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コラム column

2017年9月 6日

著作権IT・インターネット

〘情報・メディアと知財のスローニュース〙

「Wantedlyブログ削除問題とクレーム自動処理の問いかけ」

弁護士  福井健策 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

ことの次第とDMCAのしくみ

著作権界隈に住んでいると長生きはするものだと思う。あのDMCAが!今さら!ブームですと!
何かといえばWantedlyである。筆者などはこちらの名前の方がよほど初耳だったが、求人情報サービスで大変勢いがおありらしい。そこが今度新たに株式公開(IPO)をするのだが、それについて8月中旬ころ、ちょっと辛口のブログが出た。すると、10日ほどでそのブログはグーグルの検索結果から消え、ブログを紹介するツイッター上のつぶやきも削除された。どうやら、この創業者社長はこんなに美人でファンも多いんです!といって顔写真を掲載したことが著作権侵害だとされたらしい。指摘を受けて、ブログの主も同時期に写真を削除した、という展開だ。
いったい何がグーグル検索やツイッターに起こったのか。既に詳しい記事を何人かの方が書かれているので皆さんおよそはお分かりだろう。「Lumen」という便利なサービスがあり、ネット上の情報が削除された場合、誰の何という要請によって削除されたか、だいたい記録されている。なんと削除を要請した人の名前まで出て来る。ここで削除された件のブログのアドレスを入れると、こういう画面が表示されていた。

Lumen
Lumenで当該ブログを検索した画面(8/31時点)

どうやら、当のWantedlyが「DMCA」というルールを根拠に、「自社が著作権を持つ写真が無断で掲載されているのでこのブログの紹介を削除してくれ」とグーグルやツイッターに求めたようだ。で、検索結果などから削除された。これが著作権やDMCAを利用した言論弾圧で大問題だ、と騒ぎになっている訳だ。(その後、本稿執筆中の9/2までにグーグル検索の結果には復活している。)
DMCAとは何かというと、「デジタルミレニアム著作権法」という米国の法律。強烈な名前の懐古感からわかる通り、誕生したのは20世紀末で、例えばネット上の投稿サイトやSNSに著作権を侵害するコンテンツがアップされた時に、その送信の場を提供しているプロバイダー(例えばグーグルやツイッター)が免責されるための条件などを定めた法律である。
具体的にどう免責されるかといえば、侵害コンテンツを発見した権利者はプロバイダーに削除要請を送る。たいていのプロバイダーにはこうした通知を送る専用のアドレスがあるので、そう難しいことではない。この場合、プロバイダーがすぐにコンテンツを削除すれば、それまでの掲載について侵害責任を負わなくてよい、というルールだ。ただし、あくまで通知ではじめて侵害を知ったという場合の話で、そもそも侵害だと知っていた場合などは免責されない。
これに対して、削除された投稿者は侵害ではないと思うなら「異議申し立て」ができる。これもかなり簡単だ。するとプロバイダーは自動的に掲載を復活させて、後は当事者間の訴訟などに委ねることができる。異議申し立てが来なければ、削除されたままだ。これがDMCAによるプロバイダー免責のラフな仕組みである。

元のブログは著作権侵害だったのか?

なるほど。仕組みはわかったとして、前提として今回のブログは本当に著作権侵害だったのだろうか。ネット上では「写真掲載は引用だったのでは」といった指摘もある。ブログのサーバーは日本にあったと仮定して日本法で考えると、確かに著作権法には「引用」の例外があって、一定の条件を満たせば他人の著作物でも無許可で引用して利用できる。情報社会にとっては極めて重要な例外規定だ。Wantedlyについて、そのIPOにまつわる問題点を指摘するブログならば、代表者の写真くらい引用できても良い気もする。
この点、引用の条件はこれまた裁判例が揺れていて厄介なのだが、著作権法の条文としては「目的上正当な範囲内」の引用であることが求められている(32条)。まあ、当然だろう。ここから派生して、「人の作品を借りて来るだけのある程度の必然性・関連性が問われる」と説明されることもある。
今回はどうだろうか。なるほど確かに本文にはWantedlyの創業者社長が美人だという話は出て来る。美人ぶりを実際に見せるために公表されている写真を探して掲載したらしい。気持ちはわかる・・・・・・人もいるかもしれない。顔写真で記事がより身近になる場合もあろう。だが、ブログの本題はWantedlyのIPOや運営の問題点を指摘することであり、美人ぶりにはほんの1行言及があるだけだ。それを見せないとこのブログの説明が出来ないとは考えにくいし、「この写真」である必然性も特にないようだ。まあ引用として「正当な範囲」かどうかは微妙というところか。現に、ブログ主も写真はすぐに削除している。

リンクの削除は必要だったのか?

