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コラム column

2014年5月27日

商標改正音楽

「あんな音、こんな色が登録商標に!?
    ~新しいタイプの商標の保護に関する改正法のご紹介」

弁護士  鈴木里佳 (骨董通り法律事務所 for the Arts)




● 改正の経緯

皆さんは、現行の商標法では色(図形などと組み合わされていない色彩そのもの)や音を、商標登録できないことをご存じでしょうか。これまで、これらは商標登録の対象外とされていたため、たとえ、A社のイメージカラーとして、長年使用され、「このパッケージの色といえば、A社の商品だよね!」と、広く定着している色彩や、B社のCMで繰り返し使われた結果、B社のサービスを想起させるようになった効果音があったとしても、商標として登録することはできませんでした。

しかし、実務においては、デジタル技術の発達を背景に、言葉の壁を越えたブランディング戦略として、音や色を用いるケースも増えてきました。
また、海外に目を向けると、米国、OHIM(欧州共同体商標意匠庁)、イギリス、ドイツ、フランス、韓国、豪州などでは、音や色彩を商標として保護することができ、さらに米国などでは、香りや触感、味までも、商標として保護される可能性があります。
そのため、日本の現行制度は、このような世界的な潮流から取り残されている、あるいは、グローバルな市場における模倣品対策の障壁となっているといった指摘を受けていました。
このような事情を背景に、約10年間にわたる検討を経て、産業構造審議会・商標制度小委員会が2013年9月に取りまとめた「新しいタイプの商標の保護等のための商標制度の在り方について」という報告書(「報告書」)を踏まえ、2014年4月25日、音や色などの商標登録を可能とする改正商標法が成立しました(今後、政令で指定される日(遅くとも2015年5月14日まで)に施行される予定です)。

今回のコラムでは、新しいタイプの商標の導入に関する改正の概要、そして見込まれる影響について、報告書の内容をヒントにしつつ、Q&A形式にて検討してみたいと思います (なお、改正商標法は、地域団体商標制度の登録主体の拡充なども規定しますが、本コラムでは割愛します)。


Q1: 今回の改正により、どのようなタイプのマークが追加されたのでしょうか。米国では、香りも登録可能とききますが、日本でもそうなるのでしょうか。

A1: 改正法では、「商標」が次のように定義され、輪郭のない色彩(=図形等と組み合わされたものではなく、色彩のみからなる商標)と音の商標(=音楽、音声、自然音等からなる商標)が追加されたことが分かります。


第2条(定義等)


 この法律で「商標」とは、人の知覚によって認識することができるもののうち、文字、図形、記号、立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合、音その他政令で定めるもの(以下「標章」という。)であって、次に掲げるものをいう。
 一・二(略)

ちなみに、音には、これまでの商標と異なり、目ではなく耳で知覚するという特性があります。そこで、このような特性をふまえ、商品の取引の際に音を発する場合や、商品や包装に音を記録した記録媒体を取り付ける場合も、「使用」に含むよう、定義が改正されました(改正法2条3項9号・4項2号)。

次に、改正法5条2項が、商標が変化する場合の出願書の記載方法を定めており、ムービングロゴなどの動きの商標(=図形等が時間によって変化して見える商標)も、今回の改正により追加されたと分かります。


第5条(商標登録出願)


 (中略)

次に掲げる商標について商標登録を受けようとするときは、その旨を願書に記載しなければならない。

 商標に係る文字、図形、記号、立体的形状又は色彩が変化するものであつて、その変化の前後にわたるその文字、図形、記号、立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合からなる商標

 立体的形状(文字、図形、記号若しくは色彩又はこれらの結合との結合を含む。)からなる商標(前号に掲げるものを除く。)

 色彩のみからなる商標(第一号に掲げるものを除く。)

