2010年10月27日
「最近の著作権判決から
――『美術品鑑定証書引用事件』(知財高裁2010年10月13日判決)」
弁護士 二関辰郎 (骨董通り法律事務所 for the Arts)
■著作権等判例勉強会
著作権法・不正競争防止法・商標法といった、要するに技術系でない知的財産法の分野に関する最新判決を、関心ある弁護士が集まってレビューする勉強会を行っている。確認してみたら、2002年10月から始めていた。夏休みを除くとほぼ毎月1回のペースで継続してきたから、意外に(?)長続きしている。最高裁ホームページに掲載される新判決が題材のためネタ切れがないこと。どのような判決が出ているか情報共有を主目的としており、深い分析までレポーターに要求していないこと。そういったことが継続の秘訣かもしれない。会の名称も、気軽な感じにすべく、「研究会」ではなく「勉強会」にしている。
今回は、この勉強会で最近とりあげた判決のうち、著作権法上の「引用」の解釈について出された注目すべき判決(知財高裁2010年10月13日判決)(「本知財高裁判決」)に触れてみたい。*
* 本知財高裁判決は、「引用」以外の争点についても判断しているが、ここでは「引用」についてのみとりあげる。なお、判決の事件名は本コラムの便宜上付けたものにすぎず、一般的な通称というわけではない。以下の他の判決についても同じ。
■本知財高裁判決の事案
美術品を取引するにあたり、それが真正品であることを証する鑑定証書が付けられることがある。そのような証書があれば、買い手としては安心して購入できるし、売り手としても販売目的を達成しやすい。鑑定証書には、鑑定対象となる絵画の縮小カラーコピーを添付することが行われている。
そのような行為に、絵画の著作権者(画家の遺族)から「待った」がかかった。絵画の縮小カラーコピーを作成して証書に添付する行為は、絵画の著作権者の著作権(複製権)を侵害するとして訴訟が提起された。
今年の5月19日に出された一審判決は、遺族の訴えを認め、そのような行為は著作権侵害になると結論づけた。この判決のことは結構報道されたので、ご記憶の方もいるかもしれない。
■本知財高裁判決の結論
本知財高裁判決は、この事件の控訴審判決である。本知財高裁判決は、「引用」(著作権法32条1項)の成立を認めて、一審判決の結論を覆した。*
* 被告側である美術品の鑑定業者が一審では「引用」の主張を出さなかったため、上記一審判決は「引用」の成否について判断していない。
著作権法32条1項は、「公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない」と規定する。
美術品の真贋の鑑定は、美術品の円滑な流通にとって重要である。そして、鑑定対象となった美術品を特定するために美術品の縮小コピーを証明書に添付することは、「目的上正当な範囲内」の行為であるといえよう。そうすると、「引用」にあたるとした本知財高裁判決の判断は至極もっともに思える。
それでは、本知財高裁判決のどこが注目すべき点なのか。
■従来の判決の傾向
「引用」の成否について判断した最近の判決をみてみることにする。
たとえば、「がん治療体験記転載事件」・東京地裁2010年5月28日判決は、「『引用』とは、報道、批評、研究等の目的で自己の著作物中に他人の著作物の全部又は一部を採録するもの...をいうと解するのが相当である(最高裁昭和55年3月28日第三小法廷判決・民集34巻3号244頁)。そして、同項の立法趣旨は、新しい著作物を創作する上で、既存の著作物の表現を引用して利用しなければならない場合があることから、所定の要件を具備する引用行為に著作権の効力が及ばないものとすることにあると解されるから、利用する側に著作物性、創作性が認められない場合は「引用」に該当せず、同項の適用はないというべきである」と判示している(下線は筆者)。
つまり、この東京地裁判決は、他人の著作物を「引用」する利用行為自体が、著作物において行われることを要求している。
このような傾向は他の判決例にも共通している。「美術品オークションカタログ事件」・東京地裁2009年11月26日判決も、「ネット販売図表転載事件」・東京地裁2010年1月27日判決* も同様の判断をしている。これらの東京地裁判決に共通する点は、いずれも東京地裁の知財専門部が出した判決であるという点、そして、いずれも同一の1970年の最高裁判決を典拠としてあげているという点である。これまでの判例は、これらの判決と同じ判断をしてきたと言える。
* 東京地裁2010年1月27日判決は、原告側図表の編集著作物性を否定しており、「引用」に関する判断は傍論である。
■最高裁1970年3月28日第三小法廷判決
では、これらの東京地裁判決で典拠とされた最高裁判決はどのような判断をしていたのか。この最高裁1970年3月28日第三小法廷判決は、マッド・アマノさんのパロディ・モンタージュ写真(スキー場に巨大なタイヤが転がっているような写真)による著作権侵害が問題となった有名な事案である。
この事案において最高裁は、「〔引用の著作権の条文〕はすでに発行された他人の著作物を正当の範囲内において自由に自己の著作物中に節録引用することを容認しているが、ここにいう引用とは、紹介、参照、論評その他の目的で自己の著作物中に他人の著作物の原則として一部を採録することをいうと解するのが相当であるから、右引用にあたるというためには、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができ、かつ、右両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があると認められる場合でなければならないというべきであり、更に、法一八条三項の規定によれば、引用される側の著作物の著作者人格権を侵害するような態様でする引用は許されないことが明らかである」(下線は筆者)と判示した。
