All photos by courtesy of SuperHeadz INa Babylon.

English
English

コラム column

2016年11月25日

(2016年12月5日追記)

裁判契約エンタメライブ

「出演者変更によるチケット返金問題
   ~ジミー・ペイジの『パフォーマンス』を契機に~」

弁護士  鈴木里佳 (骨董通り法律事務所 for the Arts)

「あれ、もうおわり?」「ジミー・ペイジ、弾くんじゃないの?」

先日(2016年11月11日)開催された「THE CLASSIC ROCK AWARDS 2016+LIVE PERFORMANCE」に訪れたロックファン達は、こうつぶやいた(であろう)。
つぶやくだけにとどまらず、終演後、ジミー・ペイジ氏(以下、敬称略)が演奏しなかったことに不満を抱いた観客の一部が、終演後チケットの払戻しを求めたのに対し、主催者が返金に応じない姿勢を示したことが、話題となりました。

THE CLASSIC ROCK AWARDS 2016+LIVE PERFORMANCE
(本イベント公式ポスター)


●今回の騒動のあらまし

インターネット上には、同イベントの宣伝に用いられていた、このポスターの画像とともに、チケット代は最高で30万円にも上ったことや、日本の主催者であるKLab Entertainment株式会社(以下「主催者」)の説明と、「THE CLASSIC ROCK AWARDS 2016+LIVE PERFORMANCE」(以下「本イベント」)のオフィシャルサイト(以下「オフィシャルサイト」)*に掲載された説明が食い違うとの指摘もあいまって、主催者に批判的な発言が飛び交いました。その流れを受けてか、イベント開催から10日後、主催者は、当初の方針を一転し、返金に応じることを発表し、事態の収拾を図ったことが報道されています。

* 「THE CLASSIC ROCK AWARDS+LIVE PERFORMANCE」は、2005年のロンドンでの初開催から今回で12回目を迎える大規模のイベントで、世界的なロック雑誌「Classic Rock」による賞(Classic Rock Roll of Honor Awards)の授賞式と、受賞者らによるライブパフォーマンスにより構成されます。日本初開催となった今回の本イベントは、Klab Entertainment株式会社による主催と発表されていた一方、オフィシャルサイトはアワードを主催する「Classic Rock」の出版社(Team Rock社)により運営されています(後日、返金に応じる旨のリリースにより、本イベントは、KLab及びTeam Rock社を含む3社の主催であったことが発表されました)。


報道によれば、本件騒動は、以下のような経緯をたどりました。

2016年  
6月18日
チケットぴあにて、チケットの先行申込開始
8月22日 40カ国以上の国でチケット販売開始
9月23日 主催者(KLab)ホームページにて、「『CLASSIC ROCK AWARDS 2016』アーティスト最終決定!ジミー・ペイジ・・など。」とのタイトルで、ジミー・ペイジの追加出演の決定が告知される。「中でも、『世界3大ギタリストの2人』、ジェフ・ベックとジミー・ペイジは、日本初共演を果たすことになり、ロック界で最も権威あるアワードの日本初開催が盛大に行われます」などの文言あり(下線は筆者。以下同じ)。
11月11日 本イベント当日、ジミー・ペイジはプレゼンターとしてステージにあがり、挨拶と、ジェフ・ベックをステージに呼び込む"パフォーマンス"をしたものの、演奏はしなかった。終演後、観客の一部が会場に残りチケットの払戻しを求めたが、主催者はこれに応じなかった。
11月14日 主催者が以下の謝罪文を公表(15日に削除)。「ジミー・ペイジの演奏を本イベントの目玉として予定しており、当日ギターとアンプの用意をしておりました。ところが、本番直前に、ジミー・ペイジの意向により、演奏が行われませんでした」「出演者・演奏内容の変更を完全に防ぐことは難しかったと考えている。ペイジの単独コンサートではなく、イベント自体は成立していると判断している」
11月15日 「THE CLASSIC ROCK AWARDS 2016」のオフィシャルサイトに、「ペイジの演奏の予定は初めから存在しなかった」、「ペイジの来日はイベントへの参加のみを前提としていた。演奏依頼もあったが、辞退された」「ペイジとの契約は、イベント主催者も事前に目を通して署名された」などの公式声明が掲載された(その後削除)。
11月20日 主催者ホームページ及びオフィシャルサイトにて、本イベントに「失望した」来場者には、返金に応じる方針を発表。理由として、本イベントの開催にあたり、「誰がプレゼンターで誰が演奏するのかということについて認識の相違があった」と説明。


このように、本イベント直後に発表された主催者の言い分と、オフィシャルサイトにおける事情説明が食い違い、また、本イベントに参加したという弁護士が公開質問状を送付したこともニュースとなり、事態は混迷しました。