 音からなる商標

 前各号に掲げるもののほか、経済産業省令で定める商標

また、報告書によると、ホログラムの商標(正確な定義は長いため割愛しますが、紙幣やクレジットカードなどに偽造防止のために付される光る部分のようなもの)と、位置商標(=図形等のマークと、その付される位置によって構成される商標)が追加されることが分かります。

さらに、新しい定義には、「その他政令で定めるもの」とあり、上記以外のタイプも、政令により追加可能となりました。
報告書では、香りや触覚、味の商標については、「諸外国において保護されている実例も一定程度あり、今後その保護のニーズが高まることも想定されることから、適切な制度運用が定まった段階で保護対象に追加できるよう、併せて検討を進めていくことが適当」という記載にとどまり、当面は、色・音・動き・ホログラム・位置の5タイプの導入が先行するようです (他方、韓国やシンガポールなど、米国とFTAを結んでいる国では、識別力などの高いハードルはあるものの、香り・触覚・味の商標まで登録が可能性とされており、日本でも、年内に妥結予定とも報じられるTPPの内容を含め、引き続きの注意が必要です)


Q2: 具体的には、どのような色や音を登録することができるのでしょうか。

A2: 審議会で検討にあがった、日本企業による海外での登録例をみると、具体的なイメージがわくと思います。
まず、文具メーカーのトンボ鉛筆は、米国で、以下の青・白・黒のトリコロールの色彩商標の登録を受けています。

色彩商標登録 トンボ鉛筆
米国登録番号3252941
株式会社トンボ鉛筆(文房具、筆記用具類)

たしかに、この3色からは、お馴染みの消しゴムのパッケージが思い浮かぶと思います。

次に、久光製薬は、米国および欧州で、以下の音の商標の登録を受けています。

音の商標登録 久光製薬
欧州登録番号2529618
久光製薬株式会社(薬剤)

米国特許商標庁のウェブサイトでは、上記の ヒ♪サ♪ミ♪ツ♪の商標(出願番号:78101339)を含め、登録商標を聞くことができ、音の商標のイメージを持ちやすいかと思います。
上記の他、73553567番のMGM社のライオンの吠える声や、75332744番のIntel社のチャイム音75743899番のNOKIA社の携帯電話の着信音など、バリエーションも豊かです。

日本企業の登録例ではありませんが、動き、位置、ホログラムの商標については、以下のような登録例があります。


【動きの商標】   【位置の商標】   【ホログラムの商標】
動きの商標登録 Twentieth Century Fox Film社   位置の商標登録 Christian Louboutin社   モログラムの商標登録 American Express社
米国登録番号1928423
Twentieth Century Fox Film社
(映写フィルム)
  米国登録番号3361597
Christian Louboutin社
(女性用ファッションデザイン履物)
  米国登録番号3045251
American Express社
(クレジットカードサービス)

Q3: 上記のトンボ鉛筆の登録例は、3色の組み合わせですが、たとえば、赤一色など、単一色の商標登録もありうるのでしょうか。

A3: 商標登録を受けるには、そのマークが、商品やサービスが誰のものかを示す機能をもつこと(=識別力)が必要です。そのため、ありふれているなど識別力を欠くマークは、登録を拒絶されます。もっとも、元々はありふれたマークでも、長年の使用により識別力を獲得した場合には、例外的に登録が認められます(法3条2項)。
報告書では、単一の色彩は、原則として、本来的な識別力がないという考え方が示されています。
この考え方によれば、原則として単一の色彩の商標登録は認められません。登録が認められるのは、継続的な使用により識別力を獲得した場合、すなわち、指定商品・サービスとの関係で、長年にわたり赤色が使用された結果、「その商品で赤色といえばA社のものだ」と、一般的に想起されるような例外的な場合に限られます。

なお、米国では、Tiffany社が、宝石・宝飾品、時計などを指定商品として、淡いターコイズグリーン、いわゆるティファニーブルーの登録を受けています。
日本でも、あの色のパッケージを見ると、Tiffanyの商品を連想(そして期待)する方が多いでしょうから、登録が認められる可能性もあるように思います。

