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コラム column

2016年1月20日

改正契約

「消費者契約法と約款の『これから』
~改正論議のポイントと方向性を読み解く~」

弁護士  北澤尚登 (骨董通り法律事務所 for the Arts)


民法(債権法)改正における「約款」の扱いについては、2015年4月のコラムで紹介した「要綱案」(同年2月10日付け)に沿って、改正法案が同年3月に国会提出されました(「民法の一部を改正する法律案」)。[本コラムの脱稿日現在では、まだ成立には至っていないようですが、今後の推移が引続き注目されます。]

他方、民法の特別法の一つである消費者契約法についても、改正を視野に入れた検討が(政府の消費者委員会に設置された)消費者契約法専門調査会で行われています。近時の動きとしては、平成27年8月付けで「中間取りまとめ」が公表され(全文は、消費者委員会のホームページに掲載されています)、その後の意見受付やヒアリングの結果をふまえた「報告書」が同年12月付けで公表されました。

この「中間取りまとめ」と「報告書」とを読み比べてみると、前者で論及された検討課題のうち、後者で「速やかに法改正を行う」対象とされたものはごく一部にとどまっており、重要課題の多くは「解釈の明確化を図る」ないし「引き続き検討を行う」(つまり、改正はひとまず持ち越し)という結論に至ったようです。

ただ、現段階では法改正が具体化されていない項目であっても、法改正が検討され「中間取りまとめ」において言及されたものは、むしろそれだけ法解釈が重要な論点であるとも考えられます。従って、現行法の下でも、それらの論点が訴訟等で争われれば、裁判所が「中間取りまとめ」で示唆された方向性を十分に意識して解釈をはかる可能性が否定できません。

そこで本稿では、「中間取りまとめ」が取り上げた重要論点のいくつかを(特に、利用規約などの「約款」に関連するものを中心に)ピックアップして、法改正をめぐる議論の概要と実務上の注意点を整理してみたいと思います。


◆ 広告と「勧誘」規制について

「中間取りまとめ」が公表された際に、特に大きく報道されたのは、「勧誘」規制(事業者からの勧誘に起因して、消費者が重要事実等に関する誤認に基づいて契約を締結した場合、その契約は取消しの対象となることなど。消費者契約法第4条)の対象を広告にも広げるか否か、という論点でした。例えば、日本経済新聞(2015年11月23日)では「『広告も勧誘扱い』に反発」「事業者、規制強化を懸念」といった見出しで、事業者側からのネガティブな反応を紹介しています。

たしかに、規制の範囲があまりにも不明確あるいは広汎になれば、広告における注意書きや免責文言(いわゆるdisclaimer)が過度に冗長・詳細になったり、事業者が広告自体を躊躇したりすることで、円滑な取引が阻害されるおそれもないとはいえません。

そういった問題意識への配慮もあってか、「報告書」はこの点を速やかな改正の対象とはせず、「取消しの規律の適用対象となる行為の範囲について、引き続き、事業活動に対する影響について調査するとともに、裁判例や消費生活相談事例を収集・分析して、検討を行うべきである」と述べており、改正の要否については結論を保留しています。


ただ、特にインターネットを通じた取引などでは、対面や会話を通じた情報交換が難しいこともあって、消費者が商品やサービスの内容・品質などを判断する際に、広告の文言に頼らざるを得ない場合も少なくないように思います。この点は、「中間取りまとめ」においても、「情報通信技術の発達・インターネット取引の普及等の影響も受け、現代では、情報の発信や収集の方法、あるいは契約締結の方法が多様化したことなどにより、不特定の者に向けた広告等を見て契約を締結することも多くなり、これによりトラブルに至った事例も見られる」と指摘されています。よって、広告に起因して消費者に重大な誤認が生じたような場合には、(個別の事情にもよりますが)契約の取消しなどの民事的救済を認める余地があって然るべきとも考えられます。

ここで、「報告書」は「当面は、現行の規定の解釈や具体的な事案におけるその適用を通じて対応することが考えられる」とも述べており、法解釈による妥当な解決の必要性を示唆しています。すなわち、法改正には至らなくとも、個別の事案によっては裁判所が一定の広告を「勧誘」と解釈するケースもあり得ると考えるべきでしょう。

なお、「中間取りまとめ」も全ての広告を無条件に「勧誘」に含めようとしているわけではなく、「事業者が、当該事業者との特定の取引を誘引する目的をもってする行為をしたと客観的に判断される場合、そこに重要事項についての不実告知等があり、これにより消費者が誤認をしたときは、意思表示の取消しの規律を適用することが考えられるが、適用対象となる行為の範囲については、事業者に与える影響等も踏まえ、引き続き検討すべきである」との折衷的な結論を述べていました。

これを参考にするならば、広告であっても「当該事業者との特定の取引を誘引する目的をもってする行為」であれば「勧誘」に該当する、との法解釈も(「当該事業者との...目的をもってする行為」の明確化・類型化などが必要とはいえ)一定の合理性はあるように思います。そうだとすれば、法改正の有無にかかわらず、「広告は勧誘規制の適用外」と即断するのは危険であり、(特に商品・サービスの内容や料金体系・解約条件などの重要事項については)できるだけ誤解の少ない広告表現を心がけるべきことは当然でしょう。


