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コラム column

2015年10月27日

著作権

「非親告罪化ってナニ?それでどうなるの?」

弁護士  桑野雄一郎(骨董通り法律事務所 for the Arts)


1. はじめに

TPPの交渉が基本合意に達したようです。内閣官房TPP対策本部のHPに資料がUPされています。
  資料:「環太平洋パートナーシップ(TPP)協定の大筋合意について

合意事項は広範な分野にわたっていますが,その中には著作権法に関するものも含まれています。以下の3つがその内容です。


(1) 著作物(映画を含む)、実演又はレコードの保護期間を以下の通りとする。

① 自然人の生存期間に基づき計算される場合には、著作者の生存期間及び著作者の死から少なくとも70年

② 自然人の生存期間に基づき計算されない場合には、次のいずれかの期間

(i) 当該著作物、実演又はレコードの権利者の許諾を得た最初の公表の年の終わりから少なくとも70年

(ii) 当該著作物、実演又はレコードの創作から一定期間内に権利者の許諾を得た公表が行われない場合には、当該著作物、実演又はレコードの創作の年の終わりから少なくとも70年

(2) 故意による商業的規模の著作物の違法な複製等を非親告罪とする。ただし、市場における原著作物等の収益性に大きな影響を与えない場合はこの限りではない。

(3) 著作権等の侵害について、法定損害賠償制度又は追加的損害賠償制度を設ける。

今回は以上のうち,(2)の非親告罪化について考えてみましょう。


2. 親告罪とは

著作権法は罰則を伴う刑罰法規でもあります。著作権法に違反すると著作権法違反の罪を犯した犯罪者として刑事罰を受ける可能性があります。著作権法違反の罪の中で一番わかりやすいのは,複製権や公衆送信権といった著作権を侵害した場合で,これを「著作権侵害罪」といいます。以下では著作権侵害罪を想定して説明をします。

著作権侵害罪に対する刑事罰は,
 (1) 懲役刑・・・10年以下の懲役
 (2) 罰金刑・・・1000万円(法人の場合は3億円)以下
のいずれか,又はこの両方を並科することになっています。10年以下の懲役というと,刑法の窃盗罪がありますが,窃盗罪の場合,罰金刑は50万円以下ですし,懲役刑と罰金刑が併科されることもありませんので,著作権侵害罪は窃盗罪よりも少し重い犯罪といえるでしょう。

この著作権侵害罪は現在の著作権法では「告訴がなければ公訴を提起することができない」犯罪=「親告罪」とされています。「告訴」とは,犯罪事実を申告して処罰を求める意思表示をいい,それができるのは「犯罪により害を被った者」です。著作権侵害罪では基本的には著作権者ということになります。つまり,現在は著作権侵害をしても,刑事については著作権者が告訴しない限り裁判にかけられることはないわけです。そして,今回のTPPで合意されたのは,これを非親告罪にして,告訴がなくても裁判にかけられるようにするということです。


3. 著作権侵害罪の非親告罪化

そもそも著作権侵害罪が親告罪とされていたのは,基本的には著作権法が著作権者の権利を保護するためのものであることから,その著作権者が望んでいない場合にまで処罰をする必要はない,という配慮があったからだと考えられます。ですから,これを非親告罪とした場合には,著作権を侵害された著作権者が望んでいるかどうかを問わず処罰をするということになります。著作権が侵害された場合,損害賠償などの民事上の責任は,著作権者が望んで追及をしない限り問われることはありません。しかし,民事よりもっと重い責任である刑事上の責任が,著作権者が望んでいないのに問われるというわけです。よく考えると少し不思議で,いったい著作権法は何を保護しようとする法律なのか,という疑問すら湧いてくるところです。


4. 非親告罪化に対する懸念

さて,話を戻しましょう。今回の非親告罪化については,コミケやパロディなどの二次創作で,著作権者が黙認をしている,あるいは阿吽の呼吸で円滑に行われている分野において,著作権者の意思に反して刑事手続きが行われる,これにより新たな創作活動やクリエーター誕生の機会を奪われる可能性があるといったことが懸念されています。

そこで,複製権を侵害したという事例を想定して,非親告罪化が実現した場合,著作権侵害罪に関する刑事手続がどのように行われ,そこに著作権者の意向がどのように反映されるかを考えてみましょう。


5. 非親告罪化と被害者(著作権者)の被害感情

まず,刑事手続の基本的な流れは以下のとおりで,上から下に流れていきます。なお,刑事法の専門家の先生からは怒られそうですが,細かいことは省略してかなり簡略にしてあります。

捜 査 警察による捜査 捜 査
検察官への送致
検察による捜査 捜 査
処 分 不起訴(終 了)
起 訴(裁判へ)
裁 判 審    理
判 決 無 罪 判 決
有罪判決 懲役刑and/or罰金刑

親告罪というのは,起訴をする,つまり捜査から裁判に移行する際に必要なことなので,捜査を始める段階では必要がありません。現に,著作権侵害罪に限らず,親告罪に関する捜査が告訴のない状態で行われることは決して珍しいことではありません。ただ,だからといって,著作権者を完全に無視して捜査が行われるというわけではありません。

複製権侵害という場合には,まず著作物を複製したことが必要ですが,その際に著作権者の許可があれば,もちろん侵害にはなりません。ですから,捜査機関が複製権侵害という犯罪の捜査を場合には著作権者の許可がないことを確認することになります。また,現在は親告罪ですから,告訴する意思があるかどうかも確認するでしょうし,後述するように,著作権者の被害感情-要するにどれだけ怒っているか-は,最終的にどのような処分をするかにも関わる重要な要素ですから,この点も確認することになるでしょう。

