2009年2月10日
「全世界を巻き込むGoogleクラスアクション和解案の衝撃」
弁護士 福井健策 (骨董通り法律事務所 for the Arts)
■Googleクラスアクション、遂に和解
世界中の膨大な量の書籍について全文対象検索ができるという、野心的な「Googleブック検索」をめぐる米国での集団訴訟(クラスアクション)が、昨年10月に和解した。
Googleブック検索では、検索画面にある用語を入れればその用語を含む全ての書籍がヒットする。そして、保護期間が切れていたり必要な許諾を受けた書籍ならば全文が、そうでない書籍については書誌情報やスニペットと呼ばれる該当箇所の数行の抜粋が表示される。
こうした全文検索をおこなうためにGoogleは、ハーバード大学図書館など主要な図書館と提携関係を結び、その蔵書を提供してもらい、大量にスキャンしてサーバーに蓄積している。日本からも慶應大学図書館が加わっている。つまり、古今のあらゆる書籍の全文をGoogleのサーバーに蓄積しておいて、誰でもその内容を全文検索できるようにしようというのだ。
同社によればその数はすでに700万冊。このペースで蓄積が進めば、書籍の探し方をまったく変えてしまう画期的なプロジェクトにはちがいない。
訴訟では、原告である米国作家協会と全米出版社協会は、Googleのスキャン行為自体が(ビジネス目的での複製なので)著作権侵害だと主張した。
他方Googleは、このようなスキャン行為は、著作権法のフェアユース(公正使用)という例外にあたるので許される、と主張した。フェアユースは、日本でも内閣知財戦略本部などで今年度にも導入が検討されており、昨今は日本でも論議の的である。
その訴訟について、先日和解案が公表された。驚くなかれこの和解は、日本の作家・漫画家などの著者もほとんどが当事者なのだ(加えて、相当な数の写真家や作詞家・作曲家も含まれる)。弊事務所の多くのメンバーも当事者である。今年の5月5日まで何もしなければ、(裁判所の承認を条件として)我々は全員が自動的にこの和解条件に拘束される。
はたして、どんな和解なのか。
■和解対象は全世界の書籍
まず、和解の対象となるのは、2009年1月5日以前に出版/頒布された、書籍やその挿入物。挿入物には序文や引用、歌詞、児童書のイラスト、グラフなどが含まれる。ただし新聞・雑誌は書籍から除かれる。
注意を要するのは米国内での出版には限定されていないということだ。つまり、日本を含む世界中のほとんどの国の過去の刊行物が対象になる。国立国会図書館の所蔵和漢書が650万冊強だから、世界中ならば億に達するかもしれない。今後、どの権利者も和解から離脱しなければ、Googleは理論上、数千万冊の書籍を自由にスキャンして後に述べるようなビジネスをおこなうことができる。なんともスケールの大きな話である。
では、実際に日本語書籍はどの位スキャンされているのか?2007年時点の報道では、日本語書籍の割合は全体の数%だとされている。この数字を信頼し現在の700万冊に単純に掛け合わせれば、十~数十万冊のオーダーだろうか。
「誰も離脱しなければ」と書いたが、著者、遺族、出版社は2009年5月5日までに脱退通知をおこなわなければ、自動的に和解に拘束される。日本の著者や出版社も、である。
その場合、和解が承認・発効すれば、Googleは書籍・挿入物のディジタル化を継続し、非独占的に以下の利用ができる。
(1) 団体や個人へのオンライン販売(全文閲覧やコピーペースト・プリントを含む)
(2) 公共図書館・高等教育機関による無償アクセス(コピーペースト不可)
(3) ページへの広告表示
(4) プレビューやスニペット(抜粋)表示 など
以上を「表示使用」というが、ご覧のとおりかなり広範な配信ビジネスができる。ただ、米国の権利者への大きな配慮として、刊行中・市販中の書籍は当然にはこの「表示使用」に含まれず、権利者の通知で追加できるとされている。
逆に、絶版・市販中止の書籍はデフォルトでこの「表示使用」に含まれ、権利者の通知で除外可、という扱いである。
問題はこの「刊行中・市販中」の意味で、米国内で通常の流通経路で販売されているかが基準となり、一次的にはGoogleがそれを判断する。本稿執筆時点では日本の書籍はかなりの有名作品でも「絶版」とみなされているようであり、これらの書籍はデフォルトで「表示使用」に含まれる。
もちろん、仮にそうなっても、不満な権利者は通知手続をすれば表示使用から除外させることはできる。
