

 エンタメ業界におけるハラスメント対策の重要性は一段と増しています。各所でハラスメント防止に向けた着実な取組みが行われていますが、本コラムでは、施行の迫るフリーランス新法も見据え、法律の観点からハラスメント対策をみていきます。
 全ての事業主にハラスメント対策が義務づけられていることはご存知でしょうか。ご存知の方も、関連する法令や情報が多く、対応しきれるか不安になったことがあるかもしれません。もっとも、法は無理な対策を求めているものではありません。また、法律に従った「体裁」を単に整えることでなく、お互いにとって豊かで働きやすい環境を作る合理的な工夫がより重要でしょう。
 そこで、本コラムでは、法が求めるハラスメント対策を概括した上で、特にエンタメ業界における効果的なハラスメント防止策導入のポイントを考えていきたいと思います。導入のヒントになれば幸いです。

* なお、ハラスメントに関する各種情報は、厚生労働省ウェブサイト「あかるい職場応援団」に充実しています。

2 どのようなハラスメントへの対策が法律で義務づけられているか

(1) 現行法
現在の法律では、事業主には、以下の各ハラスメントに対して適切な措置をとることが義務付けられています。

ハラスメントの類型 根拠法令
パワーハラスメント 労働施策総合推進法30条の2第1項
2020年4月から、中小企業を含むすべての事業主に対して義務化
セクシュアルハラスメント 男女雇用機会均等法11条1項
当初は女性へのセクハラを対象としていたが、平成18(2006)年改正により、男性労働者へのセクハラも対象(同法11条1項)。
妊娠・出産等に関するハラスメント 男女雇用機会均等法11条の3第1項
育児休業、介護休業等の取得に関するハラスメント 育児介護休業法25条1項

(2) フリーランス新法
 上記現行法が規定するのは、雇用する従業員などがハラスメント受けないように、あるいは受けた際に適切な対応を行う義務でした。もっとも、2024年11月に施行予定のフリーランス新法では、さらに、発注をした先のフリーランスが業務に関してハラスメント(パワーハラスメント、セクシュアルハラスメント、妊娠・出産等に関するハラスメント)を受けないようにし、あるいは受けた際に適切な対応を行う義務が各事業主に課せられます(フリーランス新法14条1項)。
 また、一定期間(現在6ヶ月以上として検討中)以上の継続的業務委託の場合、育児介護等の状況に応じた配慮をする義務が課せられます(同法13条1項、継続的業務でない場合は努力義務。同法13条2項)。

特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律
(妊娠、出産若しくは育児又は介護に対する配慮)
第13条 特定業務委託事業者は、その行う業務委託(政令で定める期間以上の期間行うもの(当該業務委託に係る契約の更新により当該政令で定める期間以上継続して行うこととなるものを含む。)に限る。以下この条及び第十六条第一項において「継続的業務委託」という。)の相手方である特定受託事業者からの申出に応じて、当該特定受託事業者(当該特定受託事業者が第二条第一項第二号に掲げる法人である場合にあっては、その代表者)が妊娠、出産若しくは育児又は介護(以下この条において「育児介護等」という。)と両立しつつ当該継続的業務委託に係る業務に従事することができるよう、その者の育児介護等の状況に応じた必要な配慮をしなければならない。
2 特定業務委託事業者は、その行う継続的業務委託以外の業務委託の相手方である特定受託事業者からの申出に応じて、当該特定受託事業者(当該特定受託事業者が第二条第一項第二号に掲げる法人である場合にあっては、その代表者)が育児介護等と両立しつつ当該業務委託に係る業務に従事することができるよう、その者の育児介護等の状況に応じた必要な配慮をするよう努めなければならない。

(業務委託に関して行われる言動に起因する問題に関して講ずべき措置等)
第14条 特定業務委託事業者は、その行う業務委託に係る特定受託業務従事者に対し当該業務委託に関して行われる次の各号に規定する言動により、当該各号に掲げる状況に至ることのないよう、その者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を講じなければならない。
性的な言動に対する特定受託業務従事者の対応によりその者(その者が第2条第1項第2号に掲げる法人の代表者である場合にあっては、当該法人)に係る業務委託の条件について不利益を与え、又は性的な言動により特定受託業務従事者の就業環境を害すること。
② 特定受託業務従事者の妊娠又は出産に関する事由であって厚生労働省令で定めるものに関する言動によりその者の就業環境を害すること。
取引上の優越的な関係を背景とした言動であって業務委託に係る業務を遂行する上で必要かつ相当な範囲を超えたものにより特定受託業務従事者の就業環境を害すること。


