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コラム column

2018年5月22日

著作権改正国際アーカイブIT・インターネットエンタメ

「改正著作権法をざっくり俯瞰する
       ~ガンツ先生なら、はたして何点をつけるのか?」

弁護士  福井健策 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

改正著作権法の全体像

(誰に責任があるかはともかくとして)もう法案なんてどれも通らないんじゃないかと思い始めた矢先に国会が動き、懸案だった改正著作権法もトントンと成立した。条文じたいは、この新旧対照表が一番わかりやすいだろう。今後、より詳細な解説は様々な方が書かれるだろうから、まずは速報的にざっくりと眺めてみよう。
今回は結構盛りだくさんで、大きくいえば、周回遅れが続いていた現実の変化に、何とか制度がキャッチアップしようという姿勢が評価できる改正だ。ただ、同時に後述する「裏改正」なんてのもあって、ちょっと手放しにほめて良いかは複雑な気分の今国会である。

まずは改正の全体像を眺めてみよう(表)。柱は4つ、施行は原則来年1月からだ。政府側の解説は、この辺りか。


改正の全体像

①「柔軟」な権利制限規定

・表現の享受を目的としない利用(30条の4)

・コンピュータでの効率的な著作物利用のための付随利用等(47条の4)

・新たな知見・情報を生み出す情報処理の結果提供に付随する軽微利用等(47条の5)

②教育機関での授業の一環としての著作物の配信利用の拡張+補償金の導入(35条)

③障がい者の情報アクセス機会の拡充(37条)

④アーカイブ利用の促進

・国立国会図書館による外国の図書館への絶版等資料の配信(31条)

・作品展示に伴う美術・写真の著作物の利用拡充(47条)

・権利者不明作品の利用に必要な事前供託金の一部撤廃(67条)

焦点1):「柔軟な権利制限規定」は日本版フェアユースたり得るのか?

第一に何といっても目立つのは「柔軟な権利制限規定」。恐らく日本では初の、「フェアユースではないけれどそれ的な何か」と言えるものの導入である。
テクノロジーと社会の変化はあまりに急速だ。そこでは著作物を利用する新たなニーズが次々に生まれるが、なにせ法律の原則は「著作物ごとに事前の利用許可を得る」である。中にはこれがとうてい現実的ではない事態もあって、そういう時のために「制限規定」と呼ばれる例外条項がある。つまり、権利者にも迷惑が少ないなど、社会的にこのくらいは良いじゃないかという利用は、許可なしで行っても良いとされるのだ。例えば「私的複製」や「事件報道での利用」などがその代表格だ。ただ、これは個別の場面と条件を細かく定めた個別規定であって、新しいニーズやサービスには原則対応できない。その都度、文化審議会というところから立ち上げて長い法制度の導入論をする。

良く知られたことだが、米国などではこの社会の変化とのタイムギャップを、「フェアユース」という包括的な例外で乗り越えようとする。ざっくりと「権利者への悪影響が少ない」などの大枠条件だけを法律で定めて、後はケースごとに公正な利用なら許可不要と利用者が判断するのだ。権利者が不同意なら裁判となる。全世界の図書を電子化して全文検索を可能にしようとした「Googleブックス」などは、訴訟の結果このフェアユースだと判断されている。無論、フェアユースがあればGoogleが生まれるなんていう単純な話ではないが、変化の急速な社会には必要な規定と考えられ、各国で導入が進んでいるのは事実だ。
とはいえ、「柔軟に解釈=自己責任の度合いが大きい」ということでもあるので、「果たして日本人に向くのか」という意見もある。結局、今回はその2歩くらい手前で、けっこう柔軟性を高めた例外規定が3つ入った。上の表であげた a)「表現を享受しない利用」、b)「コンピュータでの円滑・効率的な著作物利用のための付随的利用」、 c)「著作物の所在検索や情報解析などに付随する、公衆に提供提示された著作物の軽微利用」の3つだ。
具体的には、こうした規定で、例えばGoogleブックス的な「所在検索サービス」が可能になる。書籍や放送番組を別な機関がデジタル化・データベース化しておいて、「ある特定の言葉がどの作品のどこに登場するか」など横断検索を可能にできる訳だ。また、ビッグデータの解析などの「情報解析サービス」やAI(人工知能)による既存の著作物の「機械学習」も、よりフレキシブルに可能になりそうだ。

特徴は、特に a) b) の2つの類型については、そうした個別想定ケースを例示しつつその他の利用も許す、としている点だ。ここで興味をひかれるのが、a)「表現の享受を目的としない利用」だろう。典型的には、「技術開発のための作品の利用」とか、「リバース・エンジニアリング」「情報解析」だが、それにとどめてはいない。著作物を利用しても、それが「表現の享受」に向けられていないなら利用に許可は不要とする。
・・・例えばだが、論争中の「音楽教室」はどうだろうか。仮に、指導や練習のための曲の演奏が形式的には「公衆に聞かせるための演奏」にあたり得るとしても、それは演奏できるようになるための準備であって、著作物の「享受」とはやや考えにくい。これが例えば、テープ録音した誰かの演奏を流しながら社交ダンスを練習するというなら、そのテープ録音を流す行為は「享受」とも言えるかもしれない。だが自ら音を発して指導・練習するのはこの a) 類型にストレートにあたるような気も、しなくはない。まあ、今後の検討課題だろう。