Googleはすでに、膨大な和解条件の説明と申し立ての受付のための専門サイトを、日本語を含む各国語で立ち上げている(なお、日本語サイトのみなぜか和解脱退期限は2009年5月4日とされている。 ※2009/4/28付記: 最近5月5日と訂正された。
http://books.google.com/booksrightsholders/
■収益の63%を権利者に分配
こうした表示使用から得られた収益は、原則63%が権利者に支払われる。権利者の特定と分配の管理のために、「版権レジストリ」と呼ばれる非営利法人が設立される。理事は作家と出版社同数からなり、ニューヨークに設置される予定だ。
Google はレジストリの設立と和解管理のため3,450万ドルを拠出する。支払われた63%は、一定の比率に従って権利を持つ著者や出版社の間で分配される。
なお、こうした収益を生む「表示使用」のほか、Google側は以下の使用もおこなえる。
(5) 内容の公衆への表示を伴わない全ての「非表示使用」(例:書誌情報、索引付け)
(6) 特定の図書館による、保存のためのディジタルコピー、プリント不可のユーザーへのアクセス許可、スニペット表示、一定の教室使用や私的・研究目的使用 など
こちらは刊行中・市販中を含む全作品がデフォルトで含まれ、特定利用の除外はできない。代わりに書籍(挿入物は除く)の権利者が要求すると、全ての利用から特定書籍を「削除(remove)」することはできるが、その期限は2011年4月5日。期限を過ぎるとディジタル化済みのものは削除不可となる。
なお、2009年5月5日以前にスキャンされた作品については、解決金としてGoogleが拠出する4,500万ドル以上の中から、メイン作品(principal work)あたり60ドル以上、挿入物は5ドル/15ドル以上を、権利者は受け取ることができる。請求デッドラインは2010年1月5日。2009年5月5日以降にスキャンされる作品については、収益のシェアがあるだけでこの一時金の支払はない。
和解の効力が及ぶのは米国内での利用(米国内からアクセスするユーザーへの販売など)だけである。当然だが、米国で和解が成立したからといってGoogleが日本国内でも同じようにオンライン販売できる訳ではない。裁判所はこうした和解条件をすでに暫定承認しており、2009年7月以降の正式承認で和解発効となる。
■関係者はGoogleの「挑戦」にどう応ずるのか?
この和解案、著者や出版社にとってはなかなか巧妙なボールである。
Googleによる作品の利用を望まない権利者がいれば、無論和解から脱退することはできる。しかしその場合には、過去のスキャンへの解決金は受け取れない上、Googleが「フェアユース」と解釈しているスキャンやスニペット表示を止める保証はない。止めさせようと思えば、また別にGoogleや関連図書館への訴訟を提起しなければならないかもしれないが、果たして高額な訴訟経費とエネルギーを負担できるか。
逆に、このまま和解に乗れば、いつでも通知することで「表示使用」を止めさせることができるし、少なくとも2011年4月5日までは全部の使用から自らの書籍を「削除」することも要求できる。削除を求めたい権利者ほど、むしろ和解に乗る方が良いという逆説が成立しそうだ。
もちろん、(高額かは不明だが少なくとも高率の)収益配分があり、望めばいつでも「表示使用」を止めさせられる以上、実際に使用停止を求めて来る権利者は少数にとどまるかもしれない。そこがGoogleの狙いだろう。いったいどんなデータ品質でいくらでオンライン販売をおこなうのかはまだ不透明だが、仮にオンライン販売が十分な収益を上げられることを示せば、権利者とのパートナーシップが広がる可能性はある。
目立つのはGoogleの和解戦略のうまさ、うまいと言うのが時期尚早ならスケール感である。成蹊大学の城所岩生教授が指摘するように、和解のためにGoogleが用意する1億2500万ドルは、世界の検索市場で圧倒的なシェアを握る同社にとって、年間売上の1%に満たない。しかし、この和解案によってフェアユースの解釈をめぐる著作権侵害訴訟が、にわかに電子出版ビジネス全体の構造再編の様相を帯びてきた。
それを可能にしたのは、一部の者が共通点を持つ多数の者を代表して訴訟を起こし、訴訟の結果は利害関係者全体に及ぶという米国クラスアクションの制度である。元来、典型的なクラスアクションは公害被害者や薬害患者といった同じ原因による被害に苦しむ市民の救済策として機能する。救済を待ち望む人々が利害関係者であり、その数はせいぜい数千人から数十万人という規模の場合が多かろう。