 なお、フリーランス新法では他にも、フリーランスへの発注について一定の事項を記載した書面・メールの交付義務などが定められます。フリーランスの関与が多いエンタメ企業にとっては特に対応が求められる法改正ですので、ぜひ施行に向けて確認をおすすめします(フリーランス新法の全体像について、小山弁護士のこちらのコラムご 参照)。

3 法が求めるハラスメント対策(措置義務の内容)

 ごく簡単には、以下の大きく3つの措置義務(+併せて講ずべき義務)が定められています。うち1、2は事前の策であり、3はハラスメント発生時の対応です(本コラム後半では、予防策といえる1,2を中心に見ていきます)。

 1. 社内方針の明確化、従業員への周知・啓発
2. 相談体制の整備(相談窓口設置、周知等)
3. ハラスメント発生時の迅速・適切な対応(事実確認、行為者・被害者への対応等)
+併せて構ずべき措置(プライバシー配慮、相談による不利益取扱い禁止)


 各措置義務の内容をもう少し詳しくみると、おおむね下表のようになります(各ハラスメントの類型に応じて厚生労働省が出している指針をまとめたものです)。1~3の措置義務(+併せて講ずべき義務)の内容として、細かく分けると①~⑩の義務が定められているということです。なお、「対応例」に記載した内容は、あくまで義務を果たしたといえる例示なので、この例示通りに行わなくてはならないわけではありません。

1. 事業主の方針等の明確化、その周知・啓発 ① ハラスメントの内容・ハラスメントをしてはならない旨の社内方針の明確化、従業員への周知・啓発
  対応例)社内報、社内ホームページに掲載、従業員への研修、講習
② ハラスメント行為者への対処方針・内容を服務規律等を定めた文書に規定、従業員への周知・啓発
  対応例)就業規則にハラスメント行為者の懲戒規定を定めて周知
2. 相談体制の整備 ③ 相談窓口の設置、従業員への周知
  対応例)相談対応担当者を定める、相談制度を作る、相談対応の外部への委託
④ 窓口担当者において、状況に応じた適切な対応、相談者が萎縮しない配慮、ハラスメント該当性が微妙な場合も広く相談に応じるようにする
  対応例)窓口担当者と他部門の連携、相談窓口マニュアル、窓口担当向け研修
3. ハラスメントへの事後の迅速・適切な対応 ⑤ 事実関係の迅速、正確な確認
  対応例)相談者・行為者双方からの事実確認(必要に応じて第三者からも聴取)
確認困難な場合の調停申請、その他第三者機関での紛争解決
⑥ ハラスメントが確認できた場合、被害者への速やかな配慮措置
  対応例)関係改善支援、行為者との引き離し、行為者による謝罪等
⑦ ハラスメントが確認できた場合、行為者への適正な措置
  対応例)就業規則等に基づく処分
⑧ 再発防止に向けた措置
  対応例)ハラスメントへの方針の再周知、改めての研修、講習など
4. 併せて講ずべき措置 ⑨ 相談者・行為者のプライバシー配慮
  対応例)プライバシー保護の社内周知、相談窓口マニュアル、窓口担当向け研修
⑩ 相談により不利益取扱いをされない旨の規定、周知
  対応例)就業規則にその旨規定し、周知

* 各指針の内容は、こちらの厚労省パンフレット(以下「厚労省パンフレット」)参照。パワーハラスメントに関する指針は43頁以下、セクシュアルハラスメントに関する指針は50頁以下、妊娠・出産等に関するハラスメントに関する指針は54頁以下、育児休業、介護休業等の取得に関するハラスメントに関する指針62頁以下。

 なお、フリーランス新法で求められる措置義務の詳細となる厚生労働省指針は本コラム執筆時点で意見公募手続(パブリックコメント)中です(こちらの別紙4指針案)。今後指針が確定・公表されれば、これに沿った対応が必要です。

