2013年5月28日
「Q&A:民法改正で『約款』はどうなる? ~『中間試案』と利用規約・会員規約~」
弁護士 北澤尚登 (骨董通り法律事務所 for the Arts)
民法の一部である「債権法」の改正に向けて、法制審議会の民法(債権関係)部会において3年以上にわたる議論が続けられてきましたが、その現段階における成果として、「民法(債権関係)の改正に関する中間試案」(以下「中間試案」と略称)が平成25年3月11日に公表されました。この中間試案は、「概要」「補足説明」と称する解説つきで、法務省のホームページに掲載されています。
この内容がそのまま法律になると決まったわけではありませんが(中間試案の位置づけについては、下記のQ&A #1参照)、中間試案が今後の法改正の動向に一定の影響を与えることは確実でしょうから、そのエッセンスだけでも理解しておくことは有益です。
とはいえ、中間試案の内容は多岐にわたっており、分量は本文だけでも約80ページ、概要・補足説明を含めると約550ページにもなります。これをそのまま通読して理解するのは、なかなか大変かもしれません。
そこで本稿では、中間試案のうち、エンタテインメント契約やコンテンツ取引にかかわりの深い、「約款」に関する部分をピックアップして、Q&A形式でのポイント解説を試みています。
Q1: 「中間試案」というのは、法案とは違うのですか。今後、法改正のプロセスはどうなるのでしょうか。
A1: 中間試案は、文字どおり中間的なものであって、今後:①パブリックコメント(平成25年4月16日から同年6月17日まで募集中)→②法制審議会でのさらなる審議→③法案化→④国会での議決、というプロセスを経て、はじめて法律(改正)になります。したがって、中間試案の内容がそのまま法律になるかどうかは、現状では未知数ではありますが、これまでの議論を反映したものである以上、今後の検討に際して有力な土台となることはおそらく間違いないでしょう。
Q2: 中間試案には「約款」に関する条項案があるそうですが、そもそも「約款」とは何を指しますか。「契約」とはどう違うのでしょうか。
A2: 中間試案には、「第30 約款」の項目があり、その冒頭で、「約款」の意味を以下のとおり定義しています。
【30-1(約款の定義)】約款とは,多数の相手方との契約の締結を予定してあらかじめ準備される契約条項の総体であって,それらの契約の内容を画一的に定めることを目的として使用するものをいうものとする。
この定義からは、通常の「契約」との区別のポイントは「画一的適用の目的をもって使用されること」と要約できます。逆にいえば、「個別交渉による修正(カスタマイズ)が、当初から予定されている」場合は、画一的適用の目的がないため、「約款」の定義にあたらないと考えられます。
具体例を挙げるならば、エンタテインメント・コンテンツ関連では、ライブイベントのチケット規約や、ウェブサービスの利用規約などの多くは、「約款」にあたると思われます。なお、上記にいう約款の「使用」者は、約款を作成・提示する側の当事者のことであり、ウェブサービスでいえばサービス・プロバイダ、ソフトウェアでいえばライセンサーなどが、これに該当することになるでしょう。
ただし、「約款」の定義にあたる場合でも、個別交渉による修正が実際に行われた条項については、「通常の合意による契約と異ならない」ため、やはり約款規制は適用されないと考えられます(「補足説明」368頁)。
Q3: そもそも、なぜ中間試案に「約款」の項目が設けられたのですか。約款を通常の契約とは別扱いにする必要はあるのでしょうか。
A3: 現代においては、大量かつ定型的に行われる取引を効率化するために、契約条件の画一化という社会的要請があるといわれています。この要請に応えるためには、画一的条件を定めた約款について、その効力をある程度は緩やかに認めることが合理的と考えられます(約款のメリット)。
しかし他方で、一方の当事者が画一的に定めた条件を、個別交渉を経た契約と全く同一視するのは、相手方の当事者にとって不意打ちや不利益を招くおそれもあります(約款のデメリット)。特に、インターネット関連サービスでは、個人のみならず企業ユーザーにとっても(Amazon、Apple、Twitter、Facebookなどの大手企業相手の場合にはとりわけ)約款の内容を交渉によって変更することは現実的に困難であることが多く、このデメリットを考慮する必要性が高いように思います。
