2025年12月10日
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「アプリ市場は活性化するか!?-話題のスマホ法(2025年12月施行)を概観する」
弁護士 広野文治 (骨董通り法律事務所 for the Arts)
1.はじめに
「スマートフォンにおいて利用される特定ソフトウェアに係る競争の促進に関する法律」(以下「スマホ法」)(2024年6月12日成立、同年6月19日公布)が、2025年12月18日に全面施行予定である。
アプリ提供や利用者の決済にあたって、これまで事実上AppleやGoogleによる支配が及び、利用者の選択肢も限られていた。ここにメスを入れ、アプリ市場の自由化を目指すこのスマホ法には、アプリ開発・提供業者から期待の声も多く聞かれる。2025年9月に開催された「東京ゲームショウ2025」に公正取引委員会の担当者が登壇してスマホ法について解説するなど、同法はモバイルゲーム産業とも関連して話題となっている。
そこで、施行日が迫るスマホ法の制度について以下概観し、今後の展望について触れる。
2.スマホ法ができるまで
(1)議論の流れ
GAFAMの台頭以降、2018年頃から、政府でデジタルプラットフォームにおける競争環境の整備について議論されてきた。そして、立法としてはまず、「特定デジタルプラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律」(2020年5月27日成立、2020年6月3日公布。2021年2月1日施行。以下「透明化法」という。)が整備された。これは、デジタルプラットフォームのうち、特に取引の透明性・公正性確保の必要性が高いプラットフォーム提供事業者を「特定デジタルプラットフォーム提供者」に指定し、その指定事業者に対し、取引条件等の情報開示や自主的手続・体制整備の構築と、実施措置や事業概要についての報告書提出を求めるという内容の、いわゆる共同規制型(規制の大枠を法律で定めつつ、詳細を事業者の自主的取組に委ねる手法)の法律である。
他方、スマホが国民生活に浸透し経済的にも規模が拡大しているという状況および、スマホには独自のエコシステムが存在するという特性に鑑み、2021年より、そのモバイルエコシステムの中での競争環境について実態調査が開始された。調査の結果、モバイルエコシステムのレイヤー構造において少数プラットフォーマーによる市場寡占が再確認されたこと、その特性上、市場による治癒が困難であることが明らかになった。このようにして、政府のデジタル競争市場本部による最終報告(2023年6月16日「モバイル・エコシステムに関する競争評価 最終報告」)において、モバイルエコシステムにおける公正な競争を確保するためにルール整備が必要との方向性が示された。
(2)モバイルエコシステムにおける市場寡占ってなに!?
上記の、「モバイルエコシステムのレイヤー構造において少数プラットフォーマーによる市場寡占が起こっている」とは具体的にどういうことか。
スマホは端末に内蔵されたモバイルOSによって起動し操作が可能となり、アプリストアを通じてユーザーはアプリを購入しインストールして利用、あるいはWebブラウザ・検索システムを通じて、Webサービスを享受する。
このように、【モバイルOS】(1層)が基盤となり、【アプリストア/Webブラウザ・検索システム】(2層)が展開され、アプリやWeb サービス等(3層)が提供されるという依存関係にあるため(これが「モバイルエコシステムのレイヤー構造」)、1層のOSを開発提供するOS事業者は2層・3層のサービス設計・運用に影響を及ぼし、ルール形成も行う。そのうえで、そもそもOSの開発には莫大なコストがかかることから、1層2層のいずれも少数の大規模プラットフォーマー(AppleとGoogle)の寡占状態となっているのが現状である。
そして、OS事業者のアプリストアを通じて魅力的なアプリが増えればユーザーが増え、アプリ数も増える。その分OS事業者が儲かり、データも蓄積されるので、当該OS事業者のOSはより強固となり他の追随を許さなくなる。ユーザーは使用しているOSからの乗り換えコストが高くなっていき固定化が進む。
このような状況で、少数のOS事業者が各階層において自社に有利なルール・条件を定めると、アプリ事業者等はそれに従わざるをえなくなる。またアプリストアの開設をOS事業者がコントロールできてしまう。その結果、各階層で競争が働きにくい仕組みになってしまっている。
※矢印は依存を表す
(3)どうして立法が必要!?