4 ハラスメント防止策導入に当たっての工夫

 それでは、エンタメ業界の特質も踏まえ、特にハラスメントの防止策(措置義務の1,2)の導入に当たっての工夫を考えていきたいと思います。

(1) 社内方針の明確化、従業員への周知・啓発

① ガイドラインの策定

 上述の措置義務1つ目では、ハラスメント内容を明確化し、周知すること等が求められています。「ハラスメントガイドライン」を定め関係者に周知することも、この措置義務を果たす一つの方法です。こうしたガイドラインは形式上のものとして軽視される向きもありますが、実は重要な役割を果たすといえます。以下、効果的なガイドラインとする工夫をみていきたいと思います。

〇ガイドラインの意義、活用方法のイメージ

 ハラスメントへの線引きや問題意識は人によってかなりまちまちであり、特にエンタメ業界(例えば映像や舞台作品の制作現場など)は、社内のメンバーで業務が完結するのでなく、他社、他事務所所属のメンバーが集まって作業をすることも多いです。そのため、ガイドラインで禁止行為を明示し、関係者間で意識共有を図ることは特に重要といえます。
 この観点から、最近では、映像・舞台分野を中心に作品制作の初期段階で、関係するメンバー全員でのガイドラインの読み合わせやハラスメント研修を行うことも増えてきています。まずはこうしたガイドラインの意義や活用方法をイメージしながら策定することで、自然と使いやすいガイドラインになっていくと思われます。

〇現場に即した内容

 ここで重要なのは、やはりその現場、業務に即した内容とすることでしょう。 例えばパワーハラスメントは、法律では「職場において行われる、①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えており、③これにより労働者の就業環境が害されるもの」と定義されます。そして、厚生労働省は、下表のとおり、パワーハラスメントに該当すると考えられる代表的な6類型を例示とともに挙げています(目にされたことのある方も多いと思います)。

代表的な言動の類型 該当すると考えられる例 該当しないと考えられる例
(1)身体的な攻撃
(暴行・傷害)
① 殴打、足蹴りを行う
② 相手に物を投げつける
① 誤ってぶつかる
(2)精神的な攻撃
(脅迫・名誉棄損・侮 辱・ひどい暴言)
① 人格を否定するような言動を行う(相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を含む。)
② 業務の遂行に関する必要以上に長時間にわたる厳しい叱責を繰り返し行う
③ 他の労働者の面前における大声での威圧的な叱責を繰り返し行う
④ 相手の能力を否定し、罵倒するような内容の電子メール等を当該相手を含む複数の労働者宛てに 送信する
① 遅刻等社会的ルールを欠いた言動が見られ、再三注意してもそれが改善されない労働者に対して一定程度強く注 意をする
② その企業の業務の内容や性質等に照らして重大な問題行動を行った労働者 に対して、一定程度強く注意をする
(3)人間関係からの切り離し
(隔離・仲間外し・無視)
① 自身の意に沿わない労働者に対して、仕事を外し、長期間にわたり、別室に隔離したり、自宅研修させたりする
② 一人の労働者に対して同僚が集団で無視をし、職場で孤立させる
① 新規に採用した労働者を育成するために短期間集中的に別室で研修等の教育を実施する
② 懲戒規定に基づき処分を受けた労働 者に対し、通常の業務に復帰させるために、その前に、一時的に別室で必要な研修を受けさせる
(4)過大な要求
(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)
① 長期間にわたる、肉体的苦痛を伴う過酷な環境下での勤務に直接関係のない作業を命ずる
② 新卒採用者に対し、必要な教育を行わないまま到 底対応できないレベルの業績目標を課し、達成で きなかったことに対し厳しく叱責する
③ 労働者に業務とは関係のない私的な雑用の処理 を強制的に行わせる
① 労働者を育成するために現状よりも少し高いレベルの業務を任せる
② 業務の繁忙期に、業務上の必要性から、当該業務の担当者に通常時よりも一定程度多い業務の処理を任せる
(5)過小な要求
(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)
① 管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせる
② 気にいらない労働者に対して嫌がらせのために仕事を与えない
① 労働者の能力に応じて、一定程度業務 内容や業務量を軽減する
(6)個の侵害
(私的なことに過度に 立ち入ること)
① 労働者を職場外でも継続的に監視したり、私物の写真撮影をしたりする
② 労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露する
① 労働者への配慮を目的として、労働者の家族の状況等についてヒアリングを行う
② 労働者の了解を得て、当該労働者の機微な個人情報(左記)について、必要な範囲で人事労務部門の担当者に 伝達し、配慮を促す

