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コラム column

2018年12月 6日

音楽

☆記念企画「事務所メンバーがお勧めするジャンル別ベスト15」第5回

「弁護士/ピアニストが選ぶピアノ曲15選~芸術作品へのオマージュを鍵に」

弁護士  橋本阿友子 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

クラシック音楽は、時代背景と周辺芸術との密接な関係を築いてきました。現在のような意味での著作権法がなかった当時、単に曲想を得たにとどまらず、詩や曲のフレーズをそのまま引用した作品さえも、多く産み出されました。それらの音楽がパブリック・ドメインとなったいま、今度はクラシック音楽を使用して、またはベースとして、ときには隠れたモチーフとして、文学・映画・漫画・ゲームなどの創作が行われています。
そこで今回は、文学を基に作曲されたピアノ曲と、特定の著作物に関連するピアノ曲からあわせて15曲を選びました。私が二年にわたり秋の欧州で巡り合った(ちょっとマニアックな)風景と共に、今年最後の15選をご紹介したいと思います。

15位 ピアノソナタ第14番“月光”/ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
     「ルードウィヒ・B」手塚治虫

「月光」の名で知られる美しくも雄々しくもあるピアノソナタ。作者が途中で逝去したために惜しくも未完となった漫画「ルードウィヒ・B」は、主人公ベートーヴェンがこの曲を演奏するところで途切れてしまう。ベートーヴェン好きの手塚作品、かつ大好きな「ブッダ」の次の連載として期待されただけに、未完は残念極まりない。

14位 魔王/フランツ・シューベルト=フランツ・リスト
     「魔王」ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ

フランクフルト在住経験者としてゲーテを紹介したい一心で、15位内にランクインさせてしまった曲。シューベルトはゲーテの詩を基に実に50曲もの曲を作曲している。元は歌曲、ピアノ版はリスト編曲。最後まで「野ばら」と迷ったが、ピアニストの端くれとしてはやはり「魔王」を推したい。

フランクフルトにあるゲーテハウス。ゲーテはここで、
「若きウェルテルの悩み」や「ファウスト」などの作品を生んだ。

13位 エチュード作品10-12“革命”/フレデリック・ショパン
     「Scrap and build ourselves-革命より-」桜庭統

ポーランド出身のショパンがワルシャワ蜂起失敗のニュースを聞き、絶望を鍵盤にたたきつけたことがタイトルの由来であるとの説があるが、命名は作品10のエチュードを献呈されたリストによるものであり、真偽は定かではない。
RPGゲーム「トラスティベル~ショパンの夢~」のラスボスの音楽は、この革命のエチュードが桜庭統氏の世界観で展開される。構成力の高い音楽、哲学的示唆に富むストーリー、そして映像美が融合されたこの作品は、「私が選ぶRPGゲーム15選」がもしあれば、トップ5に入る名作。

1849年10月17日、ショパンはここヴァンドーム広場12番地にて息を引き取った。
ゲーム「トラスティベル~ショパンの夢~」は、
その前日10月16日から17日にかけてショパンがみた夢を描いたもの。
現在はショーメの店舗になっている。

12位 ピアノソナタ第5番/アレクサンドル・スクリャービン
     「法悦の詩」アレクサンドル・スクリャービン

自作の「法悦の詩」の引用による。スクリャービンのソナタは、この5番あたりから調性がなくなり、壊れていく。ニーチェ哲学や神智学に傾倒したスクリャービンのいう「法悦」とは、神霊の昇華というイメージで捉えるのが相応しいと考えているが、果たして。

11位 即興曲作品90第3曲/フランツ・シューベルト
     「継ぐ者 (THE INHERITOR)」町田樹

歌曲のように美しい旋律がシューベルト独特の香りをただよわせるピアノ曲。フィギュアスケートで使用されたクラシック音楽は枚挙に暇がないが、「氷上の哲学者」と評された名手・町田樹氏が「初めてフィギュアスケート作品にするにあたり、敢えてどこも切らず全曲を使用し」た(公式ウェブサイトより)というこのシューベルトを、同氏が出会った今井顕氏の演奏でどうぞ。