ただ、問題はここからだ。仮にブログ本体の写真には侵害の疑いがあったとしても、削除された検索結果やツイートには、直接にこの写真は載っていなかった。あくまで写真が掲載されたブログへのリンクを載せただけである。つまり、グーグルやツイッターは直接に侵害コンテンツを配信していたのではなく、「侵害の可能性があるものにリンクを貼っていただけ」ということになる。これで、果たして削除は必要だったのか?
ここでそもそもリンク自体は著作権侵害か、といえば、通説は違う。リンクとは物理的にはリンク先のコンテンツを複製も送信もしておらず、単にその住所を知らせるだけの行為だ。よって少なくとも直接的な侵害行為にはなり得ない、というのが従来からの(ほぼ)世界的な通説だった。リンクだけでは侵害にならないなら、そもそもリンクについて免責される必要もないので、グーグルでは削除通知など受け付けない、という対処もあり得るはずだ。
とはいえ、例えばリンク先が悪質な侵害コンテンツだった場合など、それにリンクを貼る行為は直接の侵害ではないにせよ、いわゆる「ほう助行為」などの間接的な侵害責任を問われる可能性はある。そのため、グーグルでもリンク先が侵害だという通知を受けた際には、DMCAに基づいて検索結果から削除するという対処を行っているのだろう。

実際、オンラインでの海賊版の蔓延は深刻さを増す一方だが、これにはそうした海賊版にユーザーを誘導するリンクの関与が大きい。そのためEUでも、「リンク先が侵害コンテンツを知っているか、過失で知らなかった場合にはリンクだけで著作権侵害」という大胆な判決を欧州司法裁判所が出しており(中川弁護士インタビュー)、批判もありつつリンクそのものを一部で著作権侵害と認める時代に突入している。オンライン海賊版には抜本的な対策が急務で、筆者が加わる内閣府知財本部の委員会でも、いわゆる悪質なリーチサイト規制の検討を提言している。
とはいえ、リンク一般は人々の情報伝達・共有にとっては極めて重要な手段である。悪質な海賊版リンクなどを抑制しつつ、逆に権利を逆手にとって論評を抑制するような行為は許してはならないだろう。

まして今回はブログでの写真引用は微妙であって、ことによるとブログ主が裁判で争えば、「この写真の掲載は適法引用だった」という判決を勝ち取ることもあり得た展開だ。そのリンクを含む検索結果やユーザーのつぶやきが、批判的なブログを書かれた企業の権利主張で一発削除されてしまう事態はどうなのか。ツイッターやグーグルによる削除が法的に違法という話には無論ならないだろうが、どうも結果としてWantedlyによる悪評隠しにDMCA削除が利用された感は否めない。
折から、「気に入らない絵師のアカウントを一発で凍結させられる手法」なるものが物議をかもしており、ここでもツイッターの削除の仕組みが議論の的になった。確かに凍結は現行規約上はツイッター社の自由裁量なのだが、悪意のある誰かの通報ひとつで、築き上げて来た何万人のフォロワーを失ったユーザーの悔しさと不便は察して余りある。いわば「削除する側の社会的責任」に注目が集まる情勢なのだ。

クレーム自動処理のゆくえ

これはつまり、あまりに大量の情報を扱い、クレームも大量処理しなければならないグーグルなどのプロバイダーが、果たしてどれだけバランスの取れた個別対応を行えるか、というシステム論に行きつく。折しも、グーグルの法務オペレーション部門ヘッドのインタビューが一部で話題だ。いわく、「法律家は事案の個別性にこだわり過ぎるので、自分たちは標準化と自動処理を重んじている」という内容。
特にクレームに絞った話ではなかったが、なるほど、あまりに膨大になったクレーム処理の現場でも、画一化・自動化は必然ではあろう。しかし、現実の社会はもう少しだけ複雑に出来ており、そこに生きる個々人にはそれぞれの思いも事情もある。だからこそ、その利害調整に苦心して来たのが人類史だろう。それを、情報流通を握る巨人の作った自動処理のルールはどこまで、どの程度の社会的犠牲で代替できるのか。
恐らく、ネット社会が直面する「SEOが過剰に駆使された結果、検索結果の上位にレベルの低い情報が集まってしまう」問題と「DMCAの濫用によって不都合な情報が消される」問題と「通報制度の悪用で気に入らないアカウントを凍結できる」問題は、いずれも本質的に同じ根を持っている。IT革命を引っ張って来た情報の自動処理技術が、その脆弱性を突かれている、ということだ。

大量の情報処理にともなう「光と影」が、ここにもひとつ。恐らく当面は、①クレーム自動処理の信頼性を高める技術の向上と、②悪用を防ぐための個別処理によるセーフガードとの組み合わせ、のふたつの方向性が同時に模索されるのだろう。社会の最適バランスをめぐる問いかけは続く。

以上

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