 もっとも、各現場のガイドラインに、上記「該当すると考えられる例」をそのまま持ち込んでも、読み手はどのような行為がハラスメントに当たるか、イメージしづらいでしょう。そこで、上記6類型を参考に、現場で起こりがちな行動に近づけた内容とすることが、より望ましいといえます。

*ガイドライン検討に当たっては、公表されている他団体のガイドラインも参考になります。例えば映画界では「日本版CNC設立を求める会」のガイドラインや、舞台界ではロームシアター京都のガイドラインなどで、各現場に即した記載が見受けられます。

 セクシュアルハラスメントなど他のハラスメントも同様です。厚生労働省は各ハラスメントについて一定の指針、典型例を示していますが(厚労省パンフレット8頁以下)、これを参考に現場に起こりがちな内容に即した規定とできると、より使い勝手がよいでしょう。

 なお、今後のガイドラインでは、フリーランス新法(2024年11月施行予定)におけるフリーランスへのハラスメントも押さえておく必要があるでしょう。
 現在パブコメ中の厚労省指針の案では、例えばパワーハラスメントでは上記表と同じ6類型に分類されていますが、「過大な要求」には、発注担当者などが、①業務委託契約上予定されていない肉体的・精神的負荷の高い作業を強要すること、②業務と関係のない私的な雑用の処理を強制的に行わせること、③明確な検収基準を示さず嫌がらせのために納品の受領を何度も拒んだりやり直しを強要することが、「過小な要求」には、①気に入らないフリーランスに対して嫌がらせのために業務委託契約上予定されていた業務や役割を与えないことが挙げられるなど、従来の従業員へのハラスメントとはまた異なる角度の内容が例示されています。これは、フリーランスへの業務内容が明確でない場合に起きうるものであり、(上記はまだ「案」の段階ではありますが)委託する業務内容の明確化も併せて対策が必要になることが予想されます。

〇ハラスメントに関する考え方を示す

 ハラスメントに関してよく聞く声として、「ハラスメント(特にパワーハラスメント)を気にしていたら現場が回らない、制作活動ができない」というものがあります。たしかに、ハラスメントを気にするあまり必要な演技指導を行えない事例も生じていると聞きます。質の高い制作の継続とハラスメント対策の両立は重要な問題です。もっとも、これに対する解決策は、「ハラスメント対策をしないこと」ではなく、やはり「ハラスメントに対する関係者の理解度を深めること」なのだと思います。
 必要な指導が許されることは、法律も前提としています。法律では、パワーハラスメントは「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動と定義され、厚労省指針でも、これは「社会通念に照らし、当該言動が明らかに当該事業主の業務上必要性がない、又はその態様が相当でないものを指す」と説明されています。。
 そのため、ガイドラインには、単に禁止される行為を列挙するだけでなく、こうした必要な指導が許されるといった考え方を示すことが工夫として考えられます。
 似たような誤解として、「受け手が嫌だと思えば何でもハラスメント」というものがあります。しかし、厚労省指針をみても、パワーハラスメント、セクシュアルハラスメントとも、就業環境が害されるかは「平均的な労働者の感じ方」を基準に判断するとされており、「受け手が嫌だと思えば何でもハラスメント」というわけではありません(厚労省パンフレット3、8頁)。こうした点もガイドラインに記載し、指導する側、受ける側双方がハラスメントへの理解を深めることが、ガイドライン策定の目的のひとつだと思います。

*ただし、ハラスメントは優越的関係のもと起こるものであり、例えば性的な言動に迎合的な態度をとっていたことは、必ずしもセクシュアルハラスメントを受けたことを単純に否定する理由にならない点には注意が必要です(厚労省パンフレット26頁)。

〇定期的な見直しと改訂

 ガイドラインを運用する中で、曖昧な文言のため勘違いが起きること、質問が多い箇所、より加えた方がよい内容、などが出てくると思われます。当然ではありますが、定期的な見直しや改訂をして、より使いやすいものにしていくことも必要でしょう。