実態として、多くのスマホでは、アプリをインストールする際にOS事業者であるAppleやGoogleの公式のアプリストアを経由する必要(※Googleはすでに自社以外のストアもある)があり、アプリ内課金の際にも、AppleやGoogleが指定する決済システムを使うことが義務付けられるケースが多かった。
このような独占状態が、消費者の選択肢を狭め、新しいアプリやサービスの参入を妨げているとされた。
そこで、上記のモバイルエコシステムに適正な競争が生まれ、ユーザーがより良いサービスを、多くの選択肢の中から自由に選べるようにルールを整える必要性が示された。 そして、共同規制にとどまる透明化法ではモバイルエコシステムで生じている不公正の是正が難しいこと、独占禁止法による個別対応だと、立証の対応等に時間がかかるため、競争回復には十分でないとされた。
このようにして、独占禁止法を補完する新法が検討されるに至った。
具体的には、上記の実態調査結果等から、アプリストアでの自社アプリ優遇、他の決済手段の排除など、少数プラットフォーマーによる競争を阻害するおそれが高い行為類型が明確になってきていたため、事前にこれらの一定行為を禁止し、措置を義務付ける事前規制アプローチが適切であるとされた。
なお、諸外国において、デジタルプラットフォーマーに対する義務や禁止を定める事前規制型の立法(たとえば韓国の「アプリストア内決済義務付けを禁止する法律」、EUの「デジタル市場法(DMA)」)が日本に先行して成立したことも参考とされた。
3.スマホ法の中身
(1)大枠
スマホ法は、スマホ利用に特に必要な「OS」「アプリストア」「ブラウザ」「検索エンジン」の4種(「特定ソフトウェア」)の提供等事業者のうち、一定規模以上のものを「特定ソフトウェア事業者」として指定(2025年12月10日時点で3社が指定)のうえ、当該指定事業者に対し、9つの禁止行為(5条ないし9条)、5つの措置義務(10条ないし13条)を定める。それらについて、行政処分、罰則、差止請求や裁判所による緊急停止命令等が規定される。
(禁止行為・措置義務一覧)
| 禁止行為 | |
| ① | 取得したデータの不当な使用の禁止(5条) |
| ② | アプリ事業者に対する不公正な取扱いの禁止(6条) |
| ③ | 他アプリストアの提供・利用妨害の禁止(7条1号) |
| ④ | モバイルOSの機能の利用妨害の禁止(7条2号) |
| ⑤ | 他課金システムの利用妨害の禁止(8条1号) |
| ⑥ | リンクアウト・ステアリングの制限等の禁止(8条2号) |
| ⑦ | 他のブラウザエンジンの利用妨害の禁止(8条3号) |
| ⑧ | 自社のソーシャルログインの利用強制の禁止(8条4号) |
| ⑨ | 検索結果の表示における自社優遇の禁止(9条) |
| 措置義務 | |
| ① | 取得データの使用条件等の開示に係る措置(10条) |
| ② | 取得データの利用者に対する移転に係る措置(11条) |
| ③ | デフォルト設定の変更、選択画面の表示に係る措置(12条1号イロ・2号) |
| ④ | 追加インストールの同意、アンインストールに係る措置(12条1号ハニ) |
| ⑤ | 仕様変更等の開示、期間の確保等に係る措置(13条) |
(2)特に注目すべきいくつかのポイント
各条文の解釈や適用場面の詳細は、公取のガイドラインで定められているので参照されたい。
以下、アプリ事業者にとって特に注目度が高いいくつかの規定についてコメントする。
まず、「アプリ事業者に対する不公正な取り扱いの禁止(6条)」については、アプリ事業者によるOSやアプリストアの利用条件、取引の実施について、不当に差別的な取扱いや不公正な取り扱いをすることを禁止するものであるが、「特定ソフトウェア事業者」によるアプリ事業者への審査自体を禁じるものではない。
