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2019年10月29日

裁判著作権法

「EUの最新判決が『再確認』するサンプリングと原盤権侵害のルール」

弁護士 中川隆太郎(骨董通り法律事務所 for the Arts)

当初は主にHip Hopで使われる手法であったサンプリングは、現在ではその枠を超えて幅広い分野の音楽活動において用いられており、もはや今日の音楽文化を語る上で欠かせない表現手法のひとつとなっている。そうした音楽的な背景もあってか、あるいは実務上インパクトのある判決*が出ていたからか、サンプリングと原盤権**の問題に関してはアメリカの状況が紹介されることが多い。他方、今年7月、EUの最高裁に当たるEU司法裁判所でも、この点に関する重要な判断が示された。そこで本コラムでは、このEUの最新判決を紹介しつつ、それがアメリカの近時の裁判例の系譜にも連なることを示すことで、また別の角度から日本法への示唆を得てみたい。

* 2006年のBridgeport事件第6巡回区連邦控訴裁判所判決。同判決については2011年の二関弁護士のコラムにおける批判的検討のほか、その後の裁判例も含め、安藤和宏教授の『よくわかる音楽著作権ビジネス 実践編(第5版)』参照。


** 実務上、「原盤権」という用語で①レコード製作者の権利のみを指す場合と、②レコード製作者の権利と実演家の権利を合わせたものを指す場合などがあるが、本コラムで「原盤権」という場合、前者を指す。

●事案の概要

今回紹介するのは、今年の7月29日に出たEU司法裁判所のPelham事件判決(C-476/17、以下「本判決」)である。Kraftwerkのレコード原盤を元ネタとしたサンプリングが問題となった訴訟だ。

1997年に独Pelham社から販売されたSabrina Setlurの「Nur Mir」では、1977年発売のKraftwerkの「Metal on Metal」(”Metall auf Metall”)のレコード音源から切り取った約2秒の音がサンプリングして使用されていた(ここで比較して聴くことができる)。そこでKraftwerk側がドイツの裁判所に提訴したところ、2つのドイツ最高裁(BGH)判決と1つのドイツ憲法裁判所の判決を含む20年越えの超長期訴訟となり、ついにEU著作権法(情報社会指令 2001/EC/29)の解釈問題としてEU司法裁判所に御鉢が回る流れと相成った。

EUでは、著作権の基本事項について統一ルールを定める情報社会指令の2条(c)において、レコード製作者の権利(著作隣接権)として、レコード原盤の「全部または一部」に関する複製権が定められている。そこで本件では、ドイツの裁判所からEU司法裁判所に対し、当該条文の解釈として、端的にいえば


  サンプリングのような非常に短いコピーも、「一部」の複製として複製権侵害となるか?


との問い合わせがなされた。それに対してEU司法裁判所が判決の形でその考え方を示したのが本判決である。

●判決に現れたEU司法裁判所のバランス感覚

EU司法裁判所は、まず、本件でクローズアップされていた「短さ」という点に関しては、

たとえサンプリングした部分が非常に短いものであったとしても、原則として複製権侵害の対象となる

との判断を示した。

その理由としてEU司法裁判所は、要約すると

① 情報社会指令の全体的な目的が、高いレベルでの著作権・著作隣接権の保護にあること
② 同指令においてレコード製作者の権利が保護されている目的は、投下資本の回収機会の確保にあること

の2点を挙げる。

しかし、本判決はここでは終わらない。すなわち、上記の原則の例外として、サンプリングについて

新たな作品を創作し、その中で元の音源を耳で識別できないように変更された形式(”in a modified form unrecognisable to the ear”)で使用することは、複製権侵害には該当しない

との重要な判断を示したのである。

これは、全てのサンプリングを一律に侵害とすることをよしとせず、元の音源を耳で識別できるか否かで線引きし、前者に限って複製権侵害とするものといえよう。

その理由として、EU司法裁判所は、知的財産権は絶対的権利として保護されるものではなく、情報社会指令も著作権者の利益と、芸術の自由を含む基本的人権との公平なバランスを実現することを目的としている点を挙げる。また、新たな作品を作り出すために音源のサンプリングを行うことは、EU基本権憲章で保護される芸術の自由によってカバーされる芸術的表現行為であることが明示的に確認されている点も見逃せない。

また、EU司法裁判所は、上記のように「一線」を画さずに、耳で識別できない程度にまで変容されたサンプリングであっても一律に複製権侵害だと解釈してしまうと、①日常用語における「複製」の通常の意味に反するばかりでなく、②(耳で識別できないようなサンプリングは、元の音源のレコード製作者の投下資本回収の機会を阻害しないため)著作権者の利益と基本的人権との公平なバランスの実現という情報社会指令の要請に適合しないと指摘する。