10位 交響曲第9番/ルートヴィヒヴァン・ベートーヴェン=フランツ・リスト
     「歓喜に寄せて」フリードリヒ・フォン・シラー

ベートーヴェンの交響曲は、その全曲がリストによってピアノ用に編曲されている。いわゆる「第9」も例に漏れず、「合唱」も入れてピアノソロで演奏できてしまう(ただし、難曲すぎる)。ピアノ演奏は、この手のテクニックが難しいのである。「合唱」付きの4楽章は42分50秒あたりから。

9位 ゴルドベルク変奏曲/ヨハン・ゼバスティアン・バッハ
    「グレン・グールドをめぐる32章」フランソワ・ジラールほか

正確にいえば「ピアノ」曲ではないとはいえ、バッハを含まない15選などあり得ず、バッハを美しき孤高の天才ピアニスト、グレン・グールドなくして語ることは許されないだろう。バッハの作品は数多あるが、ここではグールドに敬意を表し、彼のドキュメンタリー映画のタイトルにある「32」を意図する、ゴルドベルク変奏曲を選抜したい。

8位 クライスレリアーナ/ロベルト・シューマン
    「クライスレリアーナ」E.T.A.ホフマン

シューマンがクララとの結婚を反対されていた時期の作品。ホフマンによる悲恋の物語に登場するクライスラーを自分に重ねて作曲されたものと考えられている。
シューマンは、母親の強い願望から、弁護士を目指しライプチヒ大学、ハイデルベルク大学それぞれの法学部に在籍していた時期がある。一方のホフマンは法律家の家系の出で、裁判官かつ作曲家という奇才であった。

シューマンがハイデルベルク大学法学部に在籍していた当時住んでいた家。
プレートに「Hier wohnte Robert Schumann」と記されている。

7位 ピアノソナタ第8番/ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
    「のだめカンタービレ」二ノ宮知子

多くのクラシック音楽を有名にした漫画「のだめカンタービレ」からは、あえてモーツァルトのソナタを紹介したい。この8番は母親が亡くなったときに作曲されたもので、モーツァルト初めての短調(悲しい曲調)のピアノソナタとして有名である。個人的には25年前のドイツ在住中に舞台で披露した最初で最後の曲としての思い入れがあり、ドラマ版で割愛されたのは残念。

6位 4つのバラード第1番“エドワード”/ヨハネス・ブラームス
    「諸民族の声」ヨハン・ゴットフリート・ヘルダー

ヘルダーの「諸民族の声」に収められたスコットランドのバラード(エドワード)による。息子を問い詰める母、嘘を重ねるがついに父を殺したことを告白する息子。しかしそれは母の教唆によるものだった-。母と息子の対話が音楽となって聞き手の精神を侵蝕する。
同じく文学作品(詩人シュテルナウの「若き恋」)を題材にしたソナタ第3番(第2楽章)は1853年、ブラームスがシューマンの妻クララと初対面を果たした年の作。この恐ろしいバラードは翌1854年の作。シューマンが精神病院に運ばれたのも1854年である。

5位 ピアノ協奏曲第2番/セルゲイ・ラフマニノフ
    「逢びき」デヴィッド・リーンほか

最も人気が高くかつ最も難曲だといわれているピアノ協奏曲。前作の交響曲が酷評され精神を患った作者の快復を支えた、精神科医ニコライ・ダーリに献呈された。舞台が原作のイギリス映画「逢びき」のBGMとして使用された点でも名高い。映画は美貌のピアニスト、アイリーン・ジョイスの演奏によるが、ここでは同じ女流の、中国が生んだ天才ピアニスト、ユジャ・ワンが奏でる音色で堪能されたい。