審査の観点として、ガイドラインでは、「サイバーセキュリティの確保等、公序良俗(ヘイトスピーチ等の中傷的又は差別的コンテンツ、暴力を助長するようなコンテンツ、ポルノコンテンツ、偽情報又は不正確な情報の防止など)、いわゆるダークパターンの防止など」があげられている。つまり、新法のもとでもコンテンツの内容に関して特定ソフトウェア事業者が引き続き審査できることを明確にしている。この点は、特定ソフトウェア事業者による恣意的な判断によるコンテンツ流通の阻害にならないように、審査基準の明確化、審査結果についての説明が求められるだろう。
次に、「他アプリストアの提供・利用妨害の禁止」(7条1号)や「他課金システムの利用妨害の禁止」(8条1号)は、ガイドラインによれば、特定ソフトウェア事業者が代替アプリストアを提供する又は利用すること自体は認めつつ、実際には他の事業者に合理的でない技術的制約や契約上の条件等を課したり、他の事業者に過度な金銭的負担を課すことなどによって、提供又は利用を実質的に困難にさせる蓋然性の高い行為を含む。
逆にいえば契約上の条件や金銭負担を課すこと自体は禁じられていないので、どの程度の手数料なら過度の負担とならないのか、注視すべきポイントとなるように思われる。
「リンクアウト・ステアリングの制限等の禁止」(8条2号)は、アプリ内においてWeb等でのアプリ外決済への誘導を禁止してはならないというものである。
上述したEUのDMAにも同様の規定があるが、DMAではリンクアウトを無償で認めなければならないとされているのに対して、スマホ法では無償での提供義務付けまではし?ていない。つまりスマホ法のもとでは、「特定ソフトウェア事業者」が合理的な範囲内で手数料をとることは禁じられておらず、やはりその手数料額がどの程度であれば合理的と判断されるかが今後注目される。
9つの禁止行為のうち、「他アプリストアの提供妨害の禁止」(7条1号)、「モバイルOSの機能の利用妨害の禁止」(7条2号)、「他課金システムの利用妨害の禁止」(8条1号)、「リンクアウト・ステアリングの制限等の禁止」(8条2号)、「他のブラウザエンジンの利用妨害の禁止」(8条3号)については、主にセキュリティ、プライバシー、青少年保護等の観点からの「正当化事由」による例外を認めている。
立法過程において、AppleやGoogleは、外部のアプリストアや決済手段を解放せざるをえないことで、セキュリティーが脆弱化して利用者に不利益が及ぶリスクなどを強調して懸念を示していた。この例外規定は、こうしたセキュリティー確保等に配慮したものである。
なお、EUのDMAには同様の禁止行為に対する正当化事由による例外規定がない。このことから、Appleは引き続きセキュリティー上の問題を指摘したり、最近ではアプリストアの他社参入義務付けにより、iPhone上のアプリストアでポルノアプリや賭博アプリが出回るようになってしまった旨の懸念を表明する事態になっている。
4. おわりに(展望)
スマホ法には、特にリンクアウトの妨害禁止規定などで、アプリ外決済が促進されることが期待され、注目も集まっている。アプリ内でアプリ外決済への誘導を行い、アプリ外決済にユーザー特典を設けるなどの施策により、アプリ外決済の活性化、ひいてはアプリの充実化と利便性の向上にも繋がってくる可能性がある。
また、「他課金システムの利用妨害の禁止」(8条1号)の対象は、アプリ外決済のみならず、OS事業者以外のアプリ内決済手段にも及ぶことにもポイントである。ユーザーの決済手段の利便性という点だけをみると、アプリ内で簡潔に決済できるメリットは大きい。このアプリ内での決済手段に対する今後の手数料についても、アプリ事業者としては注目すべきところである。
他方、これまでOS事業者が一手に担っていた、セキュリティーや青少年保護、犯罪防止などの配慮について、今後は、アプリ外決済時の本人確認や不正利用防止を強化したユーザー認証設計、青少年保護のための課金上限設定や年齢に応じた利用制限機能の導入といったような、アプリ事業者側でもより配慮した商品設計やビジネス展開が求められるものと思われる。
こういった点にも留意しつつ、法施行を契機として、アプリ市場が活性化し、「イノベーションの促進」と「ユーザーの選択・利便性向上」という法の目的が達成されることを期待したい。
以上
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