* なお、EU司法裁判所はあくまでEU法に関する一般的解釈を示す権限しか持たない。そのため、本件のサンプリングがKraftwerk側の著作隣接権を侵害するかどうかの結論は、ドイツの裁判所の判断を待つ必要がある。


●アメリカでの近年の変化と本判決との関係

冒頭で述べたように、日本法における原盤権とサンプリングに関する議論では、アメリカの裁判例、特に2006年のBridgeport事件第6巡回区連邦控訴裁判所判決によって採用された「レコード原盤の著作権に限っては、どれだけ短いサンプリングでも著作権侵害」との考え方が(批判的な言及を含め)紹介されるケースが多い(なお、アメリカではレコード製作者の権利も、著作隣接権ではなく著作権で保護されている)。

もっとも、そのアメリカでも2016年に、Madonnaの”VOGUE”での0.23秒のサンプリングをめぐって争われたVMG Salsoul事件判決において、第9巡回区連邦控訴裁判所が正面から異論を唱え、状況は大きく変化した。すなわち、些細な著作物の利用につき侵害を否定するde minimis法理について、レコード原盤の著作権に限り同法理の適用を認めなかったBridgeport事件判決の解釈は誤りであるとし、他の著作権と同様にde minimis法理の適用が認められると判断されたのである(ただし、その後この点に関する連邦最高裁判決は登場しておらず、アメリカでは巡回区間で解釈が分かれている状況(いわゆるcircuit split)となっている)。

ここで注目すべきは、VMG Salsoul事件判決においてde minimis法理による侵害否定のメルクマールとして採用されたのは、「平均的な聴衆が元音源の流用を識別できるかどうか」であった点である*。つまり、本判決において「元の音源を耳で識別できるか否か」で線引きをしたEU司法裁判所は、「de minimis法理」という言葉こそ用いなかったものの、実質的には、アメリカの第9巡回区連邦控訴裁判所の系譜に連なる考え方に立っていると評価してよいように思われる。

* これは、Beastie Boysによるサンプリングを巡り、(レコード原盤ではなく)楽曲の著作権侵害が争われた2004年のNewton事件第9巡回区連邦控訴裁判所判決による解釈をレコード原盤の著作権でも踏襲したものである。


元の音源を
識別できるサンプリング
元の音源を
識別できないサンプリング
EU司法裁判所
(本判決)
侵害 侵害ではない
(「複製」ではない)
アメリカ
第6巡回区連邦控訴裁判所
(Bridgeport事件判決)
侵害
(fair useの可能性は
別途あり)
侵害
(fair useの可能性は
別途あり)
アメリカ
第9巡回区連邦控訴裁判所
(VMG Salsoul事件判決)
侵害
(fair useの可能性は
別途あり)
侵害ではない
(de minimis法理)

●日本法への示唆

このように、レコード原盤の著作権・著作隣接権とサンプリングの問題を巡っては、欧米では裁判例の動きが活発化しているのに対し、日本ではいまだ裁判例が見当たらない状況が続いている。もっとも、実は日本でも、学説では以前から、今回紹介した本判決やVMG Salsoul事件判決同様、元の音源を識別できる場合に限り原盤権(複製権)を侵害するとの解釈*が有力である。それゆえ、本判決は直ちに日本法の解釈に大きな影響を与えるものではないだろう。

とはいえ、筆者自身は、上記のとおり「1秒でも侵害」とのBridgeport判決を生み出したアメリカでも、識別可能性をメルクマールとする解釈が「復権」しているという変化は、小さく評価すべきではないように感じている。加えて、本判決によって、(以下のとおり、アメリカ法と比べてもこの点に関する日本法との共通性がより高い)EU著作権法においても、レコード製作者の権利に関する「複製」の解釈の中で、実質的に同様の判断をするEU司法裁判所判決が登場したという事実は、日本法に対して有益な示唆を与えるものだ、ともいえるのではないだろうか。

* 田村善之「著作権法概説」第2版532頁、522頁や、安藤和宏「アメリカにおけるミュージック・サンプリング訴訟に関する一考察(2)」知的財産法政策学研究23号277頁等。また、2011年に前掲コラムを執筆した二関弁護士も、この考え方に肯定的であった。


EU 日本 アメリカ
レコード原盤を
保護する権利の種類
著作隣接権 著作隣接権 著作権
de minimis法理 明示する規定は
なく、裁判例も
存在しない
明示する規定は
なく、裁判例も
存在しない **
判例法あり
(レコード原盤の
著作権への適用は
判例が分かれる)

** 著作隣接権ではなく著作権であれば、雪月花事件東京高裁H12.2.18判決のように、複製権や翻案権の解釈の中で、同種の判断がなされる場合がある。


以上

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