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コラム column

2015年7月13日

競争法音楽

「JASRACと独占禁止法 続編~『その後』と『この後』」

弁護士  唐津真美(骨董通り法律事務所 for the Arts)

一般社団法人日本音楽著作権協会(JASRAC)がテレビやラジオで使われる楽曲の著作権管理事業において締結している契約方法(包括契約)が独占禁止法違反にあたるかどうかが争われた訴訟について、2015年4月28日に、最高裁判所が、独禁法違反ではないとした公正取引委員会の審決を取り消す判決を言い渡しました。この最高裁判決によって、"JASRACの上記契約方法は他事業者の参入を排除している"と判断した東京高等裁判所の判断が確定したことになります。もっとも、だからと言って、JASRACの行為が独禁法違反であると確定したわけではありません。独禁法違反については、公正取引委員会が再度判断することになるからです。一方でJASRACの方は、今回の判決の前から放送各局との契約の見直しを進めており、独禁法違反を回避しようとしています。
何となく聞いたことはあっても、正確な理解は難しいこの問題。以前のコラム以降の動きを概観しつつ、テレビ・ラジオをめぐる音楽著作権管理の行方を考えてみたいと思います。

● JASRACと独占禁止法をめぐる裁判の軌跡

一連の裁判で問題になったJARACの包括徴収方式とは何か、どうして独禁法違反が問題になるのか、さらに排除措置命令を取り消したことにより"JASRAC無罪"と報道された審決のポイント等は以前のコラムに詳しく書きました。その後審決の判断をひっくり返した知財高裁の判決(今回の最高裁判決の原審)についても、同コラムに追記してありますので、詳細についてはそちらをご覧ください。ここでは、今回の最高裁判決を理解するために必要なエッセンスだけ抽出しておきます。

本件の出発点は、JASRACの包括徴収方式(テレビ・ラジオ局が放送事業収入の1.5%を支払えば、データベース上で300万件を超える管理楽曲を自由に使えるという、放送等使用料の計算において放送等利用割合を反映しない方式)が排除型私的独占に該当する、すなわち独占禁止法に違反するとして、公正取引員会がJASRACに対して2009年2月に出した排除措置命令でした。
JASRACは排除措置命令を不服として、公正取引委員会に対して、命令の取消を求める審判請求をしました。長期間にわたる審議の結果、2012年6月に「JASRACの包括徴収方式は独占禁止法に違反しない」として排除措置命令を取り消す審決が出されました。いわゆる"JASRAC無罪"の審決です。
"JASRAC無罪"の審決に対して、審決を取り消された公正取引委員会ではなく、JASRACの競業事業者であるイーライセンスが、審決の取り消しを求めて訴訟を提起しました。これが、本件の原審である東京高裁の裁判です。(このような裁判において、審決の当事者ではないイーライセンスが原告になれるのか、という問題についても興味深い議論があるのですが、本コラムでは割愛します。なお、この判決において、JASRACは参加人という立場で手続に参加しています。)
2013年11月に東京高裁は、"無罪審決"の認定は実質的証拠に基づかないものであり、その判断にも誤りがあるとして、「排除措置命令を取り消した審決には誤りがあるので、公正取引委員会に差し戻す」という判決を出しました。公正取引委員会とJASRACは、東京高裁の判決を不服として最高裁に上告受理の申し立てを行いましたが、今回の最高裁判決によって上告は棄却されました。これにより原審である東京高裁判決が確定することになります。
もっとも、すでに書いたように、東京高裁の判決は「審決を公正取引委員会に差し戻す」という内容なので、「JASRACの包括徴収方式は独禁法違反である」ということが確定したわけではありません。独禁法違反の成否については、再び公正取引委員会の判断を待つことになります。

● 一連の裁判で判断されたこと‐他の管理事業者の排除

公取の審判においては、JASRACの包括徴収方式について下記の5つの要件が審理されました。


1 管理事業者の事業活動を排除する効果を有するか。

2 正常な競争手段の範囲を逸脱するような人為性を有するか。

3 一定の取引分野における競争を実質的に制限するものであるか。

4 公共の利益に反するか。

5 本件排除措置命令は、競争制限状態の回復のために必要な措置であり、かつ、JASRACに実施可能であるか。

ところが、審決は、「包括徴収方式が他の管理事業者の事業活動を排除する効果を有するとまで断ずることは困難である」として、上記1の要件の成立を否定して排除措置命令を取り消したので、以降の手続きでは、上記1の要件の存否が判断の中心になりました。
東京高裁は、イーライセンスの管理楽曲の利用状況など、提出された膨大な資料を検討した結果、JASRACの包括徴収方式について「放送等利用に係る管理楽曲の利用許諾分野における他の管理事業者の事業活動を排除する効果を有する行為である」と認定しました。