◆ 約款(を含む消費者契約)の条項に対する規制

現行の消費者契約法では、消費者契約(=消費者・事業者間で締結される契約。両者に対して拘束力のある利用規約などの約款も、これに含まれます)における以下の条項について、一定の要件のもとで無効となる旨を定めています。

  (i)   事業者の損害賠償責任を免除する条項(同法8条)
  (ii)  消費者が支払う損害賠償の金額を予定する条項(9条)
  (iii)  消費者の利益を一方的に害する条項(10条)


これらの規定も、改正の検討対象として「中間取りまとめ」で取り上げられました。特に(iii)については、現行法では:


〈消費者契約法第10条〉

民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項 に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。

という包括的な規定にとどまっているのに対し、「中間取りまとめ」においては、この規定によって無効となる条項の具体的な類型を追加すること(「不当条項の類型の追加」)が検討されており、いくつかの類型が列挙されていました。

それらのうち、「報告書」において速やかな法改正の対象として挙げられた類型は、①「債務不履行の規定に基づく解除権又は瑕疵担保責任の規定に基づく解除権をあらかじめ放棄させる条項」(→常に無効)および②「消費者の不作為をもって当該消費者が新たな契約の申込み又は承諾の意思表示をしたものとみなす条項」(→上記10条の後段に該当する場合には無効)に限られており、それ以外の類型については継続検討とされています。

しかし、「中間とりまとめ」で列挙された類型には、上記以外にも約款との関連で要注意と思われるものがあります。ここでは、以下の二つをピックアップしてみます。

(1) 消費者の解除権・解約権を制限する条項

(2) サルベージ条項(=本来は全部無効となるべき条項に、その効力を強行法によって無効とされない範囲に限定する趣旨の文言を加えたもの。例えば「法律で許容される範囲において一切の責任を負いません」など)


まず(1)については、「中間取りまとめ」は消費者の解除権・解約権を「放棄させる条項」と「制限する条項」との区別を前提としつつ、前者(放棄条項)については「これを例外なく無効とする規定を設けることについて、引き続き検討すべきである」とする一方、後者(制限条項)については「どのような場合に当該条項を無効とする規定を設けるのが適切かについて...引き続き検討すべきである」と述べており、「放棄条項は一律無効、制限条項は一定の要件のもとで無効」という枠組みを指向しているようです。

「報告書」では、この前半部分が(放棄の対象を限定しつつ)盛り込まれた一方、後半部分は継続検討となっていますが、今後「消費者の解除権・解約権を制限する条項」の無効規定が法改正により新設されるか否かはともかく、ウェブサービスの利用規約などの約款を作成するに際しては、少なくとも(文言・内容ともに)放棄条項と解されないようなドラフティングを心がけることが必要となりましょう。


次に(2)については、「中間取りまとめ」および「報告書」のいずれにおいても継続検討とされており、サルベージ条項の無効化規定が法改正で盛り込まれるかどうかは未知数ではあります。

ただ、「中間取りまとめ」でも言及されているように、サルベージ条項には「本来であれば全部無効となるはずの不当条項がそうならないという点で脱法的効果を有している」「消費者にとって条項の内容が不明確である」といった問題点も指摘されており、仮に法改正には反映されなかった場合でも、裁判では(法解釈により)サルベージ条項が無効と判断される可能性もないわけではありません。この点を重視するならば、約款作成に際しては常に、サルベージ条項になるべく依存しないドラフティングが望ましいのでしょう。


◆ 条項使用者不利の原則

「中間取りまとめ」および「報告書」では、条項使用者不利の原則(=契約の条項について、解釈を尽くしてもなお複数の解釈の可能性が残る場合には、条項の使用者に不利な解釈を採用すべきであるという考え方)についても言及されています。

この点、「中間取りまとめ」では、①定型約款については条項使用者不利の原則(事業者に不利な解釈を採用)を法定すること、②定型約款に限らず「事業者によって一方的に準備作成された条項や個別交渉を経なかった条項」についても同様の原則を適用すべきか否かについては継続検討、との方向性が示されていましたが、「報告書」では(i) 「逐条解説...において、(条項使用者不利の原則)が相当と考えられる具体的な事例を紹介しつつ記載すること等により、事業者や消費者、消費生活相談員等に周知することが適当である」、(ii) 「同原則の要件や適用範囲を定型約款に限定すべきか等について引き続き検討を行うべきである」と述べられ、かなり後退した結論のように見受けられます。

しかし、上記(i)によれば、少なくとも一定の事例においては条項使用者不利の原則が(法改正の有無にかかわらず、法解釈により)適用されるべきとのスタンスが明示されているとも理解できます。したがって、事業者にとっては、現行法の下でも規約の文言の明確性に留意すべきことには変わりありません。


以上のように、消費者契約法の改正をめぐる議論は(立法論のみならず、解釈論をも通じて)約款のあり方に影響を及ぼし得るところですので、今後も要・注目といえましょう。

以上

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