もっとも、改正法4条1項18号は、自由競争の不当な制限の排除のための不登録理由を、以下のように抽象的に規定しています。


十八 商品等(商品若しくは商品の包装又は役務をいう。第二十六条第一項第五号において同じ。)が当然に備える特徴のうち政令で定めるもののみからなる商標

「政令で定める内容」が、誰もが好む色彩の商標登録を排除するような規定ぶりとなる場合には、登録可能性が下がるように思います。


Q4: 今回の改正を受け、映像やウェブサイトの制作において、気をつけることはありますか。

A4: 今回、保護対象に追加された音や色、動きなどは、映像やウェブサイトの素材として使用されるものでもあるため、改正の影響が気になるところです。実際に、使用する色や音の全てについて事前の商標調査が必要となれば、コスト負担の増大となりかねませんし、自由なクリエーションの妨げにならないか、懸念されます。
以下、(1)類似性の要件、(2)商標的使用の要件、(3)その他のポイントに分けて、改正の影響を見ていきたいと思います。


(1) 類似性
まず、他人の登録商標と同じまたは似ている商標を使用すると、商標権侵害となり、使用の差止めや損害賠償を要求されかねません。
では、どの程度似ているとアウトになるのか。
この類似性の判断について、最高裁は、商標の外観、観念、称呼等によって需要者等に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察して判断すべきという考え方を示しています(最判昭和43・2・27/氷山印事件)。
報告書では、「新しいタイプの商標についても、上記の考え方を踏まえつつ、タイプごとの特性を考慮した判断が適切」という考え方が示されています。
タイプごとに需要者に印象や記憶に訴える特性(音であれば称呼、色であれば外観)を重視して判断されると考えられますが、具体的に、どのような類比判断が行われるのか、今後の運用が注目されます(なお、海外の侵害訴訟では、「色や音をどこまで独占させるべきか」という観点から、識別力の有無が主な争点とされる傾向にあるようです。その中で、フランスの最高裁が、Pantone212のピンクとPantone219のピンクが類似すると認めた判断は参考になります(ただし、Pantone212のピンクの商標は、後に識別力を失っているとして登録取消しとなりました))。

【PANTONE 212 C】   【PANTONE 219 C】
PANTONE_212C   PANTONE_219C

(2) 商標的使用
他人の登録商標と同じまたは似ている商標であっても、商品・サービスの出所を示す態様での使用(いわゆる商標的使用)以外は、商標権侵害とならないという考え方が、これまでの裁判例で示されてきました。
この商標的使用論という考え方は、改正法では、明文の規定として追加されました。


第26条(商標権の効力が及ばない範囲)


 商標権の効力は、次に掲げる商標(他の商標の一部となっているものを含む。)には、及ばない。

 (中略)

 前各号に掲げるもののほか、需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識することができる態様により使用されていない商標

他人が商標として登録している色や音であっても、映像やウェブサイトの内容を充実させ、魅力を向上させるための素材の一つとして使うのであれば、商品・サービスの出所を示す態様での使用となる場合は少なく、商標権侵害が問題とされるケースは限定的と考えられます。

もっとも、出所を示すための商標的使用か、演出上の使用かの基準が明らかにされないと、事実上の影響は避けられないかもしれません。
実際に、アメリカでは、マゼンタ色(単一色)を商標登録している通信会社が、ホームページ上で通信エリアを示す色として、マゼンタ色を使用したライバル社に対して、商標権侵害等を理由として訴訟を提起したことがニュースになりました。
新しいタイプの商標について、どのような使用方法が商標的使用にあたるのか、今後の運用による基準の明確化が期待されます。


(3) その他のポイント
コンテンツ制作における使用に限らず、以前から使用されてきた、新しいタイプのマークについては、他社による商標登録後も、実際に使用されてきた範囲内で、継続して使用することができます(周知性を求められない点で、先使用権よりもハードルが低いといえそうです)。