4位 夜のガスパール/モーリス・ラヴェル
    「夜のガスパール-レンブラント、カロー風の幻想曲」アロイジウス・ベルトラン

正式名称は「夜のガスパール アロイジウス・ベルトランによるピアノのための3つの詩」。3つの詩それぞれに曲がついている。いずれも特に曲の終わり方が詩に忠実で面白い。是非とも詩を読みながら、3曲通して聴いて頂きたい。
オンディーヌ;水の精が人間の男性に求婚するが、人間の女が好きだという斬新な理由でふられる物語。水の精が、涙を流したと思えば笑って雨の中に消える様は、ピアニスティックで美しい。
絞首台;「聞こえてくる音」の正体を問い続け、最後にそれが鐘であることを絞首刑者の骸の描写と共に「視覚的に」も暴く不気味な詩。曲全体に「鐘」の音が妖しく鳴り響く。
スカルボ;悪魔が絹をきしませ、部屋を転がり、鈴を揺らし、突然消える。絞首台より視覚的な要素が多く、いずれも不気味。が、何より怖しいのは、演奏の難易度である。

3位 幻想曲/ロベルト・シューマン
    「シューマンの指」奥泉光

「幻想曲」はシューマン愛好家の私が選ぶシューマン作品の中でもトップ3に入る狂気溢れる曲。「シューマンの指」は、その彼を題材にしたミステリー。無理な練習がたたって指を負傷し作曲への専念を余儀無くされたシューマン、訴訟沙汰の末結婚したクララのピアニストとしての活躍の陰に隠れる卑屈なシューマン、最期はライン川に投身自殺をはかる精神不安定なシューマン。人物像を知ると、このフィクションの奥深さに感嘆させられる。この幻想曲が「主題歌」的に位置づけられている点にも注目されたい。

深夜にYouTubeでショパンのコンチェルトを聴きながら
これを書いていたら曲が終わった途端、突然幻想曲が流れてきた。
これがシューマンの呪いか。

2位 ダンテを読んで-ソナタ風幻想曲/フランツ・リスト
    「神曲」ダンテ・アリギエーリ

パリ社交界一の才媛とうたわれたマリー・ダグー伯爵夫人との不倫旅行先イタリアで出会った作品群に感化され創作された曲集、「巡礼の年第2年『イタリア』」の最終曲。地獄篇、煉獄篇、天国篇の3部から成るダンテの長編「神曲」を読んで作曲された。悪魔の和音(※1)が鳴り響き、地獄の扉が開かれる。「神曲」の深い精神世界、あるいは「神曲」を「読んだ」リストの哲学が壮大に表現された、最高傑作の一つ。名前からすれば私は地獄の第八圏第二の嚢に落とされるようだが、糞尿漬けだけは絶対に御免である(※2)。

※1:1オクターブ(12音)を半分に割る不協和音で、当時の教会は使用を禁じていた。

※2:阿諛あゆ者(こびへつらう者)は糞尿漬けの地獄を味わうことになっている。

1位 ソナタ第2番“葬送行進曲”/フレデリック・ショパン
    「葬送」平野啓一郎

「葬送行進曲」として著名な第3楽章のモチーフを基に全体が構成されたショパンの傑作。前述のマリー・ダグー夫人の夜会で出会い、9年にわたって交際するに至ったジョルジュ・サンドと共に過ごした時代に作曲された。平野啓一郎氏による「葬送」は、画家ドラクロワとショパンの親交を軸とし、史実に基づいた長編。著作のタイトルとこのソナタを直接結び付けるのは短絡的にすぎるが、この2番を紹介するにあたっては、同じ“天才”による大作も是非読んでいただきたいとの想いを込めて、堂々の1位としたい。

ショパンの葬儀が行われたマドレーヌ寺院。
葬儀ではショパン最期の願いどおりモーツァルトのレクイエムのほか、
この葬送行進曲の管弦楽編曲版が演奏された。
同じくパリにあるロマン派美術館。
ショパン、ドラクロワ、ジョルジュ・サンドらがこの館に集った。
サンドの肖像画や彼女の遺品が展示されている。
「葬送」では、パリの華やかな社交界はもちろん、
ショパンとサンドの関わりも詳細に描かれている。

以上

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