●払戻しは法的に必要か

今回ほどの混迷はやや稀であるにせよ、ライブイベントの出演者その他の内容の変更があった場合、「チケット代金の払戻しをすべきか」は、主催者及びチケット販売者の頭を悩ませる問題です。 今回の主催者のように、払戻しを判断した場合、対応のまずさに対する批判的見方は残るとしても、観客との法的紛争の火種は、おおむね消されたと考えてよさそうです。
他方、主催者が、当初に示した方針を変えることなく、払戻しを行わなかった場合はどうでしょう。これを不満に思う観客が仮に訴訟を起こした場合、チケット代金の払戻しは認められるでしょうか。法的には、主に、債務不履行に基づく解除(及び原状回復請求権による代金払戻し請求)、並びに損害賠償請求の可否の問題となります。

まず、「債務不履行であったか」を検討とする前提として、主催者と観客との契約について確認します。ライブイベントのチケットを購入した観客は、所定の日時に、所定の場所で、購入時に示される出演者による上演・演奏を鑑賞させるよう主催者に求める権利(債権)を手に入れることになります。他方、主催者は「所定の条件で公演を実施し、チケットを購入した観客に所定の席で公演を鑑賞させる債務」を負います。より具体的には、チケット購入前に提示される広告や、チケット販売時の注意書き、あるいはチケット販売サイトの利用規約などにより、契約内容が定まります。クラシックコンサートやオペラなどのように、事前に曲目が発表されている場合、その曲を演奏し、観客に鑑賞させることも契約の内容に含まれると考えられます。

次に、債務不履行を理由とする契約解除及び損害賠償が認められるためには、「債務の本旨に従った履行がないこと」と、「債務者の帰責事由(落ち度)があったこと」が要件となります。
そのため、債務不履行になるかは、それぞれの契約において、「債務の本旨」がどういうものだったかを検討することになります。
「債務の本旨」の内容は多岐にわたるのですが、「債務の本旨に従わない」ことは、以下の3つのタイプにまとめられるので、まず紹介します。


① 履行遅滞:約束の期日に履行がされない場合。

② 履行不能:履行ができなくなった場合。

③ 不完全履行:履行期に一応履行はなされたが、どこか不完全なところがある場合(注文した数に足りないとか、一部壊れていたとか、さまざまな場合あり)。

本件では、予定されていた11月11日に、約束の両国国技館で、本イベント自体は開催され、観客は公演を鑑賞しました。ただ、ジミー・ペイジが演奏しなかったにより、「不完全履行」となるのかが問題となります。


●出演者変更に関する過去の裁判例

ここで、いったん本件から離れて、類似の裁判例を紹介したいと思います。これは、「オペラ公演への出演を、主演歌手が体調不良を理由にキャンセルしたため、代役をたてて公演を実施した主催者に対し、観客が訴訟を起こし、債務不履行による契約解除などを主張した」事案(東京地裁平成25年10月25日判決・平24(ワ)5999号)です。
この裁判事案で、主催者は、ボローニャ歌劇場の日本公演「ベッリーニ:歌劇"清教徒"」のチケットを販売する際に、テノール歌手のファン・ディエゴ・フローレスが主役を演じることを、大々的に宣伝していました(判決文によると、「オペラ史上の奇跡! 100年に1人のテノール、フローレスによる超高音オペラ」、「本場イタリアでも上演至難な『清教徒』を遂にフローレスで、日本で実現!」などの宣伝文句が用いられていました)。
他方で、主催者は、同公演の広告及びパンフレットに、「記載の内容は、事前の予定なので、出演者及び公演内容が変更になることがあり、最終的な出演者は当日に発表する。代役による上演の場合も、チケットの払戻しや公演日の変更には応じられない。公演中止の場合を除き、いかなる場合もチケット払戻しや変更はできないので、了承できない場合当日券をご利用されたい」旨(以下「本免責文言」)を記載していました。
このような事情を前提に、裁判所は、主催者が、広告・宣伝活動において、フローレスの出演を期待させる煽り文句を多用していたことなどを踏まえ、観客と主催者の間に、「主催者は、顧客に対し、所定の日時と場所において、フローレスが出演する公演を実施し、顧客らに鑑賞させる債務を負っていた。ただし、フローレスが出演しないことがやむを得ないというべき特段の事情がある場合に限り、本免責文言により、合理的な範囲内でその配役の変更が認められる」という合意があったと認定しました。
その上で、フローレスが、公演初日の直前に、医師の具体的診断内容(3週間の声帯の休養が必要)を示した上で、出演をキャンセルする意向を示し、来日をしなかったという事情を踏まえ、なお主催者が出演させることができたといえる事情や、キャンセルを招いたことに主催者の落ち度があった(主催者がとるべき措置をとっていなかったがゆえに、このようなキャンセルを招いた)という事情はないと認定し、観客による払戻し請求を認めませんでした。
つまり、「債務の本旨に従った履行はなかった」が、そのことに主催者に「帰責事由(落ち度)」はなかったとの判断を下しました。