今回の最高裁も、高裁が認定した事実関係を前提として、

(1) 放送事業者にとっては、圧倒的なシェアを持つJASRACとの間で包括許諾による利用許諾契約を締結しないことはおよそ想定し難い状況の下にある。

(2) 放送使用料の算定にJASRAC管理楽曲の放送での利用割合が反映されない包括徴収方式があることによって,放送事業者は、放送使用料総額の増加を回避するために他の管理事業者の管理楽曲の利用を抑制する。

(3) 抑制の範囲がほとんど全ての放送事業者に及び,その継続期間も相当の長期間にわたる。

と述べ、JASRACの包括徴収方式は「他の管理事業者の本件市場への参入を著しく困難にする効果を有する」と結論付けました。
さらに最高裁は、上記の要件2(人為性)に関しても見解を示しました。JASRACの包括徴収方式は「別異に解すべき特段の事情のない限り,(JASRAC)自らの市場支配力の形成,維持ないし強化という観点からみて正常な競争手段の範囲を逸脱するような人為性を有するものと解するのが相当である」と述べ、再度の審判においては、このような「特段の事情」がなければ「一定の取引分野における競争の実質的な制限」など他の要件の成否が審理の対象になる、と判示したのです。
最高裁判決を受けて、2012年6月の"無罪審決"は取り消され、公正取引委員会による審議が再開されることになります。最高裁判決が出た後に、JASRACは、審判で再度議論する必要があるという見解を述べていましたが、最高裁判決が示した今後の審理の道筋を見る限り、JASRACが再び「無罪」の審決を勝ち取るのは容易ではなさそうです。

● JASRACの対応

JASRACは独禁法を巡る一連の手続きが進む中で、漫然と排除措置命令の取消を求めていただけではありません。JASRACに公正取引委員会の立ち入り検査が行われたのは2008年にさかのぼります。その時点から、JASRACは独禁法違反の回避も念頭に置いて少しずつ改革を進めてきました。
今回の最高裁判決の結果、2009年の排除措置命令は現在も有効に存続していることになりますが、その中心的な内容は、「放送等利用割合(放送事業者が放送番組において利用した音楽著作物の総数に占めるJASRACの管理楽曲の割合)が放送等使用料に反映されないような方法を採用することにより,放送事業者が他の管理事業者にも放送等使用料を支払う場合には,その放送事業者が負担する放送等使用料の総額がその分だけ増加することとなるようにしている行為を取りやめなければならない。」というものでした。各放送局に対しJASRAC管理楽曲の使用許諾をまとめて出し、使用料もまとめて徴収するという「包括許諾・包括徴収」自体が問題とされたのでなく、「放送等利用割合が放送等使用料に反映されない算定式」が問題とされたのです。放送の分野においてJASRACが進むべき方向は算定式の改革ということになります。

今回の最高裁判決を待たずに、2015年2月には、JASRACを含む著作権管理事業者3社と楽曲の利用者側であるNHKと日本民間放送連盟(民放連)が参加する五者協議が発足し、従来の包括徴収方式から新しい徴収の仕組みづくりの検討が始められました。
2015年5月には、JASRACは、放送分野における著作権使用料の徴収方法を巡り、NHK・民放連との間で新たな算定方式を導入することを盛り込んだ協定を結び、2014年度放送分(2015年度支払分)から新たな算定基準を適用すると発表しました。
新たな協定は、従来からの「包括許諾・包括徴収」を基本として、新たに各放送局が年間に使用した楽曲のうちJASRAC管理楽曲が占める比率を算出し、各放送局の売上高の一定比率としていた従来の算定式に、そのJASRAC管理楽曲の比率も掛け合わせて算出するというものです。JASRAC管理楽曲比率の算出方法などは、NHK・民放連と音楽著作権管理事業者三法人による「五者協議」で今後さらに詳細を決めていくとされています。データ処理技術の進歩もあって、各局が番組中で使用した楽曲の全曲報告が以前に比べて容易になってきたことも、新しい徴収方法を後押しする要因となっています。データ処理システムがさらに発達すれば、より使用実態に則した「包括許諾・個別徴収」を採用することも可能になるかもしれません。

独占禁止法第1条を見てみると、そこには、


「この法律は、私的独占(中略)を禁止し、事業支配力の過度の集中を防止して、(中略)公正且つ自由な競争を促進し,事業者の創意を発揮させ,事業活動を盛んにし,雇傭及び国民実所得の水準を高め,以て,一般消費者の利益を確保するとともに,国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的とする。」

と書かれています。JASRACのシェアを下げることが目的なのではなく、競業事業者の参入を容易にすることがゴールなのでもありません。音楽著作権管理業界において公正な競争が可能となり、その結果、各事業者が創意工夫を発揮して、権利者にとっても利用者にとっても好ましい利用許諾の仕組みが構築されていくことこそが、目指すべき方向です。最高裁判決まで長い時間を要し、しかもまだ決着がついていない「JASRACと独占禁止法」の問題ですが、最終的な結論はどうあれ、望ましい方向へ進む契機となったことは間違いないようです。今後の動きを、期待を込めて見守りたいと思います。

以上

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