さて,ここで告訴するかどうかどうか,また被害感情を尋ねられた著作権者の反応としては,こんなパターンが考えられます。

告訴するかどうか
A:告訴する B:告訴しない
被害感情 Ⅰ: 悪い (ⅠA) (ⅠB)
Ⅱ: 悪くない (ⅡA) (ⅡB)


  (ⅠA) 被害感情が悪いので,告訴して刑事処罰を求める。
  (ⅡA) 被害感情は悪くないが,関係者などから請われてやむなく告訴する。
  (ⅠB) 被害感情は悪いが,告訴して刑事処罰までは求めたくない。
  (ⅡB) 被害感情は悪くないので,告訴もしない。

これらは固定されたものではなく,状況に応じて流動的でしょう。例えば,最初は被害感情が怒り心頭だったが,示談交渉などの結果許してやっても良いかという気持ちになることもあるでしょうし,逆に被疑者の態度がとても悪かったり,犯行態様がとても悪質だったと判明したりして,次第に被害感情が悪化するということもあるでしょう。

これをお読みの皆さんの中には,(ⅠB)のような場合があるのか,と疑問に思う方もいるでしょう。しかし告訴というのは警察に足を運び,警察官に被害を申告し,告訴状という書類を作成・捺印し,提出するという作業を経ます。そんなに気楽に,簡単にできるものではありません。まして,親告罪での告訴となると,告訴をしなければ裁判にかけられることがない,逆に言うと告訴をしたからこそ裁判にかけられる,場合によっては(実際にはそんなことは多くありませんが)刑務所に送られることもある,そういうものになります。しかも刑事告訴は自分自身の名前で行うものです。著作権者の中には繊細な方も少なくありませんし,二次創作に利用されるような作品の著作権者の多くは多忙を極めていることでしょう。二次創作は愉快には思わないし,決して黙認をしているわけでもないが,刑事告訴のような手続きには関わりたくない,そういう考えから告訴に踏み切らないという方も少なからずいるだろうと思います。
実際,民事で裁判はするけど刑事告訴まではしないということは決して珍しいことではありません。

さて,非親告罪になった場合,起訴して裁判にかけることが可能になるのは(ⅠB)と(ⅡB)です。(ⅠB)は著作権者の意向に添う結果となるという面もありますが,(ⅡB)については,非親告罪化されたことで,著作権者の被害感情も悪くないのに起訴して裁判にかけることが制度としては可能ということになります。


6. 被害者(著作権者)の被害感情が悪くない場合の刑事手続

では,捜査機関から被害感情を尋ねられた著作権者が,さほど気にしてない,被害感情もさほど悪くないという反応を示した場合,警察,そして検察はどのような方針で臨むでしょうか。

検察官が起訴をするかどうかを判断する際や,裁判官が判決の際に刑の重さを決める際に考慮されるのは「情状」です。そして,この「情状」の中でも特に重要なのが犯罪実に関する情状,すなわち「犯情」です。「犯情」には,犯行の動機,犯行態様,被害の程度などと共に,被害者がいる事件の場合には被害者(著作権侵害罪では著作権者)の被害感情が含まれます。

ですから,捜査,そして裁判の際には被害者(著作権者)の被害感情は当然確認されることになります。そして,その際に(ⅡB)のように被害感情がさほど悪くないという場合は,前科があるとか,かなり悪質だといった事情でもない限りは,起訴されない可能性が高いと考えられます。とすると,そもそもそのような事案についてどこまで厳しい捜査が行われるだろうか,という気もするところです。

このように,非親告罪化されたとしても,著作権者の意思は刑事手続の様々な局面で問題になり,それを確認する作業が行われるでしょうし,(ⅡB)のような事案についての刑事手続の実務がドラスティックに変わるということはないと考えられますので,(安心はできませんが)過剰な萎縮はしないことが肝要という気がします。


7. 非親告罪化についてのその他のポイント

冒頭でご紹介した今回の合意事項では,非親告罪化の対象を「故意による商業的規模の著作物の違法な複製等」に限定しています。「故意による」という点については,もともと日本の著作権法で処罰されるのは故意の場合だけなので,あまり意味はありません。また,商業的規模の違法な複製等であっても,「市場における原著作物等の収益性に大きな影響を与えない場合」は非親告罪化の対象にしないこととされています。つまり,非親告罪化の対象となる著作権侵害は,
   市場における原著作物等の収益性に大きな影響を与えるような
   商業的規模

のもの,ということです。外交に関する合意事項という関係からもやむを得ませんが,曖昧な内容となっていますので,これをどう具体的に著作権法に反映させるかが今後の課題となります。

最近の議論ではいわゆる海賊版に限定すべきだという意見も出ているようですが,二次創作を萎縮させないためには,複製権侵害の場合,その中でもいわゆるデッドコピーの場合だけに限定するという余地もあるかもしれません(なお,合意条文の「複製等」は「複製」と訳すのが正しいという指摘もあるようです)。また,個人的には,覚せい剤の所持に対する罰則のように,著作権侵害罪を営利目的の場合と非営利目的の場合で区別し,刑の重さに差を設けるとか,常習累犯窃盗のように著作権侵害罪を常習的に行った場合を重く処罰する規定を設ける,といった対処をした上で,重い場合だけを非親告罪化するということも考えられるかもしれません。

この機会に,著作権侵害罪の罰則を犯行態様に応じたもう少しきめ細かいものにして,そこに親告罪・非親告罪の区別も盛り込むと,二次創作に対する無用の萎縮的効果も避けることができるようになるかもしれません。

以上

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