●ふたたび、本イベントについて

本件はどうでしょう。
たしかに、主催者が本イベントの直後にリリースした謝罪文で述べたように、多数のアーティストの出演する(出演者も、チケット販売開始後、随時決定される)ロック・フェスの性質や、ジェフ・ベック、チープ・トリック、ジョー・ペリー、ジョー・エリオット、リッチー・サンボラなどのレジェンドから、ジョニー・デップによる日本初のギターパフォーマンス、はたまたYOSHIKIの参戦など、超豪華な顔ぶれによるパフォーマンスが行われたこと(また、前半の授与式も予定どおり行われたこと)からすると、イベントとして、十分に"成立"はしていたのでしょう。あるいは、ジミー・ペイジがわざわざ日本にきて、ステージに上がってくれただけで、至福と感じたことファンも多かったかもしれません。

他方で、ジミー・ペイジの出演は、本イベントの目玉として宣伝されていたことは、主催者自身も認めたとおりです。冒頭のポスターには、「プレゼンターとしての出演であること」の記載はなく、むしろ、「JIMMY PAGE」の文字は「JEFF BECK」の文字とともに、ギターのヘッドとネック上部をはさんで、最も大きなフォントで表示されており、ジミー・ペイジがギタリストとしてセッションに参加することへの期待感を高める意図及び効果があったと見えます。加えて、ジミー・ペイジの日本での公演は20年ぶりであること(Rockin'Onのウェブサイトに9月23日に掲載されたニュース)や、「大御所ジミー・ペイジとジェフ・ベックのセッションは多分これが見納め」(主催者代表者の11月7日のFacebook)などの煽り文句が主催者サイドで用いられていたことからすると、出演者の変更がありうることが購入時の条件とされていたとしても**、「債務の本旨に従った履行がなかった」と、裁判で判断された可能性もあったと考えられます。

** 本公演のチケットは、複数のチケットサイトで販売されましたが、独占先行販売を行った「チケットぴあ」のサイトには、「出演者変更に伴う払戻し不可」であることの注意書きがされていました。他方、主催者自身の行った宣伝・広告において、出演者変更の可能性がどの程度示されていたかは不明です。


次に、帰責事由はどうでしょう。主催者がジミー・ペイジと交わした契約内容などにもよりますが、11月20日のリリースのとおり、「誰がプレゼンターで誰が演奏するのかということについて認識の相違があった」とすると、そのような誤った認識に基づき、ジミー・ペイジがギター演奏を行うと期待させる広告を行ったことや、観客がチケット購入を判断する上でもっとも重要な決め手といえるパフォーマンス内容の確認を、ブッキング段階から本番直前にわたり怠っていたことから、主催者の帰責事由(落ち度)はあったと判断される可能性は十分ありそうです。
(なお、本コラムでは詳細には触れませんが、裁判で仮に債務不履行であると認められたとしても、本イベントが仮にも成立していた以上、チケット購入全体の解除までは認められず、損害賠償としてチケット代の一部の払戻しを命ずるにとどまる可能性は高そうです)

11月20日の返金に応じる旨のリリースにより、本件は完全に収束に至るのか、あるいは、別の展開がありうるのか、注目されるところです。
いずれの場合も、ライブイベントの宣伝方法、チケット販売時の出演者変更についての注意書きの仕方、及び問題発生後の謝罪や事情説明の仕方、なにより、出演者(たとえ超大御所でも)との契約交渉を含むコミュニケーションなど、本件から(反面教師として)学ぶべき点は多そうです。



*2016年12月5日追記*
その後(2016年12月1日)、本イベントの参加者が、主催者に対して、チケット代に加え、航空券代や宿泊費などについて、損害賠償を求める訴訟を提起したことが報じられました
果たして、その請求は認められるのか。認められた場合、どの範囲の損害が対象となるのか、訴訟の行方に注目したいと思います。

以上

(2016年12月5日追記)

弁護士 鈴木里佳のコラム一覧

※本サイト上の文章は、すべて一般的な情報提供のために掲載するものであり、
法的若しくは専門的なアドバイスを目的とするものではありません。
※文章内容には適宜訂正や追加がおこなわれることがあります。
ページ上へ