しかし、ネットによる著作権侵害となると全く違う。Googleブック検索の潜在的利害関係者は全世界に1000万の単位で存在するだろう。その人々が自分でも気づかないうちにクラスアクションの当事者となり、和解によってGoogleは1000万単位の人々からライセンスを一挙に取得するのと同じ結果となる。
クラスアクションのない日本ではとてもあり得ない話である。法改正ですら、このようなダイナミックな変化は容易ではない。なぜなら著作権にはベルヌ条約のような国際条約があり、政府はその枠組みを超える法改正はできないからだ。「クラスアクションによる和解」という仕掛けによって、はじめて実現できたように思える。
もっとも、著作者人格権の規定をほぼ持たず、古い著作物の保護期間については死後起算のルールすら取っていない米国の場合、そもそも国際条約や国際標準との整合性について日本ほど心配したかは不明だが。
この「挑戦」に日本のネット事業者や権利者はどう答えるのか。必要な法整備ももちろん大切だろうが、それ以前に権利者が魅力を感じて悩むほどのビジネス提案を日本のネット事業者はできるだろうか。他方、Googleにも、日本の作家や出版社に向けてもっとわかりやすい説明が求められる。
各権利者の和解脱退や和解条件への異議の期限は5月5日「こどもの日」。関係者に残された時間はあと3か月である。
(2009.2.22 一部加筆)
2009/5/8付記: 一部の作家などの求めを受け、ニューヨーク連邦地裁は4月28日、和解からの離脱期限を約4ヶ月延期して2009年9月4日とする決定をおこなった。Googleなどの訴訟関係者は60日延期を主張していたが、これを超える延長になった格好である。あわせて最終公聴会も10月7日の午前10時に延期された(http://www.scribd.com/doc/14741799/SDNY-Order-Extending-Deadline-to-September-4)。秋口までに和解案の周知と理解を広げられるか、訴訟関係者の努力が問われそうだ。
2010/4/5付記: すでに広く報道されている通り、その後、国内外での批判や指摘を受けて、2009年11月13日付で和解案は大幅に修正された。対象となる書籍の範囲は、①米国著作権局に著作権登録されているか、②カナダ・英国・オーストラリアで出版されているものに限定されたうえ、なお裁判所の審議が続いている。この間の経緯とわが国への影響については、本コラムの北澤尚登「Google Booksクラスアクション和解 アップデート ~経緯・現状・今後の展開(電子書籍ビジネスとの関係をふまえて)~」を参照。
2011/3/25付記: 2011年3月22日、ニューヨーク連邦地裁は和解案修正後の長い「黙考」の末、修正和解案を不承認とする決定を下した(決定原文:http://www.nysd.uscourts.gov/cases/show.php?db=special&id=115)。 Denny Chin判事は決定中で、学校・研究者・障害者によるアクセスや作家・出版社による新たな収入可能性など、書籍のディジタル化自体の価値は強調する。他方で、権利者が通知しない限り「絶版書籍」などのオンライン配信を許す現在の「オプトアウト」方式では、権利者不明の「孤児作品」の扱いを含め、Googleが競争者たちに対して圧倒的優位に立つ点など多くの懸念点を挙げる。その結果、「和解案は公正でも十分でも合理的でもない」と結論し、関係者に対して、事前に権利者の許諾を得る「オプトイン」方式への和解案の再々修正を強く勧めた内容。 再々修正の成否は現時点で未知数であり、この決定により、すでに1500万冊がスキャン済みとされるGoogleの巨大電子図書館構想をめぐる訴訟は、海図なき航海に突入したといえる。
2017/2/22付記: 2013年、ニューヨーク連邦地裁(上記のChin判事)は、最終的にグーグルによるスキャン・検索提供及びスニペット表示は「フェアユース」であり著作権侵害にあたらないとの判決を下した。作家協会側は控訴したが、2015年、連邦控訴裁も地裁判決を支持。2016年には米国最高裁が上告申立を却下して、グーグルブックス・プロジェクトはフェアユースゆえ適法という判決が確定、足かけ12年に及ぶ「グーグルブックス訴訟」は終結した。2017年、文化審議会内の「新たな時代のニーズに的確に対応した 制度等の整備に関するワーキングチーム」は、グーグルブックス的な「所在検索サービス」を適法化する例外規定(権利制限規定)を、日本でも導入すべきとする報告書をまとめた。
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