この最高裁判決は、引用して利用する側が、著作物であることを前提にしていると読める。そうすると、本知財高裁判決は、この最高裁判決に反する判断をしたのだろうか。
■本知財高裁判決の判断
本知財高裁判決は、旧著作権法と現著作権法の条文を比較している。そのうえで、旧著作権法では、「自己の著作物中に正当の範囲内に於て節録引用すること」(下線は筆者)を要件にしていたのに対し、現行法ではそのような引用者による著作物性を要求していないことを指摘する。そのうえで、「正当な範囲内で利用されるものである限り、社会的に意義のあるものとして保護するのが現著作権法の趣旨でもあると解されること」などを指摘したうえで、鑑定証書それ自体は著作物でないとしても、正当な範囲内での利用であって、「引用」にあたるという判断が妨げられるものではない、と判断した。
このように本知財高裁判決が指摘するとおり、現行法の条文(上記で引用)は、旧著作権法の条文とは異なって、引用する側が著作物であることを要求する文言を条文に含んでいない。そして、さきほど紹介した1970年最高裁判決は、旧著作権法下の事案を扱った事例であった。つまり、1970年最高裁判決と本知財高裁判決とでは、適用される法律自体が異なる。そのための判断の違いという整理が可能であり、そのように理解すれば、本知財高裁判決は、この最高裁判決の判断に必ずしも反しないということになる。*
* ただし、最高裁調査官が執筆した上記最高裁判例の最高裁判例解説では、「なお、本判決は、法(旧著作権法)についてのものであるが、現行の著作権法の解釈についてもそのまま参考になる」と述べている(最高裁判例解説民事篇昭和55年度)。
■個別の法改正による対応
インターネットの検索結果ページでは、ヒットしたウエブサイトの内容を文章で数行ずつ紹介したり、画像を紹介したりしてリンク先を一覧表示する。紹介される記載や画像に著作物性が認められる場合には、インターネットの検索結果ページは著作権(公衆送信権)を侵害しているということになりかねない。殊に「引用」にあたって利用する側に著作物性を要求する立場をとると、検索結果ページ自体に著作物性を認めるのは難しいので、「引用」の成立は認めがたい。
検索エンジンの有用性や権利者に与える不利益が少ないことに照らして、そのような結論は適切でないと考えられ、2009年に著作権法が改正された。検索エンジンに関して個別に対応する法改正によって、この点は著作権侵害にならないとされた(47条の6)。*
* この条文は、検索エンジンによる、いわゆるクローリングなどにも対応している。クローリングとは、インターネット上のウエブページを自動的に巡回してソフトウエアによって検索用データを収集する行為をいう。ここでは、検索結果ページの点に限定して47条の6について取り扱う。
他にも似たような改正がある。絵画や写真などをネットオークションに出品する場合などに、作品がどのような絵や写真であるかを視覚的に表示することが不可欠である。そのような利用は、ネットオークションの場合であれば公衆送信に該当するが、著作権侵害にならないとする改正が同時になされた(47条の2)。*
* 携帯電話などを修理する際にデータの一時的バックアップをとる行為についても著作権侵害とはならないという個別規定が設けられている(47条の4)。これらの例にみられるとおり、「著作権の制限」に関する法改正が最近頻繁に行われている。細かいことについての後追いでの対応であり、彌縫策の感を否めない。法改正によって個別具体的な規定を設ける方が、例外規定の適用範囲が明確で、法的安定性が増すという考え方もできる。とはいえ、あまりに条文が複雑になるのも考えものである。しかも、上記47条の6の条文など、カッコ書も多く、読みづらい。
このような法改正をした理由は、「引用」において利用する側に著作物性を要求する立場を前提として、検索エンジンやネットオークションなどの場合に「引用」とは言えないために著作権侵害にならないよう個別の救済規定を設けた、と言えなくもない。そうだとすると、法改正を行った立法者の立場は、利用する側に著作物性を要求しない本知財高裁判決の立場とは相容れないことになる。他方、立法者は、そのような前提に立っているとは限らず、「引用」の適用範囲が必ずしも明確ではない* ので、検索エンジンやネットオークションなどの場合には救済されること立法上明確にしたにすぎない、と説明することも可能である。
* 利用する側に著作物性がなくてもよいという見解に立つとしても、法32条1項に規定されている要件のクリアは当然必要である。本知財高裁判決は、この要件について、「引用して利用する方法や態様が公正な慣行に合致したものであり、かつ、引用の目的との関係で正当な範囲内、すなわち、社会通念に照らして合理的な範囲内のものであることが必要であり、著作権法の上記目的をも念頭に置くと、引用としての利用に当たるか否かの判断においては、他人の著作物を利用する側の利用の目的のほか、その方法や態様、利用される著作物の種類や性質、当該著作物の著作権者に及ぼす影響の有無・程度などが総合考慮されなければならない」と判示している。
考慮要素の結構多い「総合考慮」が必要であり、該当性判断はそれほど容易ではない。
本知財高裁判決の判示するように、著作権法32条は、文言上、引用する側の著作物性を要件にしていないし、利用する側に著作物性がなくても保護する必要性と許容性のある場合もあるであろうし、急速な技術の発展や各種新規サービスの登場にともなって今後もそのような場合は生じてくるであろう。立法者の立場については後者のように説明することも可能であるし、本知財高裁判決の立場を支持したい。
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