以上のようなメリットとデメリットとの間で、うまくバランスをとるために設けられたのが、中間試案の約款規制といえましょう。
Q4: 中間試案の「約款」に関する条項は、現在の民法と比べて、どう違うのでしょうか。また、消費者契約法との関係はどうなりますか。
A4: 現行民法には、約款に関する正面からの規定はありません。そのため、通常の契約とは異なる取扱いが求められるような事案では、一般規定(90条の「公序良俗」規定など)や裁判例の解釈によって対応する必要があります。
しかも、現状では裁判例のルールが必ずしも明確ではなく、学説も分かれているようです(「補足説明」366-367頁)。中間試案は、このような状況をふまえて、ルールの明確化を図る趣旨と思われます。
中間試案の約款規制は、「一方的な契約条項に対する規制」という意味では、消費者契約法との共通点があるといえます。特に、中間試案の「不当条項規制」【30-5】と消費者契約法10条は、文言も似ており、重なる場合も多いと思われます。
しかし、中間試案における「約款」は、消費者を対象とするものも含まれますが、それには限られません(「補足説明」368頁)。したがって、中間試案の約款規制と消費者契約法の規定は併存するものであり、約款が契約内容となる場合には両方が適用されるケースもあり得るでしょう。
(参考)消費者契約法10条
民法、商法その他の法律の公の秩序に関しない規定の適用による場合に比し、消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項 に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする。
Q5: 中間試案によれば、約款の内容は、どのような場合に法的に有効になるのでしょうか。例えば、ウェブサービスの利用規約について、以下のような場合はどうでしょうか。
(1)ユーザーが申込画面上で利用規約を読んだうえで「利用規約に同意して申込みます」のボタンをクリックする仕組みの場合
(2)利用規約は申込画面とは別のウェブページに掲載されており、ユーザーは規約を読まなくてもサービスを利用できる仕組みになっている場合
A5: 中間試案では、約款の内容が契約内容となる(当事者に対して法的な拘束力をもつ)ための要件を、以下のとおり定めています。
【30-2(約款の組入要件の内容)】契約の当事者がその契約に約款を用いることを合意し,かつ,その約款を準備した者(以下「約款使用者」という。)によって,契約締結時までに,相手方が合理的な行動を取れば約款の内容を知ることができる機会が確保されている場合には,約款は,その契約の内容となるものとする。
【30-3(不意打ち条項)】約款に含まれている契約条項であって,他の契約条項の内容,約款使用者の説明,相手方の知識及び経験その他の当該契約に関する一切の事情に照らし,相手方が約款に含まれていることを合理的に予測することができないものは,上記2【30-2】によっては契約の内容とはならないものとする。
【30-5(不当条項規制】前記2によって契約の内容となった契約条項は,当該条項が存在しない場合に比し,約款使用者の相手方の権利を制限し,又は相手方の義務を加重するものであって,その制限又は加重の内容,契約内容の全体,契約締結時の状況その他一切の事情を考慮して相手方に過大な不利益を与える場合には,無効とする。
これを、なるべくわかりやすく「公式」風に整理すると、以下のようになります(もちろん、これが唯一の整理方法ではなく、あくまで理解のための一案です)。
「約款全体が、下記 (i)①②をどちらも充足」+「約款の各条項が、下記 (ii)①②のどちらにも該当しない」 →「その条項は、契約の内容となる(当事者に対して拘束力をもつ)」
(i)"積極的要件"...①「約款を用いることの合意」および②「相手方が、合理的な行動を取れば約款の内容を知ることができる機会の確保」
(ii)"消極的要件"...①不意打ち条項(相手方が、約款に含まれていることを合理的に予測できない条項)または②不当条項(当該条項が存在しない場合に比べて、相手方に過大な不利益を与える権利制限条項・義務加重条項)
より具体的なイメージを持っていただくために、上記の"公式"をQ5(1)(2)の設例にあてはめてみましょう。
まず、(i)①の「約款を用いることの合意」は、Q5(1)のようにユーザーが「利用規約に同意して申込みます」などのボタンをクリックしていれば、明示的な合意によって充足されたものと考えられます。