② ハラスメント研修

 上述の措置義務1つ目にはハラスメント内容の周知・啓発がありましたが、ハラスメント研修はこの義務への対応例のひとつです。そして、実際に、作品制作の現場でハラスメント研修を受けた方からは、好意的な声をよく聞きます。これはなぜでしょうか。
 筆者は、研修を通じ、ハラスメントへの価値判断はそれぞれ異なると知ることがハラスメント減少への第一歩だからだと考えています。
 もう少し具体的に考えてみます。例えば、以下のa~dの事例はハラスメントに当たるでしょうか。

a. 事務作業において、書類上の同じミスが繰り返された際、皆もいる場所で「毎回同じミスで周りに負担がかかってるけど、わかってる?」と指摘した。
b. 連絡なく40分遅れで到着し、何も言わずに作業を始めたスタッフに対し、皆の前で「なにか言うことはないのか!」と厳しく言う。
c. 舞台の仕込み時に集中して作業しないスタッフに対し、「危ない!ちゃんとやれ!」と怒鳴る
d. 演技指導に熱が入り、「バカッ!違うだろ!」といって頭をたたく。

 おそらく、どれも「やられたら嫌なこと」でしょう。ではハラスメントに当たるかというと、人によって意見は異なると思います。普段の接し方、当該言動に至る経緯、言い方の強さ、丁寧さによって変わるのでは、といった意見もあると思います。
 重要なのは、そのうちどれが正解かではなく、自身の考えが絶対ではなく、それぞれに価値観があると知り、相手を思いやる行動につなげることでしょう。特に、異なる所属(フリーランス含む)の人々が集まりコミュニケーションを取りながら制作を進めるエンタメの現場では、制作初期段階でのハラスメント研修(講習やリスペクト・トレーニング)は有用といえます。
 こうした研修導入の課題としては、関係者の時間確保や、場所代、講師費用を含む費用負担が挙げられます。この点で注目される文化庁の施策として、2023年に始まった「ハラスメント防止対策支援事業」があり、2024年も制度が継続しています。法人単位でなく作品単位での申請が可能であり、研修講師費用、会場使用料のほか、後述の相談窓口の外部委託経費も補助対象なようです。研修の導入をお考えの団体はぜひ検討されてみてください。

(2) 相談体制の整備(相談窓口設置、周知等)
 相談体制整備の意義も大きいといえます。エンタメ業界のハラスメント防止には、被害を受けた際の声の上げづらさの解消が必要と考えられるためです。
 窓口は、できれば男女双方の担当者がいるとより対応はしやすく、また外部の専門家がいると客観的な立場からの意見も期待できます。もっとも、そのような対応までは難しくとも、まずは相談担当者を決め、相談に対応できる体制を作ること、相談担当者をガイドラインなどに記載して周知し、安心できる現場にしたいとのメッセージを発することに、意義があるでしょう。
 また、フリーランス新法に関する厚労省指針の案では、業務委託先のフリーランスも活用できる相談窓口を整備し、周知することが措置義務の内容として提案されています。このとおりの指針が確定すれば、発注先のフリーランスに対しても窓口の周知をする必要があります。

 なお、措置義務の内容とは異なりますが、外部相談窓口の例として、東京都とアーツカウンシル東京が芸術文化の担い手向けに2023年に開設した「アートノト」の相談窓口があります。東京都内のアーティスト向けではありますが、行政と連携した新たな取組みとして注目されます。

5 おわりに

 本コラムは、ハラスメント対策のうち、主に事前対策面(防止策)について取り上げました。実際には、事後の対応として、迅速な事実確認、被害者、行為者への措置など押さえておくべき点は多々ありますが、まずは本コラムが、エンタメ業界におけるハラスメント対策導入の一助になれば幸いです。

 なお、本コラムでは取り上げられませんでしたが、ハラスメントに関する契約上の手当(ハラスメント条項、性的シーンに関する条項、文化庁の「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けたガイドライン(検討のまとめ)」や映適の「取引ガイドライン」における提案)、(業界の)外部相談機関の必要性、政府・行政との連携(財源面含む)、実態把握や効果検証のための定点調査、といった点も重要トピックです。対策が先行したアメリカや韓国の例も参考になります。この辺りは、かいつまんでではあるものの、ジュリスト2024年3月号(No,1594【特集】芸能活動と法)にて「エンタテインメント業界とハラスメント―舞台,映像分野を中心としたハラスメント防止対策と課題―」と題した論文を寄稿させて頂きました。もしご興味があればそちらもご笑覧頂ければ幸いです。

以上

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