焦点2):「オンライン講義」はどこまで普及するか

2番目の柱は、これも話題の遠隔教育の推進だ。これまでも、非営利の教育機関の授業で必要ならば、人の著作物も許可なしに利用することができた(35条)。またその授業を受講者にオンラインで同時に配信することも可能だった。今回はそれを拡大して、時間差で予復習のために配信することも許す改正である。教育機関側では補償金の支払が必要で、その徴収窓口団体は未決定の由。他方、元の授業がないオープンなオンライン講義(いわゆる「MOOCs」)は今回の改正ではカバーされず、こうした点は民間同士の仕組み作りに委ねられる。
3番目の柱は、福祉目的利用の拡大で、これも極めて重要だ。

焦点3):アーカイブを阻む「権利の壁」はどれだけ低くなるか

そして最後の柱がアーカイブ推進である。映画、漫画、レコード、公文書・・・過去の幾多の傑作や貴重な資料は実にたやすく散逸し、消滅する。これを収集・保存・修復し、次世代や世界中の人々に届けようという「デジタルアーカイブ」の整備が世界的に熱い。火付け役はグーグルなど米国勢とこれに対抗するEUだ。日本でも民・官の数々の活動や計画があり、筆者も理事で加わるデジタルアーカイブ学会も、昨年予想を超える300以上の個人・団体を集めて発足した。ところがネックは「権利の壁」である。何十万という大量のコンテンツについて膨大な権利者を探し出し、デジタル化・公開の許可を得るのは至難の業だ。
特に厄介なのは「オーファンワークス」(孤児著作物)といわれる権利者不明の作品群で、国内外の調査では過去作品のおよそ半数にも及ぶという。本来、見つからなければ許可を取りようがないので、散逸・消滅する作品の最有力候補となってしまう。ただ現行法には、探す努力を尽くせば文化庁が代わりに利用の許可を出せるという「利用裁定制度」もあり、これも権利者団体なども加わって活用が進められている。重要な動きだ。
その活用を阻んでいる壁のひとつが、「事前供託」というルールだろう。つまり、見つからない権利者が将来現れた時のために使用料を文化庁が取り決め、あらかじめ利用者に納めさせるのである。これが、無駄と指摘される。なぜかと言えば、権利者はほぼ現れないのだ。過去のデータでは出現率は約1%とも言われる。相手がいないのに、もしも相手がいたとしたら一体いくらの使用料が妥当かを業界団体の意見なども添えて論証しなければならない。この算出がしばしば困難だ。しかもそうまでして納めてもほとんど現れなければ、99%の供託金はずっと預けっぱなしである。確かに無駄に思える。
そこで、今回の改正で国・自治体やこれに準ずる存在では事前供託金を不要とした。今後は、この「準ずる存在」を民間アーカイブを担う大学や財団・社団・非営利団体など、政令でどこまで広げて行けるかが鍵だろう。あるいは、営利目的を含めて全部の利用申請について一律にごく少額を集めて基金化し、万一現れた1%の権利者には、その共通基金から利用規模に応じた定額を払い出すのはどうだろうか。これも今後の検討課題だ。
そのほか、「絶版など市場にない資料は国会図書館が海外の図書館にデジタル配信可能」なんていう地味にすごい規定もあり、全般に4つの柱は(無論課題もあるが)評価できる。

焦点4):同時に進む「改正」~保護期間の前倒し延長

実はここにもうひとつ、いわば「裏改正」がある。何かというと、今国会ではTPPが可決承認されそうで、同条約が近い将来発効すると、TPP対応として以前の国会で導入されていた著作権の新条項がいよいよ施行されるのだ。具体的には、「著作権保護期間の延長」(51条以下)や「著作権侵害の非親告罪化」(123条2項以下)である。
このうち非親告罪化については、もっとも懸念されていた二次創作などは対象から除かれており、今後その影響は慎重に検証すべきだろう(この点での国会意見陳述)。
他方、著作権の保護期間については、原則「作者の死後70年」へとストレートに延びる。もともと、延長を求めていたのはそれで受益する欧米の政府であり、民間では国際的に反発も強かった。(現状では実演家の生前に切れることさえある著作隣接権は別論として)そもそも作者の死後50年を超えて市場に残っている作品など、それこそ2%程度と言われる。残りの作品は死後70年に保護を延ばしたところで売られていないのだから遺族の収入すら増えず、むしろ権利者不明作品と海外への支払が増えるだけだろう。どうも、アーカイブ立国にも知財立国にも逆行するように見える
そうではあるが、TPPの一環だからしょうがない、という理屈で前回改正時には前倒しで保護期間は延長され、その施行は「TPP発効時」とされた。ここからが劇的だ。トランプ大統領が現れて予告通りTPPを離脱し、TPP11の再協議の中で、もともと米国要求に反発する国も多かった保護期間の延長は「凍結」されたのだ。つまり、そもそもの条約としてのTPPには現在、保護期間の延長義務はない。

・・・無いなら、TPPありきだった「死後70年」をいったん止めるべく政府は何か手当てをすべきようにも思うのだが、実は何もされていない。どんな力が働いたかは知らないが、上記国会などでの指摘にもかかわらず、単にこのまま延長させようとしている。
世界がデジタルアーカイブでしのぎを削っている今、過去作品の大量の権利処理が課題の今、先進国の中で死後50年を守ってきた日本が今、なぜ延ばすのか。それでは今後、米国にTPP復帰を促す交渉材料ですらなくなるではないか。
前提がなくなったのにそのまま死後70年に延ばすという意味で、これはまさに今国会での「裏改正」と言えるだろう。表の改正が意欲的なだけに、ちょっと「オイラ今回はがんばったから100点だよね~」と言っているロボコンに悪い点を出す前のガンツ先生の顔がチラついたりしている、著作権法改正である。

以上

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