【改正法経過規定】
第5条


 (中略)

 この法律の施行前から日本国内において不正競争の目的でなく他人の登録商標(この法律の施行後の商標登録出願に係るものを含む)に係る指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務についてその登録商標又はこれに類似する商標の使用をしていた者は、継続してその商品又は役務についてその商標(新商標法第5条第2項第一号、第三号又は第四号に掲げるものに限る)の使用をする場合は、この法律の施行の際現にその商標の使用をしてその商品又は役務に係る業務を行っている範囲内において、その商品又は役務についてその商標の使用をする権利を有する。
当該業務を承継した者についても、同様とする。

たとえば、改正法施行前から、ある音を、商品Xに関する業務で使用してきた場合、他社がその音と同じまたは似ている音の商標登録を受けたとしても、商品Xに関する取引に限り、その音の使用を継続することができます。
自社のブランド戦略上、重要なイメージカラーや効果音などがある場合、他社による商標登録に対抗できるよう、使用実績を一度整理し、CM映像や広告物を保存するなどして、継続的使用についての証拠を備えておくことをお勧めします。

他方、音や色の登録商標を効率的に調査できるようになるのか。実務上の関心が寄せられるところです。たとえば、多くの方が利用している、特許電子図書館などで、音や色などのタイプごとに、登録状況を網羅的に検索できるようになると、実質的なコスト増大は抑えられるように思います。


Q5: 他人が著作権をもつような楽曲について、商標登録を受けることは可能でしょうか。

A5: 音の商標を出願する場合、商標見本(楽譜など)を記載するほか、その音を記録した音源データの提出が必要となります。
そのため、出願する音(フレーズ)自体に著作物性がある場合には楽曲の著作権者から、また、既存の音源を利用する場合にはレコード製作者や実演家から、複製行為ないし録音行為につき許諾を得ることが必要となります(なお、JASRAC管理楽曲については、CM送信用録音の場合と同様、著作者人格権への配慮の観点から、権利者との事前協議が必要とされるか、今後の運用に注意が必要です)。

権利者の許諾がある場合、次に、問題となるのが識別力です。
報告書では、クラシック音楽や歌謡曲は、原則として識別力がないという考え方が示されています。楽曲は、通常は視聴して楽しむものであり、特定の企業や商品を想起させるためのものではないからでしょう。
そのため、人気の歌謡曲などを登録できるのは、長年にわたりCM曲などとして使用した結果、「そのフレーズからはB社の商品が一般的に想起される」といった例外的なケースに限られると考えられます。
楽曲の商標登録を希望する場合、使用による識別力の獲得を立証できるよう、歴代のCM映像など、使用実績に関する証拠集めが重要となるでしょう。

他方、権利者の許諾をとらずに登録できるかというと、出願される商標が他人の著作権等を侵害することは、それ自体として、登録拒絶事由や無効事由には該当しないため、可能性はあります。
ただし、出願当時に、著名な商標の名声にフリーライドして、不正な利益を得ようとする不正な意図が認められる場合は、公序良俗違反(4条1項7号)として登録無効となりえますし、そもそも、権利者の許諾がないまま、識別力を獲得するほど使用することは困難でしょう。
また、仮に登録された場合も、29条により権利行使は制限されるため(なお、改正法では、商標権者は、商標出願前に生じた著作権に加えて、出願前に生じた著作隣接権にも対抗できないことが明記されました)、あまり理不尽な状況は発生しないと考えられます。


第29条(他人の特許権等との関係)


 商標権者、専用使用権者又は通常使用権者は、指定商品又は指定役務についての登録商標の使用がその使用の態様によりその商標登録出願の日前の出願に係る他人の特許権、実用新案権若しくは意匠権又はその商標登録出願の日前に生じた他人の著作権若しくは著作隣接権と抵触するときは、指定商品又は指定役務のうち抵触する部分についてその態様により登録商標の使用をすることができない。


以上

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