2014年1月28日
「舞台出演の『降板』とは?~契約からみた法的分析~」
弁護士 北澤尚登 (骨董通り法律事務所 for the Arts)
2013年は、著名な俳優の舞台出演の"降板騒動"をめぐる報道が、目についたように思います。土屋アンナさんの件は訴訟になっていますし、酒井法子さんの件もメディアに取り上げられていました。
報道では、一口に「降板」や「ドタキャン」といった表現で伝えられることがよくありますが、それが俳優側の(あるいは、逆に主催者側の)法的責任につながるかどうかは、「キャンセル」がどの段階で、どのような理由でされたのかによっても異なります。
究極的にはケースバイケースですが、「契約」という切り口で分析することによって、一定の法則を見出すことはできます。そこで、このコラムでは「舞台出演契約」をテーマに、「出演しなかった俳優の、法的責任(の有無)」について分析したいと思います。
一般論としては、①出演契約が成立すると、当事者(出演者・主催者)に契約上の義務が発生し、②当事者が契約上の義務を正当な理由なく履行しない(果たさない)場合、契約違反の責任(損害賠償など)が生じる、という枠組みになります。以下では、①②のそれぞれについて解説していきます。
1. 出演契約の成立
出演契約といっても、その内容が法律で決められているわけではありません。当事者間で「それぞれの権利・義務」の内容が具体的に合意されれば、その時点で契約が成立することとなりましょう。
舞台出演であれば、俳優側の義務(出演義務)の内容として、演目・上演期間・配役といった条件が一般的には重要でしょうから、少なくともこれらの条件について(最終確定まではしていなくとも)ある程度は当事者間で"固まっている"ことが、契約成立のためには必要と考えられます。
こういった条件を明記した契約書が交わされれば、その時点で契約成立となりましょうが、現実には、そもそも契約書がなかったり、あっても公演直前(ないし、場合によっては公演終了後)に交わされることもあるようです。
契約書がなくても、口頭での合意で契約が成立するケースもありますが、出演交渉では段階的に話を詰めていくことも多いでしょうし、口頭でのやりとりは後から証明するのが難しく、「言った、言わない」の争いになりがちです。そのため、「いつの時点で、どのような出演契約が成立したのか」をピンポイントで特定することは、難しい場合もあるかもしれません。
ただし、その場合にも、当事者間でのやりとりに限らず、周辺事情などから合意(契約)の成立を認定ないし推定できる場合もあろうかと思います。例えば、制作発表の記者会見に俳優本人が出席していたり、リハーサルが開始されて俳優本人が参加していれば、本人が出演に同意(出演契約が成立)していると認められる可能性が高いでしょう。
なお、主催者側の契約上の義務としては、出演報酬(ギャラ)の支払義務が主要なものと思われますので、報酬の金額も出演契約の重要な要素にはなりそうですが、「出演契約の成立には、報酬金額の合意が不可欠」かどうかは、議論の余地があるかもしれません。
というのも、ギャラの金額は事前に明確に合意されない場合も珍しくなく(ケースは異なりますが、弁護士の講演や執筆でも、そのような場合はあります)、その場合に一律に契約不成立と解するのは現実的でないようにも思えるためです。
もちろん、報酬の条件でまだ開きがあるような場合には、なかなか契約成立とは言えないでしょう。ですが、明示あるいは黙示的にでも、当事者間で了解されている「相場」や「前例」に従う旨の合意があったと認定できれば、契約成立となる場合もあろうかと思います。
2. 出演契約の履行(「降板」の法的意味)
出演契約が成立した場合、俳優側は出演義務を負うこととなり、出演の一方的な(主催者側の同意を得ない)キャンセルは、正当な理由がなければ契約違反となり、損害賠償などの債務不履行責任を生じ得ます。一口に「降板」といっても、それが責められるべきかどうかは事情によるのであって、上記のような場合(=出演契約が成立したにもかかわらず、正当な理由なく出演しない場合)は出演者の法的責任が問題となりますが、そうではないケースもあるということです。
ここで問題となるのは、「正当な理由」の意味です。「後から別の仕事のスケジュールを入れてしまった」ような事情は、「正当な理由」になりにくいことは明らかでしょうが、「病気や怪我」の場合は原因(稽古中のアクシデントか、単なる不摂生なのか、など)によって異なるでしょうし、「演出家や他の俳優との見解不一致」などは、経緯にもよるので一概には判断しにくいかもしれません。微妙なケースについて「正当な事由」の有無(=出演キャンセルの可否)に関する紛争を予防するためにも、やはり契約書を交わしておくことが望ましいゆえんです。
これに対して、出演契約が成立していなければ、出演義務は発生していないことになりますが、では出演者が出演を拒否しても法的責任は全く生じ得ないかというと、そこには一考の余地があります。というのも、出演者が自身の言動などから「出演に対する、主催者側の合理的な期待を生じさせておいて、それを一方的に裏切った」と認定できるような場合には、たとえ契約が成立していなくても、民法上の「信義則」や「不法行為」に基づいて、一定範囲の損害賠償責任(具体的には、いわゆる信頼利益、すなわち「出演拒否に起因して、主催者側が余分に強いられた支出」の賠償など)が生じることもあり得るからです。
今後、「舞台降板騒動」のニュースに接した場合には、以上のような観点をふまえながら、事実関係と照らし合わせて、法的分析を試みられてはいかがでしょうか。なお、本稿では俳優(出演者)側が自ら"降板する"場合について述べましたが、逆に主催者側から俳優を"降板させる"ケースも、現実には起こり得ます。後者のケースでは、上記2.の考え方の具体的なあてはめ方が変わってきますので、これについても別途、興味深い考察が可能になろうかと思います。
以上
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