他方、Q5(2)の場合は、そのような明示的合意があったとまでは言えない可能性もあります。ただし、ウェブサービスにおいては利用規約が定められているのが通常でしょうから、(約款の存在を認識した上で、申込みの意思表示をしていることに鑑みれば)黙示の合意が認められるケースも多いように思います。「約款を用いることの合意」は、黙示の合意でもよいとされていますので(「補足説明」369頁)、この場合も(i)①は充足される可能性があります。ただし、サービス・プロバイダの側からみれば、「利用規約が適用される」旨を、ユーザーが容易に読める場所に明記しておくのが望ましいでしょう。
次に、(i)②の「相手方が、合理的な行動を取れば約款の内容を知ることができる機会の確保」ですが、これを充たすには、約款を現実に相手方に提示することまでは必要でなく、多くの取引においては、約款をウェブサイトのわかりやすい場所に掲示することで足りるとされています(「補足説明」370頁)。
これをQ5の設例でみると、(1)では申込画面上に利用規約が掲載されているので、(i)②を充足する可能性は高いでしょう。他方、(2)では利用規約が申込画面とは別のウェブページに掲載されており、それだけでは「ウェブサイトのわかりやすい場所に掲示」されていると言えるかが定かでないため、サービス・プロバイダとしては、申込画面上に利用規約ページへの見易いリンクを貼るなどの工夫が必要となり得ます。
さらに、(i)①②の両方を充たす場合には、さらに (ii)の「不意打ち条項」「不当条項」にあたるか否かを、個別の条項ごとに検討すべきことになります
なお、「不意打ち条項」と「不当条項」の違いについて補足すると、前者は相手方(利用規約においては、通常はユーザーを指します。以下同じ)にとっての予測可能性、後者は相手方にとっての不利益の程度、を基準にしています。
例えば:
・ユーザーからの解約を一切認めない条項
・解約やサービス中止の場合に、事情にかかわらず返金を一切認めない条項
・紛争が生じた場合の裁判管轄を、サービス提供事業者の本店所在地のみとする条項
などは、実際には珍しくない条項なので、不意打ちではないと解される余地もあるのでしょうが、そうだとしても、ユーザーにとっては一方的に不利な規定なので、不当条項と解される可能性はあるように思います。
Q6: ウェブサービスなどの利用規約上に「この規約は、当社がユーザーの同意なく変更できるものとします」という条項があった場合、その条項どおり、一方的な変更が許されるのでしょうか。
A6: 利用規約に一方的な規約変更を認める条項があっても、これは(不意打ち条項ないし)不当条項であって無効と解される可能性があります。そのような場合、あるいは一方的変更の条項がない場合には、中間試案に盛り込まれている以下の規定案の出番となりましょう。
【30-4(約款の変更】約款の変更に関して次のような規律を設けるかどうかについて,引き続き検討する。
(1) 約款が前記2によって契約内容となっている場合において,次のいずれにも該当するときは,約款使用者は,当該約款を変更することにより,相手方の同意を得ることなく契約内容の変更をすることができるものとする。
ア 当該約款の内容を画一的に変更すべき合理的な必要性があること。
イ 当該約款を使用した契約が現に多数あり,その全ての相手方から契約内容の変更についての同意を得ることが著しく困難であること。
ウ 上記アの必要性に照らして,当該約款の変更の内容が合理的であり,かつ,変更の範囲及び程度が相当なものであること。
エ 当該約款の変更の内容が相手方に不利益なものである場合にあっては,その不利益の程度に応じて適切な措置が講じられていること。
(2) 上記(1)の約款の変更は,約款使用者が,当該約款を使用した契約の相手方に,約款を変更する旨及び変更後の約款の内容を合理的な方法により周知することにより,効力を生ずるものとする。
上記のうち、特にキーポイントになりそうなのは(1)のウ・エ(変更内容に関する規制)であり、ケースバイケースの判断が必要なり得ます。もっとも、約款規制に関する他の規定案とは異なり、「...のような規律を設けるかどうかについて、引き続き検討する」という抑えめの表現になっていますので、予断を許さない状況といえそうです。
以上
■ 弁護士 北澤尚登のコラム一覧
法的若しくは専門的なアドバイスを目的とするものではありません。
※文章内容には適宜訂正や追加がおこなわれることがあります。